goo blog サービス終了のお知らせ 

長島充-工房通信-THE STUDIO DIARY OF Mitsuru NAGASHIMA

画家・版画家、長島充のブログです。日々の創作活動や工房周辺でのできごとなどを中心に更新していきます。

185. ナイトキャップ

2015-04-03 21:14:01 | 日記・日常

職業上、当然のことだが工房に籠っている日は朝から晩まで食事と散歩の時間以外は絵画や版画の制作に集中している。その集中する日々が続くと、最近では年のせいか肩がバリバリにこったり、背中から腰にかけて痛かったり、目がかすんだりとなかなかヘビーなのである。体だけではなくて、長時間の集中からか夜、寝床に入っても頭の中身が興奮し続けていて寝付けない。こういう時は以前からナイトキャップ(寝酒)を飲む習慣がついている。

このナイトキャップ、少し前まではワインが主だったのだが、ある時期から赤ワインの香りがきつく感じるようになってしまい朝まで残ってしまうこともあった。と、いうわけで最近ではウイスキー党に変わった。それも長いこと〇〇トリー党だったのだが、昨年、9月から今年3月まで放映された某国営放送の連続TV小説『マッサン』ブームに影響され、ニッカのモルトウイスキーを飲み始めた。最初はドラマでも繰り返し出てきたいわゆる「スモーキーフレーバー」という特有の焦げ臭さが鼻についてしまい、なかなかなじめなかったのだが、我慢して飲み続けているうちに不思議なものでこれが心地よく感じクセになりつつあるのだ。ようやく味わって飲めるようになってきている。このモルトに慣れた舌で〇〇トリーを飲み直してみると、甘味があるように感じてしまう(〇〇トリーさんスミマセン、またしばらくしたら飲み始めますよ)。

昨年はニッカウヰスキーが北海道余市に創業して80周年を迎えた年だそうだが、『竹鶴17年ピュアモルト』という銘柄の商品の品質の高さが世界から賞賛されワールド・ウイスキー・アワード2014というコンテストで世界最高賞を受賞した。素晴らしい、日本の誇りである。この17年物のウイスキーをぜひ一度飲もうとパソコンで検索してみたが、なんとプレミヤがついてしまい高価になっている。それから普通の銘柄も近所のスーパーなどでは品薄になっていて、なかなか入手しにくくなっている。国際賞とTVドラマの経済効果というものはすごいものだと、改めて感心している。

そしてドラマの中でニッカウヰスキー創業者の妻、竹鶴リタ(役名はエリー)役を演じた白人女性ヒロインのシャーロット・ケイト・フォックスも日本でのヒットが本国アメリカで評価されブロードウェイミュージカル『シカゴ』の主演ロキシー・ハート役に大抜擢されたそうだ。今年12月には来日公演もあるという。これも重ねてめでたいことである。画像はトップがグラスついだウイスキー。下が向って左からニッカのモルトウイスキー2種、TV画面のシャーロット・ケイト・フォックス。

 

   

 

 


173. 2015年 新年明けましておめでとうございます。

2015-01-01 21:20:44 | 日記・日常

ブロガーのみなさん、2015年、新年明けましておめでとうございます。

今年も無事に明けました。みなさま、どんな元日を過ごされましたか。僕は暮れから家族が集まり、例年どおり朝は遅めに起床。お節料理とお屠蘇をいただき、近所の神社、寺院に初詣に行ってきました。午後からはこれも例年どおり近所の映画館に新春ロードショーを観に行って来ました。

大晦日のブログにも書きましたが、今年は展覧会が集中している年です。作品を通してまたみなさんと、そして新しい方々との出会いを今から楽しみにしています。恒例の年頭のスローガンは『共鳴』としました。あの音叉の共鳴です。「作品に込めた自身のメッセージと受け手である鑑賞者の心が共鳴する」このことを目指して行きたい。今年に限らずこの数年間、このことを強く思うようになりました。一見、単純に見えますが、実はとても難しいことです。制作者は自分の表現というものが先行してしまうあまり、ついつい自己満足的になりがちなのが常です。

