広末涼子は、私より5歳以上若いので、あまり同世代アイドルという感覚ではない。(※1)。
が、それでも、広末がドラマや歌で大人気だった頃、私の在籍していた大学にも広末ファンを自認する友人が何人もいたので、やはり近い年代と言ってもいいだろう。
とくに、私がそろそろ大学を卒業する頃、それと入れ替わるように、広末涼子が大学進学の時期を迎え、それで、どこの大学に入るのかなどということが、国民的重大事のように報道されていたことをよく覚えている。
先般、その広末涼子が交通事故を起こした後の搬送先の病院での暴行容疑とやらで逮捕!との報道を聞いて(※2)、今、改めて広末涼子の芸能人生をつらつらと考えてみる。そんな当事者適格があろうとなかろうと(笑)。
唐突ながら、私たち団塊ジュニア世代は俗に貧乏くじ世代と呼ばれるように、新卒就職の時期にいわゆる就職氷河期だったり(※3)、雇用がようやく良くなってきた頃には既に年齢的に手遅れだったりと、偶然のタイミングで損ばかりしている(と言われる)。
とくに、学校の受験についてはそれが顕著だった。
1972年頃から1974年頃の生まれの世代は、とにかく人口がその前後の世代に比べて爆発的に多かったので、小学校の頃から私の学年が一番クラス数が多くて、その下の学年になるにつれてだんだん学級数が減る、なんて具合に可視的に年代ごとの児童人口の差を実感してきた(※4)。
それゆえ、高校受験でも大学受験でも前後の世代より競争率が高かったことは間違いない(※5)。
実際、昨今のように、芸能人が猫も杓子もAO入試とやらで、早慶マーチに簡単にー少なくともハタから見たイメージでは簡単そうにー入っちゃっている報道を見るにつけ、私の世代は損しているなあと思わざるを得ない。余計なお世話ながら、予備校の時の友人のあの人もあの人もあの人も、今ならたぶん早慶マーチに簡単に入っていたんだろうになあ、なんて。
と、そんな団塊ジュニア世代の「損」をいろいろな意味で実体験していた学生時代の私だったから、1998年頃の、昨今の「猫も杓子もAO合格」のはしりのような広末涼子の早大推薦合格の報に、どこかモヤっていたのは事実である。
「やっぱり私立大学というのは、良識の府である以前に、営利事業なのね。でも、宣伝めあてで広末を入れたために、本来なら受かる実力のあった生徒が一人落ちたんじゃないのかね。実力もないのに、名前だけで難関校に合格・・・すなわち、これ不正、否、犯罪というのでは?」
なんて、ルサンチマン丸出しの世間話(?)をみっともなくメールに書いて、当時の心友にやんわり窘(たしな)められたことを思い出す(※6)。
だが、そんな個人的なつまらない話はともかくとして、その90年代後半頃の広末涼子の輝きと、今の広末涼子のギャップというか、「色褪せぶり」に改めて驚く。
その頃、われわれ大学生からすればだいぶ年下だった広末だが、アイドル女優として、アイドルシンガーとしての(※7)人気は圧倒的で、当時の十代の女性芸能人の中でも偶像人気は頭一つ抜けていた(※8)。
たしかに、ファンでも何でもない私でも、広末ファンの友人が
「どうしてこんなに透明なんだろう・・・」
と、ため息まじりにつぶやいた気持ちはよくわかる気がしたものである。
だからこそ、広末ファンというわけではない私でも、どちらかというと好感を持って『ビーチボーイズ』(1997)(※9)や『踊る大捜査線/歳末警戒スペシャル』(1997)(※10)や『世界で一番パパが好き』(1998)(※11)を見ていた。
と、そんなふうに昔はとくにファンじゃない人でも老若男女問わず、「ピュアで中性的で透明で、何てかわいいんだろう!」と感嘆させられていた広末涼子が、なぜ、どうして、いつのまにそんなに汚れてしまったんだ???と、吉永小百合や芦田愛菜のケースと比較して、愕然とならないでもない。
少なくとも高校在学中までは「売れっ子芸能人だけど、堀越学園芸能コースなどではなく、ごく普通の学校に毎日通って、ごく普通の友人たちとごく普通の学校生活を送っている」と報じられていた彼女(※12)。
