吉良吉影は静かに暮らしたい

植物の心のような人生を・・・・、そんな平穏な生活こそ、わたしの目標なのです。

梅原猛『オオクニヌシ』株式会社文藝春秋 / 1997年3月30日第1刷発行

2019-01-29 07:10:06 | 紙の本を読みなよ 槙島聖護

 先日物故した哲学者梅原猛氏は既存の枠組に囚われずその活躍は多方面に亘りました。
 これは戯曲作家としての氏の一面を示す一冊。古事記の国譲り神話を題材に、多方面からの該博な知識と近代人の思考を加味し、新作歌舞伎の脚本として書きおろした一冊です。市川猿之助『スーパー歌舞伎』として上演されましたので、ご存知の方も多いのではないでしょうか。


※梅原猛『オオクニヌシ』株式会社文藝春秋 / 1997年3月30日第1刷発行

 この戯曲の中でオオクニヌシは当初オオナムチという名前で登場します。
 オオナムチはもともとは三輪山の神様です。その神様がなぜ出雲大社に祀られているのでしょうか?


※諸星大二郎『暗黒神話』(集英社)に登場するオオナムチ・・・縄文デザインを纏った神様!
 スイマセン⤵オオナムチといわれるとどうしても使ってみたくなる画像です(直接の関係はありません)。


 ここの登場するオオクニヌシはまことに善良な人物なのです。本来はアメノミナカヌシとカミムスビノカミの間に生まれたのですから、これは神様なのです。しかし自分の出生をしらず、沼のばばあに預けられて育ちます。世界にはこのように高貴な胤をもつ人物が賤しい身分に貶められている話が多いです。いわゆる貴子流離譚です。物臭太郎なんかはその最たるものです。そうして兄弟からはバカにされ軽んじられる末弟は実に優しい心を持っているのです。因幡の白兎伝説がそれをよく現しています。


※因幡の白兎を助けるオオクニヌシ。

 この優しい末弟は兄弟の悪だくみに遭い何度も命を失いかけます。物語の中では本当に死んでしまうのですが、黄泉の国へ行っては戻る度に以前よりも強くなります。ついには黄泉の王スサノオの娘と恋に落ち、娘とともに剣を持って現世へと駆け落ちするのです。兄弟たちの企みを破ってこれを討ち果たし、大和の国を平定します。


※黄泉の国から復活したオオクニヌシ(パズドラより)

 ところが、ここに天つ神の一団がやってきます。彼らこそは高天原から来た天孫ニニギの一党であり、契約によって大和を譲り渡すよう迫るのです。国つ神たちは文字というものを持たなかった。穏やかな生活を送ってきた彼らには文字の必要が無かったのです。
 そこであるいは騙され、あるいは討たれ、強大な軍事力を背景にした集団に大和の国を奪われてしまいます。
 何だか時代劇でよくある『ニセの証文をもとに善良な庄屋を陥れる悪代官と豪商』のような構図です。


※侵略者としての天孫ニニギあるいは神武天皇・・・八咫烏(ヤタガラス)を掌に載せている。

 この戯曲には出てきませんが古事記によればタケミカヅチは砂浜に剣を逆さまに立てその上に胡坐をかいて座りオオクニヌシに国譲りを迫ります。これは実に異様な姿ですが、これこそ強大な軍事力を背景にした脅迫であったと思われます。オオクニヌシは二人の息子に相談しなければ決められないと時間稼ぎをしますが、長男コトシロヌシは怯えて小屋に籠ってしまいます。次男タケミナカタは敵将タケミカヅチに戦いを挑みますが両腕を引き千切られてしまい、遠く諏訪の地まで逃げに逃げますが捕らえられてしまいます。


※諸星大二郎『暗黒神話』(集英社)に登場するタケミナカタ・・・両腕を失い甲賀三郎の人穴に繋がれている!
 スイマセン⤵これもどうしても使ってみたくなる画像です(直接の関係はありません)。


 この戯曲は梅原日本学の研究成果をもとにしているので、天つ神とは現在の天皇家の祖を長とする一団であり、そのルーツは大陸にあります(直截に言えば朝鮮系になります)。彼らは大陸渡来の鉄器で武装しています。当初筑紫の国に勢力を張っていたのですが、これが大和へと攻めのぼってくるのです。


