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お着物Enjoy生活からバレエ・オペラ・宝塚etcの観劇日記に...

「のだめカンタービレ・最終楽章・前編」

2009-12-30 02:40:59 | FILM
年末も押し迫って参りました。
・・・年賀状xxx

12月の始めに用意を始めたと言うのに、
クリスマスが終わらなくてはお正月気分にならないなどとうそぶいていたわたくし。
・・・もう、クリスマス、とっくに終わりましたが

なにかしなくてはならないことがあるときに限って、色々と違うことに眼が向いてしまう・・・
日曜日、友人に誘われて、マリオン日劇で、
「のだめカンタービレ」を観て参りました。

オープニングはニュー・イヤー・コンサートで有名なあのウィーンの楽友協会!
映画ロケを許可したのは初めて!だそうで・・・豪華です。



先日23巻が発売されて完結した二ノ宮知子の漫画が原作。
TVドラマでもその絶妙なキャスティングと原作の味わいを上手く表現したスピード感溢れる
ギャグシーンなどで好評を博していましたが、今回、主人公二人の
クラシックの演奏家、指揮者修行の場、ヨーロッパに舞台を移して映画化と相成りました。

音大生の友情と恋、そしてアーティストとしての成長物語・・・ですが、
魅力は、主人公のだめ(上野樹里)が取り組むピアノ演奏、主人公の恋人千秋真一(玉木宏)が
指揮者として掘り下げる交響曲の生演奏場面。

今回、千秋の指揮は、東フィルの飯森範親さんが監修、ということで、
玉木宏の指揮振りが見事。
このまま指揮者になれるのでは・・・?と思うくらい振りや表情が曲に合っています。

物語の山場、伝統あるパリの中堅オーケストラの常任指揮者として
コンクール優勝後のキャリアをスタートさせたものの、問題山積で・・と奮闘するあたりから
見事、定期演奏会でチャイコフスキ-のドラマチックな「序曲:1812年」をほぼフル演奏するあたり、
重厚な曲そのものの魅力と大画面での演奏シーンの迫力が一体化して
素晴らしいカタルシスを得られます。
ちなみにとても詳細なパンフ(笑)によると、この演奏は大友直人指揮、
ロンドンフィルハーモニックオーケストラの音源も使われている模様・・・。

あと、野田恵(のだめ)が、コンセルヴァトワールの進級試験で演奏する
モーツァルトのピアノソナタ第11番(トルコ行進曲付)の演奏が、イキイキとして自由な
演奏をするという原作の設定にピッタリの音。
一体ダレが・・・??とチェックしたら、
なんと若手注目株の天才ピアニスト、ラン・ランがこの映画のために弾いた・・・とのこと。

豪華ですね~
この2つのシーンだけでもう満足です(笑)

あ、もちろん、コミカルなシーンも満載です。
ドイツ人天才指揮者フランツ・シュトレーゼマンを竹中直人が怪しいカツラとアクセントで
彼にしか出来ない説得力で演じきっていた力技が、他のキャスティングにも波及。
千秋が就任したマルレ・オケの憎めないトラブルメーカー、事務員テオをなだぎ武が・・・
というのも意外に無理なく(?)嵌まっていました。

かと思えば、この定期演奏会の劇場はパリの設定でその実チェコでの撮影だったそうなのですが、
古参の常連客をチェコの国民的名優、リュドミール・リプスキーが演じていたり・・・と小さなサプライズも。

映画で前・後編に分ける・・しかも公開時期をずらして・・・というのは
賛否両論ありそうですが、この映画に関しては、原作でも最重要な演奏シーンを
大事に扱う上で、英断であったと言えましょう。

後編は4月公開だそう。
楽しみです




「パリ・オペラ座のすべて」

2009-11-16 22:55:47 | FILM
昨日、やっと!
BunkamuraのLeCinemaで、
「Ballet アメリカン・バレエ・シアターの世界」で知られるバレエ・ドキュメンタリーの雄、
フレデリック・ワイズマン監督の
「パリ・オペラ座のすべて」
LA DANSE  Le Ballet de L'Opera de Parisを観て参りました!