今年一年、このスローガンを胸に精進努力して行く覚悟ですので、よろしくお願いします。では、みなさんが今晩、素敵な初夢を見られることを祈っております。トップ画像は昨年12月の版画個展出品の木版画 『輝く朝(マガン)』。

 


172. 2014年 一年間ありがとうございました。

2014-12-31 12:56:02 | 日記・日常

ブロガーの皆さま、今年一年間お立ち寄りいただいた方々、FB、mixy、twitter の方々、友人知人の方々、2014年一年間お付き合いいただきありがとうございました。コメントでの励ましのお言葉やアドバイス、いいね!をいただいた方々、感謝しています。

自分事になりますが、今年は個展やグループ展も開催回数が少なく、とにかく作品制作に集中した一年でした。何か特別新しいことを始めたり表現の可能性を広げるというよりも『今まで継続してきた技術や内容(テーマ)をさらに掘り下げ、深めて行くこと』に集中しました。それでも新たなうれしい出会いもあり充実した展覧会となりました。今後もしばらくはこのペースで続けて行くと思います。みなさまにとってはどんな一年間だったのでしょうか。

来年から再来年にかけて個展とグループ展が続きます。特に来年の秋以降は版画の個展を各地で予定しています。また会場でみなさんにお会いし、作品を前にお話しできることを楽しみにしています。またブログの方も継続していきますので変わらずお付き合いください。

2015年が、みなさんにとって明るく充実した一年になりますようお祈りしております。良い新年をお迎えください。画像は当工房の近くにある印旛沼の冬の日入り風景。


165. 『吾輩も猫である』

2014-11-03 09:49:37 | 日記・日常

吾輩も猫である。名前はタマオと呼ばれている。♂で年齢は12歳ぐらいと言われている。人間様で言えば50代半ばというところだろうか。♂盛りである。純和製で体色はクロトラである。自分でいうのもなんだが、近所の♀にはこれでけっこうモテるのである。

今のご主人の家に拾われてきてから早いもので9年経った。この家の三番目の御嬢さんが、まだ幼かった時に近所の公園で昼寝をしていた吾輩を強引に拾ってきてくれたのである。この時、家族の評価はまずまずで審査にパスし、そのまんま居ついているのである。得意なことは、どこでも寝られることと、野鳥を捕ることである。今までにスズメ、メジロ、珍しいところでは冬鳥のジョウビタキといろいろ捕った。野鳥以外にもカナヘビ、カヤネズミとなんでもござれである。別に食べるわけではないので、捕って来ては自慢するためにリビングに置いておく。ただし、野鳥だけは特別不評である。なぜかというと、ここのご主人夫妻は『日本野鳥の会会員』とやらで、置いておいた戦利品を涙して見ているのである。世話になっているご主人夫妻を悲しませたくないのと、餌の量に影響するので今後、これだけは控えなければならない。

ご主人はエカキという職業らしく、家にいて仕事をしていることが多い。ただしカルチャーいうところに教えに行く日は外出する。ある年の夏のことだが、肩を落として帰ってきたことがあった。なんでもカルチャーというところのセイトさんという人たちに吾輩がモデルとなった絵をもっていって見せたところ、その中の一人から「なんか、ノラネコみたいな猫ですなぁ」と言われたらしい。さらに話に耳を傾けていると、その人は「アメショ」という綺麗な模様の猫を飼っているのだそうだ。聴いたことがない種類である。吾輩に言わせれば、クロトラはチャトラやミケよりも原種に近くヤマネコっぽいかっこ良さがあると思うのだが…。

まあ、いろいろ日常のできごとを話せばきりがないのだが、取りあえず朝起きて真っ赤な口をあけ「ニャー、ニャー」と猫をかぶって繰り返し鳴けば、几帳面なご主人がドライフーズと水を欠かさず与えてくれるので、不自由はなく暮らしている毎日だ。おっと、奥様が買い物から帰ってきた。このブログの続きはまた夫妻が留守の時にでも更新するとしよう。