※縄文時代を象徴する優美な火焔式土器のデザイン

 縄文時代とは狩猟採集の文化であり、最近までは原始的な時代だと考えられてきましたが、最近の研究では『狩猟採集に基盤を置きながら、争いのない社会が一万年に亘って続いた、稀有な時代』だとされるようになっています。
 火焔式土器の優れたデザインを見てもその文化水準の高さは明らかです。
 ここに攻め入った渡来人たちによって稲作がもたらされ弥生時代に突入するワケですが『穀物という蓄積可能な財の登場によって貧富の差が生まれ、それまでの穏やかな生活は失われてしまった』と言えるのではないでしょうか。

 オオクニヌシは出雲に移されて亡くなり、現在の出雲大社の地に祀られてこの物語は終わります。


※大林組による古代出雲大社の復元図・・・宮殿ではなくあきらかに死者を祀る建物です。

 現代の方言分布を見ると山陰地方が関東語圏であることが分かりますが、これは大和が天つ神の一団(現在の天皇家に繋がるルーツの一族)に支配された後、国つ神に繋がる氏族が関東や山陰に逃れたことを表わしているように思われます。


※関東語圏と関西語圏(アクセントによる分類)


※関東語圏と関西語圏(語尾による分類)

 オオクニヌシの最期の言葉は、天つ神の支配を受けながらも国つ神の精神が世を覆い、もとの直き世界になるための祈りの言葉です。

 おそらく、天つ神のほうがわれらよりも文明人であろう。人間は文明の発達とともに、人間が昔からもっていた尊い魂を失ってしまったのだ。われら国つ神のほうに、天つ神よりはるかに尊い純粋な魂が存在している。私はその純粋な魂の国をこの世につくろうとした。私はあまりに人間を信じすぎて、その純粋な魂の国を滅亡に導いたが、その理想が誤っていたとは思えない。
 おまえは私のただ一人、残った孫だ。おまえは、この国つ神が祖先以来大切にしてきた清らかな魂をそのからだに受け継いでいるはずだ。その純粋な魂で、かえって侵入者たちを敬服させよ。
 百年も二百年も経てば、かえってこのずる賢い侵入者たちも、彼らが支配する国つ神の清らかな魂に感化されて、少しはまともな人間になるかもしれぬ。百年で少しまともな人間になったら、二百年経てばいっそうまともな人間になるであろう。そうしたらこのオオ大和の国の人間は、天つ神の魂よりより多く国つ神の魂をもつ人間になるにちがいない。
 おまえたち国つ神の子孫たちは、美しい魂をこの日の本の地に深く深く植え付けろ。それが私の天つ神に対する復讐だ!


 オオクニヌシの復讐は成ったのでしょうか?現代に生きる我々は直き心を忘れてはいませんか?
 改めて問い直したい一冊です。
 
 



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6 コメント

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方言分布図! (きなこママ)
2019-01-29 09:20:40
方言は物語るですね〜
私は 播磨の山間地が自分のルーツです。
係累にはやたらデカイ人が多いので
(自分は小さいが)大陸系かしらんと思った事も。
古代に想いを馳せるこの戯曲
猿之助のヤマトタケルの脚本でしたね。
梅原さんの本をまた読み返してみたくなるわ〜
読もう❣️
追悼シリーズ期待です。
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>方言分布図! (管理人)
2019-01-31 09:04:59
私のルーツは岡山にある(先祖が岡山から四国に流れてきた)らしいのです、実は。
-------☆☆☆-------
一時、仕事の関係で東北地方の事務所に赴任したことがありますが、関西系の言葉で話していると『コイツはずる賢い人間に違いない』という目で見られました。
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これっていつ頃から思われているンでしょう?明治維新?いやいや、はるか古代から綿々と続いているのかもしれません。
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日本の歴史を振り返ってみると、このいにしえの国譲りがさまざまな出来事の起点となっているように思われます。
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坂上田村麻呂の東征が西国からのさらなる攻勢。
東国からの逆襲は平氏の滅亡。
西国が盛り返すのが安土桃山時代。
いまは東京が日本の首都ですが、いつの日か関西が復権するかも。
阪神タイガース万歳!
-------☆☆☆-------
楽しめる戯曲でありながら、深い内容を含んだ梅原作品、今後ともあらためてご紹介したいと思います。
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あらずもがなの追記:オオクニヌシは大黒天と混同されがちですが、ダイコクさまは実はインドの魔神アシラー(日本名は阿修羅)の変化したお姿なので、「後世に同一視されるようになった」が正解らしいです。
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梅原猛と諸星大次郎。 (kiyasume)
2019-02-01 15:03:43
オオクニヌシ・・・

諸星大次郎の「暗黒神話」から、、
彼が考えた神たちの化身を連想するのは、
分かります。。。

神とは恐ろしいものですから...