それが、いつのまにやら、いろいろな「奇行」が興味本位に報じられたり、主演ドラマのタイトル通りに本当に「できちゃった結婚」をしたり、年配者なら「何だかふしだらだねえ」と眉をひそめるような「恋多き」男性遍歴を報じられたり、挙げ句、不倫騒動まで起こしたり、「そもそも男の趣味があんまり・・・ね。早稲田のくせに、ねえ?」なんて言われちゃったり。
いつおかしくなった?なんて、その時期を特定したくなってしまうわけだが(※13)。
まあ、おそらくほうぼうで言われている通り、今さらのタラレバの話ではあるが、ちゃんと高校時代と同じく、真面目に早稲田大に通って、ちゃんと早稲田大の講義を受けて、早稲田大の人たちと普通に交流して、そして卒業していたら・・・そしたら、もっとまともな大人になっていたろうし、もちろん世間の目も全く違ったろうね。と、そんなふうに思わざるを得ない。
本当に、今さら詮ないことであるが、高校時代と同じく、仕事をセーブして、親戚の家からちゃんと人並みに早大に通っていたら、まず本人の教養の豊かさが大きく変わっていたはずである。
演劇研究の伝統のある早稲田で、近松やシェイクスピアをきちんと学んでも良かったろう。大学公認の短期留学か何かで本場のグローブ座のステージに触れてみるのも良かったろう。スタニスラフスキー・システムを学び、リー・ストラスバーグのメソード演技を学んでも良かったろう。
そうやって、教養を身につけることが俳優としての幅になるとともに、社会的信頼にもなって、今より遥かに重用される俳優になっていたに違いない。
が、そうはならずに、せっかく受かった大学にロクに通わず、中退に終わってしまったのは、当時のプロダクションが売れてる旬のうちに稼がせたくてガンガン仕事を入れてしまい、忙しくて通学できなかったという不可抗力事情もあろうが、本人も結局のところ実は学生生活より芸能活動のほうが楽しかったのだろうと思う。
親戚の家から一般人のクラスメートと一緒に電車で通学していた高校時代と違って、一気に自由な立場となって、タガが外れてしまったという面もあったろう(※14)。
たしかに、芸能プロダクションとしては稼げるうちに稼いでもらいたいと思うのは当然だし、本人も自分でなりたくてなった芸能人稼業だから、芸能活動を優先したいと思ってしまったのはしかたない。
しかし、芦田愛菜がそうであるように、もし学業優先で仕事をセーブして、一時的に露出が激減したとしても、やりようによっては決して忘れ去られたりはしないはず。それどころか、上手くやれば、「充電」前よりもっと大成することだってできたはず(※15)。
同じように不祥事の悪評が絶えないスピードの今井絵理子やモー娘の加護亜依が、まともに学校に通わずにローティーンの頃から「華やかな芸能界」に溺れて、無学・無教養のままで「ダメな大人」になってしまった(※16)のと違って、広末は少なくとも高校まではまともに教育を受けていたのだし、一流と呼ばれる大学にも進めたのだから(※17)、俳優としても、私生活面でも、絶対にもっといい別の人生を歩んでいた可能性があったはず。
そうしたら、たとえば吉永小百合のような、人気芸能人としてだけでなく、「模範的人間」としても社会から畏敬される存在になっていたはず。
もちろん、現実の歩みとイフの世界とでどっちが良かったかというのは、われわれ他人がとやかく言うことではなく、あくまで本人がどう思っているかなのだが。・・・・・・
(※1)
私の、下のきょうだいが広末と同学年ではあるが。
(※2)
私は、この拙稿のタイトルを最初、『MajiでTsukaまる5秒前』とつけようと思いついて、う~ン、我ながら冴エテル!なんて自画自賛で大喜びしたのだが、(でも、同じネタを考えているヤツ、いっぱいいそうだなw)と思って、念のためググったら、本当にいっぱいいた(笑)。
そこで、今度は「MajiでKetoばす5秒前」にしようと思って、また念のためググったら、こっちも同じこと考えているヤツいっぱいいた(笑)。
でも、まあやむを得まいと諦めて、さてどっちにしようかなと考えたわけだが、まあ、元ネタと同じ「MK5」と略せるほうが良かろうと判断して、「Ketoばす」のほうにした。