161.皆既月食を観る。

2014-10-09 21:37:42 | 日記・日常

すっかり秋も深まり、ようやく制作に向く季節に入ってきた。昨晩、絵画作品の下絵を描いていると、三女の呼ぶ声がした。 「パパァーッ、ゲッショクが始まっっているよぉーっ!」 いけね、すっかり忘れていた。今日は皆既月食が観察できる日だった。あわてて、工房の窓を開けると電線越しに見慣れないようすの月が漆黒の夜空にポッカリと浮かんでいる。赤銅色と言うのだろうか、何とも言えない色合いでとても幻想的である。

月食(げっしょく)とは英語でLunar Eclipseといい、地球が太陽と月の間に入り、地球の影が月にかかることで月が欠けて見える現象のことで満月の時に起こる。全ての部分が影に入る場合を皆既月食・Total Eclipse、一部分だけが影に入る場合を部分月食・Partial Eclipseという。日食と違い、月が見える場所であれば地球上のどこからでも観測・観察することができる。あわてて野鳥観察に使用する地上用望遠鏡を三脚にセットし、接眼部にデジタルカメラを取り付けてバシャバシャと撮影を始めた。大気の澄んだ冬の満月などはこの方法でクッキリと撮ることができるのだが、今晩は微妙な光量の月食が相手である。暗い上に倍率が高いので当然シャッタースピードが遅くなる。なかなか思うようなカットが撮影できなかった。

夢中で撮影してから、一休み。しばらくボーッとオレンジ色に鈍く輝く月食を眺めていた時、ある映像が脳裏をよぎった。フランスのジョルジュ・メリエス監督のモノクロ・サイレント映画『月世界旅行』である。1902年、20世紀初めに制作された世界初のSF映画とされている。6人の天文学教授が月への探検旅行に行くストーリーだが、乗り込んだ砲弾型ロケットが人面のついた月の右目に着弾するショットはあまりにも有名である。月面を探検する6人の前に月人が現れ、闘争となるが振り切って、砲弾型ロケットにもどり無事地球に帰還するというショート・ストーリーだ。現代の目で観ればなんとも稚拙なSF映画だが、アポロのアの字もない時代、よくもまあこんな想像力を膨らませたものである。

日食と違い月食の発生頻度は低い。一年に2回起こるか起こらない年、3回起こる年もある。次回の観測予想は来年の4月頃になるようだ。その時までに月の撮影の腕を磨いておくことにしよう。画像はトップ、下とも、8日に撮影した月食の画像。

 

 

 


158.芸祭に行く。

2014-09-11 21:03:42 | 日記・日常

このところ、いくつかの仕事が重なりブログの更新をさぼり気味である。と、いうことで今月初めての投稿。

7日。上野のT芸術大学の『芸祭』に行ってきた。ここのデザイン科3年生となる長女から連絡があり、「作品の展示とフリー・マーケットに出品しているので見に来ない?」というお誘いだった。昨年はこちらの事情で行けなかったので、なんとか仕事に区切りをつけて行ってみることにした。それにしても時間の経つのは早いなぁ。ついこの間入学したかと思っていたらもう3年生。デザイン科なのでボチボチ就活を始めているようだ。

芸大の正門に着くと雨だというのに来場者が多く、賑わっている。長女との待ち合わせ時間には、まだ早いので、まずは「絵画棟」と呼ばれる建物の展示を見て歩くことにした。今から30数年前、美大受験をしていた僕は毎年のように芸祭を訪れ、絵画棟の展示を隅から隅まで見て歩いたものだ。結局受験には失敗したのだが、なんとも表現しようがない懐かしさが蘇ってきた。「せっかく来たのだから、このさい30数年前のように隅から隅まで見てみよう」 決めると行動の早い僕はエレベーターで最上階まで上がっていた。ここから昔と同じように画学生の作品を1点1点丁寧に見ながら1階まで下りていく。油画科、日本画科、版画専攻と力作が並ぶ。まだどこに向かって表現していいのか手探りの時期。その若さが初々しくもあり、危なげでもある。そしてその肌触りが懐かしい。絵画棟を観終ると今度は長女の出品している「デザイン・工芸棟」に移動する。平面あり、立体あり、伝統工芸ありと、いきなり表現の幅が広がり視点が定まらなかったが、しばらく経つとようやく目がなじんできた。「やっぱり、自分はつくづくファイン・アート的な人間なのかな…」 長女にメールをして展示場所を確認してから2階の教室に移動する。たくさんの展示作品の中からようやく見つけてホッと一安心。都内で生活しているので最近はあまり作品を見る機会がなかったが、彩度の高い色を大胆に使うようになったんだな。さっそく感想などをメールした。

