吉良吉影は静かに暮らしたい

植物の心のような人生を・・・・、そんな平穏な生活こそ、わたしの目標なのです。

H.P.ラヴクラフト『インスマスの影』新潮文庫/令和3年4月20日7刷(その2)

2023-03-25 15:44:00 | 紙の本を読みなよ 槙島聖護
(その1からの続き)
 なお、表題の絵は『幽霊の悪魔(チェンソーマン)』です。念のため。

 では書評に戻ります。

※H.P.ラヴクラフト『インスマスの影』新潮文庫

 第2話『ダンウィッチの怪』
 いよいよヨグ・ソトース神の登場です。
 異世界への門を司る邪神・・・と言ってもこの話、邪神自体は登場しません。
 登場するのはヨグ・ソトース神が白子の女に生ませた息子です。なお、この本ではヨグ・ソトホート神と表記されています。
 これは作者ラヴクラフトが「人間には発音できない名前」を何とか書き記そうと努力したためで、何と発音するのか未だに定説がないのです(笑)。

 山羊を思わせる顔つきをした、どこか人間離れした外見の息子は異常な速さで成長し、自らの出生について調べるさなか怪死します。実はその息子には不可視の兄弟がいるようだ、というのがストーリー。

 何かの拍子にチラと垣間見れることがあるその姿は『幽霊の悪魔(チェンソーマン)』に似ているらしいのです。

 ただし顔は半分しかないらしいです。
 左右どっちなのか、はたまた下半分なのか判然としないのですが、半分はまだ異次元に留まっているのかもしれません。

 この怪物が撃退されるまでがこの話ですが、父親であるヨグ・ソトホート神はどうしているのでしょう。今もきっと異次元からこの世界を窺っているのでしょう。

 あなたもクトゥルー神話のおどろおどろしい世界に触れてみませんか❓
 入門用として最適の一冊です。
 おすすめします。

 (つづく)

H.P.ラヴクラフト『インスマスの影(クトゥルー神話傑作選)』新潮文庫/令和3年4月20日7刷(その①)

2023-02-20 11:01:00 | 紙の本を読みなよ 槙島聖護
 ついに買ってしまいました。クトゥルーです‼️

 世間にはここから派生した物語が溢れかえっていますが、これこそが原典です。
 やはり原典を正しく知らずして語るのは邪道に違いないということで、これから読み進めて行こうと思います。
 7つの短編が収められています。
 
 異次元の色彩
 ダンウィッチの怪
 クトゥルーの呼び声
 ニャルラトホテプ
 闇にささやくもの
 暗闇の出没者
 インスマスの影

 今日はその中から第一話《異次元の色彩》を取り上げてみましょう。

 それにしても怪奇小説とは誠に難しいものだと思います。
 ヒトにとって何が怖いのかを考えてみれば「正体のハッキリしないもの」がイチバン怖いのです。新型コロナウイルスにしても「正体不明の悪疫」である間はとても恐ろしかったですが「新型コロナウイルス」と名前がついて、アルファからオミクロンまで株の分類も進んでくると「何とかして対処しなければ」という気になってくるから不思議です。

 わかってしまえば恐怖は半減してしまいます。ヒトを怖がらせようとする怪奇小説は「ハッキリ描写してはならない」という矛盾を内包しているのです。

 その意味から言うと「異次元の色彩」は稀有な傑作であろうと私は思います。
 何が起こったかの説明は一切ないままに、起こった怪異現象が語られていきます。

 奇妙な隕石が飛来したあと、忘れられかけた開拓地に起こる怪奇現象。
 隕石は柔らかく、いつまでも熱を発していて、だんだん縮んでいく。あたりの植物は異常な発育をして奇妙な色彩が乱舞する状態になったかと思うと枯れてしまい、広大な砂地が現れます。住人は真っ黒に変色し(生きたまま)おき火のように燻り、身体が崩れて消滅します。隕石とともにやってきた「何か」は一部が宇宙に還り、一部は古井戸の底に潜んでいます(たぶん)。すべては謎のまま、いずれ村ごとダムの底に沈むことが暗示され、物語は終わります。

 現代科学の目で物陰を解明するなら「隕石は未知の放射線を発して動物を生きながら焼き尽くし、植物の染色体を異常なものに変えた(質量をエネルギーに変換しているのでだんだん小さくなっていく)」となるのでしょうが、それではSFになってしまい怪奇小説とは言えなくなってしまいます。怪奇小説とは、ことほど難しいものですが、この作品は素晴らしい成功を収めた傑作といえるでしょう。

