ひとり井戸端会議

主に政治・社会・法に関する話題を自分の視点から考察していきます。

靖国参拝問題に関する考察

2007年07月14日 | 靖国神社関係
 ここ最近は、首相靖国神社参拝問題をテレビや新聞などのメディアで報道されることが少なくなってきていると思われる。だが、未だに特定アジアの国は靖国参拝を外交カードとして利用しているのが現状である。そこで、靖国神社について我々知ることが何よりも重要であると思うので、以下で靖国神社の来歴について、大雑把ではあるが解説してみよう。
 


、靖国参拝に関する見解~歴史的経緯も踏まえて~
、分祀という言葉はない。
、靖国だけが問題ではない。
、政教分離に関する判例。
、靖国参拝はあいまい路線でいくべし。
、いわゆる「富田メモ」に関する見解。
、まとめ。


、靖国参拝に関する見解~歴史的経緯も含めて~

 靖国神社の前身は「東京招魂社」。明治2年に戊辰戦争で亡くなった方々の魂を慰めるのを目的に明治政府が建立。その後、明治12年に明治天皇の命名により靖国神社に改称。「靖国」とは「国を安らかにし、穏やかで平安にする」という意味。
 靖国神社には、日清戦争、日露戦争、そして先の大戦で祖国のために戦われた方々も含め、246万6千余柱(御霊は人ではなく柱と数える。)もの戦争殉難者(英霊)が祀られている。そして、この中には吉田松陰、坂本竜馬なども含まれている。
 
 すなわち、祖国のために尊い命を捧げ、亡くなっていった方をお祀りしている場所なのである。このような施設はアメリカの国立アーリントン墓地をはじめ、世界各国に存在する。しかもアーリントン墓地にも、ジェイコブ・スミス将軍という、フィリピンでの戦闘で、敵側の10歳以上の人間を皆殺しにするよう命じ、軍法会議において有罪となった人物が埋葬されている。靖国神社には勿論、A級戦犯が埋葬されている、なんてことはない。なお、韓国には顕忠日という韓国のために戦い亡くなった愛国者を大統領が追悼する日が毎年6月6日にある。余談ではあるが、韓国の大手新聞「朝鮮日報」の2006年6月7日の社説には、このようなことが書いてあった。
 「顕忠日は国のために亡くなった人たちに、その犠牲を無駄にすることなく、こんな誇らしい国を作り上げたと報告するための日だ。よりによってそんな日に、英霊たちが眠る場所で、国家の長たる人物が『恥ずかしい歴史』を断罪する演説を行うことが適切といえるだろうか。」と。

 では、なぜ靖国神社がこれ程までに問題視されるのか。それは所謂14人のA級戦犯と言われる方々が祀られているからである。
 A級戦犯とは、極東国際軍事裁判(東京裁判)で連合国によって、先の大戦の戦争指導者として起訴されて裁かれた方々である。彼等もサンフランシスコ講和条約が締結される以前に連合国によって処刑された(全員が処刑されたわけではないが。)ので戦争殉難者である。よって靖国神社にお祀りされている。
 一応、述べておくが、A級戦犯はサンフランシスコ講和条約が締結された時点でもう「戦犯」ではなくなっているし、1953年の日本の「遺族援護法」の改正により、日本の国内法では罪人でないことは国会の全会一致をもって確認されている。もう分かるように、A級戦犯はとっくに犯罪者ではなくなっているのである。
 ちなみに、A級とは、平和に対する罪を犯したとされる者で、決して罪の重さを示しているものではない。この裁判は事後法で裁かれたものであるので、その効力について様々な論争があるが、ここではそれは取り上げない。
 
 そこで最近、A級戦犯の分霊(分祀という言葉は本来存在しない。)をすれば靖国問題が解決するとの主張をよく聞く。しかし、それはできない。神道では分霊をしても、蝋燭の日を新しい蝋燭に移すようなもので、分祀をしたところで、靖国神社にもその御霊は残るのだ。
 
 ならどうすればいいのか。やはり参拝はするべきではないのか。いや、それは違う。参拝は当たり前である。中曽根元総理が昭和60年の終戦記念日に靖国参拝をした以前の、静かな環境に戻すには、靖国神社に関する誤った情報が跋扈している現状を改善しなければならない。以下、誤った情報を挙げていく。

