『もしかして、あなたは僕を鼓舞するために来てくれたんですか?』
『買いかぶり過ぎだね』そう言うと彼は、もたれかかっていた木から背中を離し、ジャケットの背中を手で払いながら、『それと、お前は救世主を求め過ぎ。たまにはキッカケなしで、どうにかしてみろよ』と、若い頃の自分に説教を垂れた。
ははは、と苦笑いながら『ごめんなさい』と謝っておいた。
今、僕に説教をしている人物は、他でもない僕自身だけど、違う時間を別々に生きているから実質的には僕自身というわけではない。これは自省なのか?他人からの説教と捉えるべきか?(自分で言ってて、わけがわからない!)うまくは言えないけれど、心の中で自分が自分に向かって説教することはあっても、こうして物理的に分離した自分から説教されることなんてない。とにかく変。変なことには違いない。
しかし、さすが自分だな、と感心する。射を得たことを指摘してくれるんだもの。他の人の説教とは違い、すんなり胸に染み込む。
そんなことを黙考しているうちに、彼は僕の横に移動していた。
『…実はな、俺は42歳の自分とも会ったんだ』
『そうなんですか』
『重苦しい身の上話を聞かされたよ』
あれ?僕って自分のことを棚上げするタイプでしたっけ?
『でもさ、どうしろと言うのかな?覚悟しておけ、ということなのか?それとも、そうならない道を選べ、ということか?』
『…どう…なんでしょね?』
強い風が木の枝を揺すり、桜の雨が僕らに降り注いだ。
月は雲に隠れたようだ。
2、3分の間、ふたりとも口を開かなかった。月が再び姿を現すのを待つかのように、空を見上げたままだった。今、この様子を誰かが見ていたとしたら、この上なく恐怖したことだろう。真夜中に大の男ふたりが、ただ静かに空を見ているのだから。
沈黙をそっと吹き消したのは彼の方だった。
『そろそろ帰るかな。俺の時間に』
何か少しばかり名残惜しいけど…。
『…そうですか。お元気で』
『お前もな』
背を向けて歩き出した彼だったが、突然手を叩いて、こちらを振り向いた。そうそう、と言ってから、人差し指をこちらに指しながら教えてくれた。『“Radio B●x”は、まだ続いてるぜ。俺の時代でも』
『ええぇ~っ!!まだやってるの?すげぇ!』
“Radio B●x”というのは僕の大好きなラジオ番組。通称レディボ。ネタを送ったりもしている。ちなみに、ラジオネームは○○○○○○○。
興奮冷め遣らぬ僕を尻目に、進行方向に向き直った彼は遠ざかっていく。
『お前も色々な歳の自分に会うといいよ。特に、年下にね』
その声が聞こえた直後、一瞬で消えてしまった。こちらがもうひと声かける間もなく。最後に、ニヤリ、という表情をしていたのが気になるが……。
色々な歳の自分。年下。
しかし、例えば10年前の自分、すなわち12歳の自分に会って、『未来は暗いぞ』なんて伝えるのも意地悪だし、『未来を変えるべく頑張れ!』というプレッシャーをかけるのも酷だよね。だって12歳だよ?少なくとも僕は、その年頃に夢は口にしても、その過程について突き詰めて考えていた記憶はないからね。
まあ、知らなくていいことだってあるよ。
つづく。(第5回は10月12日、金曜日に更新予定です)
作:笛吹みずいろ
『買いかぶり過ぎだね』そう言うと彼は、もたれかかっていた木から背中を離し、ジャケットの背中を手で払いながら、『それと、お前は救世主を求め過ぎ。たまにはキッカケなしで、どうにかしてみろよ』と、若い頃の自分に説教を垂れた。
ははは、と苦笑いながら『ごめんなさい』と謝っておいた。
今、僕に説教をしている人物は、他でもない僕自身だけど、違う時間を別々に生きているから実質的には僕自身というわけではない。これは自省なのか?他人からの説教と捉えるべきか?(自分で言ってて、わけがわからない!)うまくは言えないけれど、心の中で自分が自分に向かって説教することはあっても、こうして物理的に分離した自分から説教されることなんてない。とにかく変。変なことには違いない。
しかし、さすが自分だな、と感心する。射を得たことを指摘してくれるんだもの。他の人の説教とは違い、すんなり胸に染み込む。
そんなことを黙考しているうちに、彼は僕の横に移動していた。
『…実はな、俺は42歳の自分とも会ったんだ』
『そうなんですか』
『重苦しい身の上話を聞かされたよ』
あれ?僕って自分のことを棚上げするタイプでしたっけ?
『でもさ、どうしろと言うのかな?覚悟しておけ、ということなのか?それとも、そうならない道を選べ、ということか?』
『…どう…なんでしょね?』
強い風が木の枝を揺すり、桜の雨が僕らに降り注いだ。
月は雲に隠れたようだ。
2、3分の間、ふたりとも口を開かなかった。月が再び姿を現すのを待つかのように、空を見上げたままだった。今、この様子を誰かが見ていたとしたら、この上なく恐怖したことだろう。真夜中に大の男ふたりが、ただ静かに空を見ているのだから。
沈黙をそっと吹き消したのは彼の方だった。
『そろそろ帰るかな。俺の時間に』
何か少しばかり名残惜しいけど…。
『…そうですか。お元気で』
『お前もな』
背を向けて歩き出した彼だったが、突然手を叩いて、こちらを振り向いた。そうそう、と言ってから、人差し指をこちらに指しながら教えてくれた。『“Radio B●x”は、まだ続いてるぜ。俺の時代でも』
『ええぇ~っ!!まだやってるの?すげぇ!』
“Radio B●x”というのは僕の大好きなラジオ番組。通称レディボ。ネタを送ったりもしている。ちなみに、ラジオネームは○○○○○○○。
興奮冷め遣らぬ僕を尻目に、進行方向に向き直った彼は遠ざかっていく。
『お前も色々な歳の自分に会うといいよ。特に、年下にね』
その声が聞こえた直後、一瞬で消えてしまった。こちらがもうひと声かける間もなく。最後に、ニヤリ、という表情をしていたのが気になるが……。
色々な歳の自分。年下。
しかし、例えば10年前の自分、すなわち12歳の自分に会って、『未来は暗いぞ』なんて伝えるのも意地悪だし、『未来を変えるべく頑張れ!』というプレッシャーをかけるのも酷だよね。だって12歳だよ?少なくとも僕は、その年頃に夢は口にしても、その過程について突き詰めて考えていた記憶はないからね。
まあ、知らなくていいことだってあるよ。
つづく。(第5回は10月12日、金曜日に更新予定です)
作:笛吹みずいろ
話の中にレディボが出てきたときはちょっと笑いました。でも、とても楽しいです。私もこんな風に書けたらいいんですけどね。私のはここまで上手に書けないので(笑)
でも、そう言ってくれるのはチータさんだけですよ!
ありがとうございます!
本気でレディボには感謝しないといけません。レディボがなければ、こうして知り合うことも、小説を読んでもらうこともなかったわけですから。