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Little Monster

子どもとわんこの成長日記。日々の大変さはハンパないけど、それ以上にハッピーをくれる♪

さらば、妊婦生活。

2008-02-22 14:03:24 | 妊婦生活
目が覚めたら、赤ちゃんがいなかった。
「赤ちゃんは?」とそばにいたスタッフに聞くと、
「ご主人とお母様にお見せして、こちらで預かっています」
「あ、二人が見れたならいいです。ずっと待たせてたから」
という会話のあと、あれ!? なんだか違和感。

少し前に自分が騒いだような記憶がうっすらある。
なんだかギャーギャー言って、痛い~~~!とか。。。
すると、偉い先生が
「どう? 痛みはない?」と声をかけてくれた。
「痛くないですが、なんだか、私、騒いだような気が…」
「あ~、麻酔が覚める前は、酔っ払いの記憶みたいになるからね(笑)」
む!?ってことは、やっぱり騒いだのね、私。。。

何かとお騒がせなタイプなのかしら。
どうしてギャーギャー言わないと何もできないのかしら。
と考えたけれど、終わったものは仕方ない。
しかも、恥ずかしいのだから、騒がなくていいなら騒がないわけで。
我慢ができない人間というよりは、やっぱり昔診断されたことが
あるように、私は“痛み過敏症”なのか、本当に人より痛むのだ。

時計は19時半を回っていた。
そして、手術の経緯の話を聞かされた旦那さんが、
私のそばにやっとこさ呼ばれた。
なんだかとっても優しい言葉をかけてもらった気がする。
よく頑張った、とか、でかした、的な。
涙が出たような。。。あんまり覚えていないのだけれど。
やっと会えた安心感でホッとした。

ホッとしたら、おなかがペコペコなのに気づいた。
朝食は吐いてしまっていたし、
昼食と夕食はとれていなかったので、何かおなかに入れたかった。
もう夜の20時だった。
「面会時間は20時までなので、本来ならもうご家族には帰って
いただかないといけないのですが、今、やっと処置が終わった
ばかりなので、分娩室の外にあるスペースで少しだけご家族と
お会いして、何か食べてください」
と言ってもらったので、やっと母にも会えた。
3人も産んで育てた母が偉大に見えた。
母にもよく頑張ったねと誉めてもらい、涙が出た。
それから、母が作ってきてくれていたおにぎりなどを素早く食べ、
15分くらいで面会は終了。。。
長いこと待ってもらったのに、そんだけかい。。。

その日は病室に車椅子で移動し、そのまま就寝。
翌日まで赤ちゃんに会うことはなかった。

朝目が覚めて、会えるのかと思いきや、運ばれてくることもなく、
私も体が快復していないので、ずっと病室で横になっていた。
午後になって、赤ちゃんに会いたいことをスタッフに伝え、
やっと赤ちゃんに会うことができた♪

赤ちゃんが生まれた2月9日は、雪がたくさん降り、
真っ白に積もったという事実を翌日聞いた。
旦那さんと母は、その中を自転車で帰宅したのだそうだ。

真っ白な日に生まれてきた赤ちゃん。
なんだか嬉しい事実かも♪

こうして私は長く苦しかった妊婦生活を終え、
晴れて母になった。

新しい日々の始まりだ。

出産…そのとき

2008-02-19 18:56:37 | 妊婦生活
15時台のどのくらいに分娩台に移ったのか
定かではないけれど、分娩台に上がったら
すぐにいきむように言われた。

陣痛の山が来たら、
鼻で吸って口で吐いて、
また鼻で吸って口で吐いて、
3回目は鼻で吸ったら息を止めていきむ!
これを繰り返すように言われた。
いきんだあとはグ~というような、ギュ~というような
変な叫び声がもれる。
苦しくて死にそうな痛みの中で、どこかで冷静な私が
“変な声…恥かしい~!!”と思っていた。