 1、海外の一部メディアが言う、「靖国神社に遺骨が祀られている」という情報。
 靖国神社は御霊をお祀りしているだけで、遺骨など安置していない。

 2、政教分離に反する。
 これは確かに一概に間違っているとは言えないのは事実であるが、靖国参拝が違憲か否かというのは裁判所の見解も分かれている現状で「政教分離に反する」と言ってのけてしまうのは些か乱暴であろう。それに、徹底的に政教分離を敷き詰めれば、ミッション系の私立学校への国からの助成金も違憲になってしまう。
 それに首相が伊勢の神宮に参拝をした場合、殆どこの手の批判は聞かれないのに、なぜ、靖国神社を参拝したときだけ、政教分離に反する、という主張が大手を振って罷り通ってしまうのか、合理的な説明を聞いたことがない。伊勢の神宮はよくて、靖国は駄目。どこで線引きされているのか、理解に苦しむ。現に、今年、安倍首相は明治神宮に参拝し、しかも神道形式の参拝をしたが、靖国参拝についてこの手の主張をした者の間から、同様の批判が聞かれることは終ぞなかった。
 そして、一昨年、アメリカのブッシュ大統領が来日した際、小泉首相は京都の金閣寺を案内して、二人で金閣寺の中で会見した。金閣寺は名前からも分かるように「寺」である。寺は仏教の建物だから、政教分離を貫けば、この行為も政教分離違反に該当するはずである。しかし、その手の主張は待てども一向に聞こえてこない。
 なお、アメリカでも政教分離条項はあるが、日本のような特定の施設を狙い撃ちにしたものではなく、国家権力が特定の宗教団体に入れ込むのを禁止しているに過ぎず、大統領が宗教団体のパーティに参加しても、戦没者を追悼しても、大統領就任の際に聖書に手を当てて職務遂行を宣誓しても、政教分離に反するということにはならない。
 これでは、政教分離に反するという批判にかこつけて、特定の宗教法人を狙い撃ちにしてる、と邪推されて当然だろう。政教分離に関しては以下(、政教分離に関する判例)で詳細を述べることとする。

3、靖国参拝はアジア諸国の人民を傷つけている。
 これも間違っている。靖国参拝を殊更外交カードとして批判しているのは中国と韓国・北朝鮮だけである。他の近隣諸国から批判が聞かれても、大概同時に「戦没者を追悼するのは当たり前」という主張も存在する。
 中国、韓国らは国家戦略として日本からの譲歩を引き出すのを目的として靖国神社を槍玉に挙げているに過ぎない。その証拠として中韓はA級戦犯が合祀された時にも正式に抗議を申し出た痕跡は窺えない(、いわゆる「富田メモ」に関する見解参照)。
 日本国内では、上記で述べたように、分祀(神道には「分祀」という言葉はなく、分霊という。詳しくは、分祀という言葉は存在しないを参照。)は神道上不可能にも関わらず、依然として分祀論が根強いが、中韓両国はA級戦犯が祀られていることを理由に、首相の靖国神社参拝に反対しているものの、彼らは一度も「A級戦犯が分祀されれば参拝していい」とは言っていない。なので、A級戦犯とされた14人を分祀しても、矢継ぎ早に「B級も分祀せよ」、「C級も分祀せよ」と言ってこない保障はどこにもないし、果ては「靖国神社は戦前の日本の侵略の象徴だから解体せよ」と言ってくるとも考えられなくはない。
 なお、参考にまでだが、何も靖国神社に参拝しているのは日本人だけではない。以下に一部ではあるが、各国要人らの靖国神社参拝の記録を提示しておく。

①昭和31年4月、張道潘中華民国立法院院長一行が参拝

②昭和35年3月、ビルマのウ・ヌー前首相が参拝

③昭和36年12月、アルゼンチンのフロンデシ大統領夫妻

④昭和38年6月、タイのプミポン国王夫妻が参拝

⑤昭和40年3月、西ドイツ練習艦隊士官候補生50人が参拝

⑥昭和41年1月、フランス練習艦隊の乗組員達が参拝

⑦昭和44年4月、在日米軍海軍司令官スミス少将以下25人が参拝

⑧昭和55年11月、チベット・ラマ教法王ダライ・ラマ14世が参拝

⑨昭和56年6月、インドネシアのアラムシャ・R・プラウィネガラ宗教大臣が参拝し、「アジア民族独立の歴史は日本の日露戦争勝利に勇気づけられた」と語った。

4、靖国神社は日本に対して忠誠を誓って亡くなっていった者しか祀られておらず、敵や被害者は祀られていない。これは神道の道義に反している。
 これもまた間違っている。靖国神社には「鎮霊社」という世界中のあらゆる戦死者をお祀りしている建物がある。
 そして、更に戦没馬慰霊像・鳩魂塔(きゅうこんとう)・軍犬慰霊像という、戦争で活躍して亡くなっていった動物たちも慰霊されている。

 そもそも、祖国のために身を挺して戦われた方に国家の代表が手を合わせるのは当たり前である。祖国のために戦っても何の感謝もされない。果たしてそれが正常なのだろうか。それなら無宗教の国立追悼施設を建設して、そこに行けばいいのではないか、という主張もある。だが、遊就館に展示されている遺書を読めば分かるが、英霊方は「靖国で会おう」と言って散華していったのである。彼等の御霊は靖国神社にいる。なのに無宗教の国立追悼施設を造ってそこで手を合わせても、壁に向かって話しかけているようなもので何の意味もない。
 そんなものを建てても、中韓の内政干渉もなくならないし、それは寧ろエスカレートするだろう。「日本は押せば引っ込み、従う国だ」と思われるだけだからだ。

