わが輩も猫である

「うらはら」は心にあるもの、「まぼろし」はことばがつくるもの。

名調子=玉木研二

2008-05-02 | Weblog

 先ごろ訃報(ふほう)が伝えられた元NHKアナウンサー、志村正順さんは、その名調子の実況放送で戦前戦中戦後にわたって伝説を残した。

 1936年11月29日、東京の洲崎球場。プロ野球の公式試合・巨人対セネタース戦で、23歳の青年アナウンサーは「沢村、靴底のスパイクがはっきり見えるほど、高々と足を上げました」と活写した(野球体育博物館編「野球殿堂2007」)。巨人のエース沢村栄治の若武者ぶりを、人々はラジオの前で生き生きと思い描いたに違いない。

 43年10月の学徒出陣壮行実況、53年2月のテレビ放送開始アナウンス、長嶋がサヨナラ本塁打を放った59年6月の巨人対タイガース天覧試合中継。そして何より大きいのは、解説者との軽妙なやりとりを交えてスポーツ実況のありようを変えたことだ。とりわけ故小西得郎さんとのコンビは人気で、逸話は多い。

 中でも有名なのは藤尾茂捕手(巨人)のアクシデント。75年の読売新聞で小西さんが回想している。球が具合悪い所に当たったその時「小西さん、藤尾が痛そうにしていますが、どうしたんでしょう」と、志村アナがそしらぬ顔して振ってきた。せかすように足をけったそうだ。

 困った小西さんは言う。「なんと申しましょうか……ご婦人方には絶対お分かりになれない痛みでして……」

 「名調子」と評される語り口が段々少なくなっているようだ。情報あふれかえるネット時代にその居場所はなくなりつつあるのか。しかし、ラジオの日々の方がずっと豊かな情報を得ていたように思えるのは、錯覚だろうか。(論説室)




毎日新聞 2008年4月29日 東京朝刊


陰謀論の利点=坂東賢治

2008-05-02 | Weblog

 健康上の理由で2月に最高指導者を引退したキューバのフィデル・カストロ氏。体力は衰えても頭はしっかりしているようだ。引退後も共産党機関紙に国際情勢をめぐる論文を次々に執筆している。

 今月初めには「中国の勝利」と題した論文を2回に分けて公表した。チベットでの反政府活動弾圧に中国への批判が高まった。数少なくなった共産主義の友邦の危機に応援団を買って出たわけだ。

 論文は1950年代に米中央情報局(CIA)がチベット問題に関与した歴史や台湾問題などに触れながら「(西側諸国の)反中感情の根源にあるのは人種差別だ」などと欧米の対応を批判している。

 CIAに命を狙われたこともあるカストロ氏だけに、背景に西側の「陰謀」があるとの認識がうかがえるが、明言はしていない。ところが、中国にはカストロ氏の心の奥がよく見えたようだ。

 人民日報系サイト「環球網」は論文を「西側は(台湾総統選で中台融和を主張する)馬英九氏の勝利で台湾を対中圧力に利用できなくなったので、チベットに矛先を向けた」と相当に意訳して報じている。

 なるほどなと思う。カストロ氏以上に中国側にこうした陰謀論を支持したい気持ちがあるのだろう。89年の天安門事件後も西側が平和的転覆を狙っているという「和平演変論」が盛んに流された。

 陰謀論には外国に責任を転嫁できるという利点がある。北京五輪を前に多数の死傷者が出たことだけで重大な政治問題だが、「ダライ・ラマ勢力の陰謀」「西側の陰謀」と唱えていれば、誰も責任を取らずに済むのだ。(北米総局)




毎日新聞 2008年4月28日 東京朝刊


移民の祖国は=渡辺悟

2008-05-02 | Weblog

 NHKのど自慢が初めて海外で公演したのは10年前。ブラジルへの移民90年を記念してサンパウロで開かれた。

 出場する日系2世、3世たちをテレビで見て驚いた。古き良き日本と底抜けの明るさが見事に同居していた。

 ブラジルは2050年には世界5位の経済大国になる。米国の証券会社がこう予測したのは5年前だが、今月初め英米の監査法人が「4位」と予測を上方修正した。世界最大級の油田発見の報道もあって評価は高まる一方だ。

 50年頃(ごろ)、日本は本格的な移民国家に移行するらしい。時期は別として、確かなのは、この選択を避けて通れるほど人口減と高齢化は生易しいものではないということだ。

 20年前4000人だった在日ブラジル人は現在30万人。ほとんどが日系だが、非行に走り、少年院で初めて日本語教育を受けるケースも少なくない。異文化、異言語の中で孤立する姿は10年前に見たのど自慢とあまりに対照的だ。

