友人であり仕事上のパートナーであった上村君の死、それはあまりにも突然でした。
6月23日朝、「上村本部長が昨夜倒れ、緊急入院。未だ意識不明」というメールが飛び込んできました。文字だけが目の前を駆け抜け、事態を把握するのに数分を要しました。その後、定期的にはいってくる情報は「未だ意識不明」。焦燥と不安。耳の奥がざわざわと音をたてていました。
懸命な願いも届かず、事態は全く好転しないまま約2週間が経ちました。そして、7月9日(日)16:22、上村君は、無言のまま逝ってしまいました。脳内出血。46歳。
上村君は、イートアンドに2003年2月に入社してきました。F&N事業部(ラーメン新業態開発)ゼネラルマネージャー、王将事業部ゼネラルマネージャー、戦略本部本部長と要職を次々と務め、今年6月末の株主総会では取締役に任命される予定でした。大阪王将の関東進出の陣頭指揮をとり、のれんチャイズシステムの構築に尽力し、また、大阪王将ブランド価値を高めることと世界進出の足掛かりとして取り組み始めた香港進出も、彼が年末年始返上で現地に張付き、幾多の障害を乗り越えやっと実現に辿り着くことが出来ました。今年5月に移転した東京オフィスも、今後のイートアンドの展開を見据えた上での彼の起案によるものです。V字回復の立役者であり、イートアンドの将来を考え、新しい文化やシステムを積極的に導入し取組んできた彼の功績は計り知れないものでありました。
個人的には、彼のカルチュア・コンビニエンス・クラブ時代からのつきあいであり、同い年ということもあり、何でも言い合える友人でした。彼は、先入観や旧いタイプの上下関係には一切とらわることなく、偉ぶらずリベラルな人で、誰とでも分け隔てなく接し、人から信頼される人でした。
いつでも前向きに、イートアンドの成長の為に精力的に取組み、私たちに可能性と自信を持たせてくれました。「無理って断言してしまったら全て終わり。ちょっと難しいですねって言って別の方法を考えよう」こういう彼でした。二人きりになると、呆れるくらい大きな夢を際限なく語り合いました。本当に大切なパートナーでした。もう少し近くにいて欲しかった。
志なかばでこのようなことになってしまった本人は、さぞかし悔しい思いをしていることでしょう。また、ご両親の悲しみはいかばかりであろうかと思うと言葉になりません。
上村君、天国で元気にしているだろうか。君と巡りあえたことは私にとって大変幸運なことで、この幸運に心から感謝している。願わくば、お互い年を重ね、昔のことを振り返りながら、お互いの苦労を労い合いたかった。これが「運命」というものなら、あまりにも残酷過ぎる。しかし、嘆き悲しむ私の姿を君は喜ばないであろう。このどうしようもなく寂寞たる思いを拭い去ることは難しいが、君の分まで頑張って、君の果たしたかった夢を果たしていこうと思う。どうか見守っていてくれ。有難う。
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先日行われました上村君の通夜・告別式には、多くの方にご参列賜りました。本人に代わり、生前中の御厚誼に対し心より感謝申し上げます。誠に有難うございました。
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