本当にクソどうでもいい悩みである(笑)。もっと他に真剣に考えることないんだろうか(呆笑)。
ちなみに、さらにどうでもいい余談として、昨2024年の2月頃に、昔の爆弾テロ事件の指名手配犯の桐島聡という人が、約半世紀の逃亡生活の末、死の直前に自らの正体をカミングアウトした・・・という報道に接して、『桐島、逃亡やめるってよ』というパロディタイトルを思いついた時も、(どうせ同じネタを考えているヤツいっぱいいるんだろうなw)とググってみたら、案の定いっぱいいたから書くのをやめたということがあった(笑)。
(※3)
民間企業の就職がバブル崩壊後の「失われた10年」の真っただ中で最悪だった、だけではない。
私は文学部の教育学専攻だったからよく覚えているが、本来なら景気の動向とは関係のない教員採用のほうでも、そっちはそっちで少子化による学校統廃合がドンドン進められていた上、その時期はまだまだ団塊の世代のベテラン教員がいっぱい残っていたから、教員の就職は物凄い狭き門で、宝クジ並みの倍率だなんて言っていたものである。
だから、私の学友でも、正雇用の教員になれたのは、浪人なんてせずに成績も優秀で要領も良かった人間か、地元の名士の子どもでコネがあるような人間だけだった。
それが今や、教員は「なりたければ誰でもなれる」職業になってしまったのだから、隔世の感で驚くとともに、改めてわが世代のトコトンついてない貧乏くじ世代っぷりに自虐笑いするしかなくなる。
(※4)
拙ブログ『ある学級会の風景』 2024年10月25日 参照
(※5)
中学受験は時代により参加率がかなり変わるので、基本人口より参加率のほうが重要である。
(※6)
別に思い出したくもない過去だが(苦笑)。
(※7)
1970年代、80年代の女性アイドルは、山口百恵が典型であるように、歌と演技を兼ねていた。
たしかに大抵はどちらかに比重の大小があるのが普通で、山口百恵などはかなり50/50だったイメージがあるが、森昌子、岩崎宏美、太田裕美、松田聖子、中森明菜、工藤静香などは人気絶頂期から一貫して歌手のほうが本業で、現在でも普通は歌手という肩書きで紹介され、女優と呼ばれることはほとんどない。
いっぽう、浅田美代子、伊藤蘭、田中好子、小泉今日子、斉藤由貴、南野陽子、中山美穂、それにー90年代になるがー篠原涼子などは、ヒット曲に恵まれ、歌手としての明確な地位を得つつも、最終的には女優を本業にした(薬師丸ひろ子や原田知世などの「角川系」は、アイドル人気全盛の頃から既に本業・女優で副業・歌手と明確に認識されていたといえよう)。
もちろん宮沢りえも同様。高岡早紀も完全に女優(この人の場合は歌手としてのヒット曲がそもそもないけど・・・)。深津絵里や永作博美や満島ひかりに至ってはかつてアイドル歌手だったということ自体が今では知られていない。
で、広末涼子の時代は既に「昭和型アイドル」の時代ではなかったが、単独コンサートツアーを行うなど、けっこうしっかり「歌手」していた。が、何となく気がついたら歌手はやらなくなっていた。
最初から本人も事務所も、聖子・明菜型でなくキョンキョン・中山型を目指すと決めていたのだろう。
で、そんな広末涼子の歌手としてのディスコグラフィを見ると、デビュー曲が竹内まりやの作品で、それから岡本真夜、原由子、広瀬香美と、女性シンガーソングライターの委嘱が多かった。が、そんな中で、『ジーンズ』という曲では珍しく職業作詞家・作曲家を起用しており、実を言うと、私個人的にはこの曲が一番好きである。
それにしても、「学校やめてバイトをしている友達・・・」とか歌っていた本人が、まさかせっかく入った大学を辞めちゃうとはね。・・・
(※8)
私が学生だった90年代中頃から後半の時期、アイドル的な若手女性芸能人の人気というと、広末以外ではやはりスピードが強かったろうか。モーニング娘。全盛期は、もう少しだけ後になる。他にも華原朋美、鈴木あみ、浜崎あゆみなんていたが。
男性アイドルだと、やはりスマップの全盛時代にあたるが、スマップはもうとっくに二十歳を過ぎていたから、もうちょっと若い人たちだと、キンキキッズだったかな。