「旦那さん来ないね~」
と誰かに言われたのが、16時前後。
そろそろ生まれちゃいそうだ。
あ~もう立会い出産はタイムリミットかなぁ。
このときはまだ、旦那さんが駆け込んでくるのを待っていた。

で、「いきみ」がなかなかうまかったらしい私。
確か、この工程の2、3セットめで
「今、髪の毛が見えたよ」と助産師さんに言われ、
“やば!旦那さんが着いてないのにもう出ちゃうよ~!”
と思った。
“でも、もうこの苦しみから早く逃れたいし、
変な声を旦那さんに聞かせるのも、正直気が進まないし、
何よりもこのポーズとエグさ…見せなくていいかも!?”
という境地にやっと至ったところで
次の激しい陣痛の山が来た!

吸って吐いて、
吸って吐いて、
吸っていきむ!

吸っていきむ!

吸っていきむ!

そのとき、
「次にいきんだら、
もういきまずに手を胸に置いて
はぁはぁはぁって言いましょう」
と、助産師さんが言い、
「会陰を切りますね。切った方がキレイにくっつくから」
と医師が告げた。

会陰といえば…いろんな思うところがあったけれど
もう後には引けないし、この時点でイヤとも言えない。
でも、言葉も出ないので
何度かうんうんとうなずいてみた。

そして、
吸っていきむ!
「ギュ~ッ!」ってな声とともに
“ごめん旦那さん、もう産んじゃうからね”
と心でつぶやいた。

「はぁはぁはぁはぁはぁ」
言われたように手を胸に置いて
とにかく言い続けた。

「はぁはぁはぁはぁはぁ」
「出てきましたよ~! 次、肩出しますよ~!」
「はぁはぁはぁはぁ」

「出ましたよ~!」
「おぎゃ~!」

って具合だったと思う。

「16時9分です」
と声が聞こえた。

見えた。肩を出すときについに赤ちゃんが見えた。
スルリと体全体が出てきた赤ちゃんは、
本当に全身真っ赤だった。
五体満足でうれしい!と思った。
私の予想通り旦那さんに似ていた。
すごく満足だった。

すぐに私の横に赤ちゃんを置いてくれたので
血のついた赤ちゃんに手で触れ、私は声をかけた。

「やっと会えたね。大好きよ」と。

とっさに出たのは、そんな言葉だった。
そばに置いてくれたのは一瞬で、赤ちゃんは少し
離れたところで処置を受け始めた。
私はというと、胎盤をスルスル取り出され、
“いつ終わるのかしら”と思うほど、たくさん出たように感じた。
胎盤を取り出したあとは、問題の会陰を縫う処置。
これまた痛かったし、縫っている時間がとても長く感じられた。
“早く終わらないかなぁ。。。

処置が終わると、赤ちゃんが連れてこられ、
分娩台の上で二人寄りそって休んだ。

すると、しきりで隔てられただけの隣の分娩台で
出産が始まった。
もう、こちらを気にしてくれる人はいなくなり、
スタッフは隣の方にかかりっきりになった。

睡魔が襲ってきたけれど、出産の興奮と
台の上に赤ちゃんと二人ということで、
怖くて意識を失えなかった。
赤ちゃんが落ちてしまったら、元も子もない。

しばらくすると、私の調子が悪くなってきた。
お尻のあたりに部分的ではあるけれど
激痛が走るようになったのだ。
なんだろう。。。
痛みはだんだん強くなっていき、助けを求めたいほどに。
だけど、スタッフは誰一人こちらに来ないし、
私も疲れきっていて声も出ない。

