沖縄あれこれ情報ブログ

沖縄の文化、歴史をメインに沖縄あれこれ情報を発信するブログです。

ビーチパーティ

2005年07月31日 14時36分10秒 | 日記・エッセイ・コラム
全国的に夏真っ盛りです!
夏といえば・・・・・・・・・・・・・・・・・・・海ですネ~。。。

皆さん海ヘは行きましたか?

ところでこんな標識がありました。
      ↓ ↓ ↓

24-560026

んん???

海行けないッテ どういうこと??

目前には海が見えているんですがネ~。。。

ナントモ不思議な標識ですネ~。。。


そこでちょっとアングルを変えて見ました。

すると・・・・・今度は「大型バス進入禁止」という標識がでてきました。

これはどうやらこの先行き止まりだから大型バスは海には行けませんよ!ということらしいですネ。

大型バスとは観光バス?のことでしょうか?

しかしいかにもウチナー(沖縄)的な標識ですネ~。。。
       ↓ ↓ ↓

24-560024

皆さん気付きましたか?

左側にシーサーがでんと構えているのを・・・・。。。

こんなところにもシーサーがあるなんてご愛敬ですネ。


それにしてもこの風景、どこかマンガチックだとは思いませんか?

私も思わず笑ってしまいました。


さて、夏の海といえばこちらウチナー(沖縄)ではビーチパーティがあります。

ビーチとはつまり海水浴場のことですネ。

つまりビーチパーティとは海水浴場でバーベキューをメニューに飲んだり食ったり、泳いだりといったウチナー(沖縄)の夏には欠かせない娯楽というか行事のことです。

家族単位であるいは会社単位でさまざまな形態のビーチパーティをエンジョイするのがウチナーンチュ(沖縄人)の夏の過ごし方となっています。

皆さん、ウチナー(沖縄)では決して海水浴場とは言わないんですヨ~。。。
あくまでも海水浴場 →→→ ビーチなんですネ~。。。(例:名城ビーチ波之上ビーチいんぶビーチ ・・・他)

これはどうも米軍が駐留して以来のアメリカ文化なるものが大いに影響しているようです。

どうやら陽気なアメリカ人(ヤンキー)達は南国のウチナー(沖縄)にいかにもアメリカンなビーチパーティなるものをビーチという言葉と共にアメリカ文化として持ち込んだようです。

アメリカンナイズされたウチナーンチュ(沖縄人)にとって、もはや海水浴場という言葉自体、死語になってしまったのです。
良くも悪くもこれがウチナー(沖縄)の現実ですネ。

ちなみにアメリカ人のことをウチナーグチ(沖縄方言)ではアメリカーといいます。 
アメリカンではなくてアメリカー(語尾を伸ばす)です。
どっちにしてもやはり英語的ではありますよネ、日本語よりも・・・・。。。

さて、ウチナー(沖縄)のビーチパーティとはこんな感じです。
まずこういう海を目の前にして適当なスペースにテントを張ります。

24-560017

24-560016

24-560021

24-560014
24-560020
24-560028

それからこんな感じで楽しみます。 ↑ ↑ ↑

う~ん、自然を目の前にすると心がゆったりしてきますネ~。。。

だいぶ日も沈んできました。
私もそろそろ酔っぱらってきました・・・・・・・・
皆さんも是非、ウチナー(沖縄)の海でビーチパーティを味わって下さい。

24-560013


アメリカンな気持ちになれますよ・・・・・きっとネ???。。。

今回は夏休み特別記事でした。

アンシェーヤ!(それでは!)





キジムナー

2005年07月16日 12時41分10秒 | 日記・エッセイ・コラム
なんとも不思議な木がありました。

これです!
 ↓ ↓

24-560015

なんと! 木の根っこが空中に浮いています!

さて、この木は一体なんでしょうか??

通常はこんな感じで生えています。
      ↓ ↓ ↓

24-560020

なんだかわかりましたか?

そうです。 これはガジュマルの木でした。

24-560016

しかし、さきほどのガジュマルはどうして空中に浮いていたのでしょうか?

実はこれは根っこの下が洞窟になっており、洞窟の上から伸びたガジュマルの根っこが洞窟の上部に絡みついて包み込んでしまい、あたかも空中に浮いているかのような錯覚を起こさせていたんですヨ~。。。

ガジュマルの根っこは大地を這って周囲にしっかりと伸びていくためこういうこともあるワケですネ~。。。

ところでウチナー(沖縄)の妖精あるいは妖怪の代表的なものにキジムナーというものがおります。

これは木の精霊といわれており主に古いガジュマルあるいはアコウの木に住みついているといわれております。

キジムナーは真っ赤な髪に真っ赤な目をしており子どもの背丈ほどだといわれております。

海の上を自由に歩き回り、魚の目玉が大好物だということです。

そう、目玉だけを食するということですネ・・・・・・・。。。

24-560001

ギクッ!!

