随所随縁

所に随(したが)い、縁に随い、時に随い、想いに随い、書き留めていきたい。

世界史について

2005-02-01 22:01:53 | Weblog

学校の時の教科書というものは、学校を卒業して十数年たった今では、どこにいってしまったのかわかりませんが、今でも愛読?している教科書もあります。それは「世界史地図」です。地図を見ているだけで楽しいのですが、特に「5世紀の世界」というふうに、1世紀ごとの世界地図が描かれているのが、ことのほか気に入っています。

たしか、学校の世界史の授業では「4大文明」→「ギリシャ・ローマ」→「古代中国」→「中世ヨーロッパ」→・・・といったような教わり方をしていたような気がします。これでは「地域史」を細切れにして積み上げただけで、ちっとも「世界史」じゃないと思った記憶があります。今はどんな風に教えているんだろうか。やっぱり「ギリシャ」では「万物の根元は水←→ターレス」「火←→ヘラクレイトス」「数←→ピタゴラス」「原子←→デモクリトス」・・・なんてのを教わり、西ローマ帝国の滅亡(476年)までやってから、紀元前の「中国」へ飛んで「儒家←→孔子」「道家←→老子」「法家←→韓非子」・・・というふうにやっているのだろうか。たしかに、世界全体が一体感を持つようになるのは、大航海時代以降ということになるので、細切れでもよいのでしょうが。

しかし、この「世界史地図」では、各時代の全体像を地図で見せてくれるので、紀元前5世紀ごろに「ギリシャの哲学」と「インドの釈迦」と「中国の諸子百家」がほぼ同時に現れていること、紀元前3世紀ごろに「ローマ(共和国)」と「アレクサンドロスの帝国」と「インドのマウリア朝」と「中国の秦帝国」が古代の大帝国として現れていることが決して偶然とは思えないのです。きっと、それらの事象を引き起こす「世界史的」な「環境」なり「人物」なり「技術」があるのでしょう。また、世界史地図には「エフタル」とか「スードラ朝」とか「奄蔡(アラン)」とかのマイナーな王朝?がさりげなく載っていて、気になります。「世界史」にはほとんど出てこない「日本」にもちゃんと歴史があって、世界史にも(ある程度の)影響を与え・与えられたように、きっとこれらの王朝?にもすんごい歴史があるに違いないと想像することができます。

ギリシャ文化や諸子百家を暗記するのは苦痛でしたが、テストに関係のない今となっては、きっとその時代はイキイキとした時代で、歴史としてもおもしろい時代ではないかと思っています。「史記」や「三国志」が好きだったため、「諸子百家」は一通り読みましたが、「ギリシャ」の方は、いまだ高校時代以来の「『水』のターレス、『原子』のデモクリトス」のレベルのままです。これではギリシャの偉人に対して申し訳ないので、「哲学」方面は無理としても、せめて「ホメロスの『イーリアス』」か「歴史の父=ヘロドトスの『歴史』」くらいは読もうかと思っています。