隣の出産はそろそろ佳境を迎えていた。
苦しそうな声がもれてきた。

お尻の辺りの痛みに耐えながらも
「頑張れ~!」と小さく声を出してみた。
本当に小さく弱々しい声しか出なかったけれど。

「おぎゃ~!」と聞こえた。
「17時9分です」とも。
あら、ぴったり1時間違いだ!と思った。

あ、でも。。。
やばい。。。眠い。。。痛い。。。!!!
気づけば眠っていたのか、ちょっと意識を失っていた
ようで、私を呼ぶ看護師さんの声で気がついた。

「どうしましたか~? 大丈夫ですか~?」
と言われ、
「お尻の辺りがすごく痛いんです」と、訴えた。
どうも私は、う~ん、う~んとうなっていたようだった。
時計を見ると、18時45分。
やっと気づいてくれたのね。。。
それにしても旦那さんと母はずっと待たされているのかな。
などと考えていた。

そこから、周りの空気が変わったことを感じた。
赤ちゃんを取り上げてくれた医師ともう一人、
その上司のような偉い感じの医師が来た。
いろんな意見交換がなされている感じで、
何かが起こっていることはわかった。

「痛いのはどこですか。ここはどう? ここは?」
と内診で触れられたところに、腰が浮くほどの
激痛を感じ、「痛いっ!」と悲鳴をあげていた。

「血腫ができています。このまま手術しますので、
麻酔をかけますよ」
と言われた。
「えっと、麻酔は部分麻酔ですか?」
と聞くと、
「全身麻酔です。かなり痛みますので」と。
このとき私は、不謹慎にも
“あ、やっと痛みから解放されて眠れる!”と
喜びすら感じた。
「気がつくのは明日の朝とかですか?」
とたずねると、
「手術が終わる1時間くらいで覚めますよ」と。
「わかりました。お願いします」
少しだけでもいいや、眠れるなら。と思った。

(長くなったので、またも次回に続く。)

恐怖の陣痛

2008-02-16 15:51:59 | 妊婦生活
陣痛室に入ると、1人の妊婦が陣痛中(!?)だった。
付き添いにご主人がいた。
立会い出産を希望しているご夫婦だろう。

男の人の声が聞こえることに嫌悪感を覚えた。

痛みで声が出てしまうのと、恥ずかしいほど
お尻が痛むのと、カーテンだけのしきりでは
チラチラ姿も見えてしまう。。。
手術用の1枚着だと、太ももやショーツも
見えてしまうことだってありありで。

陣痛と陣痛の合間も気分は落ち着くことはなく、
ただ、孤独感と苦痛と、大きな病院で産むことに
なってしまった辛さにさいなまれて
涙がとめどなく出てきて、嗚咽すら出ていた。

旦那さんと母に見守られながら、
アットホームな雰囲気の中、畳の上に敷いた
普通の布団で産むはずだったのに。。。
「また泣いてる。。。」とスタッフの声が聞こえた。
声を殺して泣いてるつもりだったんだけれど。

夕方、確か8日の16時ごろだったと思われる頃、
「陣痛促進の飲み薬をとも思うのだけれど、
痛くなりすぎる心配もあるし、スタッフの少ない
深夜に出産になってしまうのも心配なので、
明日朝の様子を見て、陣痛促進剤を使いましょう」
といわれた。
しかも、その飲み薬には、最初に伝えておかなくちゃ
いけないような不安な点もあるようで、それも同時に
伝えられたけれど、怖かっただけで、どんな内容だったか
忘れてしまった。(陣痛がつらくて)

そして、途方もなく長い夜が始まった。
陣痛室には、妊婦がもう一人増えていた。
こちらも付き添いのご主人がいて、立会い出産らしかった。
うちの旦那さんはこの病院の両親学級を受けていないため、
立会いができないだけでなく、陣痛室にも入れなかった。
私の孤独感と他の男性に苦しみの声を
間近で聞かれる嫌悪感は一層つのっていった。
うなり声が深夜には叫び声となってきていた。
そんな時、ある助産師さん(看護師さんかな…)が
「他の方にはご主人がついていますが、嫌だったら
出てもらいますよ。どうしますか?」
と聞いてくれた。
ほんとに、出て行ってほしい!!と強く思ったけれど、
彼らのバースプランが私のひとことで台無しになってしまう
かと思うと、恨みたくもなるだろうし、私だって逆の
立場なら、悔しいだろう。
実は、この病院の「同室の患者さんが拒否した場合は
立会いができないことがあります」という但し書きは、
私が助産院出産を決めたひとつの理由だった。
100%立会いができなきゃ意味がなかった。
それなのに。。。
痛みの中、必死で考えて出た答えは、
「すごく嫌だけど我慢します」だった。
「いいのよ、本当に嫌だと言っても。そういうお約束で
立ち会っていらっしゃるのですから」
そういわれても、恨みはかいたくない。
「いいえ、ほんとに、我慢します」と。