一通り、展示作品を見たのだが(彫刻科と建築科を見落としてしまった)まだ時間に余裕がある。ポスターが貼ってあった芸大美術館で企画展示されている木版画作品を観に行った。浮世絵から続く木版画の歴史的なものから現代版画まで、なかなか充実した展示になっていた。現代作家の部屋には知人の版画家も数人出品していた。

そうこうしているうちに約束時間となる。校門のあたりで後から遅れてやってきた家内と次女とも合流し、大学を出て近くのレストランで昼食をとった。長女を囲んで普段の学生生活や今回の展示作品のことなど話しているうちにフリー・マーケットでの話になり「自作のオリジナル絵葉書が100枚以上販売できた」と嬉しそうに言っていた。どうやら色感だけでなく商才も磨いているようだ。「長島の家はもともと商人の家系だからねぇ」 帰りは上野公園内に出店しているフリー・マーケット会場を覗いたり、広小路口に展示されている芸大名物の「創作神輿」を見て帰路に着いた。この大学祭、上野公園中に広がっていて、地域に根差してきているところが好感がもてた。画像はトップが「創作神輿」。下が左から芸大校門、長女の絵本作品(一部)、絵画棟展示会場。

 

      


152.足袋を履く。

2014-07-17 20:07:59 | 日記・日常

絵画や版画の制作をしていると、毎日、食事などの時間を除いて8~10時間ぐらいほとんど同じ体制で座りっぱなしの生活である。

こうした生活を始めた頃はTシャツにジーパン、それに絵の具やインクの汚れ防止に大きめのエプロンというスタイルだった。それが動きにくく感じた頃、ツナギに換えた。これは版画の摺りの作業などには都合が良かったが、まだ動きにくい。と、いうわけで現在は作務衣の上下となった。これが実に快適である。なにより袖と裾がオープンになっているというのがとても楽である。ところが靴下だけは履いていた。一日中座りっぱなしだと、運動不足も重なって靴下のゴムの部分がむくんできて具合が悪い。草履も履いてみたのだが、指の間が痛くなる体質であるらしい。何か良い手はないものかと考えていたところ、連れ合いが「足袋を履いてみたらどうなの?」とアドバイスしてくれた。「…足袋ねぇ、子供の頃の祭の時以来だなぁ、まあ物は試しで履いてみるか」

というわけで、ホームセンターを探し回るがなかなか見つからない。困った時、迷った時のネット頼み。パソコンで検索するとすぐに出てきた。さっそくネット上で購入し履いてみた。初めは床の感触がダイレクトに伝わってくるようで違和感があったのだが、履き慣れてくると、これがクセになる。長い間、悩まされていた足首の浮腫みも治まってきた。この頃では毎日足袋を履く生活である。朝から、上下作務衣に足袋を履き、頭にはラーメン屋の大将が汗よけに巻くターバンのような和風バンダナをして準備完了。この姿で住宅地内を分別ゴミの袋を持って、ごみ捨て場までショタショタと歩いて行く。「おはようございます!」 近所の人は怪訝そうな表情をして「…(絶句)」である。「角の家の長島さんは、平日に家にいて妙ないでたちをしているが、いったいどんな仕事をしているんだろう」と顔に書いてある。ここであえて言わしてもらいますが「けっして怪しいものではございません、善良な市民の一人であります」 足袋効果はてきめんで毎日の作業生活がかなり快適になった。でも、まだ何かできそうだな…お次は下着を『越中〇〇〇〇』にしてみるか、日本人男性にはとても合うらしい(笑)。画像はトップが足袋を履いている両足を上から撮影したところ。下がハゼ(ホック)をはずしたアップ。

