京都の文化遺産めぐり~龍安寺・仁和寺

2007-08-07 09:15:46 | KYOTO
金閣寺からバスに乗り龍安寺に行きました。



こちらの方が比較的空いてたかな?
アジア人は少なかったですね(笑)

境内はすごく大きいです。
元々は藤原氏(北家)の徳大寺実能以降徳大寺家の山荘やったそうです。
それを細川勝元が譲り受け禅寺として創建したそうです。
昔は今以上に広い敷地で最盛期には塔頭が全部で21あったとか(現存は3ヶ寺)

回遊式庭園になっていて、南側には大きな鏡容池(きょうようち)があり、
蓮や睡蓮がたくさん群集していました。
行った時間が時間やっただけに花はなかったな~
蓮の蕾はいくつか見えたけど・・・


後方に見える山との絶妙な景観が素晴らしかったですよ。


さぁ、かの有名な方丈庭園「龍安寺の石庭」です。
幅25メートル、奥行10メートルほどの敷地に白砂を敷き詰め
15個の石を5か所に点在させただけのシンプルな庭。
作者・作庭年代・表現意図ともに諸説あって定かでない不思議な庭。
向かって右側の塀は手前が高く奥が低くなっていて、
観るものの目の錯覚を利用した遠近法という演出が施されてます。



石の置き方もいろんな説があります。
よく聞かれるのが「虎の子渡しの庭」「七五三の庭」
他にも、「大海や紫雲に浮かぶ島々」「心」の字の配石。
中国の五岳や禅の五山の象徴。
作者の意図は全く分かりません。
それがまた神秘的なイメージで鑑賞者の興味をひくんでしょうかね。


縮小版の石の配置がありました。
ここで石の数をしっかり確認。
小さいのも合わせて15個ということですね。

実際にこの目で見ると、ほんと小ぢんまりとした庭です。
もっと大きいのかと思ってましたね。
秋には紅葉、春は桜。冬は雪でも降ればバッチリのロケーションですが、
夏はといいますと、生き生きとした緑が映えるというよりも、
白砂の照り返しが強く、観ていてもジリジリと暑い。
観光客も多いし、庭より人の頭を観に来たような・・・



これが早朝だと人もなく、暑さもなく、
心静めて観ることもできるんでしょうけどね。

石庭の縁側を歩き、裏に回ると仏殿があります。
1981年の再建らしくまだ木が新しかったです。
方丈のちょうど裏側に有名なつくばいがありました。


徳川光圀の寄進といわれているものです(コレはレプリカ)。
"吾唯足知"(ワレタダタタルヲシル)
水を溜めておくための中央の四角い穴が「吾唯足知」の4つの漢字の
「へん」や「つくり」の「口」として共有されているのが見どころだそうです。



他にも方丈広間の龍の襖絵や茶室蔵六庵がありますが、
どちらとも非公開なので見ることは出来ず・・・
ま、有名な石庭も見たことやし、長女も満足してましたね。
(学校で石庭を習ったらしいですわ)

続いて、暑さにダレながら仁和寺に向かいました。
バスの来る時間が中途半端やったので13分ほど歩いて仁和寺に到着。
ここがまた広い境内でね~案内図を見ただけで娘はダウンしてたな。



正式名称が旧御室御所跡仁和寺といいます。
開基は宇多天皇。
皇室とゆかりの深い寺で、出家後の宇多法皇が住したことから
「御室御所」「おむろごしょ」の別名がついたそうです。
御室は桜の名所でもあり、春の桜と秋の紅葉の時期は
たくさんの参拝者が訪れます。
桜もなく紅葉もなく、ただ暑い今の時期は人もまばらでした。


金堂
ご本尊は阿弥陀如来様。
旧皇居の正殿・紫宸殿を移築・改造したもの。
仏堂への用途変更に伴い、屋根を檜皮葺きから瓦葺きに。
瓦やあちこちに皇室の象徴、菊のご紋が見られました。


五重塔
各層の屋根の大きさがあまり変わらないのが特徴。36m。


仁王門
仁和寺の二王門は、知恩院の「三門」、南禅寺の「山門」と共に
京都の三大門と呼ばれています。
道路のど真ん前に立っていて、結構迫力があります。

知恩院も南禅寺も、仁和寺に比べたら家から近いのに
まだ行ってないな~知恩院は前は何度も通ったけど。

さて、金閣寺・龍安寺・仁和寺と強行軍に周りましたが、
健杜と悠那が居たらこんな風にはいかんかったやろうね。
脱線脱線の繰り返しになるし・・・


仁和寺のお向かいにあるいっぷく茶屋さん
「御室桜」を江戸時代から管理していて
現在のご主人は八代目の桜守りでもあるらしいですよ。
メニューはやっぱり桜でしょ?(笑)


桜アイスクリーム&桜だんご
桜の花付けが入ったお団子です。
アイスもほんのり桜の味がしました。
長女は何故かみぞれを食べてました。
今日は氷ばっかりやん。