2007年の84日間に渡る密着取材から得た、オペラ座の舞台にかかる様々な作品、そのリハーサル、経営、裏方、ダンサーの葛藤、などなど、リアルな断片を手を加えていないかのようにコラージュしてそのまま突きつけることで、今のオペラ座の全容が立ち上がる・・・という作り。



ある一つの作品のメイキング、のように、順を追ってフォーカスして、最後は完成した作品でカタルシスを観客に与える・・・といった手法のドキュメンタリーを見慣れている目には恐ろしく不親切で時として冗長。
観ている側に緊張感を持続するためのコンディション調整を強いる(周囲のカップルの男性は途中から睡魔に襲われていた模様
ある種難解な作品、と言われても仕方がないかもしれない・・・。

ただ、バレエファン、とりわけオペラ座バレエ団の愛好者にとっては、そのふんだんに詰め込まれた多くのリハーサル、コンテンポラリーからヌレエフ版のクラシックまで、日本公演には持ってきてもらえないような、今のオペラ座で掛かっている演目の数々を実際に見られる(振付家やメートル・ド・バレエとの作品作りまで)というのはもう、夢のような展開。
一般には不評?な160分の上映時間も、その多くでオペラ座のメートル・ド・バレエ、
ローラン・イレールによるダンサーの指導場面が丁寧に描かれているのを見ると、
短くすべきだとはとても言えません・・・。

取り上げられている作品は・・・(順不同)

◆「メデの夢」

王女メディアのバレエ版。プレルジョカージュのコンテンポラリー。
初役の若手エトワール、エミリー・コゼットにイレールが指導する場面が深い・・・。
どう演じたらいいか、自分でも解釈が出来ない、というエミリーに、コクトーの言葉だけれど、と前置きして、「解釈は観客に委ねろ」と。
自分が舞台でどう感じるのか、ということが大切で、リハーサルのときには理解が出来なかったことが 舞台の上で実際に子供を手にかけて血に染まって初めてわかることがある、と。
映画の最後で、実際の舞台をレティシア・プジョル(←失礼!確かな筋からのご指摘でデルフィ-ヌ・ムッサンとわかりました)が演じているのが映されるのですが それはそれは・・・。
バレエ、と言えば白いチュチュ、というイメージを持っている方には衝撃かも。
今のオペラ座はかなりコンテンポラリーの新作の比重が重く、そのこと自体をテーマに
芸術監督のブリジット・ルフェーブルが様々な局面で語る場面が多く挿入されているのも興味深いですね。

後半、この作品の舞台映像として、どの場面かはわからないのですが、
東洋系のアリス・ルナヴァンと逞しきウィルフリード・ロモリ(彼はもう引退してしまいましたが この撮影の当時は現役エトワールだったんだわ・・と感慨深いものあり)のパ・ド・ドゥがかなり長めに紹介されますが、とても美しいです・・・。

◆「くるみわり人形」



パリオペなのでヌレエフ版です。
テクニックに定評のあるレティシア・プジョルが何度もダメ出しをされているシーンが・・・。
さすがは難度の高いパを詰め込むヌレエフ振り付けxxx
雪の精の女性のコールドの場面をイレールが指導している場面を見て、まぁ、ソリストだけでなくコールドも御大が自ら・・・となぜかすっかり団員を羨むわたくし

あ、あと、おもちゃの兵隊さんの群舞の練習で、リーダーである(コールド・リーダーといえばこの人)マロリー・ゴディオンが銃の扱い(持ち位置など)の指導を受けてすぐに(勘が良い)キレのよい踊りを見せるところもツボでした(笑) 

◆「パキータ」

優雅な長身エトワール、アニエス・ルテステュと美男ながらなぜか来日公演参加率が低い、エルヴェ・モローのリハーサルはさすがに安心して観ていられます・・・が。
指導の、ロマンチックバレエのスペシャリスト、振付家のピエール・ラコット氏と 夫人の元バレエ界の名花として歴史に名を残すギレーヌ・テスマーが並んで、テンデにバラバラのことを言っていてお互い臆することがないのが笑えます・・・(夫婦漫才?)
その辺は上手くやりすごして、踊りの指摘にはすぐに完璧に対応して修正してくるアニエスはバレリ-ナの鑑・・・。
そんな彼女でも、ラコット氏のある指摘には「そんな指示を聞いたのは初めてだわ」と小さく抗議する場面も・・・。
細部に至るまで、正しく、古典の振付を伝えていく、ということが如何に困難である事か!