(※9)
ドラマ『ビーチボーイズ』の熱心なファンだったのは、私よりむしろ当時反町ファンだった亡母だが。
でも、竹野内豊って本当にいい声だよねえ、と、私も隣で観ながらいつも感銘を受けていた。
(※10)
『踊る』シリーズは、小池栄子や阿部サダヲ、水川あさみ、松重豊など後の有名芸能人の駆け出し時代が見られることでも知られているが、稲垣吾郎をメインゲストに迎えた『歳末警戒~』は、仲間由紀恵や伊藤英明のブレイク前の貴重な姿が見られることでも特筆される。
とともに、内容的にも他のスペシャルや劇場版よりよほどおもしろかった。
でも、版権にうるさい旧ジャニーズをメインゲストにしたからか、他のスペシャル版や劇場版と違ってCS放送などでの再放送の機会にめぐまれないのが残念である。
で、この『歳末警戒~』での広末はというと、「重要な役だけどこの時は無名だった」仲間由紀恵とは逆に、「重要な役じゃないけど当時大人気だったから話題作りでカメオ出演」という形だった。正直、物語進行上はいてもいなくてもどっちでもいい役だった(笑)。
ちなみに余談の余談で、仲間由紀恵は広末とほぼ同年代であるが、雰囲気的に広末よりずっと落ち着いて見えるのみならず、実際に俳優としても一人の人間としても、広末よりずっと社会的信用度のある安定した人物という感じがする。
本文に書いた通り、広末だって、十代の終わり頃にもっとキチンと自分を律していれば、今頃そんな立ち位置になっていたろうに(仮定法過去と仮定法過去完了のハイブリッド)。
(※11)
「この顔の親からこの顔の子どもが生まれるわけないだろ」は、全てのフィクションドラマの親子設定に対する「それを言っちゃおしまい」の無粋なツッコミだが、明石家さんまと広末が親子というのも、普通に考えればあり得ない話である(笑)。
と、それはさておき、真面目な話として、やはりドラマ(や映画)というのは、男性プロデューサーたちが「おじさん目線」で企画するものなんだね、と、このような作品を見るとつくづく思う。
「父と娘(美人)の物語」という、オッサンたちにとっての「こんな娘がいたらいいだろうなあ」の気持ち悪い妄想のようなドラマ(や映画)の何と多いことか!父と娘の二人家庭のドラマ(や映画)の何と多いことか!
ためしに、「父と息子」や「母と息子」をテーマにしたドラマと供給量を比較してみれば即座にわかるはずである(広末も、後の『オヤジぃ。』(2000)など、何度も「父親から見た理想の娘」を演じさせられている)。
(※12)
私事の余談ながら、広末が早大に入った頃、彼女の母校の品川女学院高校のすぐ近くの救急病院に、当時のバイト先のボスが交通事故で入院し、お見舞いに行ったことがあった。
その時、「早稲田に受かったとかで今話題の広末涼子って、このすぐ隣の高校に通っているらしいですよ」なんて話をしたことを覚えている。
それから四半世紀あまりが過ぎ、もうそのボスも亡くなってしまったが。
(※13)
数々の悪評を重ねた末に、とうとう逮捕・・・という報には、同郷のお姉さんとして彼女のことを心配しながら見守ってきた(想像)、楽曲提供担当の岡本真夜さんも、さぞかしガッカリしていることだろう。
(※14)
マスコミ報道が過剰で、なかなか通えなかった、と彼女を擁護する意見ももちろんよくわかるが、それはあくまで最初の頃だけのはずである。その後は通おうと思えば普通に通えたはずである。ちゃんと本人に通おうという意志さえあれば。
(※15)
分野は違うが、クラシックピアニストのマウリツィオ・ポリーニのように、コンクールで優勝してすぐに売れっ子になれる立場にいながら、あえて表舞台から引っ込み、何年も研鑽に専念したことで、結果的に充電前より遥かに巨大な名声を手にしたというケースもある。
(※16)
でも、加護亜依と違って、今井絵理子の場合、その「ダメな大人」が「上級国民」になってしまっているあたり、日本の民度ってやつの病理は根深いね。
(※17)
いわゆるAO入試自体の是非はともかくとして。
