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ルイスと映画泥棒

中国・韓国映画を中心に毎日観た映画の感想を記録。おすすめ度を☆で採点、☆四つ以上は必見の映画。

明日から上海へ

2006年09月12日 | 上海
明日13日から上海に行きます。

朝一番、なんと7時に中部国際空港に集合。12時には上海だ。
上海に着いたら、荷物をホテルに預け、今回の目的である「上海デザインビエンナーレ」の会場で搬入に立ち会う予定だ。「上海デザインビエンナーレ」は「上海設計双年展」といい、2年に1回上海で開催されるデザインの展示会である。会場は「上海展覧中心」で、上海市のど真ん中、延安中路にある、もとロシアの建物でいささか古いが由緒ある展示会場だ。

ここの4階は、今年6月まで「上海世博会事務協調局」があった場所だ。2010年上海万博の推進組織である「上海世博会事務協調局」は、今年6月に万博開催地である浦東新区に移転した。

「上海デザインビエンナーレ」は、直接「万博」には関係がないが、テーマ展示として「上海万博」が紹介されるので楽しみだ。

私達「ほにゃらら探検隊」はというと、「愛知万博から上海万博へ」というテーマで、あるプロジェクトの提案を行う事が目的だ。その為に、ブースを出展する。1辺3メートルの小さなコマだが、海外の展示は大変だ。当然、中国語で紹介せねば意味がない。デザインしたパネルを中国語に翻訳、出力して制作する。日本で制作するのは容易だが、それを輸送しなくてはならない。輸送したとしても、会場で設置する業者が必要であり、その判断に迷う。3・6(幅90センチ・高さ180センチ)のパネルを9枚制作し、壁面に設置する。今回は、優秀な現地の制作会社を紹介され、メールのやりとりでスムースに進行した。顔も知らない人と、ほぼ毎日メールで打ち合わせをし、1回だけ、データのCDRを郵送した。

3辺の壁面を埋めるには、述べ9メートルの壁面展示をせねばならず、意外にボリュウムがあるのである。今回は、上海の業者にパネルの制作から、搬入・搬出込みでお願いした。
さらに、小さなロボットを持参し、随時作動させる予定だ。パネルだけでは、迫力にかけるので、パフォーマンスを組み合わせて、関心を買う作戦である。なお、展示会場の上のフロアでは、分科会と特別セミナーが開催され、講演会を2回行う予定だ。

「上海デザインビエンナーレ」は、14日から16日までの3日間開催される。14日は、開会式に出席、15日は講演会が朝と午後にあり、16日は最終日で、終了後、船上パーティが予定されてる。そして、17日の夕方帰国の予定だ。当初は、19日まで滞在して、南通市を訪問する予定だったが、南通市訪問は10月に延期になってしまった。(ちょっと残念)

準備の過程で分かったことは、中国人は「展示会」が好きってこと。調べてみると、その数の多さに驚く。そして、この出展料がバカ高い。日本の価格と同じかやや高いぐらいだ。これは、中国の貨幣価値を加味するとびっくりする値段となる。何故こんなに高いかと聞くと、中国では、展示会は商談の場であり、展示会がビジネスそのものだということだ。日本の展示会が、ビジネスに直結
しないとはいわないが、その迫力が日本とは違う。

その高価な「上海デザインビエンナーレ」に、招聘されたとはいえ、出展することになったのである。たぶん、日本のマスコミでは報道されないので、何のことかさっぱりだと思うが、ひょっとすると、上海では報道されるかもしれないと内心は期待もしてる。

そんなわけで、17日までブログはお休みします。

帰ったら、報告します。



「蘇通揚子江大橋」

2006年09月11日 | 上海
「蘇通揚子江大橋」について調べてみた。

当初、南通大橋と思っていたが、正式名称は「蘇通揚子江大橋」というそうだ。「蘇通長江大橋」という表記も若干あった。

「蘇通揚子江大橋」は上海と南通市を結ぶ橋であり、揚子江(長江)に架かる橋だ。

上海の北部に位置する南通市は、揚子江の河口・北岸に位置する中国有数の繊維産業都市で、面積8000平方キロメートル、人口785万人。(2003資料)約3,000社の紡織・アパレル企業があり、市内工業生産の1/3を繊維関係が占める。1984年、中国政府により、国家級開発区として設立された南通経済技術開発区は、海外繊維産業の誘致強化のため、同開発区に10平方キロメートルの土地を割り当て「中国長江国際繊維工業圏」を建設する計画である。

「蘇通揚子江大橋」は、世界最大の斜橋であり、橋脚の間隔は1088メートルで日本の多々羅大橋の890メートルを198メートルも抜き、世界一となる。全長は7600メートル。建造予算は、60億元(900億円)である。2002年着工、2008年に完成の予定。

この「蘇通揚子江大橋」が完成すれば、上海-南通市間の所要時間は1時間となり、便利になる。しかし、南通市の観光産業とホテル設備は他の都市と比べると見劣りする。ハイレベルなホテルの建設が同市にとって重要と考えられている。

