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上海駐在日記 - 続続続カメラを持ってアジアを食べある記

駐在中(2010年10月~2015年3月)とその前後の上海での食べある記と、海外生活あれこれです。

タケさんの気ままな日記帳 No.110 - 「もう」と「まだ」

2013-11-03 10:24:33 | タケさんの気ままな日記帳
 昔、ベ平連(ベトナムに平和を!市民連合)で活躍した筋金入りの活動家に織田実(おだ まこと)という人がいた。小田さんは若い時世界一周旅行に出掛け、「何でも見てやろう」という体験記を出版し、それがベストセラーになった。彼が本格的な活動家になる前は、代々木ゼミナールで英語の講師をしていた。

 今から45年以上前になるだろうか?私は一年浪人し、予備校に通いながら早稲田大学目指して頑張っていた。年が明けた1月半ば、大学の下見に出かけた後、かつて下宿していた信濃町の寮に立ち寄ってみた。実は、寮の食事が合わず段々やせ細っていくのを心配した姉が姉夫婦の近くに来るようにと勧め、途中から寮を引き払っていたのだ。1月半ばといえば、受験まで後一か月。この一年、一生懸命頑張ってきたのだから今更シタバタしても仕様がないだろうという気持ちになっていた。寮に行くと、同じ大分県出身の井出君がいた。彼の部屋に入ると、一通の手紙を差し出し、見せてくれた。それはお母さんから届いたばかりの手紙だった。
 「先日、テレビのモーニングショーを見ていたら、大学受験をテーマにした放送をしていました。その日のゲストは、代々木ゼミナールの小田実先生でした。女性アナウンサーが小田先生に『いよいよ大学受験もあと一カ月に迫りましたが、今受験生がやるべきことは何でしょうか?』という質問をしていました。それに対して小田先生は次のように答えました。『一か月をどう捉えるかが勝負だと思います。もう一カ月しかないと捉えるのか、まだ一カ月もあると捉えるのか、それによって自ずと心構えが変わってきました。もうう一カ月しかないと思って勉強するのと、まだ一カ月あると思って勉強するのとでは、この一カ月でものすごい差がつきます』・・・・・」
 私はその手紙を読んで、目からうろこが落ちる思いがした。「そうか、受験まで、まだ一カ月もあるのか!」私はその言葉に元気が湧いてきた。そして帰りに本屋さんに寄り、問題集を10冊買い込んだ。それを3日に一冊のペースでこなしていった。問題を解いているうちに、、段々自分のウィークポイントが分かってきた。そういう時は参考書を広げ、何度も同じ間違いを繰り返す箇所の開設を読み返す。そうこうするうちに、穴が塞がれウィークポイントが少なくなり、それに伴って自信がついてきた。試験日の前日など気分転換に、今まで控えていたパチンコ屋に行き、心行くまで弾いた。そして本番当日、スッキリした気分で試験に臨み、別に答え合わせなどしなくても、なんだか合格しているような予感がした。果たして合格発表の日、自分の受験番号を余裕を持って見つけることが出来た。正に「井出君のお母さん様様」「小田先生様様」だった。あの時、元の寮に寄って井出君に会っていなければ、またその時お母さんからの手紙が届いていなければ・・・と考えると、あの受験一か月前の出来事は私の長い人生の中でも運命的なことだったなあ、と思い返された。そして、あとにも先にもあれほど勉強したことはなかった。ただ、勉強の量はともかくとして、考え方ひとつでものの見方や行動が変わるということを教わったのは大変な収穫だった。奮起の材料として、「もう一カ月しかない」を「まだ一カ月ある」と思うことにより、「諦めずに最後の最後まで頑張ろう」という体験をし、それが成功に結び付いたということは大きな自信となり、それから先の人生で苦難に陥った時、身体の中からムクムクと力が湧き出てくる思いをしたことが再三あった。
 但し、私の成功体験はその時までで、それからの人生は人様に自慢できるようなものではなかった。例えば、ひとつの仕事を何十年もかけて全うしたとか、一芸や専門的な分野を追及してその道の名人・大家になったとか、あるいは人の役に立つ仕事をコツコツやってきたといかいう、いわゆる褒章に値するような人からはかけ離れた、一小市民として生きてきた。ただひとつ、人様にアドバイスできるとすれば、人伝に聞いた小田実先生の「『もう』ではなく『まだ』で、最後まで諦めずに頑張る」という話を実践し、成功に結び付かることが出来たことだろう。私は、自分の子供や後輩に「何でも良いから、一生懸命頑張って目標を達成しろ!そして目標が達成できた時、その成功体験が、それから席の人生に必ず自信となって役立つ」と話すことがある。
 その小田先生も代々木ゼミナールを辞めたあと、作家・活動家として波乱に富んだ人生を送ったが、2007年(平成19年)胃癌のため75歳の生涯を閉じた。今では東進ハイスクールの林修先生の「いつやるか?今でしょ!」という言葉が大ブレイク中だが、私にとっては小田先生のメッセージの方が値千金の言葉だなあ、と思う。

 その後、私は早稲田大学に、井出君は青山学院大学に入学した。早稲田の法学部など、専門課程の授業は3百人くらいのマンモス教室で行われるのだが、ざっと見渡しても女性が10人といないだろう。その話を井出君にすると、「青山は、半分は女性だよ!良かったら一度見学に来なよ」と誘われた。好奇心旺盛な私は早速その話しに乗り、もぐりの学生で教室に入り受講した。「なるほど、女性が多いなあ!後ろの席で女性と肩を組んで受講しているのは竹脇無我か?それにしても、同じ大学生活でも環境がこうも違うものか」悲哀を感じた。井出君は適度に学生生活を楽しみ、就職の段になると、是が非でもという目的もなかったが、NHKに一般で採用された。私は高校の頃から、早稲田に入ってNHKに就職することを目標にしてきたが、その夢はついえた。人生とは皮肉なものだなあ!でも、それが人生なんだなあとつくづく思う。・・・・・とここまで書きながら、ふと財布の中を見ると、5千円札が1枚だけ。給料日まではまだ1週間ある。だが待てよ!ものは考えようで、まだ5千円もあるじゃないか。それだけあれば、何も爪に火を点さなくても十分やっていけるだと、と思い直した。

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竹さんは、私の親戚筋のかたで、ときどきこうした文章を送ってくれます。とてもおもしろかったり、考えさせられることもあり、もっと多くの方に読んでいただきたいと思って、ここに転載しています。(ブログ作者)