が、それでも、広末がドラマや歌で大人気だった頃、私の在籍していた大学にも広末ファンを自認する友人が何人もいたので、やはり近い年代と言ってもいいだろう。
とくに、私がそろそろ大学を卒業する頃、それと入れ替わるように、広末涼子が大学進学の時期を迎え、それで、どこの大学に入るのかなどということが、国民的重大事のように報道されていたことをよく覚えている。
先般、その広末涼子が交通事故を起こした後の搬送先の病院での暴行容疑とやらで逮捕!との報道を聞いて(※2)、今、改めて広末涼子の芸能人生をつらつらと考えてみる。そんな当事者適格があろうとなかろうと(笑)。
唐突ながら、私たち団塊ジュニア世代は俗に貧乏くじ世代と呼ばれるように、新卒就職の時期にいわゆる就職氷河期だったり(※3)、雇用がようやく良くなってきた頃には既に年齢的に手遅れだったりと、偶然のタイミングで損ばかりしている(と言われる)。
とくに、学校の受験についてはそれが顕著だった。
1972年頃から1974年頃の生まれの世代は、とにかく人口がその前後の世代に比べて爆発的に多かったので、小学校の頃から私の学年が一番クラス数が多くて、その下の学年になるにつれてだんだん学級数が減る、なんて具合に可視的に年代ごとの児童人口の差を実感してきた(※4)。
それゆえ、高校受験でも大学受験でも前後の世代より競争率が高かったことは間違いない(※5)。
実際、昨今のように、芸能人が猫も杓子もAO入試とやらで、早慶マーチに簡単にー少なくともハタから見たイメージでは簡単そうにー入っちゃっている報道を見るにつけ、私の世代は損しているなあと思わざるを得ない。余計なお世話ながら、予備校の時の友人のあの人もあの人もあの人も、今ならたぶん早慶マーチに簡単に入っていたんだろうになあ、なんて。
と、そんな団塊ジュニア世代の「損」をいろいろな意味で実体験していた学生時代の私だったから、1998年頃の、昨今の「猫も杓子もAO合格」のはしりのような広末涼子の早大推薦合格の報に、どこかモヤっていたのは事実である。
「やっぱり私立大学というのは、良識の府である以前に、営利事業なのね。でも、宣伝めあてで広末を入れたために、本来なら受かる実力のあった生徒が一人落ちたんじゃないのかね。実力もないのに、名前だけで難関校に合格・・・すなわち、これ不正、否、犯罪というのでは?」
なんて、ルサンチマン丸出しの世間話(?)をみっともなくメールに書いて、当時の心友にやんわり窘(たしな)められたことを思い出す(※6)。
だが、そんな個人的なつまらない話はともかくとして、その90年代後半頃の広末涼子の輝きと、今の広末涼子のギャップというか、「色褪せぶり」に改めて驚く。
その頃、われわれ大学生からすればだいぶ年下だった広末だが、アイドル女優として、アイドルシンガーとしての(※7)人気は圧倒的で、当時の十代の女性芸能人の中でも偶像人気は頭一つ抜けていた(※8)。
たしかに、ファンでも何でもない私でも、広末ファンの友人が
「どうしてこんなに透明なんだろう・・・」
と、ため息まじりにつぶやいた気持ちはよくわかる気がしたものである。
だからこそ、広末ファンというわけではない私でも、どちらかというと好感を持って『ビーチボーイズ』(1997)(※9)や『踊る大捜査線/歳末警戒スペシャル』(1997)(※10)や『世界で一番パパが好き』(1998)(※11)を見ていた。
と、そんなふうに昔はとくにファンじゃない人でも老若男女問わず、「ピュアで中性的で透明で、何てかわいいんだろう!」と感嘆させられていた広末涼子が、なぜ、どうして、いつのまにそんなに汚れてしまったんだ???と、吉永小百合や芦田愛菜のケースと比較して、愕然とならないでもない。
少なくとも高校在学中までは「売れっ子芸能人だけど、堀越学園芸能コースなどではなく、ごく普通の学校に毎日通って、ごく普通の友人たちとごく普通の学校生活を送っている」と報じられていた彼女(※12)。