心底恥ずかしくて自尊心をも傷つけながら
叫び続けた陣痛と恐怖の内診。
こんなに苦しんでも、赤ちゃんは出てきてくれない。

早朝、3時頃だったと思う。
間の空かない陣痛が続き始めていた。

9日の朝が来て助産師さんから
もうすぐ陣痛促進剤の点滴を行うといわれたので、
ちょっと陣痛がおさまっていたことを利用して、
「水を買う」と言って陣痛室を出た。
旦那さんに電話して、何か食べるものを
差し入れてほしいと伝えた。
他の人はそばにいるご主人が飲み物やら
軽い食べ物を買ってきてくれていた。
だけど、タイムアップ。
陣痛促進の処置に呼ばれてしまった。
これ以上促進したら、どんなに痛くなるんだろう。
そんな怖さを持ちながら、分娩台に上がったら、
ちょうど陣痛がやってきた。
そこに何かが入れられ、今までにない痛みが。
「うーあ~~~~痛い~~~~~ッ!!!! 
ギャ、ギャ~~~~ッ!!!!」
本気で死ぬかと思った。何をされたのかわからなかった。
点滴だけじゃないの~~~!?
「今、破水させましたからね。これから痛みが
もっと強くなりますが頑張ってくださいね」
って、先生、これ以上の痛みは無理。。。

そして、点滴が始まり、痛みの段階としては2段階だった
のが、更に痛みのアップした1ステップが加わって
3段階になった。

もうずっと悲鳴だった。
出したくないのに出てしまう声。
喉がもうもたない。。。
痛みがもう怖くて逃げたくて助けてほしくて
「もう無理です。助けてください。恥ずかしいし、
痛いし、この痛さは絶えられない。。。」と。
誰も助けてくれません。
でも、助産師さんが痛むお尻や腰を交代で
さすりに来てくれることも。
これはありがたかった。
「そこは痛いから押さないで~(涙)」なんて
わがままも言わせてもらったけど。

陣痛室には更にひとり増えたようで、
男性の声がもうひとり分加わっていた。
嫌悪感は倍増し、自尊心はもはやズタズタだった。
そして泣き通しとなり、助産師さんたちも
あまりに不憫に見えたようで、
「ご主人は、この病院以外でも両親学級とか
受けてないですよねぇ」
から
「助産院でもそういう講習はなかったですか?
受けていたりしませんか?」
となり、
「ご主人に電話しますね」
となった。
「ご主人が今お仕事に出かけたようで妹さんが
出てくれてます」
と電話を渡された。
「え、何を話すの!?」
痛みで朦朧としている私には、今話せることなんて
何もないし、まして妹に何を言えば。。。
「もしもし、う~~~痛い~~~ギャー!」
陣痛の波が来て何も言えません。
もう波も何もなく。ずっと痛いわけで。
電話は母に代わり、
「お母さ~ん、もうダメ。帝王切開にしてほしい。
もう痛くて無理やわ~~~~」
などということを言ったと思う。
「やめたいやろ。でももうちょっと頑張りなさい」
と言われた気がする。
「もうやめたい…」