また、南通市は、大平洋と揚子江の両方に面して、海運の利便性が高い。特に南通港は中国10大港の一つで、世界65カ国の199の港と通航している。

陸路に関しては、南側に「南京上海高速道路」に、北側は「南京南通高速道路」に繋がり、陸送での利便性も高い。


つまり、「蘇通揚子江大橋」は、中国長江国際繊維工業圏である「南通経済技術開発区」の発展のためには欠かせない重要なインフラである。上海から3時間と言われる陸路での所要時間が大幅に短縮(約1時間)されることで、成長にはずみが着くだろう。

また行きたい「蘇州」

2006年09月01日 | 上海
昨年のお盆に上海・蘇州に入った。上海から日帰りだったので、見学したのは、摂政園(ジョオ
ジェンユェン)と寒山寺(ハンサンスー)、虎丘(フーチュー)だ。

摂政園は、約2万?の敷地面積を誇る蘇州最大の古典的な庭園だ。明代の正徳年間(1506~1521)に、中央の高官であった王献臣が失脚した後、大宏寺に造られた庭園。蘇州の留園、北京の頤和園、承徳の避暑山荘とともに、中国の4大名園の一つである。

寒山寺は、天監年間(502~519)に建立された禅宗の古刹。唐代の僧・寒山が住んだことから寒山寺と呼ばれる。

虎丘は、8角7層の雲岩寺塔は中国版ピサの斜塔である。丘全体が座った虎に見えることから虎丘と呼ばれる。

他にも、留園、獅子林、北寺塔、盤門、宝帯橋などの名所が有名だが、見ていない。
今度訪問した時には見学したい。

また、蘇州では、絹が有名だ。

私の掛け布団は蘇州で勝った絹の布団だ。軽くて肌触りが良く、重宝してる。

もう一度行ってみたいぞ、蘇州。。。

中国映画・ドラマお勧めランキング

2006年08月26日 | 上海
最近観た中国の映画とドラマを整理してみました。(一部台湾映画&ドラマが混じってます)   

ルイスの評価 ★印 (最高は★★★★★)


★★★★~★★★★★はルイスの推薦映画&ドラマです。

雨のシンフォニー(ドラマ)★★★★
求婚事務所(ドラマ)★★★
君のいる場所(ドラマ)★★
つきせぬ想い(映画)★
ジャスミンの花開く(映画)★★★★
胡同のひまわり(映画)★★★★
単騎千里を走る(映画)★★★★
LOVERS(映画)★★★★
恋愛都市(ドラマ)★★
ルームメイト(ドラマ)★★
カエルになった王子様 (台湾ドラマ)★★
ラブ・オブ・ヴィーナス (ドラマ)★★
雪天使(台湾ドラマ)★★
セブンソード (映画)★★
シルバーホーク(映画)★
星が輝く夜に(台湾ドラマ)★★
1メートルの光(ドラマ)★★★
清朝最後の宦官(映画)★
あの日に帰りたい(映画)★★
ラベンダー(映画)★★
ジェイ・チョウを探して(映画)★
マジック・キッチン(映画)★★★
スカイ・オブ・ラブ(映画)★★★★★
我が家の犬は世界一(映画)★★★
PROMISE(映画)★★★★
北京マイ・ラブ(ドラマ)★★
慾女(映画)★★
紅いコーリャン(映画)★★★★★
紅夢(映画)★★★★
世界の涯に(映画)★★★
恋恋風塵(映画)★★
我が心のオルガン(映画)★★★★
あの日に帰りたい(映画)★★
インファイナルアフェア1・2・3(映画)★★
西洋鏡(映画)★★★
ラベンダー(ドラマ)★★
ターンレフト・ターンライト(映画)★★
2046(映画)★
英雄伝(映画)★★
想い出の夏(映画)★★
小林サッカー(映画)★
愛にかける橋(映画)★
少年黄飛鴻(映画)★
黄色い大地(映画)★★★★
わすれな草(映画)★★
チンギス・ハーン(映画)★
こころの湯(映画)★★★
HERO(映画)★★★★
龍城恋歌(映画)★★
菊豆(映画)★★★
北京バイオリン(映画)★★★★
孫子(映画)★
MUSA(映画)★★★★
初恋のきた道(映画)★★★★★
再現((映画)★★★★★
英雄(映画)★★★
西洋鏡(映画)★★★
活きる(映画)★★★
小さな中国のお針子(映画)★★★
山の郵便配達(映画)★★★
北京好日(映画)★★
あの子を探して(映画)★★★★★
宗家の三姉妹(映画)★
グリーン・ディストニー(映画)★★★
へんめん(映画)★★★★
三国志(映画)★
乳泉村の子(映画)★★
芙蓉鎮(映画)★★
ただいま(映画)★★

参考になれば幸いです。












上海の過去と未来

2006年08月05日 | 上海
18世紀初頭、アヘン戦争に勝利したイギリスは、1843年に上海の開港に成功する。イギリスに差し出された「租界」という植民地は、揚子江の支流、黄浦江(ホワンプージャン)に面した沼地だった。その当時は、まったく価値のない土地だったが、貿易にかかわる荷揚げ作業には適していた。イギリス人は、まず船着場を建設し「バンド」と命名する。やがて、道路、住宅、オフィス、教会、広場、公園、病院、下水道施設、競馬場と建設が進行した。そして、1849年にはフランス租界が、1853年にはアメリカ租界が誕生する。1844年にはわずか44人だった外国人の数は、1850年には、210人、1870年には1666人、1920年には2万人を超え、1935年には4万人に増えた。

