2012年09月30日(日)記
今朝は8時から秋の道普請。雑草で狭くなった道を広げたり、覆いかぶさっている竹を伐採したり、道の真ん中に生えている雑草を取り除いたりの作業がありました。この作業は道の修繕・整備なのですが、丸8年過ぎてみると、冬の雪対策も兼ねているということがわかってきました。覆いかぶさった竹に雪が積もると道を塞ぐ。真ん中に生えている草は除雪機の邪魔をするなどなど。
この道普請は強制力を持ち、欠席すると「出不足金2,000円」が課せられます。
出不足金でふと思いましたが、今私が住んでいる地域(と言っても、日本全国のいわゆる田舎はそうだと思いますが)の自治会費や労働力提供を考えてみると、江戸時代の農村にみられた「村入用費」そのものではないか!
少なくとも150年以上前から連綿と続いているムラの制度。面白いものです。
この作業を早めに終え、11時から臨時にS組の集会がありました。寄合の議題は、設置されている街灯の見直しやポールの建て替えと、S組の公民館の台所の床の修理について。
街灯の見直しについては、1本は撤去、1本は移動、ポールの建て替えは2本。ポールについては区からの補助金が出ますが、床の修繕については自腹です。
話し合いの結果、S組の経済的負担を少しでも少なくするために、床修理は材料だけを買って各人が持っている知識や技能を出し合って自分たちで修繕することになりました。
こういうところがいいですね。
みなさん「半農半X」、あるいは両親が百姓をしている(いた)から、こういうことはできるだけ自分たちでする、という精神がまだまだ生きています。
何の能力も技能もない都会のサラリーマンだった私は、実際のやり方を見て勉強できるいい機会だと思っています。
それが終わってゆっくり昼飯など食っていると、昼下がりから予報どおり台風の影響の雨が降ってきました。
畑に出られない時は買い物です。
この雨の日の買い物時、駐車場から店内に入るまでのあいだに私を含めてほとんどの人が濡れているのです。
これを見て、私たちが子どもの頃、米ソの原水爆実験のあとに雨が降ると「放射能の雨には濡れないように」と学校の先生や新聞、もちろん親からもよく言われていたことを思い出しました。
福島の原発事故ではかなりの放射性物質がまき散らされた、あるいは今現在でもまき散らされ続け、チェルノブイリよりもっと深刻な状態と言われている中での雨。
でも誰一人「雨には濡れないように」とは言わない。これで本当に大丈夫なのかしら、と思う。
もし本当に大丈夫なら、かつての米ソ核実験後での言動は「怯(おび)え過ぎだった」と言って欲しいし、ダメなら注意喚起すべきだし、私たちはともかく、せめて子どもたちには濡れさせない対策をとるべきだと思うのだが。
申し訳ないね。もう一つのニュースについては次回に。