 

 


148.今月は誕生月

2014-06-18 21:53:56 | 日記・日常

今年は梅雨に入ってから不安定な天候が続く。雨ばかりではなく、雷雨だ竜巻だと住宅地のスピーカーからは頻繁に注意報が流れる。昔はこんなことはなかったなぁ。

6月は僕の誕生月。21日に〇5歳となる。この10年ぐらいは1年間がほんとうに短く感じる。どころか振り返ると3年、5年があっという間である。頭の中身は20代後半からあまり進歩していないんだけど。梅雨に生まれたせいか雨は嫌いではない。ザンザン降りはともかく、シトシトと降る分には風情さえ感じてしまうし、ジトジトとした気候の中、なぜか元気になってしまうのだ。

僕が生まれた〇5年前はちょうど日本が東京五輪に向かう、高度経済成長の真っただ中だった。世の中、高景気に湧いていて活気があり、それまでにない新しい事がたくさん生まれた時代でもある。父親たちは大忙しで仕事に追われ、一緒に外出した覚えがない。そういう慌ただしい時代の梅雨に生まれた。難産の逆子だったようで『カンシブンベン』という方法で大きなヤットコのような器具で頭から取り出されたそうだ。3年前に他界した母親が「とにかく、とってもたいへんだったのよ」と時々思い出してはこぼしていた。あまり、生まれてくるのに時間がかかったので実家で待機していた父方の祖母と母方の祖父母も待ちくたびれてしまったらしい。よくぞまぁ無事、五体満足で生まれてきたものである。両親には感謝しなければいけない。

先月、母方の祖母が91歳で大往生し、その時のことを覚えている大人も父親だけになってしまった。なんとも寂しいことである。トップ画像に使用した僕のモノクロ写真は生後5か月ぐらいの時に自宅で祖父により撮影されたもの。カメラは父が安月給をはたいて購入した『キャノネット』という当時の最新機種である。まだ一眼レフカメラが出るかどうかという時代だった(こう書くと年齢がばれてしまうが)。やや後ピン気味だが、表情がよく撮れている。21日はアルバムを開きながら当時のことを思い出すことにしよう。画像はトップが自宅で眠る生後5か月の僕。下は梅雨の中、庭に咲く満開のガクアジサイ。

 

     

 

 


143.手動活版印刷機

2014-05-19 20:40:41 | 日記・日常

数年前、版画仲間のM氏より画像の機械を譲ってもらった。手動活版印刷機という機械で印刷業界では『テキン』と呼ばれている。

…と、言っても知らない人の方が多いだろう。現在はもう製造していない。今から数十年前までは街中の小さな印刷屋さんでもお目にかかることができた。中央の四角いプレートに「活字」を組んでから手動ハンドルを動かして、インクをつけ、印刷物を刷る機械である。印刷屋さんを覗くと、この機械のそばには数えきれない量の活字を並べた棚が並んでいた。「手動活版校正機」とも呼ばれているらしい。大量印刷をする前に活字の組み方を確かめるためにも使用されていたとのことだ。

M氏には「構造的に同じ凸版なので木口木版画の摺りにも使えるかもしれないよ」と言われたので、ためしてみようと譲っていただいたのだが、圧力が強いのと僕の版の彫り方には合わないようでしばらく部屋の隅に放置されたままだった。ところがこの『テキン』最近、印刷好きの若い女子に人気なのだという。テレビで見たのだが、わざわざ廃業した下町の印刷屋さんまで探しに行ったり、外国製のものを取り寄せたりしているらしい。目的はこれで活字を使ったオリジナルなグリーティング・カードなどを印刷するようだ。最近の若い女子は変わったことを考えてブームを起こす。

