日本列島旅鴉

風が吹くまま西東、しがない旅鴉の日常を綴ります。

夜の六本木(番外編)

2013-01-22 23:25:31 | 居酒屋
「三州屋」といえば、教祖も絶賛する銀座の店がつとに知られるところ、他にもこの屋号を掲げた酒場はいくつかあり、飯田橋と神田の店はこのblogでも取り上げました。チェーン店ではないながらも、これらの店は共通した特徴を持っています。昼から呑める大衆酒場であること、酒が白鶴とサッポロであること、鳥豆腐が名物であることなどがその例です。壁に並んだおびただしい短冊の品書き、分厚い白木を使った横長のテーブル、暖簾を掛けた小窓の向こう見え隠れする厨房など、店の造りも似通っています。しかし、大衆酒場などおよそ縁遠く思える六本木の街にも、同じ屋号を掲げる店があることは、それほど広く知られているわけではありません。
呑み人達で昼から賑わう他の三州屋に対して、この店が人知れずひっそりと営業している理由は、大別すると二つあります。一つは店が非常に小さいことです。六本木の繁華街の喧噪が嘘のような、古い木造家屋がところどころ残った、車も通らぬ路地裏にこの店はあります。狭い間口に藍の染め抜き暖簾が掛かり、それをくぐって戸を開けると、中にあるのは見慣れた白木のテーブルが二つと、壁際に造ったカウンターだけです。カウンターは間に合わせで造ったとおぼしきもので、昼時に手早く食事を済ませるのに使うのがせいぜいでしょうから、実質的には六人掛けのテーブルが二つということになります。聞くところによると、以前はもう少し人通りの多いところで営業していたのが、一時閉店を経てこの場所で再開したとのことで、今の店舗は小料理屋か何かの跡だったのでしょう。いずれにしても、この小さな店では収容力も自ずと限られ、数十人を余裕で呑み込む他の三州屋とは違い、ひっそりと営業するしかないのが分かります。
そしてもう一つの理由は、残念ながら三州屋としてはやや格落ちの感が否めないことにあります。特にいただけないのは、丸めたカレンダー、書類を挟んだバインダー、酒の通箱に段ボールなど、本来お客の目に触れてはならないものが無造作に置かれていることです。店が狭いのは仕方がないとしても、これでは酒を呑んでも興ざめしてしまいます。刺身、煮魚、焼魚を中心にした定食は安くて量が多く、三州屋の面目躍如といった感はあるものの、この店で一人しみじみ酒を酌む姿は想像しがたく、私自身昼時しか世話になったことはありません。
とはいえ、そのことを除けば決して悪い店ではないのです。短冊に流れるような文字でしたためられた品書きは、この小さな店でよくこれだけの品が揃うと思わせるほど豊富で、割烹着をまとった草間彌生似のおばちゃんの、一見無愛想ながら心温まる客あしらいにも、居心地のよさがにじみ出ています。例えばこの白木のテーブルを借り切れるだけの面子を集めて、短冊の品書きを片っ端から注文するといった使い方をするなら、昼時とは一味も二味も違った楽しみがあるのかもしれません。

三州屋
東京都港区六本木4-4-6
03-3478-3796
1130AM-2330PM(日曜 1600PM- )
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