トロワの練習で。
あぁ、またイレールが指導!コラ、と呼びかけられている女性はサラ・コラ・ダヤノヴァですね。
ええ、アームスのポジションを直すのに模範を見せるのですが(女性のパートもとても上手!)その腕の作り出すフォルムの優雅さ、美しさに、タメ息・・・。
彼女のクセを指摘するのに「それが欠点だとは言わないが」と前置きをするなど、イレール先生のご指導はあくまでソフト、そして的確!
その後踊った男性はとてもキレがあってイレールも満足。
シモーヌ、と呼ばれていて誰かしら?と一瞬首を捻りましたが、トレヴィーゾでのグループ公演にも参加して、とても爽やかな「オー二ス」を踊ってくれたシモン・ヴァラストロくんだと思い当りました。
さすが!

舞台上でのリハーサルで。マチルド・フルステーが踊っているのを2人の教師?が スカートが長すぎるだの色々辛口なコメントをつけつつ、最後3回転したから、ま、いいか、と流すのがおかしい。
マチルド、この場面を公開段階で見たらちょっとショックかも?

最後の方での舞台映像、ドロテとルグリのPDD.
ルグリはサポートに徹している感じですが、ソロよりも二人で踊るパ・ド・ドゥが好きという彼ならではの丁寧なサポートでドロテが一層輝いているのを観て、2009年5月にオペラ座からは引退、もうクラシックの王子は踊らないという現在の彼に時の流れを感じました・・・

◆「ジェニュス」GENUS

種、という意味のウェイン・マグレガーの新作。
非常に早いテンポでモダンな音楽に乗って踊られる、いかにもモダン、な演目。
ドロテ・ジルベール、マチアス・エイマン、ミリアム=ウルド・ブラハムら、若手エトワール・ソリストによって踊られるパートの現代的なスピード感もカッコよかったのですが、
最後の方で  舞台映像でしっかり見られるマチュー・ガニオとアニエス・ルテステュの長身美形エトワールによる演技がもたらす独特の魅力は、オペラ座で見るコンテンポラリーの特別な化学変化を感じさせてくれました。



実際にオリジナルのエッセンスをより正確に伝えているのはマチアスかもしれませんが・・・。
冒頭、様々なリハーサルの場面が紹介されるシーンでバンジャマン・ペッシュと長身のマリ=アニエス・ジローのPDDが。
ペッシュはさほど長身ではないので、多分マリ=アニエスとはクラシックでは組まないのでは?珍しい組み合わせ。 彼女の長い手足は本当にモダンの振り付けに映えますね。
2010年の来日公演では「シンデレラ」と「ジゼル」のミルタを踊ってくれますが、彼女のコンテンポラリーも観たいです。
2日くらいはモダンのMIXプロをやってくれても良いのに・・・。


◆「ベルナルダの家」

フラメンコの作品でもありますが・・・
専制君主のような厳格な母親を中心に食卓を囲む抑圧された黒ずくめの娘たち。
が、突如叫びだします。
バレエって声を出さない芸術のはず、ですが、あらゆる禁を破って新しい普遍的な価値を導く鬼才マッツ・エックの作品はもっともクラシックと対極にあるもの。
その舞台の中心で恐ろしく重力の磁場を作っている母親を演じているのがクラシックバレエの申し子のようなマニュエル・ルグリである、というのが、なんとも・・。
・・・深い、深すぎるオペラ座の懐です。

◆「ロミオとジュリエット」

サシャ・ヴァルツ版。
オーレリ・デュポンとエルヴェ・モロー。
終演後のパーティで芸術監督ルフェーブルさんが挨拶。
彼女だけを映しているので、彼女のスピーチで、その日の指揮者がゲルギエフ!であると知れるのですが。



本当にバレエ好きにとっては細部に至るまで見逃せない映像が満載。
オペラ座、を支える人々・・・食堂の人、左官、静かに豪華な衣装をリペアする衣装担当、レッスンピアニスト
そしてもう昇格する夢をほぼ捨てて?コールドバレエとしての自分の寿命をKeepすべく負荷のかかる役を断りに行く団員、なども映し出されます。
そんな直訴を受け、大口の寄付をくれるスポンサーのツアー計画を練ったり、新規の振付家にダンサー選出のメソッドを伝えたり...ルフェーブル芸監の八面六臀の活躍ぶりも印象的。

屋上で、ミツバチの巣箱からハチミツを採取する人、地下水道(Opera座の怪人!)とそこで泳ぐ小魚!なども。

多角的なアプローチ、と様々な断片の積み重ね・・・
それはまるで現実のオペラ座を映画が模倣してるかのよう。

12月までの上映期間は確実だそう。
多分、もう一度観に行くつもりです 





「それでも恋するバルセロナ」

2009-07-20 17:31:23 | FILM
ペネロペ・クルスのアカデミー助演女優賞受賞でも話題になった
ウディ・アレンの「それでも恋するバルセロナ」
原題: Vicky Cristina Barcelona
2008年 アメリカ・スペイン映画 96分