母校の美術学校のデザイン科に印刷の授業があることを思い出した。さっそく学校の教官に連絡すると即答で「教材にほしい」との返事。僕が使わずに私蔵していてもいずれ屑鉄になるばかりである。毎年、何十人かの学生さんたちの役にたってくれれば機械もM氏も喜んでくれるだろう。いい嫁ぎ先ができて本当に良かった。しばらく部屋の空間を支配していたので、なんとなく寂しい気持ちもあったのでお別れに画像を数枚撮らせてもらった。画像はトップが『テキン』の全体像。下はそれぞれ部分画像。

 

   


135.巨大ショッピングモールな生活。

2014-03-07 20:50:48 | 日記・日常

工房の近くに巨大ショッピングモールができてから、もう10年近くになるだろうか。初めて物見うさんで買い物に行った時には、その大きさに度胆を抜かれた。まるで、どこかの大国の原子力空母のような違和感のある巨大さは、千葉県北東部の原野風景にまったく調和を欠いていた。買い物をしながらセンターを端から端まで歩き回ると慣れていないということもあったが、かなり疲れたのを憶えている。

あれから何回通ったのだろう。今ではその品揃えの充実と広大な駐車場という便利さもあり、なくてはならない生活の場所となってしまった。食料品はもちろんのこと、生活雑貨、家具、照明機器、資材売り場、デザイン・画材、カルチャー教室、文具、園芸用品、ペットショップ、飲食店、etc…なにからなにまで一度の買い物で済んでしまう。このモール、オープン当初の宣伝文句は『関東一大きなショッピング・モール』を掲げていた。中でも画材店はすごい! 洋画、日本画、版画、デザイン用品、工芸用品、書道用品、額縁カウンター等、県内一の品揃えを誇っている。東京で一番大きな画材のデパートであるS社を凌いでしまうほどの規模である。これは絵画や版画を生業としている僕にとっては助かるのだが、あまりの多さに毎回迷ってしまうのが本音である。

さらに近隣には映画館、大型書店、ユニクロ、アウトドア専門店、スポーツセンターなどが林立していて、一つの大きな街を構成している。15年~20年前ならば東京までわざわざ出かけていた内容である。日常の中であたり前になりつつあるのだが、思い返すと信じられない変わりようである。ネット通販と共に『革命』といっても過言ではないことである。時代の流れとはいえ、商店街や個人商店などは大打撃だろう。

いつの時代も世の中、便利になると「負」の現象が起こってくる。高齢化社会、こうした目まぐるしい消費生活についていけない『買い物難民』、『ネット難民』と呼ばれる人たちが急増しているという…。確かに自分たち世代でもようやくついて行っているような状態なのだから、他人ごとではないが「推して知るべし」というところか。この7-8年の間に似たようなモール街が近隣の市でもでき始めた。最近オープンしたのは衣類を中心とした巨大アウトレット・モールで、ここは成田空港ともバスでアクセスしているため海外からのツーリストが多く訪れている。

ジワジワと『革命」が進行しつつある。うかうかしていると、ぼくらの世代だって『○○難民』なんて言われかねない。工房に籠って版画なんて前々時代的なものをシコシコ制作していると、時代の大きな流れに取り残されてしまいそうな危機感を覚える。画像はトップが施設内部から見た巨大ショッピング・モールの姿。下は二階中央から望んだセンターの一部、デザイン・画材売り場、ペットショップであまりのかわいさに撮らせてもらったクロシバ♂の子犬。

 

      


132.いまさらですが、今年の冬は寒かった。

2014-02-25 20:09:36 | 日記・日常

いまさらだが、今年の冬は寒かった。関東平野でも45年ぶりの大雪にが降り、奥多摩や秩父、山梨県全域では鉄道や道路が遮断され孤立化してしまい、いまだに復旧作業が続いている。僕の工房があるここ千葉県北東部でも観測史上初めてという34㎝の積雪があり交通網は乱れ、慣れないスコップでの雪掻きに汗を流したりした。

