marcoの手帖

永遠の命への脱出と前進〔与えられた人生の宿題〕

世界のベストセラーを読む(30回目)

2016-06-20 18:46:18 | 日記
◆世界のベストセラー聖書を読む◆ 遅々として進まないヨハネ伝。今日は、第1章29節~34節。そのまま、読めばヨハネ伝は1時間も掛けないで読めるでしょうけど。日本聖書協会の新共同訳(皆さんは引照つきのを読んでください。小さなルビの箇所を引照で見ると他の箇所にも書いているから見て下さいという案内です)を読んでます。29節からは洗礼者ヨハネの独白です。ゴチックで「神の子羊」とありますが、ちなみにこのような表題は、いのちのことば社の聖書にはありません。無論、もともとのヨハネさんのものにもありません。言葉悪いですが、だらだら書かれているだけです。読む人が良く頭を整理するために、分かりやすく編集され、書かれています。当然、引照などもありません。後々の方が、研究されて編集し記載されたものです。こういう意味においては、昔から変わらない命を与えてくださるという神の言葉を今、我等が読めるようになったことは大変、幸せな事ではあるが、逆に研究が進み我等の言葉で説明できてしまうが故にと錯覚して(のちのち書きますが、こんなに不完全な人の言葉で調べ上げてゲロしていいのというような研究が時代が下るにあたりどんどん出されてきます。だからこそ、自分の言葉で読むことが第一に重要なのよ)消えていく言葉ではなく深い意味において霊的に読み取ることを神は推奨されているのでしょうと強く思ったりします。         ◆29節~。洗礼者ヨハネはストレートに語る、イエスは世の罪を取り除く神の子羊であると。ここでいきなり旧約に遡らないと何を言っているか分からないかもしれませんが(遡って18節などはパラダイスにおられたころのことなのでなおさらだろうけど)、出エジプト記第12章3~7節、イザヤ第53章などを見てね。・・・とうかクリスチャンであれば当然の有り難いことでイエスが地上に来られてことの意味が書かれているのであります。伝来、傷のない羊が神の前での不完全さを懺悔するため血を流し犠牲にされていた、今や世の罪(もろもろ全部、天国に引き連れて行くために)を取り除くために、イエスが来られてのである。この方だ・・・と。31 節、33節 同じ言葉が書かれているね。なぜかなぁ。洗礼者ヨハネは当然、伝来の言い伝えを守ってきた。しかし、我々の神のいわれから先理解としての知識として、神が使わされる方の予兆は読み取っていたが、実際地上に現れることはどなたか知らなんだということだ。(ユダヤの人達、だからあんたらも先理解ないことよと)しかし、今やこの目で見たとはっきり言っている。聖霊によってバプテスマを授ける方がこの方であると神がそう示されたのだと。こういう、自信は、まさに啓示というものなんだろうな。今の神学においてもまだ論議のつきない、神からのお示しなのでありました。・・・Ω※今日の写真は八木誠一著「宗教と言語 宗教の言語」(日本基督教団出版局)です。

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