連日、うだるような暑さから開放されて昨夜はとても涼しく、久しぶりに熟睡して朝寝坊でもしたいところだったが、二男の専門学校のPTA懇談会で朝9時までに東京に行かねばならず、朝8時前に家を出た。仕事の都合もあり、オープンキャンパスはおろか入学式にも出席してやれず(建設の社長がスーツを新調して出席した)、二男の通う学校に行くのは初めてだ。東京といっても千代田線の亀有駅なのでとても近い。駅に降り、駅前交番の前を通り(両さんの銅像が立っていた)案内図を見ながら学校を目指すが、突然自分が今どこにいるのか分からなくなり(カーナビを設定しても目的地に着けない事があるほどの方向オンチ)不安になって、おじさんに聞くと学校とは逆方向に歩いていた事が判明し、駅から学校まで徒歩12分となっていたが、30分ほどで、学校に到着した。(倍以上歩いた計算だが、登山で鍛えた健脚に感謝する)二男の学校は自動車の整備士の専門学校である。子供の頃からミニカーや家電を解体するのが大好きで、ラジカセやビデオデッキを何台壊されたことか・・・私が怒ると、「だって、中がどうなっているか見てみたかったんだ~」と泣いていた二男は、小学生の頃より一貫して自動車に携わる仕事をしたいと言っていた。昨年の今頃、高校の三者面談でも私は親として長男同様4年制大学への進学を望んでいたが、二男は絶対に譲らず「何の目的もなく大学に行くより、俺は整備士の資格を取って車関係の仕事をしたいから」と自分で選んだ学校だ。懇談会では校長先生の話の中で今年の就職率は90%以上で来年はもっと上がるであろう事や北海道へのスキー旅行、来年秋にはドイツへの海外研修などお金のかかりそうな行事が盛りだくさんである事を知らせて頂く。校長先生の話が終ると、クラス別に分かれて担任の先生より1学期の成績表をもらい、面談をした。無遅刻、無欠席だが、「俺さ~毎日、好きな車の勉強したりエンジンいじったりして楽しくてしょうがね~よ」と言っていた割には?の成績であった。ガンバレ、二男!!整備士合格の栄光をつかむまで!!
7月23日(木)、昨日の槍ヶ岳登頂の興奮のためかまた眠れないまま朝、4時半に槍ヶ岳山荘を後にし上高地へ・・・。2日かけて登ってきた所を1日で下山するのだ。距離にすると20Kの行程である。登山を始めたばかりの頃、目標の山を見ながらそれに向かって登るのが好きだったが、目標を達成した後の下山がいつも課題だった。しかし最近は下山後立ち寄り風呂に入り、酒を飲む楽しみを覚えてしまったので、足取りは軽い~しかし横尾から上高地までの10Kは本当に長い!!!
私はY子先輩について行くのが精一杯で、明神の先で差をつけられ、河童橋では待たしてしまった。(本当に私より一回り上とは思えない体力である)13:30に河童橋に着いたので、休憩も入れてだが9時間もかかって下山して今回の山行は無事終了した。7~8年前、子供達がたぶん小中学生の頃、家族で上高地に日帰りバスツアーか何かで遊びに行った時、河童橋から見えた雄大な山(たぶん穂高)に圧倒され、先から大きなザックを背負った登山者が下りてくるのを見ながら「あんな高い山に登る物好きがいるんだ~」と建設の社長、私が冗談で「もしお母さんが登ったらどうする?」というと「すごい~チョー尊敬する!!!」と子供達。その頃の私は山に登る自分など想像もできなかったが、子供達に尊敬されたいという思いもあって今に至る・・・大学生になった今、興味も無いのか「また山行くの?」だけである。穂高にはいずれ登りたいが、下山の長さを考えると横尾からの分岐は一緒なので今はまだ登りたくない心境である。
私はY子先輩について行くのが精一杯で、明神の先で差をつけられ、河童橋では待たしてしまった。(本当に私より一回り上とは思えない体力である)13:30に河童橋に着いたので、休憩も入れてだが9時間もかかって下山して今回の山行は無事終了した。7~8年前、子供達がたぶん小中学生の頃、家族で上高地に日帰りバスツアーか何かで遊びに行った時、河童橋から見えた雄大な山(たぶん穂高)に圧倒され、先から大きなザックを背負った登山者が下りてくるのを見ながら「あんな高い山に登る物好きがいるんだ~」と建設の社長、私が冗談で「もしお母さんが登ったらどうする?」というと「すごい~チョー尊敬する!!!」と子供達。その頃の私は山に登る自分など想像もできなかったが、子供達に尊敬されたいという思いもあって今に至る・・・大学生になった今、興味も無いのか「また山行くの?」だけである。穂高にはいずれ登りたいが、下山の長さを考えると横尾からの分岐は一緒なので今はまだ登りたくない心境である。
7月23日早朝、槍沢ロッヂを出発し「槍ヶ岳」へ、ここから本格的な登りでキツイからね~とリーダーの声。今回6名のメンバーで私が最年少だった。いつも一緒のY子先輩が10年近く前に登った時、2,3歩登っては休み、また2,3歩登っては休み、の息も絶え絶えで登った話を聞いていたので覚悟はしていた。しかし、登りたくない山ほど早く着いてしまうのか、苦しさを感じる前に槍ヶ岳山荘へ着いてしまった。一息ついてから、ザックを山荘にデポジットして頂上を目指すが、あまりの垂直さ、槍ヶ岳の悠然さに息をのむ。いつも会長にビビリと揶揄される私は「ここで登れなかったら、本当に板についたビビリになる!播隆上人やウォルター・ウェストン、深田久弥なんて梯子が無くて登ったんだ!!」と自分に言い聞かせ、夢中で垂直な岩にしがみついた。不思議と恐怖心は無く、あれよあれよという間に最後の10メートル超の梯子もまるで建設の社長がとりついたようにするすると登れる。あっというまに頂上についた。「梯子は、下りる時の最初の一歩が怖いんだよ~」とY子先輩。下山時の梯子に至っては楽しくて仕方ないほどだった。「槍ヶ岳恐れるに足りず」私は梯子を克服したのだった。