長島充-工房通信-THE STUDIO DIARY OF Mitsuru NAGASHIMA

画家・版画家、長島充のブログです。日々の創作活動や工房周辺でのできごとなどを中心に更新していきます。

437. ●シリーズ『リアリズムとしての野生生物画』第8回 - ドラクロワが描いたライオン等 -

2021-08-07 19:35:33 | ワイルドライフアート
西洋絵画における写実的な野生生物画の表現を追うシリーズ『リアリズムとしての野生生物画』の第8回目の画像投稿である。ここまでルネサンス期の西洋絵画に観られるさまざまな野生生物画を紹介してきた。何度も述べるが、イタリア・ルネサンスの画家ジョットの「自然を正面からそれらしく忠実に探究する」という姿勢や、ドイツ・ルネサンスの画家、A・デューラーやイタリア・ルネサンスの画家、ピサネロの「神の創造された自然や動物をあるがままに描くことこそが神の意にかなう」という考え方と精神が、15世紀イタリアの画家レオナルド・ダ・ヴィンチへと受け継がれると芸術解剖学的な観点から科学的視点により動物を捉えるようになり、その写実表現はさらに発達していき一つの頂点を形成していった。

ところが、ルネサンス以降、野生生物を描いた絵画の発展はほとんど見られないどころか、そうした作品は生まれていない。これはキリスト教という宗教の哲学が大きく関係しているのではないかと思うのである。それは、キリスト教の中心的な教義が「神によって創造された生物の中で神と同じ姿を模した人間が最も完成された存在であり、高等な生物なのである」であることが強く影響しているのである。つまり、キリスト教を主題とした表現から発展していった西洋絵画、西洋美術というのは、あくまでも神と人間が主題なのである。写実的な表現と言っても動物や鳥類等の場合、たとえ絵画の中に登場したとしても、それはあくまでも神や人間の脇役としてなのであった。

もう一度、野生生物が写実的な絵画に積極的に登場させられるのは、ルネサンス期から約400年後の19世紀ロマン主義芸術の時代まで下る。その中で中心にいたのが今回ご紹介するフランスのウジューヌ・ドラクロワ(Eugene Delacroix 1798-1863)なのである。ドラクロワが描く馬やライオン、トラ等の動物画は確実にレオナルド・ダ・ヴィンチの芸術解剖学による科学的な写実表現に由来しているのである。そして、ダ・ヴィンチ同様に絵画の中に描き込むにあたって多くの素描や下図の制作をしたことも全く同じで、それはダ・ヴィンチの観察眼、方法論から学んでいるのである。

ただ、ドラクロワの絵画が、ルネサンス期の絵画と大きく異なる点は、多くのロマン主義写実絵画の画家たちがそうであったように、劇的な画面構成、ムーヴメントと華麗な色彩表現を用いるところであろう。そして19世紀から本格的に始まり現代まで続く野生生物画の写実表現がこうした手法を継承していくのである。現代のカナダやアメリカの野生生物画の画家たちが多く用いる主題に「Drama・ドラマ」というのがある。これは例えば、ネコ科の肉食獣が獲物を狙い捉える1歩手前の動き、あるいはヘビがカエルを襲う1歩手前を描写したような作品を指す言葉なのである。この「Drama」という考え方は、まさにドラクロワの「劇的な画面構成とムーヴメント」ときれいにトレースしたようにリンクしてくるのである。


画像はトップがドラクロワが描いたライオンの絵画作品。下が向かって左から同じくドラクロワが描いたライオン、トラ、白馬、と自画像作品。