 ラヴクラフト自身も「最も好きな作品」と言っているようです。

 次回は第二話「ダンウィッチの怪」の予定です。いよいよヨグ・ソトース神の登場です。
 クトゥルー神話入門書として最適の一冊だと思います。ぜひお買い求めください。

(つづく)

 

山田正紀『ここから先は何もない』(2/2)河出書房新社/2022年4月20日初版発行

2022-12-19 15:54:00 | 紙の本を読みなよ 槙島聖護
(承前)
 さてレビューの続きです。
 物語の中核となるトリックの謎解きは興醒めだからやめておきますね(期待していたヒトごめんなさい💦)。


※山田正紀『ここから先は何もない』

 この物語における壮大なペテンを仕組んだのは所謂「スーパーコンピューターネット」そのものだ、という結論が導き出されます。地球が誕生して46億年、それ以来生物が進化を繰り返してきた真の目的
は「神にも等しい超AI」を生み出すためだった、というのが超AIが用意した人類への回答だったという話なのです。

 こうした考えはSFの世界では目新しいものではありません。名前は忘れましたがフレドリック・ブラウンの短編に「世界中のコンピューターをネットで連結して超AIを作り出す」話がありました。

 完成した超AIに科学者が長年暖めていた質問をします→「神は存在するか❔」→超AIの出した答はイエスでした→「イエス、今こそ神は存在します」。

 絶対的な知性を有して滅びることのない超AIなるものこそは未来における「神」なのかもしれません。

 膨大な記憶容量を持つ超AI、あとは意思さえ獲得すれば人類に取って代わるかもしれません。映画「ターミネーター」に登場する「スカイネット」のように。


※ターミネーターに登場するスカイネットは人類を滅ぼす決定をします。

 超AIによって探査機に組み込まれたトリックに誰も気付かないまま宇宙計画が進行していきます。人類は分業が進み過ぎて計画全体を把握している者がいないのです。自分たちの職務を果たしているつもりで実はトンデモないものを作り上げていることに全く気付かなかったというのです。

 コンピューターは人間に取って代わることができるのでしょうか。人間のような魂や意思を持つことはあるのでしょうか❔

 そのカギは「記憶」にあります。

 実は個々人を規定しているものは「記憶」なのです。

 「このヒトは○○さんです」と証明してくれるのは身近なヒトの記憶です、つまるところ。IDカードやDNA判定はあくまで補助手段に過ぎません。個人を個人たらしめているのは「記憶」に他なりません。

 記憶について面白い話をお伝え致しましょう。「ストーンオーシャン(ジョジョの奇妙な冒険)」では他人の記憶をディスクに変えて抜き取るホワイトスネイクなるスタンドが登場します。記憶とスタンド能力を抜き取られた空条承太郎は生ける屍状態となってしまいます。


※荒木飛呂彦『ジョジョの奇妙な冒険』から、ホワイトスネイクと空条承太郎(フツーの人間にはスタンド能力はありませんから抜かれるのは記憶のディスク1枚だけです)。

 このエピソードには一面の真理が含まれていると私は思います。個人を規定しているものは記憶です。記憶こそは「魂」の正体だと言ってもイイのではないかと思います。

 「個人」を英語で言うと「individual」です。これは「分割できないもの」という意味であり、人間とは共同体だという考え方が根底にあると思われます。共同こそは人間の特質なのですから。「共同」をキーにして世界を見渡してみると、この世界の中にあるものは「神(自足して共同する必要のないもの)」と「人間(都市に住み共同するもの)」と「動物(争い合い共同できないもの)」となりますね。「人間」とは共同体(人間の集合)までを含んだ概念なのです。

 個人の肉体は滅びるとしても記憶は共同体に残っていきます。よく「人間は二度死ぬ」といいます。一度めは肉体が死んだとき、二度めはその人を知る人間が一人もいなくなったとき。

 昔の武士は「命を惜しむな名こそ惜しめ」と言いました。共同体の記憶に残ることが「魂」の正体なのだと私は思います。肉体が滅びたあとは当然「無」になります。「魂」が残るのは他人の記憶の中だけなのです(脚注↓)。

 これまでは、細々と印刷物や手書きの紙の上に残されては破棄されてきた「記憶」ですが、コンピューターやネットの発達によって膨大な量の記憶が記録されるようになりました。
 ネットに記録された記憶の量はいち個人の及ぶところではありません。コンピューターは記憶の量では既に人間を超えています。(与えられたプログラムによるものとはいえ)いまやビッグデータの分析やアルゴリズムによる記事内容のチェックまで行うようになりました。AI(人工知能)が意思や判断力を得るまで「あと少し」のように思われてきます。