しばらくして
「旦那さんが電話くれたよ」と電話を渡され、
「何を話すの。。。もう無理やよぅ。帝王切開に
してもらいたいよぅ。もうクタクタ、限界」
と伝えたら、なんと答えてくれたか覚えてないけど、
気の毒そうな、困ったような、励ましの言葉が
返ってきたように思う。。。
それから、ついに、付き添い&立会いを許してくれる
ということになり、旦那が呼び出された。
「ご主人、16時ごろに来られるからね。頑張りましょうね」
と、誰かが言ってくれた。
そのとき、私は15時だと思っていたけれど、
そろそろ16時かしらと思って見た時計の針は
15時を差していた。
私が15時と思っていたときは、どうやら14時だったみたい。
そんな~~~もう限界超えてるのにぃ(悲)
そして、その15時を過ぎると、分娩台へと移動となった。
(またも次回へ続く)

どこで出産!?

2008-02-11 04:45:34 | 妊婦生活
41週6日の2月8日早朝。
ついに陣痛が来た!4、5、6、7時台にそれぞれ。
助産院で産める!と思ったのに、そこでストップ。。。
ガックリがっかり。
10時すぎ助産院に着いたけれどそれらしき痛みは再来せず。
決断を迫られる、タイムリミット。
もうこれ以上、助産院を悩ませられない、この日のうちに産める確信もない。
……病院に行くしかない。
というわけで、連絡してもらって元の病院へ。。。
歩いて20分弱だったか。着いたとたん、痛み再来。

またしばらく受診を待ち、呼ばれてモニター室に入ったら陣痛が始まった。
モニター中に2回、終えてすぐ1回あり、診察に。
「赤ちゃんは元気だけど羊水減少してるね。羊水がもっとあれば助産院に戻してあげたいところだけど。…過期産と羊水減少で緊急入院です」。

これで出産は病院にてということに決まり。だけど助産院で産みたい気持ちは拭い去れないまんま。
まずは分娩室へ入り、またもモニターでチェック。その間に仕切りをしただけの隣りで出産があった。

生まれてすぐの赤ちゃんが私の見えるところでいろんな体の処置をしてもらっているのを目の当たりに。
痛みはあっても釘付けになった。
あ~それにしても痛い。。。
何時間たったか、耐え難い痛みの中、車椅子で陣痛室へ移動。
ここからが本当の戦いだった。
(次回に続く)

運命の日

2008-02-08 00:23:57 | 妊婦生活
日付が変わってしまった。

ついに41週6日に。

これからお風呂に入って寝て、
目が覚めたら運命のわかれ道。
陣痛が始まっていなければ、即、病院の手配。
この前までかかっていた大学病院が受け入れて
くれれば、出戻りってことに。。。
ベッドが空いてないとかってことになれば、他の病院へ。
遠くになると、とても困るなぁ。

ものすんごく気が重い。
入院なんてヤダ。病院は大嫌い。気落ちする。

だけど、朝までに本格的な陣痛は起きそうな気がしない。
現時点では、もう諦めるしかないと自分に言い聞かせてる。

痛いのはたまにあるし、実際、今も痛い。
でも、陣痛ってこんなものじゃないわけで。
前駆陣痛以上のものではない。

今日も内診があった。
それからずっと出血が続いている。
そりゃぁ、お腹も痛くなるよね。
これまでも何度となく痛い思いをして、
今日聞いたところによると、
「子宮口1cmしか開いてない」って。
それで、ほぼ諦めたよ。
私のこれまで感じてきた痛みは、
お産への道を全く開いていなかったわけだから。

妊娠・出産が結果的に「嫌なことだった」ってことに
したくなかったから、いろんなことを考えた末、
助産院出産を選んだのに。
バースプランも何もあったもんじゃなし。

私の人生、壁だらけ。

ずっと、そう感じてはいたけれど、やっぱりね。
最悪ではないにしろ、最高にはほど遠い人生。
自分では舵がきかない流れにのって、
思わぬ方へと連れて行かれる感じ。
ジタバタしてはいるのに。
沈まないで流れているだけましと思うしかなし。