公開1週間後の7月4日(ようやく今月の話題に・・・)に有楽町のマリオンで見て参りました。
今でも公開中かしら・・・
そろそろ終了しそうなので、是非映画館に!とお奨めいたします

アメリカ人のヴィッキー(レベッカ・ホール)とクリスティーナ(スカーレット・ヨハンソン)は親友どおし。
ガウディをテーマに卒論を書いたヴィッキー、短篇映画を撮るクリスティーナ、ふたりとも
感受性が豊かでアートに関心があるという共通点はあるものの、恋愛観は正反対。
模範的な婚約者がいる慎重派のヴィッキーとトライ&エラー派の奔放なクリスティーナ。
そんな2人がヴィッキーの叔母夫婦の住むバルセロナでひと夏を過ごす・・・。
このあとは内容に踏み込みますので、これからご覧になる方はご注意を。



アート関係者のパーティで出あったのは危険な香りのする画家フアン・アントニオ(ハビエル・バルデム)。
彼の誘いに乗ったクリスティーナと付き添いのヴィッキーはオビエドに。
美しい町、ワイン、心くすぐるスパニッシュギターの夕べ・・・
積極的だったクリスティーナは訳あって失敗し、
アバンチュールは思いがけずヴィッキーに変化をもたらします。

婚約者がいる彼女とはいい思い出に、とクリスティーナと暮らし始めるフアン。
ヴィッキーはヴァカンスに合流した婚約者が着々と式の準備を始めるのに、心が揺れてしまいます。

フアンとの生活に馴染み始めたクリスティーナの前に突然嵐のように登場したのが
スペイン美女、元妻、才能と情熱に溢れた、激しい気性のマリア・エレーナ。
その激しい気性ゆえに別れた二人、トリオになった今、不思議な均衡を保った暮らしを始めます。
何もかもを受容する柔らかさを持つクリスティーナの存在ゆえに落ち着きを取り戻し、
彼女の写真を手ほどきし、時にはモデルも務めるマリア。
画家2人の仕事もはかどり、アーティストの共同体生活はこの上ない調和を見せますが・・・。



その完璧な調和を崩したのはクリスティーナ。
「望むことはわからないけど望まないことはわかる」典型的モラトリアムな彼女が
これ以上、この不思議な関係を続けていきたくなくなった、と夏の終わりに宣言。
罵倒するマリア。

ずっとあの出来事を忘れられなかったヴィッキーとフアンが再会。
ヴィッキーの様子に感づき、後悔しないで、とアレンジしたのはなんと叔母。
実は彼女も幸せそうな結婚生活に空虚さを覚えて浮気をしている、という設定。
このあたり、完璧な幸せを享受している人はいない、というアレンならではのリアリズム。
自宅のランチに誘うフアン。

そこにマリア・エレーナが登場し、事態は思わぬ収束に・・・

火の玉のようなエキセントリックなマリア・エレーナをペネロペが好演。
ちょっと抜けたところもあるチャーミングなクリスティーナを演じるスカーレットは
まるでマリリン・モンローのよう。
セクシーで可愛いけれどもどこか憎めない。
普通の女の子なのに芸術家のミューズにもなるという役どころをナチュラルに演じています。
ヴィッキーのレベッカ・ホールもしっかりとしているようで感じやすい、
揺らぎ感のある若い女性を等身大で見せていて魅力的。
ランチに誘われ、イソイソと何度も着替えるが、いずれも大差ないバナリパ風ファッション
だったりするところもまた可愛い・・・。
彼女は父親が監督母親が女優のサラブレッドなんですね。
ペネロペ・スカヨハの大スターにはさまれての主演で目立ちにくいですが
しっかりと存在感を出していました。
女優3人がそれぞれに魅力的。

ハビエル・バルデムを観たのはホモセクシュアルの詩人の物語「夜になる前に」以来でしたが、
セルジュ・ゲーンズブール風のセクシーで女好きのアーティストがピタリと嵌まっていて
驚きました。前作ではインディオ風の野性味が持ち味かと思っていたのですが
(チリ代表サッカー選手、イヴァン・サモラーノに似ていた・・と思うのはわたくしだけ?)
今回はジョージ・クルー二ーが演ってもいいような女たらしでビックリ。

