日本列島旅鴉

風が吹くまま西東、しがない旅鴉の日常を綴ります。

訪ね訪ねて麻布まで

2013-02-26 20:52:54 | 居酒屋
居酒屋の品書きに春の気配を探し求めて、今週も麻布十番に繰り出しました。本日訪ねるのは昨秋以来およそ半年ぶりの再訪となる「はじめ」です。
先週訪ねた「こま」では野菜を中心に春の食材がいくつか並び、その後訪ねた長岡の「魚仙」では、吹きすさぶ風雪ともども冬が色濃く残っていました。そして今週再び都会へ舞い戻ると、まず目に止まったのはカウンターに並んだ四つの大皿です。右端には菜の花のおひたし、左端にぶり大根という取り合わせに、冬から春への移り変わりが見事に表れており、それだけでも思わずほくそ笑んでしまいます。そして、壁に掛かった品書きには、タラの芽、山うど、ふきのとうと春野菜が三種、さらには酢味噌と沖漬けを選べるホタルイカが。わずか一週経つ間に、季節はよりいっそう春めいてきました。
前回ここを訪ねたのは、厳しい残暑が続きながらも少しずつ秋の気配が漂い始めていた9月の上旬、つまり夏と秋との境目で、そのとき選んだのは旨味の染み込んだ秋茄子と茗荷の煮付け、そして見た目にも美しい秋刀魚の姿造りでした。それから半年が流れ、冬と春との境目を迎えた今、季節の移り変わりを的確に捉えた品書きはまことに秀逸です。これこそ同じ店に何度も足を運ぶ楽しみの最たるものといってよいでしょう。

それとともに気付いたことが二つあります。一つはこぢんまりとした店内の居心地です。カウンターに大きなテーブル一つだけという店内の造りについては前回長々と語ったところ、さらに付け加えるなら天井が低くて厨房との距離が近く、しかもそれを狭苦しく感じるよりむしろ居心地よく感じるところにこの店の妙があります。店内の設えは必ずしも高級なものではなく、年代相応に古びているにもかかわらず、一人静かに盃を傾ける向きには、このこぢんまりした空間がなぜか心地がよいのです。近隣で愛用してきたといえば何といっても「こま」、次いで「山忠」といったところですが、「こま」の真骨頂は季節感豊かな品書き、気のきいた客あしらい、良心的な価格設定などにあり、店内の造りはごく平凡です。店の造りだけで延々語れるという点では、「山忠」もなかなかのものではありますが、こちらは活気に満ちた正統派の大衆酒場と形容するにふさわしく、「はじめ」とは毛色が違います。麻布十番で一人静かに盃を傾けられる店ということになると、自分が知る中ではこの店の右に出るものはないかもしれません。
もう一つ気付いたのは、この店に関連してきわめてしばしば語られる予算のことです。本日は前回に比べて一品多かったということもあり、その分勘定も上がっています。例えば虎ノ門の「升本」では酒も肴も一品五百円見当と覚えておけばおおよそ勘定の見通しがつくところ、この店では一品およそ八百円見当になるというのが、二回訪ねて何となく解りかけてきました。良心価格の「こま」と「山忠」に対して、ここの価格設定は良くも悪くも麻布十番のそれです。とはいえ無意味に高いわけではなく、気のきいた肴と居心地に金を払うと思えば、少なくとも自分の中では正当な範囲内と思います。

その結果導かれるのは、派手な呑み食いはこの店に適していないという仮説です。存分に呑み食いがしたいなら「こま」か「山忠」に行くべきで、ここは適量の酒と肴と居心地を楽しむ場とするのが好ましい使い分けではないでしょうか。思うに、かの口コミサイトで語られる高額な勘定が飛び出すのは、このあたりの勘所をわきまえない一見客があれこれ注文するからと推察します。終始自分のペースを守れる一人酒と違って、複数名ではつい必要以上の呑み食いをしがちになるものです。その結果、調子に乗ってうに丼などの高額品をいくつか頼んでしまったとすれば、口コミサイトの平均予算に達しても不思議ではありません。
かつて教祖がこの地に居住した頃、はしご酒の最後に決まって立ち寄ったのがこの店だったといいます。なるほど、あらかた腹が満ちたところで、最後に一人で軽く一杯引っかけたいときには、この店に足が向くのも宜なるかなです。達人の目の付けどころは違います。

はじめ
東京都港区麻布十番1-5-4 藤田ビル
03-3404-8736
平日 1700PM-2330PM(LO)
土曜 1700PM-2230PM(LO)
日祝日定休

白鷹二合
お通し(菜の花辛子和え)
ホタルイカ酢味噌
タラの芽天ぷら
ハスはさみ揚げ
おにぎり・なめこ汁
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