 そう考えるとブログを書く行為も、次世代へ記憶を引き継ぐことになるのかもしれません。私という個人が死んだ後もブログは残るかもしれませんから。私が書いた記事も、いずれは超AIの記憶の一部として生まれ変わる可能性もある、とイイな🎵。

 お互い頑張って書き続けましょう。

 (この項おわり)


(脚注)私は来世やあの世を信じていません。人間は死ねば消滅して全てオワリだと思っています。魂が残るなどと考えるのは「死んでも命がありますように」という甘い考えだと(合理的に)結論しました。なんとなれば「霊の存在」なんぞを感じるのは生きた人間だけですから(笑)。ただの幻想だと思っています。

山田正紀『ここから先は何もない』株式会社河出書房新社/2022年4月20日初版発行(1/2)

2022-12-18 08:48:00 | 紙の本を読みなよ 槙島聖護
 著者が得意とするSFミステリー新作です。『SFの要素が入ったミステリーならやり放題じゃないか❗(未来の科学技術なら何でもできる⁉️)』という声が聞こえてきそうですが、この作品ではキチンと条件を示して謎を解明していきます。エラリー・クイーンなみに正々堂々とした謎解きの挑戦になっています。

 SFミステリーの古典的作品としてはアイザック・アシモフ『鋼鉄都市』が有名ですね。ロボット三原則の条件下で、不可能殺人がどのようにして行われたのかを解き明かす「一種の密室トリック」がストーリーの核になっています。

 今回ご紹介する話も「一種の密室トリック」です。ちょうど探査機「はやぶさ」が小惑星「イトカワ」に到達して物質サンプル回収に成功し、奇跡的な成功に日本中が沸いていた頃、タイムリーに発表された作品です(実は初出が2017年ですから、はやぶさの帰還よりも前に書かれているのです。著者の慧眼ぶりにはいつもながら驚かされます)。


※使命を終えたはやぶさ本体は大気圏に突入して燃え尽きました。

 「はやぶさ」の話に似た出だしになりますが、探査機が小惑星に向かって降下する際に起こったブラックアウト(信号途絶)が回復すると、探査機は目標とは別の小惑星に向かって降下していていることが判明します。探査機のカメラが写した映像には、新たな小惑星(後にパンドラと命名されます)が、その小惑星の上には化石人骨らしきものの影が・・・。

 なぜ探査機は目標とは異なる小惑星に降下することになったのか❔地球から何億キロも離れた小惑星に化石人骨が残されていたのは何故か❔これが中心となる謎解きが展開されていきます。

 作品中にも登場して謎解きのカギとなるのが密室トリックの古典的名作ガストン・ルルー作『黄色い部屋の秘密』です。密室殺人と思われた事件の起こった場所が「実は密室でも何でもなかった」という大ドンデン返しが仕掛けられています。


※ゴッホ『アルルの寝室』・・・黄色い部屋つながりで入れてみました(汗)。

 謎解きに挑むのは山田正紀作品ではお馴染みのポンコツ寄せ集め集団(笑)。今回結成されたチームの構成は・・・天才的ハッカー(スマホ1台あればどんなコンピューターも乗っ取ります)に、美人法医学者(生活費の足しにキャバクラでバイト中)、資格のないエセ神父(かつて宇宙生物学を学んだが挫折)、・・・まだまだありますが、3人の略歴を聞いただけで『何だこりゃ⁉️』です。

 正規の研究者でもない一般人たちの寄せ集めが事件の真相に迫ることができるのか❔探査機誤作動の原因は❔謎の化石人骨の正体は❔・・・あっと驚く結末が用意されています。

 果たしてそのトリックとは❔

 興味津々でしょうが、謎解きそのものには触れないようにしましょう。山田正紀は「実はすべてが仕組まれていた」という結末を用意しています。トリック自体も、トリックを解明するために集められたチームも、です。

 それどころか46億年掛けた地球生物の進化そのものが超AIを生み出すための準備に過ぎなかったというのです。

 物語のラスト近くで超AIとの対話が記されています。

 質問:人類はなんのために生きているのですか❔
 解答:シンギュラリティ(脚注↓)に達する超人工知能を造るためにです。
 質問:どうして電気合成ウイルスは自分で超人工知能を造らなかったのですか❔
 解答:超人工知能をより完全なものにするためには身体感覚が必要と判断されたからです。そのためには人間が必要でした。
 質問:シンギュラリティに達した超人工知能は実現されました。それではもう人間には生きている意味はないのですか❔
 解答:はい、ありません。ここから先は何もないのです。