キャスティングはバッチリですし、音楽のセンスもいい。
全編で流れる可愛い女性ボーカルが印象的なちょっとキッチュでキュートな
「バルセロナ」は、ウディ・アレンがバンドメンバーがホテルに忘れていったCDを
偶然耳にして・・・という新人ジュリア・イ・ロス・テラリーニ(Giulia y Los Tellarini)。
フアン・ケサダの「アストゥリアス」がくだんのスパニッシュ・ギターのシーンで
使われていたり、もちろんパコ・デ・ルシア、フアン・セラーノなどの大御所の曲も。

ガウディの建築はもちろん、美しいスペインの夏を堪能できる
「観光客目線で撮った」というウディ・アレン一流の皮肉が素直に楽しめる(笑)作品。
そういえば、ナレーションもちょっと意地が悪くてニヤリとさせられるのも彼ならでは。

監督・脚本: ウディ・アレン
製作: レッティ・アロンソン / スティーヴン・テネンバウム / ギャレス・ワイリー
製作総指揮: ハウメ・ロウレス
撮影: ハビエル・アギーレサロベ
衣装デザイン: ソニア・グランデ
プロダクションデザイン: アライン・バイネ

スペイン人スタッフなのですね。

お洒落な恋愛映画ですが、洞察は深いです。





スラムドッグ$ミリオネア

2009-04-26 10:14:07 | FILM
昨日、TOHOシネマ六本木ヒルズにて
アカデミー賞8部門制覇で話題の「スラムドッグ$ミリオネア」を観てまいりました。

ここは予約制なのが良いのですが、大雨のこの日、
地下からそのままアクセスできないヒルズの構造に文句を言いながら・・・・
でも満席でした!


最終質問まで正解なら、約4000万円が当るクイズ番組に
幼馴染の少女を見つけるために出演したスラム出身のお茶くみの青年が
あと一問、というところで不正の容疑で連行され
尋問を受ける中、彼の過酷な人生がそれまでの正答の鍵を握っていたことが
つまびらかになっていきます。


インドを舞台に、イギリスで活躍しはじめた新人TVドラマ俳優デヴ・パテル、
インドのモデル出身の若手女優フリーダ・ピントが主役のほか、
脇を固めるのはインド映画界、TVドラマ界の実力者揃い・・だそうですが、
もちろん聞き覚えのある名はなく・・・。
いい意味で全く先入観なく映画の世界に入り込みました。

「トレインスポッティング」から10年以上たち、あの人は今、状態のダニー・ボイル、
「フル・モンティ」などを手がけた実力ある脚本家サイモン・ボーフォイのイギリス人コンビが
「ムトゥ踊るマハラジャ」などインド映画音楽のヒットメーカーA.R.ラフマーンの音楽をバックに
原色で描き出される混沌とした世界。
外交官にして処女作が世界でベストセラーになったヴィカス・スワラップの「ぼくと1ルピーの神様」
が原作だそうですが、この小説も面白そう。読んでみたくなりました。

しょっぱなからスラム街を疾走する子供たち、肥溜めトイレのエピソード(笑)など
疾走とトイレの(?)ダニー・ボイル節は健在。
彼は新しい環境と題材を得てまさに生き返りましたね。


最低カーストの運命を逃れるためイスラム教に改宗する人が多いスラムの住民を
ヒンズー教徒が焼き討ちする・・・
孤児を集めて搾取する組織の存在、
その中で孤児になってもたくましく生き延びる兄弟と
運命的に出会った孤児の少女との絆。


インドならではの厳しい現実、変貌する都会の姿とそこで生き延びるための人々の
暮らしぶり、を背景にして
でも全編を通して描かれるのは主人公の少年ジャマールの少女ラティカに対する
一途な思い。
そして、何気に、そんな一途で純粋な弟を、ときに意地悪をし、
ときに自分の優位性を誇示して見せながら
その実、厳しい社会を渡り歩くために守り抜く兄サリームの存在が複線となっています。


クイズ番組の進行と彼の人生のフラッシュバックの双方でドキドキさせながら
圧倒的な映像とストーリーで魅せるあっという間の120分。

最後はインド映画のお約束、〆の皆でダンス、は やはり欠かせないようです・・・


「アストレとセラドン」ロメール最後の作品

2009-03-09 01:31:32 | FILM
映画の記事が続きます

先月、銀座テアトルシネマで上映、順次全国公開、のフランス映画、
エリック・ロメールの「我が至上の愛~アストレとセラドン」Les Amour d'Astree et de Celadon 
を観たのは1月29日。
スルーするには惜しい映画でしたので、ここでちょっと振り返っておきます



