わが輩も猫である

「うらはら」は心にあるもの、「まぼろし」はことばがつくるもの。

これは大異変である=与良正男(論説室)

2008-05-08 | Weblog

 「次の首相候補は誰だと思うか」と聞かれた時、私が自民党議員の名を挙げず、「民主党の○○さんはどうか」と答えると、多くの人はきょとんとする--。5年前、本欄でこんな話を書いたことがある。首相と言えば自民党。つい最近まで、それが「日本の常識」だったということだ。ところが、どうだろう。

 先週の毎日新聞・全国世論調査では、民主党の小沢一郎代表が首相にふさわしいと答えた人は18%。福田康夫首相の14%を上回った。「福田内閣支持率18%」もさることながら、私はこちらの数字に注目するのだ。

 政党支持率も民主党が28%で、自民党は20%。これまで民主党の支持率は国政選挙が近づくと上昇し、選挙が終われば下がってきたことを考えれば大異変だ。これは政権交代が、ようやく現実的なものとして人々に意識されてきた結果ではなかろうか。

 もちろん、直ちに次の衆院選に結びつくかどうかは分からない。福田氏と小沢氏、「どちらも首相にふさわしくない」との回答は実に63%。民主党の国会対応にも批判的な人が多い。対決も大いに結構だが、「民主党が政権を取ったらこうする」と具体案をもっと示してほしいという気持ちも強いのだと思う。

 気になることが一つ。「対案がない」と新聞が書くと最近、よく民主党議員から「そうやって足を引っ張り、政権交代を阻もうとする」と反論を受ける。でも、政権交代に現実味が出てきたからこそ要求も厳しくなるのだ。それが分からないとしたら、これまた異変の意味を理解していないのではないのか。




毎日新聞 2008年5月8日 0時09分


食べ残し=玉木研二

2008-05-08 | Weblog

 大阪・船場の旧家に生まれた4姉妹の物語、谷崎潤一郎の長編「細雪」に料亭「吉兆」は登場する。

 世は戦時下。「どうも昨今は、酒も料理もだんだん窮屈になって来ましたが、此処(ここ)の家はいつもこんなに御馳走(ごちそう)が出るんでしょうか」。招かれた客が顔を光らせながら感心する場面がある。

 そして今、飽食の世。「船場吉兆」が客の残した料理を別の客に回していた。高級料亭の体裁の裏で焼け跡闇市の雑炊食堂のごときやりよう。いじましいというほかない。

 ところで、太宰治が戦前の小品「佐渡」で書いている。

 「私は一つの皿の上の料理は、全部たべるか、そうでなければ全然、箸(はし)をつけないか、どちらかにきめている。金銭は、むだに使っても、それを受け取った人のほうで、有益に活用するであろう。料理の食べ残しは、はきだめに捨てるばかりである」

 彼の「人間失格」にも「お弁当箱に食べ残しのごはん三粒、千万人が一日に三粒ずつ食べ残しても既にそれは、米何俵をむだに捨てた事になる」というくだりがある。

 船場吉兆が太宰を座右の書にしていたとは到底思えない。ただソロバンずくのことだろう。高い金払って一杯食わされた客もさることながら残され、使い回された料理こそ哀れである。私は高級料亭には縁遠いが、会食でやむなく残しても持ち帰り可能な料理は、頼んで包んでもらう。

 さて佐渡の太宰。食べきれぬ料理を酌の女性に懇々と勧める。「女は、私の野暮を憫笑(びんしょう)するように、くすと笑って馬鹿丁寧にお辞儀をした。けれども箸は、とらなかった」(論説室)




毎日新聞 2008年5月6日 東京朝刊


五輪と政治 その2=坂東賢治

2008-05-08 | Weblog

 東京五輪を知る世代なら、当時のブランデージ国際オリンピック委員会(IOC)会長の名を覚えている人も多いだろう。アマチュアリズムにこだわり、五輪のプロ化に最後まで反対したが、死後の評価はあまり芳しくない。

 その理由の一つは「ヒトラーに利用された」と悪名高いベルリン五輪(1936年)時にボイコット論を抑え込んだことだ。ワシントンのホロコースト(ユダヤ人虐殺)記念博物館で始まったベルリン五輪特別展で、当時の論争が詳細に紹介されている。

 ナチス・ドイツのユダヤ人迫害を理由にボイコットへの支持が広がったが、当時、米国五輪委会長だったブランデージ氏は「政治とスポーツの分離」を主張し、強く反対した。アマチュアスポーツ団体での投票の結果、ボイコットは小差で否決された。

 ユダヤ人社会には五輪がヒトラーの権威確立に利用され、ユダヤ人虐殺を許すことにつながったとの思いが強い。だが、歴史の評価は難しい。当時、黒人団体は米国に黒人差別が存在する中、ボイコットは偽善だと主張した。

 大会には米国から19人の黒人選手が参加。陸上のオーウェンス選手は四つの金メダルを獲得、米メディアはヒトラーから大会を乗っ取ったとたたえた。ボイコットが実現していれば、偉業は消えていた。

 チベット問題を契機に北京五輪への批判が強まる。米国のユダヤ人指導者らは4月末、世界のユダヤ人に五輪ボイコットを呼びかけた。賛否はともかく、歴史を振り返り、五輪と政治についてじっくりと考える機会にすることは無駄ではないだろう。(北米総局)





