375's MUSIC BOX/魅惑のひとときを求めて

想い出の歌謡曲と国内・海外のPOPS、そしてJAZZ・クラシックに至るまで、未来へ伝えたい名盤を紹介していきます。

●歌姫たちの名盤(10) 弘田三枝子 『MICO JAZZING』

2013年03月10日 | 弘田三枝子


弘田三枝子 『MICO JAZZING
(2008年1月25日発売) POPMAY 37

収録曲 01.WHAT A DIFFERENCE A DAY MAKES 02.MOONLIGHT IN VERMONT 03.CARAVAN 04.MEDITATION 05.IT'S ALL RIGHT WITH ME 06.DREAM 07.MOONLIGHT SERENADE 08.SUMMERTIME 09. IT'S DON'T MEAN A THING 10.THE VERY THOUGHT OF YOU 11.ANGEL EYES 12.SOLITUDE 13.AGUA DE BEBER 14.MY CHERIE AMOUR 15.SMILE 16.I STILL LOVE YOU BABY


世の中に音楽好きな人は星の数ほどいるが、その嗜好は文字通り千差万別で、千人いれば千通りの聴き方がある。しかしざっくり分ければ、2通りに分かれるだろう。ひとつはメジャー嗜好。有名曲や売れているレコードを中心に幅広く聴いていくGeneral嗜好のタイプ。もうひとつはいわばマイナー嗜好。一般には知られていないレアな曲や隠れた名盤に興味を示すSpecific嗜好のタイプ。筆者の場合はどうかというと後者で、気に入ったアーティストをとことん掘り下げていく傾向が強い。

とはいえ、のめり込む音楽ジャンルに関しては、年齢に相応する変化があるようだ。歌謡曲やPOPS系の音楽は比較的幼少の頃から親しんできたが、クラシック音楽は30歳を過ぎてから、ジャズに至っては50歳を過ぎてからようやくその魅力に目覚めてきた。そして一度好きになると、とことん病みつきになっていく。やはり、クラシックやジャズなどの渋い音楽を受け入れるにはそれなりの土壌が必要で、人生経験や年輪がその土壌の形成には不可欠なのだろう。

そういうわけで、 筆者はジャズを好きになってから、それほどの歳月は経ていない。しかし、それが必ずしもジャズ鑑賞に対して不利になるということにはならないと思う。それはちょうど異性を恋するのと同じで、好きになりたての相手にはそれだけ純粋な気持ちで向き合うことができるし、余計な予備知識や先入観がない分、あーだこーだと細かい注文をつけることもなく、無心になって音楽そのものに耳を傾けることができるからである。

自分にとっての歌謡曲史が弘田三枝子の「砂に消えた涙」で始まったように、はからずもジャズ鑑賞の歴史も弘田三枝子のアルバムで始まることになった。きっかけは2006年、レコードデビュー45周年を迎えた弘田三枝子がリリースした8枚組のBOX SET『じゃずこれくしょん』を購入したところから始まる。その時点では、筆者は特別ジャズに興味があるわけではなかった。が、直感的にすごく貴重なコレクションであるような気がして、なにがなんでも入手しなければならないという衝動が湧き上がり、2万円近い高値だったにもかかわらず買ってしまったのである。

そして、案の定ほとんど聴く機会もなく数年が過ぎたある日、何気なくそのBOX SETに含まれていた新作アルバム『MICO JAZZING』を聴いてみた。すると3曲目の「CARAVAN」を聴いた時、とんでもない衝撃が走ったのである。そこに展開されていたのは、人間業を超越したような高速スキャットの世界だった!

いうまでもなく自分は弘田三枝子の歌唱力は知っていた。しかし年齢的な問題もあるし、現在の彼女の歌声にそれほど期待していたわけではなかった。もちろん、かつての剛速球ではない。しかしその投球技術はいささかも衰えていないばかりか、ある部分においては今もなお進化を続けているのではないか、と遅まきながら気がついたのである。その時から、弘田三枝子のCD録音をもう一度過去にさかのぼって追いかけてみようという気になった。

『MICO JAZZING』 は2008年にBOX SETから分売になり、ボーナス・トラックが2曲加わったこともあって、あらためてそちらも購入した。ジャズを聴きこんでいる人から見ればいろいろ注文はあるかもしれないが、初心者同様の自分には十分感動的である。

冒頭の「WHAT A DIFFERENCE A DAY MAKES」からしてオープニングにふさわしいゴキゲンな名曲。あなたと出会ってたった24時間で幸せになれたという驚きを表現した歌だが、それはまさに彼女の新しい歌声との出会いをそのまま言い表しているかのようだ。2曲目の「MOONLIGHT IN VERMONT」は月あかりの美しいヴァーモント州のシャンプラン湖畔の情景が目に浮かぶようなバラード。そして3曲目が例の高速スキャットが炸裂するデューク・エリントンの傑作「CARAVAN」となる。ここまで聴いたら、たいていの人はノックアウトであろう。まさにプロフェッショナルの妙技! 他の歌手と比べても一日の長があるのは火を見るより明らかだ。

ボサノヴァの名曲「MEDITATION」でくつろいだ後は、大歌手エラ・フィッツジェラルドに捧げる「IT'S ALL RIGHT WITH ME」。生前のエラから自分の養女にしたいといわれたエピソードはあまりにも有名な話。ライトなクラシック「DREAM」を経て7曲目がジェイムズ・スチュアート主演の伝記映画『グレンミラー物語』のメイン・テーマとも言うべき「MOONLIGHT SERENADE」。ライブハウス感覚で即興風に歌う自在なパフォーマンスが楽しめる。

8曲目「SUMMERTIME」はクラシック・ファンにもお馴染み、ジョージ・ガーシュインのオペラ『ポギーとベス』のなかの1曲。ヴォイス・パーカッションとギターを絡めたソウルフルな歌唱が絶品だ。続く「IT'S DON'T MEAN A THING」はデューク・エリントン作のハイテンポなスイング曲。ドゥワ・ドゥワ・ドゥワと繰り返される低音のスキャットがいつまでも耳に残る。気品の高いバラード「THE VERY THOUGHT OF YOU」でリラックスした後は、フランク・シナトラの名唱で知られるスタンダード曲「ANGEL EYES」。天使の瞳を持つ女性にふられて自暴自棄になった男の心情を、女の視点から嘲笑するような粋な余裕が光る。

12曲目「SOLITUDE」 は、これもデューク・エリントン作の名高いバラード。ビアノとヴァイオリンを絡めたクラシカルなアレンジが涙を誘う。続く「おいしい水」を意味するタイトルの「AGUA DE BEBER」も弘田三枝子お得意の高速スキャットが炸裂する名演で「CARAVAN」同様現代最高のテクニックを堪能できる。「MY CHERIE AMOUR」はいわずと知れたスティーヴィー・ワンダーの名曲。R&Bとジャズを高度な形で融合した艶のある歌唱が素晴らしい。

ボーナス・トラックとして収められた「SMILE」と「I STILL LOVE YOU BABY」はもともと1998年発売のアルバム『華麗度』に収められていたもので、ファンには良きプレゼントとなった。

アルバム・プロデューサーのライナーノーツによれば、弘田三枝子が45年間の歌手生活で製作したアルバムは67枚、そのうちジャズ・アルバムは18枚にも上るという。そのなかでも「最高のアルバム」と自負する言葉通り、「その道を極めた名人ならではの逸品」であることは間違いない。

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