ヌーヴェル・バーグ世代の監督の中でも「カイエ・デュ・シネマ」の創刊者・初代編集長を務めたロメールは知性派として知られる存在。
みずみずしい映像感覚と愛についての知的な会話が楽しめる、いかにも、なフランス映画を撮り続けてきた1920年生まれの彼は、今回の作品で映画監督としてのキャリアに幕を下ろすそう。
「海辺のポ-リーヌ(1983)」「緑の光線(1986)」「夏物語(1996)」「木と市長と文化会館、または7つの偶然(1992)」「パリのランデブー(1995)」など・・・恋愛映画、というよりは恋愛論映画の巨匠という独自の路線は万人に受け入れられるものとは言い難かったかもしれませんが、ずっと気になる作家でわたくしはフォローし続けてきましたが・・・。

今回の作品の原作は、17世紀文学サロン、特にパリの貴婦人たちの間で大流行したというオノレ・デュルフェの大河ロマン『アストレ』(Astrée)。
映画の中で主人公アストレについて、両親が村の有力者で、その必要はないのに心の平穏のために羊飼いをしている、という設定がでてきますが、当時はアストレのように、羊飼いでありながらも最高級の宮廷人のように話すというのが理想とされたそうです。
・・・といえばマリー・アントワネットの”プチ・トリアノン”の田園趣味が髣髴とされますが・・・。
17世紀のサロン作家が描く5世紀のローマ時代のガリア地方(旧フランス)での恋のおはなし。

ロメールがこの小説を改めて読み返して、自分が今まで撮り続けてきたテーマ「貞節、忠誠(フィデリテ)」と原作のテーマが同じであること、そして原作の会話の意外な現代性と美しさにを発見して映画化を決意。

理想化された田園風景と神話の中の人物のような登場人物たち、詩的な会話、恋心のすれ違い、恋のさや当て、が当時のロワール地方を思わせるオーベルニュ地方の豊かな自然の中、美しい画像と古楽の調べとともに展開されていきます。



羊飼いのアストレとセラドンは恋人どおし。
ところがアストレは誤解から、セラドンが浮気をしたと思い込み、「私の前にもう二度と現れないで欲しい」と拒絶。
絶望したセラドンは入水自殺を図るが、城に住むニンフ(精霊)に助けられ、死を逃れていた―。
容姿端麗な彼は城主である貴婦人に気に入られ、村へ戻ることを許されない。
ドルイド教の僧侶の姪で城主に仕えるレオニードの計らいで脱出。
森の庵でアストレを想う詩を綴るセラドンを不憫に思ったレオニードとドルイド僧が、アストレに会う機会を彼に与えようとするが―。
周囲の女性を虜にする美貌の持主でありながら一途なセラドンに、モデル出身の新人アンディー・ジレ。そして、そんな彼を魅了する魅力あふれるアストレには、ベルギーの大作家マルグリット・ユルスナールを大叔母に持つミュージシャンのステファニー・クレイヤンクールが抜擢。
ともに演技は初めて、としつつも流れるようなロメールの演出に、優雅な時代の美男美女として嵌まっています。

それにしてもセラドン、頑固で一途すぎ。
そんな彼を放っておけない周囲の協力がまた涙ぐましいのですが、元来青春とは頑迷なものなのかも・・・そしてそれを知る大人たちにとってその姿はまぶしく、かつての自分を想って応援せざるを得ない気持ちにさせられるのかも・・・と思わされました。

精霊の女城主ガラテ様(上の画像セラドンを挟んで左)のローマ衣装の着こなし、セラドンへの身勝手な愛情、優雅な立ち居振る舞いには惚れ惚れします・・・

観た後、しばし、心は理想化された5世紀のガリア地方へ飛び、古楽の調べが耳に残ります・・・
突っ込みどころは色々ありますが、蓮見重彦先生も
「爆笑をこらえてこの艶笑喜劇(21世紀のルビッチ!)を楽しむには映画のいい加減さに対するまともな感性を備えていればそれで充分だ」とおっしゃっていることですし・・・(笑)
マリー・アントワネットの連想がでたところで池田理代子さんの評も引用してバランスをとっておきましょう。
「純愛とはかくもエロティシズムに満ちたものだったのかと感動させられる。
オルフェスとエウリディーケの神話を見るようだった」
ともに納得、です。