毎日新聞 2008年5月5日 東京朝刊


ダライ・ラマと中国=近藤伸二

2008-05-08 | Weblog

 チベット仏教最高指導者のダライ・ラマ14世の会見に出たことがある。仏教団体の招きで台湾を訪れ、陳水扁総統らと会談するなど一連の活動を終えた後、内外の記者に成果を発表したのだ。

 途中でダライ・ラマが机の上のクッキーを食べようとすると、カメラのフラッシュが一斉に光った。ダライ・ラマはクッキーをくわえたまま動かない。しばらくして、「もういいかな?」とでも言うように会場を見渡し、にっこり笑って会見を続けた。

 先月、成田空港近くのホテルで行った会見でも、指で角を作るポーズをし、「私は悪魔ですか?」と問いかけた写真が紙面を飾った。

 世界にチベット支援の輪が広がるのは、ダライ・ラマの個性も大きいと思う。背負う物の重さや戦う相手の巨大さにもかかわらず、ユーモアを忘れずに語りかける姿に引き込まれた人も多いはずだ。

 中国政府はそんなダライ・ラマを「祖国分裂勢力」として激しく非難する。かつて、台湾の李登輝前総統を「独立勢力の黒幕」だとして、罵倒(ばとう)したのと同じだ。

 だが、李氏の場合は、中国が非難すればするほど存在感を増した。そして、ミサイル演習で威嚇した96年の総統選では李氏の得票を押し上げ、01年の訪日では日本の世論を李氏に傾かせるなど、中国が望まない結果を生んだ。

 国際社会の圧力を受け、中国政府はダライ・ラマ側との対話に乗り出した。実のある話し合いを期待しているが、うまくいかずに中国政府がダライ・ラマを批判するなら、かえってその人気を高めるだけだろう。(論説室)





毎日新聞 2008年5月4日 大阪朝刊


火に油を注ぐ=野沢和弘

2008-05-08 | Weblog

 こういうのを火に油を注ぐというのかもしれないが、批判を承知で言いたい。ガソリン1リットル25円の暫定税率復活はそんなに騒ぐことか。

 ガソリンが値下げになった。1カ月間だけであることは分かっていた。それで消費者が混乱した? 混乱の中で廃業した給油所もあるというが、この10年間、毎年1000カ所以上のスタンドが廃業し続けている現実も見なければ公平を失するだろう。

 <政治に振り回される庶民>という表層的なとらえ方では、この問題の深刻で重要な本質に迫れない。

 少子高齢化の進展で社会保障費は毎年9200億円ずつ増える。このままでは国がつぶれる。それで毎年2200億円を削ることが政府の至上命令になっている。必要な介護サービスがなかなか受けられないのも、障害者が自己負担を強いられるのも、生活保護費がカットされるのもそのためだ。悪評高い後期高齢者医療制度もそうだ。このままでは医療保険そのものが破綻(はたん)すると言って小泉政権が決めたことではなかったか。

 もはや毎年2200億円を削るという前提が間違っている。乾いたぞうきんを切り刻んでも一滴も出ない。消費税について本気で考えないと手遅れになると思う。そうでなければ10年で59兆円を投じる道路計画を見直し、道路特定財源の一般財源化を完全実施するしかないではないか。

 介護や医療を受けられず生命を脅かされている老人は日本中にいる。それはあなたの親かもしれない。近い将来のあなた自身かもしれない。25円の税金に騒いでいる場合じゃない。(夕刊編集部)




毎日新聞 2008年5月4日 東京朝刊


遅咲きの桜のように=佐々木泰造

2008-05-08 | Weblog

 先月末、ふもとでは桜が満開の長野県白馬村のゲレンデで、モーグルのエア(空中演技)のバックフリップ(後方宙返り)に挑戦した。

 こぶを滑ってジャンプ台から飛び出し、1回転して着地する。失敗すれば、脊髄(せきずい)損傷で寝たきりになる危険もある。トランポリンやウオータージャンプ(斜面を滑走してプールに飛び込む練習施設)で技術を身に着け、万全を期した。昨年から指導を受けているインストラクターの鳴海裕樹(ゆうき)さんは、万一に備え、落下地点に大量の雪を入れた。

 回転しすぎて尻もちをつくジャンプを何回か繰り返した後、なんとか立って着地した。50歳にして初めて雪上でモーグルのバックフリップに挑戦し、成功したという話は聞かない。ささやかながら人類史上初の快挙かもしれない。

 かつて、男子は20歳前後で成長が止まり、その後、肉体は衰える一方だと習って、年を取ってから身体能力が向上することはないと信じていた。仕事のストレス解消のために39歳でスキーを始めたら、上達することが楽しくてはまった。仕事優先だから練習時間は限られる。いかに安全に、効率よく技術を習得するかを考えて、鳴海さんと「モーグルを生涯スポーツにするプロジェクト」を進めている。

 最近のスポーツ科学は、年齢に関係なく筋力が発達すると言っている。運動能力だけでなく脳もまた年齢に関係なく鍛えることができると脳科学が教えている。

 いくつになっても自分なりの上達がある。小さくても、目立たなくても、いつか花を咲かせよう。そんな希望を抱いて年を重ねていけそうだ。(学芸部)




毎日新聞 2008年5月3日 大阪朝刊