marcoの手帖

永遠の命への脱出と前進〔与えられた人生の宿題〕

世界のベストセラーを読む(731回) (その1)昔の日記から今を考える W・ジェームズのこと

2020-09-13 18:03:27 | 日記

 これは2012年正月の学生時代のことを思いだして書いた日記で手紙形式で書いていた。わざわざ書き写しているのではなくpcコピ内に残っていたものからのコピペである。ウイリアム・ジェームズのことを書いていたので引き出した。今でも多くのことを教えてくれる。

◆W.ジェームスのこと(米国のハーバード大学では一般教養でW・ジェームズが読ませられるようだ。)
 実家に行きまして、「宗教的経験の諸相」 を持ってまいりました。岩波文庫上下2巻、1969年10月16日第1刷発行、1978年6月10日第7刷発行、桝田啓三郎 訳となっています。(当時400円/冊)。学生時代かなり感激して読んだ記憶があり、デニム生地のカバーまで掛けています。ところどころ線、書き込み。古今の宗教家や作家などの文章を回収されて解説がなされています。日本にはどうしてこういう本が書けないのだろう、これだと戦争には負けるわな・・・と当時、そんな感慨を持った記憶があります。今、読んでも人の宗教心理は変わらないものだといろいろなことを教えられます。一度、読まれて見てください。W.ジェームズは「プラグマティズム」という書物も書いてますが、これもまた面白い本でした。結果出すことを最優先課題とする実用主義ともいわれるこの考えは、キリスト教から実際の行動への移行の行動哲学とも呼ばれるようなものです。僕なりに解釈すれば、ひとこと「目標を達成するためには何を捨てるか、何をしなくてもよいかという考え方」となるのではなかったかと自分なりに考えております。このイメージは、パウロが信仰を徒競争に例えた手紙の部分に対応していると考えてしまいます。(むろんパウロの場合はキリストを目標にして走ることを目指していますから、アメリカンドリームで一旗揚げるという行動哲学とは相いれないものですが)日常のあれも、これもやらねばと考えてしまうわたしたちに対して、逆の発想をして、何を捨てるか、身軽になり行動、実践を行うことが開拓精神をもつ者にてとっては必要なことであったというような僕なりの感想でした。そのことにより目標への手段が逆によりはっきりして来るであろうと・・・。続く



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