それが、いつのまにやら、いろいろな「奇行」が興味本位に報じられたり、主演ドラマのタイトル通りに本当に「できちゃった結婚」をしたり、年配者なら「何だかふしだらだねえ」と眉をひそめるような「恋多き」男性遍歴を報じられたり、挙げ句、不倫騒動まで起こしたり、「そもそも男の趣味があんまり・・・ね。早稲田のくせに、ねえ?」なんて言われちゃったり。
いつおかしくなった?なんて、その時期を特定したくなってしまうわけだが(※13)。
まあ、おそらくほうぼうで言われている通り、今さらのタラレバの話ではあるが、ちゃんと高校時代と同じく、真面目に早稲田大に通って、ちゃんと早稲田大の講義を受けて、早稲田大の人たちと普通に交流して、そして卒業していたら・・・そしたら、もっとまともな大人になっていたろうし、もちろん世間の目も全く違ったろうね。と、そんなふうに思わざるを得ない。
本当に、今さら詮ないことであるが、高校時代と同じく、仕事をセーブして、親戚の家からちゃんと人並みに早大に通っていたら、まず本人の教養の豊かさが大きく変わっていたはずである。
演劇研究の伝統のある早稲田で、近松やシェイクスピアをきちんと学んでも良かったろう。大学公認の短期留学か何かで本場のグローブ座のステージに触れてみるのも良かったろう。スタニスラフスキー・システムを学び、リー・ストラスバーグのメソード演技を学んでも良かったろう。
そうやって、教養を身につけることが俳優としての幅になるとともに、社会的信頼にもなって、今より遥かに重用される俳優になっていたに違いない。
が、そうはならずに、せっかく受かった大学にロクに通わず、中退に終わってしまったのは、当時のプロダクションが売れてる旬のうちに稼がせたくてガンガン仕事を入れてしまい、忙しくて通学できなかったという不可抗力事情もあろうが、本人も結局のところ実は学生生活より芸能活動のほうが楽しかったのだろうと思う。
親戚の家から一般人のクラスメートと一緒に電車で通学していた高校時代と違って、一気に自由な立場となって、タガが外れてしまったという面もあったろう(※14)。
たしかに、芸能プロダクションとしては稼げるうちに稼いでもらいたいと思うのは当然だし、本人も自分でなりたくてなった芸能人稼業だから、芸能活動を優先したいと思ってしまったのはしかたない。
しかし、芦田愛菜がそうであるように、もし学業優先で仕事をセーブして、一時的に露出が激減したとしても、やりようによっては決して忘れ去られたりはしないはず。それどころか、上手くやれば、「充電」前よりもっと大成することだってできたはず(※15)。
同じように不祥事の悪評が絶えないスピードの今井絵理子やモー娘の加護亜依が、まともに学校に通わずにローティーンの頃から「華やかな芸能界」に溺れて、無学・無教養のままで「ダメな大人」になってしまった(※16)のと違って、広末は少なくとも高校まではまともに教育を受けていたのだし、一流と呼ばれる大学にも進めたのだから(※17)、俳優としても、私生活面でも、絶対にもっといい別の人生を歩んでいた可能性があったはず。
そうしたら、たとえば吉永小百合のような、人気芸能人としてだけでなく、「模範的人間」としても社会から畏敬される存在になっていたはず。
もちろん、現実の歩みとイフの世界とでどっちが良かったかというのは、われわれ他人がとやかく言うことではなく、あくまで本人がどう思っているかなのだが。・・・・・・
(※1)
私の、下のきょうだいが広末と同学年ではあるが。
(※2)
私は、この拙稿のタイトルを最初、『MajiでTsukaまる5秒前』とつけようと思いついて、う~ン、我ながら冴エテル!なんて自画自賛で大喜びしたのだが、(でも、同じネタを考えているヤツ、いっぱいいそうだなw)と思って、念のためググったら、本当にいっぱいいた(笑)。
そこで、今度は「MajiでKetoばす5秒前」にしようと思って、また念のためググったら、こっちも同じこと考えているヤツいっぱいいた(笑)。
でも、まあやむを得まいと諦めて、さてどっちにしようかなと考えたわけだが、まあ、元ネタと同じ「MK5」と略せるほうが良かろうと判断して、「Ketoばす」のほうにした。
本当にクソどうでもいい悩みである(笑)。もっと他に真剣に考えることないんだろうか(呆笑)。