秩父に棲む先輩には、用事もあったので連絡し状況を聞いたが、その町では積雪量は多かったものの道路は閉鎖されておらず、無事だったようだ。奥多摩や山梨にも知人が住んでいるので心配である…。まぁ、毎年のように雪害に苦労されている北海道、東北や日本海側の人たちのことを想えば不満を言っていられないのだが。それにしても近年、夏の猛暑や秋にかけての竜巻や雷雨など、異常気象続きで気になるところだ。今年も続くのだろうか。地球科学者によっていろいろな説があげられている。北半球の温暖化の影響であるとか、氷河期の前兆であるとか…真相は我々凡人には想像もつかない。地球の歴史から見ればほんの一瞬のできごと。有史以前からこの星は異常気象を繰り返してきていることは確かだ。

例年、太平洋側地域では2月下旬から3月初めにかけて大雪が降ることがあるので、まだまだ油断はできない。暦の上ではもうすぐ春。近くの里山では梅の花が見ごろで、ヒバリやウグイスの初さえずりも聞かれ始めている。画像はトップが雪の朝に小屋から出れないでいる我が家の愛犬サチ。下が工房の窓から撮影した大雪の日の風景2カット。

 

   


130. 御粥ダイエット

2014-02-11 19:59:20 | 日記・日常

今年の冬は寒さが厳しい、特に2月に入ってからは関東地方でも例年にない寒い日が続いている。今回は寒さの話題ではない。ダイエットの話。

40代後半、健康診断で医師からイエローカードを出された。高血圧症、脂質異常症etc.このまほおっておけば、いろいろと合併症にもつながると言う。30代から40代にかけて好きなものを好きなだけ食べ、アルコールも飲みたいだけ飲むといった節度のない生活を続けてきたツケがまわって来たのだろう。医療機関には素直な僕は以後、投薬意外にも担当医師に勧められるがまま、食事療法や有酸素運動を続けてきた。その甲斐もあって血圧や血管年齢などは正常値にもどってきている。 

が、内臓脂肪だけが、なかなか思ったようにいかない。粘っこく付きまとってくるのだ。特に腹回りの脂肪がしぶとく残っている。家族に協力してもらって野菜や魚を中心とした食事にしてもらってきたのだが、まだまだ食べる量が多いのか。何とかしなければ、無い知恵を絞りだしたのが近頃試している『御粥ダイエット』なのだ。と、言っても特別なことをするわけではない。朝食を御粥一杯と沢庵三キレだけに減らしたのだ。毎朝、家族とは別に食事を作らなければならないので、自分用の小さな鍋を用意して御粥を一杯作り、これを沢庵三キレで、ゆっくり時間をかけて食べる。食べ終わったら鍋と食器をお湯で洗い、このお湯もいただいて終了。昼は体も動いているので麺類などを普通に食べるが、夕飯はご飯だけはまた御粥、酒も寒い冬は毎日晩酌をしたくなるが2日か3日ごとに熱燗1,5合のみいただく。

初めはけっこう物足りず、続かないと思ったが、2月半ほど続いている。最近では昼食までに、お腹がグーグーいって空いてくる感覚が心地よく思えてきた。体重も順調に減ってきている。腹回りはというと…もう少し頑張らねばならない。メタボが気になるパソコンの前のあなた、是非一度お試しあれ。画像はトップが朝食の御粥としたがおかずの沢庵三キレ。

 


124. 2014年あけましておめでとうございます。

2014-01-01 01:42:21 | 日記・日常

ブロガーのみなさん、新年あけましておめでとうございます。旧年中はご訪問いただきありがとうございました。本年もどうぞよろしくお願いいたします。

さて今年の僕の目標ですが、『一に健康、二に制作、三、四はなくて五に制作』です。昨年大晦日のブログにも書きましたが、今まで自分自身の中で表現の幅を広げよう広げようとあがいてきて少し光明が見えてきたことがあり、そのことをさらに深め、豊かな内容にして行こうと思っています。今年というよりはこれから先何年か長い時間がかかりそうです。どんな仕事でも簡単にはいきません。生きている限り勉強であり精進努力です。特にアートの道は長く険しいのです。時に辛くもありますが、そのことを楽しむ心の余裕を持とうとも思っています。また機会がありましたら個展、グループ展会場に成果としての作品を見に来てください。