 急増に対応が追い付かないなどさまざまな事情があるにせよ、彼らに挑戦の機会を惜しみなく与える祖国でありたい。それは、日本の若者にとっても希望を抱ける開放的な社会ということだ。

 初めてのブラジル移民781人を乗せた笠戸丸が神戸を出港したのは100年前の1908(明治41)年4月28日夕刻。日露戦争の折、旅順港で捕獲されたこのロシア船は最後は漁業用工船になり、太平洋戦争終結6日前、ソ連の攻撃で北の海に沈んだ。

 前述の予測によると日本のGNPは50年頃ブラジルに抜かれるらしい。国も人も船も歴史の大波に洗われる。(編集局)




毎日新聞 2008年4月27日 大阪朝刊


どっと繰り出す連休=大島透

2008-05-02 | Weblog

 大型連休が始まった。休日の並びが悪く、今年の旅行者は昨年より減りそうだという。だからといって連休がうれしくないわけがない。

 大型連休は、盆や正月と並ぶ日本人の3大休暇だが「戦後」の産物でもある。1948年に祝日に制定された「昭和天皇の誕生日」「憲法記念日」「こどもの日」の三つに週末休日が微妙にからむ。盆や正月とは違う大型連休の特徴を、研究者の田村武さんが鋭く分析している(昭和堂刊「戦後日本の大衆文化」)。

 古い時代の風習を残す盆や正月を支えたのは女性だった。特に正月の場合、大掃除やおせち料理の準備などで女性に負担がかかった。一方、連休中の行楽は、核家族の父親が負担を背負う、年に一度の儀式という。子供にせがまれれば、仕事で疲れた体にむち打ち、混雑の中へどっと繰り出さざるを得ない。観光地や遊園地は、こうした血まなこで遊ぶ人々であふれる。

 子供を喜ばせ、疲れ果てたパパを待つのは連休明けの灰色の朝である。それでも懸命に尽くす理由は、彼がマイホームの維持を一番に望んでいるからだ。連休は、父親が日ごろ疎遠になりがちな家族に罪滅ぼしをして、きずなを確認する期間だという。

 ところが家族での大移動も昔の話になりつつある。90年代以降、個人による連休中の海外旅行が急激に増えた。今や1人世帯は30%、夫婦2人世帯は20%に達する。父親が家族サービスの努力でつなぎとめてきた核家族自体が解体中なのだ。連休中の列島の大騒ぎも年々静かになっていくだろう。しかし、それもちょっと寂しいような……。(報道部)




毎日新聞 2008年4月27日 東京朝刊


一樹百穫なるものは…=藤原規洋(論説室)

2008-05-02 | Weblog

 この季節、ホームセンターなどで花や野菜の苗と肥料を大量に買い込んでいく人を、よく目にする。土を作り、苗を植え、添え木をする。水をやり、草を引く。毎年同じことの繰り返しだが、それでも育ち方は違う。出来不出来はあっても、成長していく変化を見るだけでも楽しい。

 人を育てるのも同じか。

 エアコン大手のダイキン工業(大阪市)は、沖縄振興を目的に20年前に沖縄で始まった女子プロゴルフツアー開幕戦のスポンサーとして、毎年島内の中学生を会場に招き、中高生ゴルファーを招待参加させている。宮里藍も諸見里しのぶもこの舞台を踏んで飛躍していった。

 半導体・電子部品メーカーのローム(京都市)は、社長と会社が中心になって91年に財団を設立し、京都・国際音楽学生フェスティバルを開催したり奨学金を支給して、若手音楽家の支援を続ける。昨年のチャイコフスキー国際コンクールバイオリン部門優勝の神尾真由子さんも、この財団の奨学生だった。

 ともに、本業とは無縁の分野だけに、若手の成長を純粋に楽しめることだろう。

 それに比べ、社員の育成は楽しいばかりではない。野村証券社員のインサイダー事件などに、その難しさを痛感している企業も多いだろう。

 「一樹一穫なるものは穀なり 一樹十穫なるものは木なり 一樹百穫なるものは人なり」

 中国の古典「管子」にある言葉だ。一つ植えて百もの収穫を得られるのが人。さて、今春入社の新入社員たちは10年後、20年後、いったいいくつの実を成すのだろう。




毎日新聞 2008年4月26日 大阪朝刊


野党のやるべき仕事=松田喬和

2008-05-02 | Weblog

 「ねじれ国会」の出現で、民主党のあり方が論議されている。政権担当能力と同時に政権政党との違いも誇示しなくてはならないからだ。

 自民党が野党に転落した93年当時、与謝野馨前官房長官は、秘書として仕えたこともある中曽根康弘元首相のもとを訪れた。

 「『先生、野党の仕事は何ですか』と尋ねた。その答えは、『何が何でもそのときの政権を倒す。政策も何もない。とにかく政権を倒すことが野党の仕事だ』という単刀直入なものだった」と、著書「堂々たる政治」(新潮新書)に記している。