ちなみに、さらにどうでもいい余談として、昨2024年の2月頃に、昔の爆弾テロ事件の指名手配犯の桐島聡という人が、約半世紀の逃亡生活の末、死の直前に自らの正体をカミングアウトした・・・という報道に接して、『桐島、逃亡やめるってよ』というパロディタイトルを思いついた時も、(どうせ同じネタを考えているヤツいっぱいいるんだろうなw)とググってみたら、案の定いっぱいいたから書くのをやめたということがあった(笑)。
(※3)
民間企業の就職がバブル崩壊後の「失われた10年」の真っただ中で最悪だった、だけではない。
私は文学部の教育学専攻だったからよく覚えているが、本来なら景気の動向とは関係のない教員採用のほうでも、そっちはそっちで少子化による学校統廃合がドンドン進められていた上、その時期はまだまだ団塊の世代のベテラン教員がいっぱい残っていたから、教員の就職は物凄い狭き門で、宝クジ並みの倍率だなんて言っていたものである。
だから、私の学友でも、正雇用の教員になれたのは、浪人なんてせずに成績も優秀で要領も良かった人間か、地元の名士の子どもでコネがあるような人間だけだった。
それが今や、教員は「なりたければ誰でもなれる」職業になってしまったのだから、隔世の感で驚くとともに、改めてわが世代のトコトンついてない貧乏くじ世代っぷりに自虐笑いするしかなくなる。
(※4)
拙ブログ『ある学級会の風景』 2024年10月25日 参照
(※5)
中学受験は時代により参加率がかなり変わるので、基本人口より参加率のほうが重要である。
(※6)
別に思い出したくもない過去だが(苦笑)。
(※7)
1970年代、80年代の女性アイドルは、山口百恵が典型であるように、歌と演技を兼ねていた。
たしかに大抵はどちらかに比重の大小があるのが普通で、山口百恵などはかなり50/50だったイメージがあるが、森昌子、岩崎宏美、太田裕美、松田聖子、中森明菜、工藤静香などは人気絶頂期から一貫して歌手のほうが本業で、現在でも普通は歌手という肩書きで紹介され、女優と呼ばれることはほとんどない。
いっぽう、浅田美代子、伊藤蘭、田中好子、小泉今日子、斉藤由貴、南野陽子、中山美穂、それにー90年代になるがー篠原涼子などは、ヒット曲に恵まれ、歌手としての明確な地位を得つつも、最終的には女優を本業にした(薬師丸ひろ子や原田知世などの「角川系」は、アイドル人気全盛の頃から既に本業・女優で副業・歌手と明確に認識されていたといえよう)。
もちろん宮沢りえも同様。高岡早紀も完全に女優(この人の場合は歌手としてのヒット曲がそもそもないけど・・・)。深津絵里や永作博美や満島ひかりに至ってはかつてアイドル歌手だったということ自体が今では知られていない。
で、広末涼子の時代は既に「昭和型アイドル」の時代ではなかったが、単独コンサートツアーを行うなど、けっこうしっかり「歌手」していた。が、何となく気がついたら歌手はやらなくなっていた。
最初から本人も事務所も、聖子・明菜型でなくキョンキョン・中山型を目指すと決めていたのだろう。
で、そんな広末涼子の歌手としてのディスコグラフィを見ると、デビュー曲が竹内まりやの作品で、それから岡本真夜、原由子、広瀬香美と、女性シンガーソングライターの委嘱が多かった。が、そんな中で、『ジーンズ』という曲では珍しく職業作詞家・作曲家を起用しており、実を言うと、私個人的にはこの曲が一番好きである。
それにしても、「学校やめてバイトをしている友達・・・」とか歌っていた本人が、まさかせっかく入った大学を辞めちゃうとはね。・・・
(※8)
私が学生だった90年代中頃から後半の時期、アイドル的な若手女性芸能人の人気というと、広末以外ではやはりスピードが強かったろうか。モーニング娘。全盛期は、もう少しだけ後になる。他にも華原朋美、鈴木あみ、浜崎あゆみなんていたが。
男性アイドルだと、やはりスマップの全盛時代にあたるが、スマップはもうとっくに二十歳を過ぎていたから、もうちょっと若い人たちだと、キンキキッズだったかな。
(※9)
