その2
博物館をざっと見て回ってるうちに雨が止んだので鳥取城に入る。西坂下御門。城の大手ではないので小振りな門である。
二ノ丸に向かう。右も左も正面も石垣。わくわくするな。
帯曲輪から二ノ丸の石垣を見る。いい勾配だ。
二ノ丸に入ったところ。むむ。これはつい先日に彦根城で見た登り石垣ではないのか。外側から見ると、山の斜面に沿って続いていた。
二ノ丸の三階櫓の石垣。鳥取城は山頂に二層の天守閣があったが、焼失後は再建されず、山麓の三階櫓が天守の代わりを果たしたという。
三階櫓石垣上から見た仁風閣。
天球丸である。鳥取城の石垣の最大の見どころの巻石垣が見られる。
近づいてみる。どのような仕組みになっているのか私にはわからないが、孕みなどで崩壊しそうになった石垣を補強するために築かれたと説明板にあった。天球丸の名前は池田光政の伯母の天球院が居住したことに由来し、この半球状の石垣とは関係はない。
天球丸の上から見たところ。このような巻石垣が見られるのは全国の城でもここだけなのだそうである。
表御門跡。正面の菱櫓と右の多門櫓で枡形を構成していた。
山上ノ丸に登る。ここから先は私一人である。今日はそれほど暑くないから大丈夫だよ。
二ノ丸の赤い鳥居をくぐったところから久松山登山道となっている。祠はキツネがいるからお稲荷さんだな。山頂まではおよそ30分といったところである。階段の上り下りで右膝が痛む症状が治らなくて(老化)、しばらくアドベンチャー的なことをひかえていた。この程度の山登りであれば大丈夫だろう。
今日の気温は30度はいってないと思うんだが、この急勾配にはさすがに汗が噴き出す。登りはじめて数分で汗でぐっしょりである。俺もやめておけばよかったか。どうせ山頂にも石垣しかないんだし。
五合目。やっと半分か。小さな平坦な空間(たぶん曲輪跡)があり祠があった。久松大権現となっていた。揚羽蝶の家紋があるから池田家歴代城主を祀っているのか、大権現は家康のことだから東照宮みたいなものなんだろうか。
ずっと急な登りが続く。もうあかん。息が上がってきた。途中何度か息を整えながら登る。3人くらいに追い抜かれたよ。
着いた。登りはじめて25分くらいだな。パンツまで汗でぐっしょりである。完全にへばった。
久松山山頂、標高263メートル。山上ノ丸の本丸。本丸の端にあるのが天守台である。
本丸からの鳥取市街の眺望。途中二度ほど挫折しそうになったが達成感あり。
山頂には本丸のほかに二ノ丸、三ノ丸、出丸が築かれている。画像は二ノ丸である。だいぶくたびれた休憩所みたいなものがあった。昔は久松山にはロープウェイがあったらしいから、その当時のものかもしんないな。
中に「山城番付」なるものがかけてあった。鳥取城が横綱か。これは石高で番付してるんだな。一般的には日本三大山城は大和高取城、美濃岩村城、備中高梁城とされている。
下山完了。内堀から見た鳥取城全景。ひときわ高い石垣が二ノ丸三階櫓。手前の木の陰になっている白いのが仁風閣。二ノ丸より一段高くなっている天球丸もこの位置からは見えない。
日本100名城・鳥取城スタンプ。スタンプは仁風閣の受付に置いてある。
博物館をざっと見て回ってるうちに雨が止んだので鳥取城に入る。西坂下御門。城の大手ではないので小振りな門である。
二ノ丸に向かう。右も左も正面も石垣。わくわくするな。
帯曲輪から二ノ丸の石垣を見る。いい勾配だ。
二ノ丸に入ったところ。むむ。これはつい先日に彦根城で見た登り石垣ではないのか。外側から見ると、山の斜面に沿って続いていた。
二ノ丸の三階櫓の石垣。鳥取城は山頂に二層の天守閣があったが、焼失後は再建されず、山麓の三階櫓が天守の代わりを果たしたという。
三階櫓石垣上から見た仁風閣。
天球丸である。鳥取城の石垣の最大の見どころの巻石垣が見られる。
近づいてみる。どのような仕組みになっているのか私にはわからないが、孕みなどで崩壊しそうになった石垣を補強するために築かれたと説明板にあった。天球丸の名前は池田光政の伯母の天球院が居住したことに由来し、この半球状の石垣とは関係はない。
天球丸の上から見たところ。このような巻石垣が見られるのは全国の城でもここだけなのだそうである。
表御門跡。正面の菱櫓と右の多門櫓で枡形を構成していた。
山上ノ丸に登る。ここから先は私一人である。今日はそれほど暑くないから大丈夫だよ。
二ノ丸の赤い鳥居をくぐったところから久松山登山道となっている。祠はキツネがいるからお稲荷さんだな。山頂まではおよそ30分といったところである。階段の上り下りで右膝が痛む症状が治らなくて(老化)、しばらくアドベンチャー的なことをひかえていた。この程度の山登りであれば大丈夫だろう。
今日の気温は30度はいってないと思うんだが、この急勾配にはさすがに汗が噴き出す。登りはじめて数分で汗でぐっしょりである。俺もやめておけばよかったか。どうせ山頂にも石垣しかないんだし。
五合目。やっと半分か。小さな平坦な空間(たぶん曲輪跡)があり祠があった。久松大権現となっていた。揚羽蝶の家紋があるから池田家歴代城主を祀っているのか、大権現は家康のことだから東照宮みたいなものなんだろうか。
ずっと急な登りが続く。もうあかん。息が上がってきた。途中何度か息を整えながら登る。3人くらいに追い抜かれたよ。
着いた。登りはじめて25分くらいだな。パンツまで汗でぐっしょりである。完全にへばった。
久松山山頂、標高263メートル。山上ノ丸の本丸。本丸の端にあるのが天守台である。
本丸からの鳥取市街の眺望。途中二度ほど挫折しそうになったが達成感あり。
山頂には本丸のほかに二ノ丸、三ノ丸、出丸が築かれている。画像は二ノ丸である。だいぶくたびれた休憩所みたいなものがあった。昔は久松山にはロープウェイがあったらしいから、その当時のものかもしんないな。
中に「山城番付」なるものがかけてあった。鳥取城が横綱か。これは石高で番付してるんだな。一般的には日本三大山城は大和高取城、美濃岩村城、備中高梁城とされている。
下山完了。内堀から見た鳥取城全景。ひときわ高い石垣が二ノ丸三階櫓。手前の木の陰になっている白いのが仁風閣。二ノ丸より一段高くなっている天球丸もこの位置からは見えない。
日本100名城・鳥取城スタンプ。スタンプは仁風閣の受付に置いてある。