 しかしながら、個人的な見解では、首相の靖国参拝は外から言われて行うものであってはならないと考える。例え総理大臣と言えども、内心の自由はあるし、宗教的なものは強制されるべきではないからだ。それに、靖国参拝したくない者を無理矢理引っ張り出しても、そんな人物に手を合わせられたところで、英霊方も喜ばないだろう。よって、時の首相が個人の信条で靖国参拝はしない、と明言したらしなくても構わないだろう。こればかりは仕方がない。
 
 終戦記念日の参拝にばかり注目が集まるが、本来なら終戦記念日よりも、全ての英霊方に感謝する、春・秋の例大祭に参拝するのが一番望ましいのである。ちなみに、8月15日は、単に録音した昭和天皇の玉音放送が国民に向け流されただけの日であり、国際上、それほど重要な意味はない。
 
 加えて、靖国神社の周辺にいる右翼団体も、靖国神社のイメージダウンに一役買ってしまっていると思う。別に右翼団体が悪いと言うわけではなく、中には純粋に靖国神社のことを思い、靖国神社の周りで活動している右翼団体もあるだろう。
 しかし、世間一般的に黒塗りの街宣車で軍歌を流して走行している右翼団体にはいいイメージがない。そんな団体が靖国神社の周りを取り囲んでいたら、無駄に靖国神社への警戒感を煽ってしまい、かえって逆効果と思われる。かと言って靖国神社の側からもお引取り願いたいとも言えないだろう。
 靖国神社を大切にしたい気持ちはよく理解できるが、これでは英霊の方々も心落ち着いて眠れないであろう。ここは彼等右翼団体の善意に任せるしかないだろう。

 一部の心無い人達によって辱められた靖国神社が正当な評価を取り戻す日が来ることを願わずにはいられない。



、分祀という言葉は存在しない。

 靖国参拝問題で必ず聞かれるのが、さきにも述べた分霊論であるが、本来の意味での分霊とはどういうことを言うのか。以下に平成16年の神道史大辞典の分祀の項目を参照してみる。

 分霊とは、特定の神社に祀られている祭神を、異なる場所において恒久的に祀ること。本社の祭神の分霊(わけみたまとも)を祀ることになり、分宮・新宮・今宮・遙宮(とおのみや)などを冠した社名は、本社の祭神の分霊が祀られたものである。
 分祀はあくまで特定社の分霊であるので、本社には分霊の本体である祭神は変わらず祀られている。本社と祀られる場所との関係は、神戸や御厨である場合や、封建領主の信仰神、稲荷・愛宕などの特定信仰など、歴史上さまざまな形態がある。

 先ほど、分祀という言葉は本来存在しないと述べたのに、神道の辞書に分祀という単語が載っているではないかと思う方もいるだろう。
 神道の用語辞典に分祀という単語が掲載されるようになったのは、昭和50年代に、三木総理が私的参拝を強調して以降からなのだ。それ以前の神道の辞書には分祀という項目は存在していなかったのである。分霊を身近な例で例えるなら、全国に稲荷神社がある。稲荷神社に祀られている祭神は、すべて京都の稲荷山にある稲荷神社の総本山から分霊されたものだ。要するに、いわゆる「分祀派」の主張する「お前らだけあっち行け」みたいなことは先述した通り、神道上できないのである。

 なのに何故、これほどまでに彼らの主張が飛ぶ鳥を落とす勢いで主流となりつつあるのか。そこには、後述する富田元宮内庁長官のメモが大きく影響しているのは言うまでもないだろう。しかしながら、このメモが直ちに分霊に結びつくものではない。
 昭和天皇は終戦時、連合国に東条英機らを引き渡す際、「戦争指導者を連合国に引き渡すは真に苦痛にして忍び難きところなる」と仰っている(木戸幸一日記)。

 昭和天皇は日独伊三国同盟には否定的でおられたし、東条が日米開戦を極力回避しようと外交努力を重ねていたことも承知されていたはずである。現に、東条は日本が真珠湾を攻撃したという一報を知った際、皇居に向かい嗚咽し、号泣したという。そして、昭和天皇は生前、昭和63年4月25日に記者から、日本が第二次大戦に進んでしまった最大の原因はとの質問に対し、「そのことは人物の批判とか、そういうものが加わりますから、今ここで述べることは避けたい、と思います」と仰られたし、公の場では決してこういった内容に関してのご発言はされてなかった。

