みずいろの旅

やさしいおもいのはねをひろげて

『“僕”から“俺”に変わる日』 第3回(全6回)

2007-10-05 02:04:28 | “僕”から“俺”に変わる日
 木にもたれかかり、腕組みをした彼(32歳の僕)は、不意に尋ねてきた。
『人生楽しんでるかい?22歳の俺は』
『ボチボチです』桜を見上げながら、僕の方からも尋ねる。『あなたは22歳を経験してるんですよね?だったら聞くまでもないのでは?』
『まあな』
『あなたはどんな人生を送ってるんですか?』
 5秒程待って返答がないので、彼の方を見ると、彼の視線は地面に落ちた桜の花びらを突き刺していた。
『……いいとは言えないな』親指と人差し指を使って鼻の頭を弄りながら、彼は続ける。『平凡なサラリーマンで仕事に追い回される毎日。最近まともに休み取れてないなぁ。しかも……』
『しかも?』
 彼は観念したように、『嫁さんにも愛想を尽かされた感じ。もしかしたら、もう時間の問題かもね』と言い、またも彼の指は鼻の頭を掻いた。
『そんな!』
 お先真っ暗ってこと?聞かなければ良かった。
 僕の視線も地面に落ちたが、本当なら地面に張り付いた桜の花びらの下に潜り込ませたかった。いや、僕自身が花びらの下へと潜り込みたい気分だ。
『どうだい?未来なんてそんなもんだよ』彼は親指と人差し指とを擦り合わせながら、微笑を見せた。こちらを嘲笑うかのような微笑。とっても不快だ。『リタイアしたほうが無難かもな』
 その微笑と言葉は僕に反論するチカラを与えた。
『“失敗するから諦めろ”と言われて“はい、そうですか”って簡単に諦められるわけがない!百歩譲ってあなたの言う通りの人生だとしましょう。経験したあなたには答えがわかるだろうけど、未経験の僕には答えだけ教えられても理解できない。何故そうなるのかがわからなければ納得できないんだ!だから、自分で試してみたいんだよ!例えば、親が“あれをしてはいけません!”と言ったところで、子供の好奇心は収まりやしない。ある意味、芸人の間で通用する“フリ”みたいなものかもしれない。でも、失敗して怪我をしたっていいじゃん!そうしたら子供も“こういうことだったのか”って納得する。人間ってそういう試行錯誤を重ねて成長する生き物のはずだよ!?』
 敬語も忘れて、一気にそこまで言い放ったところで、僕の視線は彼から離れて、桜の木を経由し、その向こう側にある月に辿り着いた。
 まん丸いようで、まん丸くない今宵の月は蒼白く瞬いている。
 僕は冷静さを取り戻し、最後のひとことだけ穏やかに言った。
『それに、自分で選んだ道なのだから、後悔なんてしない』
 パチパチパチ、と手を打つ音が聴こえたので、恐る恐る視線を元の位置に戻すと、彼はウンウンと頷いていた。
『それを聞いて安心したよ』
『はっ?』
『俺も同じようなことを言ってた覚えがある』と言った彼は、先刻とは違う、優しい笑いを溢していた。『親に“夢なんて叶わない”って諭された時だったかな』


 つづく。(第4回は10月8日、月曜日に更新予定です)

 作:笛吹みずいろ

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