最終日

2008-02-07 10:49:24 | 妊婦生活
41週5日。
本日、陣痛到来のタイムリミット。
今日来なければ、病院といわれている。

来ない。

きっと、助産院もどうしたものかとヤキモキしてるだろう。

赤ちゃんに何か問題でも!?
不安要素はたっぷり。
もう、精神ぐちゃぐちゃ。
出産でこんなに悩むなんて。

元々通っていた病院に行くことになるのか。
それとも、受け入れてもらえず別のところになるのか。
今日、晴れて陣痛到来となるのか。

未だ気配なし。

ガッカリだよ、赤ちゃん。
なんだか、もうずっといいことがない。
不安要素が次から次に生まれてくる一方で、
肝心の赤ちゃんは生まれてこない。
完全なるマタニティーブルー。
妊婦って、こんなに幸せでないものなの!?

痛い…!?

2008-02-06 10:43:16 | 妊婦生活
41週4日を迎えてしまった。ガビーン

昨日も助産院から電話があり、赴いた。
内診を始めたけれど私が痛みで悲鳴をあげるので、
先生は諦めてくれた。

だって、痛すぎなんだもん。。。

なんでなんで、産む前からこんな痛い思いをしなくちゃ
いけないんだろう~~~ってどこかで思いつつも、
生まれてこないから促進のために仕方ないと
腹をくくっても、体が拒否するようで。

でもでも、実は、助産院に行く前の出血は
どうやら「おしるし」っぽかった。
というわけで、今日こそは陣痛が来るかも!?と
なんとなく考えている。

明日7日の日付のうちに陣痛が来ないと、
病院での出産になってしまうそう。
私はなんとしても、ごく動物的に自然に産みたいので、
とにかく陣痛を心待ちにしている。
そりゃ、怖いけど。
通らざるを得ない道だし。

うんちがしたいような、鈍い痛みがときどき起こる。
これが、もっともっと起こるようになれば。。。
まだまだ弱い。
微弱陣痛気味なのかな。
ドーンと来い!!

…実際、本気で怖いけど

超ネガティブな出産間際。

2008-02-05 06:28:57 | 妊婦生活
41週3日。

いい加減、嫌気がさしてしまった。
もうどうでもいい気すらしてしまう。

さすがに生まれただろうと確信を持った友達から
「おめでとう」なんてメールも来るし、
そりゃそう思うでしょうね、なんて。

母が来てくれてすでに2週間。
何もすることがないようで、毎日苦痛そう。
知らない土地で知り合いもなく、ハリのない毎日。
実家の方で気になることもたくさんある中、
帰るに帰れない距離。。。
……そうなるよね。
いっそのこと、帰ってもらおうかとも思ってしまう。
やっぱり自分で頑張る、と。
今さらすぎるよねぇ、と思って言えないでいるけれど。

そんな様子を見てるのも申し訳なくて辛いし、
自分も出産を促すために痛くて苦しい思いを何度もするし、
腹痛は断続的にもう1カ月くらい感じてるし。
そんなことしか考えられない毎日に吐き気がしてきた。

2度とこんな経験したくない。
振り返ってみると、妊娠してからいいことない。
普通に生活できないのはもちろん、
自分があらゆる面で動きや頭が鈍くなったと感じるし、
体も仕事もトラブル続き。
なんで、こんなに負担なんだろうってイライラしてばかり。
お腹に赤ちゃんがいる幸せ感なんてふっとんでしまうほど、
困ったことの方がダンゼン多い。

陣痛って時期が来てもこなかったりするものなんだ~。
この前までは、必ず来るものと信じていたけれど、
世の中には促進剤や誘発剤を使う人がどれだけ多いか。
陣痛がいい時期に来ない原因ってなんなの!?
医療行為がなければ産めないのはなんでなの!?
失格。なんだか。すべて失格。
夜も眠れないし、消えてしまいたくなる。
誰のせいでもない、すべて私自身のことなんだけれど。

