今日は6月23日ですがウチナー(沖縄)にとっては特別な日なのです。
今日は沖縄戦が終結して60周年にあたる終戦記念日であり戦没者の霊を慰める慰霊の日なのです。
1945年3月26日に慶良間諸島から始まった日米両軍の激しい地上戦を経て同年6月22日に日本守備軍・第32軍の牛島司令官と長参謀長が自決し、事実上の沖縄戦終結を6月23日として、この日を慰霊の日と定めました。
ウチナー(沖縄)では官公庁、学校関係、企業の一部が休みとなり、正午の時報と共に全県民が黙祷を捧げて戦没者の霊を慰める日です。
この地上戦により日米双方で約24万人の犠牲者が出ました。
全国各地からもこの日の為に多くの人達(主に遺族関係)が駆けつけます。
毎年、小泉首相を始めとして関係する大物政治家の方々も出席されます。
左下の写真の奥が小泉首相で手前の方はSP(警護)です。
もっと近くで撮りたかったのですがSPに阻まれた上にマスコミ関係者にも追いやられこういう不鮮明な写真となりました。
残念!!
沖縄戦の本質は日本本土防衛の為の防波堤だったといわれております。
つまり、ウチナー(沖縄)は本土決戦を遅らせる為の捨て石だったワケです。
結果的にはウチナー(沖縄)が占領され、広島、長崎に原爆が投下されて日本は敗戦となったワケです。
しかし、ウチナー(沖縄)が捨て石となったことで日本本土での地上戦は免れることができたのです。
今、私達はこうして平和を享受しているワケですが約24万人の犠牲者、それから広島、長崎の犠牲者の方達の無念を決して忘れてはならないと思います。
それともうひとつ忘れてはならない歴史的事実を!!
↓ ↓ ↓
かつてウチナー(沖縄)が琉球と呼ばれていた時代にバジルホールが1816年に琉球を訪れていますがその後、あのナポレオンに琉球のことをこう報告したといいます。
バジルホール: 「この広い世界に武器を一切持たない国があります。」
ナポレオン: 「武器を持たないだと! 大砲も持たないのか? 小銃くらいは持っているだろうよ?」
バジルホール: 「小銃も持っておりません。」
ナポレオン: 「槍はどうなんだ? 弓矢は?」
バジルホール: 「槍も弓矢もありません。」
ナポレオン: 「なんということだ! 武器も持たずに一体どのようにして戦うというのだ?」
バジルホール: 「琉球の人々は戦争をしたことがないばかりか外敵も内敵もなく平和に暮らしているのです。」
ナポレオン: 「なんと! 戦争を知らないだと!」
ナポレオンは信じられないという顔をしてバジルホールの顔を見つめたということです。
そうです! かつて琉球と呼ばれていたウチナー(沖縄)は武器を持たない、まさしく夢のような平和の国だったのです。
そういう歴史的な平和の地で日本国内唯一の悲惨な地上戦が行われたというのはなんという皮肉でしょうか!!
きっとあの世でバジルホールとナポレオンは嘆き悲しんでいるはずです。
「ああ! 戦争を知らない平和の楽園が戦場となってしまった! なんということだ・・・・・ああ!琉球よ」
合掌
今回は「慰霊の日」特別記事でした。
アンシェーヤ! (それでは!)
今日は沖縄戦が終結して60周年にあたる終戦記念日であり戦没者の霊を慰める慰霊の日なのです。
1945年3月26日に慶良間諸島から始まった日米両軍の激しい地上戦を経て同年6月22日に日本守備軍・第32軍の牛島司令官と長参謀長が自決し、事実上の沖縄戦終結を6月23日として、この日を慰霊の日と定めました。
ウチナー(沖縄)では官公庁、学校関係、企業の一部が休みとなり、正午の時報と共に全県民が黙祷を捧げて戦没者の霊を慰める日です。
この地上戦により日米双方で約24万人の犠牲者が出ました。
全国各地からもこの日の為に多くの人達(主に遺族関係)が駆けつけます。
毎年、小泉首相を始めとして関係する大物政治家の方々も出席されます。
左下の写真の奥が小泉首相で手前の方はSP(警護)です。
もっと近くで撮りたかったのですがSPに阻まれた上にマスコミ関係者にも追いやられこういう不鮮明な写真となりました。
残念!!
沖縄戦の本質は日本本土防衛の為の防波堤だったといわれております。
つまり、ウチナー(沖縄)は本土決戦を遅らせる為の捨て石だったワケです。
結果的にはウチナー(沖縄)が占領され、広島、長崎に原爆が投下されて日本は敗戦となったワケです。
しかし、ウチナー(沖縄)が捨て石となったことで日本本土での地上戦は免れることができたのです。
今、私達はこうして平和を享受しているワケですが約24万人の犠牲者、それから広島、長崎の犠牲者の方達の無念を決して忘れてはならないと思います。
それともうひとつ忘れてはならない歴史的事実を!!
↓ ↓ ↓
かつてウチナー(沖縄)が琉球と呼ばれていた時代にバジルホールが1816年に琉球を訪れていますがその後、あのナポレオンに琉球のことをこう報告したといいます。
バジルホール: 「この広い世界に武器を一切持たない国があります。」
ナポレオン: 「武器を持たないだと! 大砲も持たないのか? 小銃くらいは持っているだろうよ?」
バジルホール: 「小銃も持っておりません。」
ナポレオン: 「槍はどうなんだ? 弓矢は?」
バジルホール: 「槍も弓矢もありません。」
ナポレオン: 「なんということだ! 武器も持たずに一体どのようにして戦うというのだ?」
バジルホール: 「琉球の人々は戦争をしたことがないばかりか外敵も内敵もなく平和に暮らしているのです。」
ナポレオン: 「なんと! 戦争を知らないだと!」
ナポレオンは信じられないという顔をしてバジルホールの顔を見つめたということです。
そうです! かつて琉球と呼ばれていたウチナー(沖縄)は武器を持たない、まさしく夢のような平和の国だったのです。
そういう歴史的な平和の地で日本国内唯一の悲惨な地上戦が行われたというのはなんという皮肉でしょうか!!
きっとあの世でバジルホールとナポレオンは嘆き悲しんでいるはずです。
「ああ! 戦争を知らない平和の楽園が戦場となってしまった! なんということだ・・・・・ああ!琉球よ」
合掌
今回は「慰霊の日」特別記事でした。
アンシェーヤ! (それでは!)