認知症一期一会 http://blog.goo.ne.jp/mizukiosamu/

毎朝8時30分
ケイタイのアラームが鳴ると、私はアリセプト5mgを飲み食卓を離れます。


機嫌が悪い

2007年10月28日 | 5mgの日記

とみに笙子さんの機嫌が悪い。

それが・・・すべて
私のせいだと気がつきました。

私の夏の疲れから始まった
いらいら感が
9月の終りまで続きました。

そして、
10月になっても、
十二指腸のポリーフの削除と続き、
精神的な負担が重なっています。

一日中・・・コタツにもぐりこんで、
ものうげな一日を過ぎしている私。

秋の風が吹くころになると、
しらずしらずの内に溜まった
夏の疲れが・・・噴出してきて
体のそここに影響がでます。

そんな私の状態を
日々見ている笙子さんの気持は
晴れることはないでしょう。

患者である私が、
そう感じているのですから・・・
つきそう笙子さんの精神的負担は
私の何倍かでは・・・と思います。

なんらかの工夫をして、
負担を軽くしてあげたい・・と
思っているのですが、
手立てが浮かんできません。

寝てから考えることもいいかもしれません。


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2 コメント

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シーソーのような (すず)
2007-10-29 11:49:04
水木さま ご無沙汰致しました。
うっかり仕事を引き受けてしまい、
しばらく他のことが何もできない状態になっておりました。

病名こそ違いますけれど、
私も、もう同時進行はできなくなっていると、
ようやく、ほんとうにほんとうに腑に落ちました。

腑に落ちないと止められないというのは、
私の悪い癖かもしれませんが、
やっと、すっぱり仕事を止める決心ができました。
今は、まだすこし疲れが残っておりますが、
心は澄んで、気持ちよく休んでおります。

私がそんな失敗にあたふたしている間に、
水木さまは、再び手術のご経験をなさったのですね。
水木さまも笙子さまも、
心身ともにお疲れになったことでしょう。

うちでもやはり、
私の変調は、ケアパートナーの変調につながります。
一緒に沈み込むのではなく、
一方が冷めれば、一方は熱くなったり、
こちらが元気になると、あちらが寝込んだり……
まるでシーソーのようだ、とよく感じます。

でも、それはお互いのバランスではあっても、
どちらかのせいではありませんよね。
ときに寄り添い、ときに離れ、
その間合いを特に言葉にせずに取れるところが、
水木さまと笙子さまの「阿吽の呼吸」でしょう。

いつも、ほどよい距離を保って
進んでいければよいのかもしれませんけれど……
そんな平坦な道は、むしろつまらないと感じる私は、
まだまだ悟りの境地には遠いようです(^^ゞ
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経を読む (水木)
2007-10-29 15:27:51
すず様へ

体調が悪いのは確かですが、
コタツに入り・・・テレビを見れば気持ちが楽になる・・・と
いうものではないですね。

私の体にメスが入ったのは10何年ぶりです。
今度の場合・・・嫌なことは、
検査するたびに切り取れるという作業。

今年はこれで終わりでしょう。

私は介護の施設に入ったことはありませんので、
来年もそうでありたい・・・と思っています。

いろいろなことがあって人生こそ、
振り返ることが出来るのではと思っています。

キンキンしてもそれで変わるまけではありませんので、
日々の読経を続けていきたと思っています。

もっとも、
悟れないから経を読む・・・と書いたら不謹慎でしょうか。
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