事実上、欧米人の手によって建設された近代都市上海は、外国文化の洗礼を受けながら、数多くの進歩的な知識人を生み出した。上海はある意味、自由都市であった。租界に中に身を置けば、上海人は中国の法律に従う必要がなかった。知識人がいて、労働者がいて、自由な環境があったからこそ、中国共産党が上海で産声をあげることもできたのである。

第二次世界大戦が始まり、租界は返還され、欧米人が姿を消した代わりに、上海は日本の植民地になった。共産党は、地下工作員を投入し、抗日運動を組織し、労働者はサボタージュで抵抗した。

1945年、日本の降伏で、上海は始めて上海人のものになる。
1949年、中華人民共和国が成立すると、上海は激しい弾圧を受け、多くの資本家が香港や台湾に逃れた。
1966年、上海をさらに文化大革命の嵐が襲う。毛沢東の権力奪回劇が引き起こした悪夢の10年へと続く。

1970年代後半、毛沢東の死去によって、と小平が実権を握らなければ、上海が蘇ることはあり得なかった。
1992年、と小平(との文字がでません)が「上海解放」を宣言、経済特区で培ったノウハウが上海に導入された。
1990年に、国歌プロジェクトとなった浦東地区開発計画が、本格的に加速する。黄浦江の西と東をつなぐ南浦・揚浦大橋が架けられ、車両専用の地下トンネルが掘られた。さらに、環状道路。埠頭、地下鉄、空港などのインフラが整備された。

歴史を遡ってみると、上海の歴史は意外に新しいことが解る。西安等と比べると、片や4000年の歴史であり、古いと思われる豫園にしても400年、イギリスが入植した租界時代は263年しかない。ただし、これは、都市としての歴史であるが。

上海の未来を考えると、2008年には「上海ディズニーランド」のオープンがあり、2010年には、上海万博が控えている。

上海万博については、別の機会に詳しく述べるつもりなので、ここでは省くが、簡単に紹介すると、テーマは、「BetterCity,Better Life」(よりよい都市、よりよい生活)である。
サブテーマには、「都市文化的多様性」「都市経済の成長と繁栄」「都市内部の科学技術の導入」「都市社会の改造」「都市部と農村部の相互作用」の5つである。
日本人の発想では、考えられないサブテーマではある。5つの区別が良く解らない。つまり、「都市」をキーワードにして、あらゆる角度から考察しようと言いたいのだろう。
2005年愛知万博と比べても、その規模、想定入場者数、投資金額も断然多い。詳しくは、後日数字にして紹介するが、ざっと、愛知万博の3~4倍のスケールと思えば間違いない。また、愛知万博と決定的に異なる点は、会場で造られる建造物のほとんどは、恒久施設であることだ。愛知万博の場合、建設された施設のほとんどは、仮設であり、現在、ほんの一部が残っているだけである。上海万博の建造物は、万博後を見据え、街づくりの一環として整備される予定だ。万博後も上海の名所となり、観光ツアーのコースに入るだろうし、国際センターや、メッセなどに利用されるはずである。

上海万博については、詳しい情報をどこよりも早く紹介しようと思っているので、改めて読んでほしい。このブログの目的であり中心が「上海万博」なのだから。。。

今回は、ちょっと真面目に「上海」の歴史について調べてみました。


4つのモダン建築が並ぶ人民広場

2006年08月02日 | 上海
「人民広場」は上海の中心

長い間、上海は中心がない街だった。それは「租界」という特殊な事情によるものだが、租界時代、上海県城と呼ばれた行政当局は、街はずれの城壁のなかに、ひっそりとたたずんでいた。
「人民広場」の場所はイギリス人がつくった競馬場の跡地に建造された。上海市政府、都市計画展示館、オペラハウス、上海博物館の4つの建物がシンメトリーに配置されている。北に上海市政府、南に上海博物館、東に都市計画展示館、西にオペラハウスだ。

クラシックなポーチと無機質な高層ビルの組み合わせの上海市政府の建物はシンプルで威厳がある。白いアルミパネルでできた逆ピラミッドを屋上に配した都市計画展示館、設計は東中国建築設計研究院で1999年に完成した。天に向かって反り返った屋根が特徴のオペラハウスは壁も柱もガラスを多用したスケルトンになっており、デザインはジャン・マリエ・シャルバンチェダ。1998年に完成した。

上海の中心であり、シンボリックな空間の「人民広場」は、北京なら「天安門広場」である。政治的には、中国共産党の威厳を示す空間であるだろう。しかし、4つのモダンな建築物を東西南北に配し、週末は、多くの市民に親しまれ、おしゃれスポットとして多くの若者を惹きつける。風水に基づいて配された広場は、今後も上海の中心であり続けるだろう。


「人民広場」もまた、モダン上海のシンボリックな空間なのである。