昨日、検診でモニタリングしてもらったら、
母体は精神くだけ気味なのに、
お腹の中で赤ちゃんは元気だった。

まさかの41週

2008-02-02 17:21:41 | 妊婦生活
今日から41週に突入してしまった。
迫り来る病院送りへのタイムリミットまで
あと6日となった。
42週に入ると「異常産」なんていわれるってこと、
つい3日ほど前まで知らなかったのだけれど。

昨晩遅くに激痛が到来。
しかも50分間隔で4回来たので、
「これは陣痛だ!」っていろめきたった我が家。
みんなお風呂に入って準備万端だったにもかかわらず、
いつもの通り、朝がやってきてしまった。
そう、4時を最後に、激痛は去ったのだ。。。

がっくりがっくりな朝を迎え、気持ちも完全に萎え、
無気力になりかけたけれど、
気持ちを切り替えて午後は一人で散歩に出た。

1時間歩こうとガシガシ歩みを進めたところ、
土曜なので、河原ではリトルリーグの練習が行われていた。
それを観戦していたお母様方。
デカすぎる私のお腹を見て、聞こえるように
「すごい!」って。
ほんと、傷つくわ。それでなくてもナーバスなのに。
出産予定が遅れていることで両親にも迷惑をかけてるとか、
一人でイロイロ考えてたら、いつの間にかまた涙ぽろぽろ。
いかん、完全に元気なし。
旦那さんにメールして、ちょっと元気付けられ、
気を取り直してとにかく歩いた。
そろそろ帰ろうと自宅に向かって戻っていると、
携帯が鳴った。
助産師さんからだった。
「頑張ってるのね。今から来れる?」と。
「今日はもうクタクタです」
「そうよね。明日はどう?赤ちゃん、モニターでみてみましょ」
「わかりました。お願いします」
てなわけで、明日は日曜にもかかわらず、
助産院へ行くことに。
もちろん、日曜は通常、助産院もお休みなので、
それだけ助産師さんも焦っているんだって、わかっちゃった。

ああ、どうしたら赤ちゃんは出てきてくれるんだ!?
もう、精神的にまいってしまった。
まさかの41週。
さて我が子はどこまでねばるのやら。。。

地獄を見た(ってくらい)

2008-01-31 22:53:57 | 妊婦生活
赤ちゃんの心音と陣痛の状況を見る
モニターをしに助産院へ。
赤ちゃんは元気だけれど、陣痛は来ず。
内診があまりに痛くて、涙ちょちょぎれ。。。
やっぱり未だに子宮口に届かないと。

相当焦ってきたので、ゆうべあまり眠れなかった。

いろんなことが重なって、助産婦さんの言葉に
涙が出てしまった。涙腺ゆるゆる。。。
1月中に生まれなかったということで
焦っている私に、陣痛を促すといわれている
「ひまし油」という下剤がすすめられた。
決まった量の倍を飲むということで、
悩みに悩んだけれど、旦那さまと相談した結果、
1月中に産気づかなかったので飲むという決断をば。

飲んでから助産院をあとにし、昼食を定食屋さんで注文。

待っている間、魚のにおいやへたばったふぐを見ていて
だんだん、気持ち悪くなってきていたのだけれど、
運ばれてきた定食を頑張って食べ始めたところ、
気分は最悪に。。。
殆ど食べられないまま、吐きそうな下しそうな感じになって、
慌ててお店を出た。

そのまま、助産院へ後戻り。

到着してトイレを借りたら、地獄が始まった。
「オエ~~~~ッ」と恥ずかしいほどの叫び声が出て
そのままトイレに嘔吐。

それが12時半頃。

それから少し横にならせてもらい、タクシーを呼び、
自宅に帰ってからというもの、
お腹の激痛とともに下痢&嘔吐で、
なんと20時まで苦しむことになってしまった。
恐ろしく長かった~~~(涙)

出産が怖くなるくらいのお腹の痛みと張りを長く体験し、
今日の私はヘトヘト、クタクタ。
出産前に撃沈だ~~~(涙)
お風呂に入ってキレイになろうっと。