みなさんは年頭にどんな目標や願いを掲げましたか。良い一年となりますようお祈りいたします。 画像は上下共に毎年、工房から近い水田に飛来するハクチョウ類。

 

  

 

 


123. 2013年1年間ありがとうございました。 

2013-12-31 13:28:59 | 日記・日常

2013年もとうとう大晦日を迎えました。ブロガーのみなさん、FB,ミクシィ関係のみなさん、その他大勢のみなさん、今年一年間、当ブログ『長島充 工房通信』にお立ち寄りいただきありがとうございました。さらに、いいね!やコメントをご丁寧にいただいた方々、感謝いたします。

一年間を振り返ると新年の名古屋での版画個展を皮切りに版画や絵画の個展、グループ展が続き、追われるように発表していた年でもありました。特に梅雨期から秋にかけては外出もせず工房に籠り制作する毎日でしたので、毎年、行ってきた秋の渡りのシギ、チドリや小鳥類の観察もできない状態でした。来年はもう少し心にゆとりを持って、じっくりと制作したいとも思っていますが、忙しさは年々加速度を増している感じがしています。カテゴリー別にブログに更新する内容にも偏りがあり、来年はもう少し幅を持たせてみなさんが楽しめる内容にしたいと思っています。

我が国は相変わらずの不景気、不安定が続き、美術の世界も御多分にもれず厳しい状況が続いています。年齢的にもすでにターニング・ポイントを超えましたが、まだまだ作品制作の上でするべき事、したい事は山積みのまんまです。ここ数年、40代で風呂敷を広げた内容をそろそろテーマを絞り深めて行く方向に向かいつつあります。自分自身が目指す理想的な空間、表現世界を求め、新年も引き続き精進、努力してまいりますので変わらずお付き合いください。

最後になりましたが、みなさんにとって2014年が良い一年間となりますようお祈りいたします。では、「良いお年を」。画像は上下共、昨年、友人との登山の帰りに立ち寄った千葉県富津市の『新舞子海岸』で見た東京湾越しの日没。

 

 


104.月に想う・その二 十五夜の月

2013-09-21 22:34:53 | 日記・日常

19日。十五夜で満月の日である。しかも好天に恵まれた。ここまで条件が重なることはない。これはじっくり観察し、撮影しようと日が暮れるのを待った。

ベランダに三脚を取り付けた野鳥観察用の高倍率望遠鏡をセットした。雲一つない星空。空気ももう秋の気配がして心地がよい。住宅地の屋根の上に月がくっきりと輝いている。望遠鏡にデジタルカメラをセットし、倍率や露出を変えて夢中で撮影した。例年、十五夜の日の夜というのは、なかなか晴天に恵まれない。それから十五夜の日にちょうど満月があたるのは今後は9年後になるのだという。東京オリンピックも終了しているなぁ。まぁ、写った画像はただ、まん丸な月なんだけど…いや、この日に観察できたことに意義がある。光学機器も進歩したので表面のクレーターの質感までよく撮影することができた。

ここで『月の歌人』と呼ばれた鎌倉時代の名僧、明恵上人・みょうえしょうにん(1173年~1232年)の歌を二首ご紹介しよう。

山のはにわれもいりなむ月もいれ よなよなごとにまた友とせむ

くまもなくすめるこころのかかやけば わがひかりとや月をもふらむ

京都、高山寺の山中でひたすら座禅を組み修行を続けた明恵上人が山川草木や月と一体となった境地に詠んだ名句である。2022年の十五夜の満月の日。憶えていたら必ず夜空を見上げることにしよう。9年後も、どうかこの日のように好天に恵まれますように。トップ画像は地上用望遠鏡で撮影した十五夜の満月。