きのうの続き。
このごろは年末にしか見かけないニシンの甘露煮ですが、
実はこのニシン、
「春告魚(はるつげおうお)」の別名があり、
昔は春になると、
北海道の海岸部へ向かい、大量の群れが押し寄せた。
産卵するメスと、
受精させようとするオスのひしめきあいで、
海が盛り上がって見え、
その精子で海が白く濁るほどだったと云います。
ソーラン節に
「ニシン来たかとカモメに問えば」と云う文句があるが、
あれは、
ニシン漁を目立てに、
各地から集まった季節労働者たちが、声を合わせて歌い網を引く労働歌です。
明治のころ、全盛となったニシン漁は、
その漁獲量が100万トン近くにもなり、
畑の肥やしにするほど獲れ、
北海道では、鰊御殿が建ち並び、好景気に湧いたが、
そのニシンもやがて獲れなくなり、戦後には壊滅状態となる。
その寂れ行くニシン漁場を、
「ウミネコが鳴くからニシンが来るぞと、
赤い服来た若者たちが騒いでいる」と歌ったのが「石狩挽歌」。
そう云えば、
石狩挽歌が好きだった八代亜紀さんが、
あんな曲を私のオリジナルにも欲しいと希望して、
あの名曲「舟歌」が誕生したと、聞いたような記憶があるが、違うたかなぁ。
と、云う事でネットで検索するうち、、
ユーチューブに行き着き、これらの曲を聴いているうち、
石川さゆりから中森明菜、
はては「ちあきなおみ」にたどり着いて、
「矢切の渡し」から「喝采」、
ついには、「ねぇあんた」や「錆びたナイフ」まで聞いてしまうと云う流されぶり。
あ~ァ、楽しかった、
で、え~と、何の話やったかいなァ。