ドラマ『ビーチボーイズ』の熱心なファンだったのは、私よりむしろ当時反町ファンだった亡母だが。
でも、竹野内豊って本当にいい声だよねえ、と、私も隣で観ながらいつも感銘を受けていた。
(※10)
『踊る』シリーズは、小池栄子や阿部サダヲ、水川あさみ、松重豊など後の有名芸能人の駆け出し時代が見られることでも知られているが、稲垣吾郎をメインゲストに迎えた『歳末警戒~』は、仲間由紀恵や伊藤英明のブレイク前の貴重な姿が見られることでも特筆される。
とともに、内容的にも他のスペシャルや劇場版よりよほどおもしろかった。
でも、版権にうるさい旧ジャニーズをメインゲストにしたからか、他のスペシャル版や劇場版と違ってCS放送などでの再放送の機会にめぐまれないのが残念である。
で、この『歳末警戒~』での広末はというと、「重要な役だけどこの時は無名だった」仲間由紀恵とは逆に、「重要な役じゃないけど当時大人気だったから話題作りでカメオ出演」という形だった。正直、物語進行上はいてもいなくてもどっちでもいい役だった(笑)。
ちなみに余談の余談で、仲間由紀恵は広末とほぼ同年代であるが、雰囲気的に広末よりずっと落ち着いて見えるのみならず、実際に俳優としても一人の人間としても、広末よりずっと社会的信用度のある安定した人物という感じがする。
本文に書いた通り、広末だって、十代の終わり頃にもっとキチンと自分を律していれば、今頃そんな立ち位置になっていたろうに(仮定法過去と仮定法過去完了のハイブリッド)。
(※11)
「この顔の親からこの顔の子どもが生まれるわけないだろ」は、全てのフィクションドラマの親子設定に対する「それを言っちゃおしまい」の無粋なツッコミだが、明石家さんまと広末が親子というのも、普通に考えればあり得ない話である(笑)。
と、それはさておき、真面目な話として、やはりドラマ(や映画)というのは、男性プロデューサーたちが「おじさん目線」で企画するものなんだね、と、このような作品を見るとつくづく思う。
「父と娘(美人)の物語」という、オッサンたちにとっての「こんな娘がいたらいいだろうなあ」の気持ち悪い妄想のようなドラマ(や映画)の何と多いことか!父と娘の二人家庭のドラマ(や映画)の何と多いことか!
ためしに、「父と息子」や「母と息子」をテーマにしたドラマと供給量を比較してみれば即座にわかるはずである(広末も、後の『オヤジぃ。』(2000)など、何度も「父親から見た理想の娘」を演じさせられている)。
(※12)
私事の余談ながら、広末が早大に入った頃、彼女の母校の品川女学院高校のすぐ近くの救急病院に、当時のバイト先のボスが交通事故で入院し、お見舞いに行ったことがあった。
その時、「早稲田に受かったとかで今話題の広末涼子って、このすぐ隣の高校に通っているらしいですよ」なんて話をしたことを覚えている。
それから四半世紀あまりが過ぎ、もうそのボスも亡くなってしまったが。
(※13)
数々の悪評を重ねた末に、とうとう逮捕・・・という報には、同郷のお姉さんとして彼女のことを心配しながら見守ってきた(想像)、楽曲提供担当の岡本真夜さんも、さぞかしガッカリしていることだろう。
(※14)
マスコミ報道が過剰で、なかなか通えなかった、と彼女を擁護する意見ももちろんよくわかるが、それはあくまで最初の頃だけのはずである。その後は通おうと思えば普通に通えたはずである。ちゃんと本人に通おうという意志さえあれば。
(※15)
分野は違うが、クラシックピアニストのマウリツィオ・ポリーニのように、コンクールで優勝してすぐに売れっ子になれる立場にいながら、あえて表舞台から引っ込み、何年も研鑽に専念したことで、結果的に充電前より遥かに巨大な名声を手にしたというケースもある。
(※16)
でも、加護亜依と違って、今井絵理子の場合、その「ダメな大人」が「上級国民」になってしまっているあたり、日本の民度ってやつの病理は根深いね。
(※17)
いわゆるAO入試自体の是非はともかくとして。
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