 中曽根氏にこの一件を尋ねると、「三木武吉さんからの教えだ」と説明する。54年の年末に鳩山一郎首相を誕生させ、翌年には保守合同を実現させた立役者。戦後2番目に長い吉田茂政権の末期には、徹頭徹尾抵抗し、政略を仕掛けた。

 与謝野氏は「今の民主党は、ある意味で(三木氏の)この言葉通り、野党の仕事をしていると言える」と、著書の中で感想を述べている。

 だが、中曽根氏の認識は異なる。歴史家、徳富蘇峰氏から聞いた三木氏の月旦(げったん)評「あれは(大衆的人気のあった情の政治家)大野伴睦が弁護士になったような男だ。だけど勝負師であって、人間は善だ」を引用しながら、民主党・小沢一郎代表との違いを説く。

 「弁護士と形容されたように三木さんには法理論を踏まえ、他を説得する力があった」と語る。さらに、「吉田流の官僚的権威には互いに反発するが、小沢君にはそれを表に出すほどの力がない。三木さんに比べて無駄が少なすぎるし、愛嬌(あいきょう)が足りない」と。(論説室)




毎日新聞 2008年4月26日 東京朝刊


なくて良かった=中村秀明

2008-05-02 | Weblog

 ついに、小学生の5人に1人が携帯電話を持つ時代になったようだ。

 バンダイが今週、小学生の子を持つ保護者1800人を対象にしたアンケート結果を発表した。それによると、全学年の平均保有率は21・9%。学年が上がるごとに高まり、6年生女子は43%に達した。理由としては「防犯のために」が多い。

 もし、自分の10代のころに携帯があったら、と考えてみる。

 手紙のやり取りが途絶えてなんとなく疎遠になったり、待ち合わせのすれ違いがもとで別れたり、そんな微妙な人間関係や恋愛関係とはおそらく無縁なのだろう。便利だし、何かと確実だ。

 その一方で、相手の口調、背後から聞こえる声や音、メールの微妙な表現、返信が届くまでの時間に一喜一憂するに違いない。多感な時期をそうやって振り回されるかと思うと、ため息も出る。

 昨年亡くなった哲学者の池田晶子さんは言う。「友だちとしゃべったり、メールでの文字も、しゃべり散らし、書き散らしで、たちまち忘れてしまうよね。(略)そういう言葉は、言葉のようで、実は本当の言葉ではないんだ。本当の言葉というのは、人間を、そこに立ち止まらせ、耳をすまさせ、考え込ませるものなんだ」。4年前、毎日新聞紙上で若い人に読書の楽しさを呼びかけた文章だ。

 「本当の言葉」がそこにはないのに、携帯を手放せない現代の10代はつらい。悩みの種は、自分のころより数倍多いはずだ。携帯がなくて良かった、そう思いながら、子どもたちのことが心配になる。(編集局)




毎日新聞 2008年4月25日 東京朝刊


ヤワな連中は…=与良正男

2008-05-02 | Weblog

 政治への不信や怒りは今、まず先に公務員に向けられているのではなかろうか。その公務員に対して、まるでモノを言えない政治家の情けなさが不満に拍車をかける。多くの国民がそう感じているように思えてならない。

 組織をあげてサボり続けた社会保険庁。ゴルフ接待漬けの前防衛事務次官。そして道路特定財源からマッサージチェアを購入したり、豪華旅行をしたり。もちろん、バッシングさえしていれば済むわけではない。だが、公務員への強い憤りは、この国の政治が依然として官僚主導で動いているという本質を人々が見抜いているからだと思う。

 にもかかわらず、官僚組織を改編し、権限を縮小しようとすると待っているのはいつもの抵抗だ。「官僚お友だち内閣」と見られているのが支持率低迷の要因の一つのはずなのに、福田康夫首相も公務員改革に力が入っているようには見えない。一方、官庁側から聞こえてくるのは「このまま冬の時代が続けば優秀な人間が入ってこなくなる」といった、あたかも被害者のような声ばかりなのだ。

 「ゆとり教育」の旗振り役だった元文部官僚、寺脇研氏が近著「官僚批判」(講談社)で「官僚という職業に人気があり、だれもがなりたがるなどということが、そもそもおかしい」と書いている。

 上意下達型から住民参加型の行政へ。国民の意識は確実に変わっている。その行政を担う意欲に燃える者こそ「優秀な人材」なのであり、「ヤワな連中は来なくていい」と寺脇氏は言い切る。

 もう、そろそろ発想を変える時だと私も思う。(論説室)




毎日新聞 2008年4月24日 東京朝刊