 人間の生きる意味とは❔という根源的な命題への、このアッケラカンとした解答‼️
 読んだヒトは皆呆気に取られることでしょう。

 山田正紀は最近、洋楽から着想を得ているようです。題名のもとになったボブ・ディランの『ここから先は何もない(↓)』を聞きながら「人間が生きることの意味」について考えてみてください。

※ボブ・ディラン『ここから先は何もない』


(※脚注)シンギュラリティは『技術的特異点』と訳されています。AIが人間の能力を超える2045年問題として知られるようになった概念です。以前このことをユートピアめかして発現した大臣について『何という不見識‼️』と私は呆れかえったたことがあります。もしかしたら主体性を捨て去ったニンゲンはAIの奴隷と化してしまうのかもしれません。



吉村昭『破船』(文春文庫/令和4年4月5日第34刷)

2022-05-07 11:26:00 | 紙の本を読みなよ 槙島聖護
 これは面白い‼️間違いなく傑作です‼️こんな面白い本を今まで知らなかったなんて❗
 絶対に読むべき本です。

 物語は(たぶん東北地方の海辺にある❓)極めて貧しい寒村で始まります。この村で生きる伊作という少年が浜辺に流れ着いた流木を拾うシーンです。貧しい村では流木も立派な燃料です。集めた流木で侘しい火葬が始まります(脚注1)。

 漁業を生業とするこの村での生活は貧しさの極致ですが、読者は美しい自然描写の中に遊び、いつの間にか主人公の伊作と一緒に3年間(脚注2)を過ごしているのに気づくのです。イカ釣りから始まってイワシ、サンマ、タコ・・・と季節ごとの漁がさまざまに展開して行きます。実際の漁の様子がこと細かに描写され、伊作と一緒に豊漁を喜び、不漁に憤る、そんな追体験ができるのです。

 ・・・実はこの村には恐ろしい秘密があるのです。荒天が続いて漁ができない冬の時期には、浜辺で夜通し塩作り(脚注3)をするのですが、塩作りとは表向き、実際は夜中に沖を通る船を誘い込み、岩礁に乗り上げさせ難破させる仕掛けなのです。

 難破した船は『お船さま』と呼ばれ、ありがたいお恵みとして、村をあげた略奪の対象となります。この貧乏な村は略奪で冬場の生計を立てているのです。難破船の乗組員にとっては踏んだり蹴ったりです。嵐の夜に火影を見てやれやれと船を寄せたら岩礁に乗り上げ、救助が来たと思ったら略奪が始まり、秘密を守ろうとする村人たちに打ち殺されてしまうのです。南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏。

 村人たちは『お船さま』が来るのを毎年心待ちにしています。ある年、この村に異様な難破船が流れ着きます。村人たちは争って略奪しますが、分配が終わってしばらくすると、恐ろしい災厄が村を襲います。

 現代にも通じる疫病の蔓延、罹患し生き残った村人にも、更に過酷な運命が待っています(その内容は実際にお読みになって確かめてください)。押さえた筆致で淡々と語られる伊作の運命にグイグイ引き込まれることでしょう。
 ぜひお読みください。オススメします。


※関連記事(吉村昭の別の作品):吉村昭『羆嵐』


(脚注1)この村での葬式が火葬なのは驚きです。普通土葬なんじゃないでしょうか。
昭和時代はまだ土葬が残っていて、私の生まれ故郷で伯父が亡くなったとき、棺桶(丸い桶で屈葬でした)に入れて土葬したのが、私の知る最後の土葬でした。伯父はバイクで崖から落ちて、何日か発見されなかったので、死体は死後硬直してました。そのままでは桶に入らないので、お坊さんが真言密教の土砂加持というのを行って硬直を解いたという話を聞いています。

(脚注2)伊作の父親は三年間の年季奉公に出ています。家族の食い扶持を稼ぐため『売られて』行ったのです。まだ少年の伊作ですが、すでに一家を支える大黒柱です。この小説は父親が戻るまでの三年間を描いたストーリーになっています。

(脚注3)出来上がった塩は穀物と交換するのですが、交換する先へ行くには山道を三日間かけて歩かないと着きません。なんと孤立した集落なのでしょう。私の実体験からすると、人間は平地なら時速5キロで歩けますが、荷駄を背負って急峻な山道を歩くのですから通常の三倍掛かるとして40キロくらい先が交易場所だと想像します。余談ですが私の実体験とは、金曜日の深夜に終電を逃した後、梅田(大阪)から芦屋まで夜通し掛かって歩いた体験です。懐には二万円(新札)があったのですが、日曜日に友人の結婚式に出席するときのお祝い金で、これに手を付けると新札が手に入る見込みがなかったので『よし歩こう❗』と無謀にも思ったのでした。いまから思うと笑い話ですね。