 今は、この昭和天皇のご発言とされるメモが独り歩きして、できもしないことを靖国神社に対してしろと迫っている。
 仮に分霊をしても第二、第三の靖国神社ができるだけであり、問題の解決には一切ならない。
 それにもし、中国・韓国が、この本来の分霊の意味を知ってしまったら、靖国神社そのものに国家の指導者が参拝できなくなってしまうという矛盾も出てくる。それこそ、分霊した意味がまるでなくなる。
 加えて、現在日本政府は辛うじてではあるが、日本国内には戦犯はいないという解釈をとっている。なのに、ここでA級戦犯とされた14名を分霊したとなれば、上記の解釈を否定することにも繋がる。A級戦犯と呼ばれる14名を分霊したところで、何一つ意味のないどころか、かえってマイナスであることなのだということを認識すべきである



、靖国だけが問題ではない。

 小泉前首相が、ろくに理論武装もせず、「いかなる批判があろうと、必ず終戦記念日に靖国参拝する」と明言して以降、遺族の方や、戦争で命を落とした英霊方の気持ちに反し、内外問わず靖国神社に視線が集中している。

 このことがよいことか、悪いことかの議論はさておき、このような事態に陥った原因は、マスコミの煽動にあると見る。
 何度も述べるが、日本国内のマスコミが靖国神社のことで、これでもか、これでもかと騒がなければ、間違いなく中韓の内政干渉という事態は発生しかった。

 それまでは、あの朝日新聞ですら、自紙の記事で、韓国では、「靖国などの問題に対する韓国国民の関心が次第に薄れてきた」、シンガポールでは、「靖国神社と言っても、『知らない』と答える青年が多い」、フィリピンでは「現在の靖国神社への関心も薄く、靖国問題そのものを知っている人も少ないのが実情」と書いている(昭和60年8月7日朝刊)。

 しかし、それまで、野田毅議員との約束を守り、参拝批判を抑えていた中国に対し、社会党(現、社民党)と連携し、中国に靖国神社を悪の権化というイメージを振りまき、それが功を奏し、昭和60年8月27日、中国共産党ヨウ副首相から、初めて靖国参拝に対する批判を引き出すことに成功した。それからというもの、中国はこれを絶好の外交カードとして利用し、これが効果てきめんだったので、それを真似して韓国も靖国神社を利用しだしたのだ。

 ちなみに、当時の中曽根首相の靖国参拝に対し、朝日新聞が世論調査を行ったところ、約50%の人が「賛成」と回答しているというのは皮肉である。

 次に、故橋本元首相も述べていたように、現在においても、未だに回収されていない旧日本兵の遺骨はアジアのいたるところにある。
 靖国参拝を支持するのと同時に、こちらの問題にも早く手を回して欲しい。そうしないと、遺族の方々の高齢化が進み、手遅れになりかねない。そして、アジアに点在する、旧日本兵らを祀る慰霊碑も悲惨な現状だ。保守派議員や団体は、もっとこのことにも目を向けて欲しい。本当に英霊方を崇敬するのならば。

 一方で、靖国神社ばかりが、戦没者追悼の場として注目されるが、全国には護国神社があることも忘れてはならない(神奈川は建立中に燃えてしまい、新しい追悼施設を建設した)。
 全国各地の護国神社には、その地の出身者が祀られており、靖国神社に眠る英霊方と同じ存在である。終戦記念日に靖国神社を参拝しなくとも、地元の護国神社には足を運ばれることを勧めたい。

 中国との間では、政冷経熱などと言われて久しいが、首相靖国参拝後も、両国間の経済関係は順調だし、それに靖国で譲歩をしても、そのすぐ後ろには、教科書問題、ガス田開発問題、領土問題など目白押しだ。
 韓国との関係でも、国内で嫌韓感情が広がっていると言っても、今は下火になったとはいえ、韓流ブームで韓国を訪れる日本人は増加しているし、大学間では交換留学が盛んに行われているし、首相靖国参拝によって、親善自体に深刻な影は落としていない。韓国との間でも、靖国で譲っても、慰安婦問題、歴史問題、竹島問題と懸案はことらも同じく目白押しだ。
 両国との関係悪化は、単に靖国参拝だけが原因ではなく、このような複雑な要素も混ざり合っての結果なのであり、全ての原因を靖国に押してけるのは短絡的に過ぎる。

 確かに、周辺国との関係はよいに越したことはないが、外交は隣近所とのお付き合いではない。国益を考えた計算が不可欠なのだ。よって、周辺諸国との対立を恐れてはならないし、安易に靖国参拝で譲歩をするような態度を見せることは、禁物である。
 政治家の方々には、今ここで靖国参拝を止めることにより、世界中に「日本は圧力に屈する国だ」というレッテルを貼られることの方が、中長期的視点から見て国益に反するということを認識してもらいたい。

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