これからも梅原氏の著作を解説して下さいね。
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Re>梅原猛と諸星大次郎。 (管理人)
2019-02-01 16:47:49
梅原猛と諸星大次郎・・・どちらも好きなんです⤵。
今回は直接の関係はナイのですが、古事記の『両腕を引き千切られる』タケミナカタを表現するのに一番ピッタリくる図像だと思い、使わせて戴きました。
梅原猛氏によれば、古代の『神』とは『恨みを呑んで死んだ怨霊』ですから、この感じは『合う』と思っています。
こちらこそ、今後ともよろしくお願い致します。
返信する
Unknown (Unknown)
2020-12-06 12:28:40
天孫系が大陸系ってのは、まさしく戦後の日本の近現代に作られた妄説の類いであって、記紀及び考古学的にも認められない。実際は、高山帯の土着民(天孫系)と平地及び沿岸部の土着民(国津神系)の争いの話であって、人類学の観点からも石器時代の人骨において大量の人種交代的なものは報告がない。

渡来系人種の流入はあったにせよ、それは神話世界でいえば平行的な動き(大陸と日本との交流)であり、垂直的な動き(山岳と平地)の天孫降臨神話には当てはまらない。

是非とも『全国遺跡報告総覧』等で考古学的に発掘された遺跡、遺物の現状をきちんと把握し、個人の似非歴史家の妄想に騙されないようにする必要があろう。

天津神も国津神も日本土着のものである。
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バカにつける薬(Re>Unknown) (管理人)
2020-12-11 11:05:30
皇統について書くと、こういうイキったコメントをする馬鹿が出てくるのは致し方ない現象なのよねー。
-------☆☆☆-------
根拠を示さず断定するのはアタマが固い証左です。
また当該コメント(↑)には考古学的事実を無視する、または誤った認識による結論が記されているので、その点を指摘しておきます。
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まず人骨について言うならば『人種の交代があった』というのがいまでは常識なのです。
縄文人の前歯は釘抜きのように上下が揃っている(切端咬合)のですが、弥生人は下の前歯に上の前歯がかぶさる(鋏状咬合)であることが報告されています。
よって上記コメントにある『人類学の観点からも石器時代の人骨において大量の人種交代的なものは報告がない。』という記述が全くの誤りであることが分かります。
参考までに馬場悠男氏の講演記録を示します。
https://www.jstage.jst.go.jp/article/kenkouigaku/26/2/26_55/_pdf
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同じモンゴロイドではあっても『縄文人は彫りが深く濃い顔』で、『弥生人は長円で平坦な顔』をしているのです。こうした渡来系弥生人と在来系弥生人(縄文人)との混血により現在の日本人の成立をみるワケです。
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現在アイヌとして分類されている民族こそが日本の先住民であって、現代人は大陸から流入した民族との混血である、という説に私は与するものです。
記紀神話を分析してみると、これを裏付ける内容がゴッソリと出てくるのですが、とりあえず身近なもので反証をあげることにしましょう。
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サッカー日本代表のシンボルマークにもなっている八咫烏(ヤタガラス)という伝説の鳥をご存知でしょうか?天孫ニニギノミコトが熊野国から大和国へ攻め登る際の道案内をしたとされ、日本を象徴するような鳥ですが、普通のカラスとは違い何と足が3本ある(!)のが最大の特徴です。しかし『三本足のカラス』とは実は高句麗のシンボルなのです!!!
https://blog.goo.ne.jp/mobilis-in-mobili/e/23a901aa2bb75014f0217821feeae4f5
これをどう説明するというのでしょうか。
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私としては当該コメント(↑)にある『渡来系人種の流入はあったにせよ、それは神話世界でいえば平行的な動き(大陸と日本との交流)であり、垂直的な動き(山岳と平地)の天孫降臨神話には当てはまらない。』こそ、最近の研究成果を無視した妄説としか思えませんねー。
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結論、当該コメント(↑)にある『是非とも『全国遺跡報告総覧』等で考古学的に発掘された遺跡、遺物の現状をきちんと把握し、個人の似非歴史家の妄想に騙されないようにする必要があろう。』は、そっくりあなたにお返しするのが良いでしょう。
あなたこそ『妄想に憑りつかれた似非歴史家モドキ』ですよ。
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各天皇陵の発掘ができれば大陸渡来であることがハッキリするのですが、現在のところ宮内庁が発掘を認めていませんからねー。天皇家が大陸渡来であることが明らかになるとイロイロと都合が悪いのでしょうよ。はははははは。
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