これはやはり妖精というよりも妖怪といったほうがいいかも知れませんネ~。。。

ウチナーグチ(沖縄方言)では妖怪のことをマジムンといいます。

マジ → まやかす、  ムン → 者 でマジムンです。

皆さん! これは英語のマジック(手品、奇術)と共通点があるんですヨ~。。。

つまり英語のマジックとは相手を騙す、まやかす、奇をてらう ・・・・・などの意味があり、マジシャンというと手品師とか奇術師という意味ですよね。

ということで マジムン = マジシャン といってもほぼ間違いではないワケですネ~・・・・・???
ということは手品師 → 妖怪 ???ってことはないですが・・・・。

しかしこの言葉の共通点は単なる偶然ではないかも???

なぜならウチナー(沖縄)はチャンプルー(ごちゃまぜ)文化といわれており、古くからさまざまな国のさまざまな文化と交流し、外部の文化を内部に取り入れてきた歴史があるからです。

それはウチナー(沖縄)料理にも現れております。
      ↓ ↓ ↓

24-560013

とうふちゃんぷるー → とうふとタマゴと野菜の炒めもの

パパイヤちゃんぷるー → パパイヤとタマゴと野菜の炒めもの

なーべーらーちゃんぷるー → ヘチマとタマゴと野菜の炒めもの
                            ↓ ↓ ↓
 ヘチマは本土では垢すりとして使いますがウチナー(沖縄)では立派な食用なんです!


ごーやーちゃんぷるー → ゴーヤー(ニガウリ)とタマゴと野菜の炒めもの

以上はほんの一例であり、これ以外にもフーチャンプルー(麩の炒めもの)・・・・・・他色々あります。

さて、キジムナーの話からずいぶん脱線しましたが、再び話を戻しまして、と・・・・

私が子どもの頃は夜中就寝中に金縛りにあうのはキジムナーの仕業だといわれておりましたが真偽のほどは定かではありません。

ただ妖怪ということからするとまんざらあり得ない話ではないですけどね。

実は私も金縛りにあったことがあるんですヨ~???

その時の状況は手も足も出ない、体が全く動かない、・・・・・・そう、まさしくまな板の上の●●でした!
                                               ↓ ↓ ↓
24-560001

もしかしたらあなたも今夜・・・・・???


アンシェーヤ! (それでは!)


アメリカよ、アメリカよ

2005年07月05日 23時49分59秒 | 日記・エッセイ・コラム
7月4日はアメリカの独立記念日でした。

ということでアメリカ本国はもちろんのこと、全国の米軍基地も公休日でした。

これは自由の女神???

確かにそのようですが何か変ですネ~???
   ↓ ↓ ↓

24-560007

実はホテルの広告塔でした!
  ↓ ↓ ↓

24-560006

ちょうど米軍海兵隊本部(キャンプキンザー)の真ん前にあります。
           ↓ ↓ ↓

24-560002

24-560004

これらの写真は独立記念日の翌日に撮ったものですがちょっと面白い写真が撮れました!
これです。 ??んん 米軍基地なのに何故か日の丸だけが揚がっていますネ~???↓↓↓(左奥です)

24-560001


そこでアングルを変えてアップで撮って見たら・・・・・・

ナント日の丸の横で星条旗が半旗になっていました!
  ↓ ↓ ↓

24-560005

理由は?・・・謎です。

1776年7月4日というのはイギリスの植民地代表となるアメリカ大陸会議が独立宣言を採択した記念日であり、実際の独立は7年後の1783年に英米間でのパリ条約において承認されたということです。

今でこそアメリカは世界ナンバーワンの超大国ですがもともとは植民地だったというのはある意味、驚きですよネ~。。。

もうひとつ驚きなのは独立後70年経ってアメリカは鎖国状態にあった日本を開国させるためにペリー提督を派遣しましたがその拠点として当時の琉球を捉えていたという事実です。

つまり、もし日本が交渉に応じない場合は琉球を占領してアメリカの支配下に置くことを目論んでいたのです。

当時の琉球はすでに薩摩の支配下にあったワケですがこれをアメリカが強引に占領支配することで琉球を属国化できると考えていたんですネ~・・・・・・・。。。

これってまさしく現在の状況に似ていませんか?
もちろんウチナー(沖縄)はあくまでも日本国の一地域ではありますが・・・・。。。

つまり第2次大戦の沖縄戦後、アメリカはウチナー(沖縄)を事実上、占領下に置いて現在に至るまでその状況は続いていますよネ~。。。

歴史は繰り返すというか、因縁というか、なんとも妙なものですネ~。。。

ペリー提督は遠征記の中でこう述べたといいます。
「我々が親切と名誉を重んじて彼ら琉球人に接するならば彼らとの間には最も友好的な関係が生まれるだろう。
我々は世界の遠隔地に位置するこの自衛手段を持たない琉球を守らねばならない。 外部の悪徳な暴虐行為から琉球人を守らねばならない。」

願わくば現在のアメリカがかつてのペリー提督の意志を受け継いでいくことを現在、そして未来まで・・・・・

ああアメリカよ、アメリカよ・・・・・・・

今回はアメリカ独立記念日特別版でした!

アンシェーヤ!(それでは!) See you !