VR奥儀皆伝( 8½ ) 『謎解き・テーマパークVR Web版』(2)

2020-07-06 | バーチャルリアリティ解説
 第二回 VR(バーチャルリアリティ)の定義
                          【( 8½ )総目次
 私の定義は、『バーチャルリアリティ学』( コロナ社、2011年 )の p.274に書いておきました。 
   (1) 大画面の与える没入感、
   (2) マルチセンソリー(多感覚)による臨場感、そして、
   (3) インタラクティブ性によって人工の現実感を観客(= プレイヤー)に与えるための装置。
・・・ それがVRの基本的な装備です。


 1993年に公開されたセガ AS-1 『スクランブル・トレーニング』を例に挙げると、
 (1)は、目の前の1635㎜ × 805㎜サイズのスクリーン(と プロジェクター、スピーカー)に投影される迫力のCG映像、そして、
 (2)は、世界初の体感劇場用 4軸モーションベース(油圧アクチュエータ製造に実績があるN社、F社の技術とセガのアイデアで共同設計・開発された優れた揺動装置)による揺動と映像の組み合わせ、
 (3)は、手元のミサイル発射スイッチなど(他に ゲーム基盤など)によって実装されました。

 ちなみに、(1)と(2)は プレイヤーにとっての「受け身のリアリティ」、そして、(3)が「能動的な操作によって感じられるリアリティ」です。


 「VR技術の構成要素図( ダイアグラム )を 上に 掲載しておきます。この図については これまでに 「スケッチパッド型メディアの統合モデル」という名称でも紹介しました。「VR / MULTIMEDIAの構成図」です。
 (1)(2)(3)が それぞれ どの部分に相当するのかは、見れば分かると思いますが、
第十一回の冒頭に、VR装置の開発者のための 別のアプローチによる解説を工夫してみました。 ① 観客 - 表示装置 - バーチャル世界 という「有機体論」の科学、② 入力装置と表示装置という「機械論」の科学、③ 観客が入力装置を操作すると、その影響が直ちにバーチャル世界に反映されて 表示装置を通して観客に認知される、という仕組みの「化生論」の科学 について、そこで説明していますので参照して下さい。(2020.12.25 追記)

 AS-1はセガの製品ですが、公式第一作のコンテンツ『マゴー!』(MUGGO! The Ride)の映像と揺動の製作を 映画『ブレードランナー』(1982年)の特撮などで魔術師と称えられた 米国のダグラス・トランブル氏に委嘱しました。テーマパークの Movie Ride(Simulation Ride)の第一人者です。『マゴー!』は 1992年の幕張のAOUショーで公開されましたが、開場時には(開場準備のため会場内にいた)出展者だけの 2時間待ちの行列ができていました。『マゴー!』は、ハードウェアとしての AS-1が「体感劇場」としての十分な性能を持つことを実証してくれた作品です。



 この『マゴー!』開発時の米国人スタッフとの協労の経験から、「体験劇場」を開発する技術はセガの習得した独自技術になりました。AOUショーの直前に、マイケル・アリアスさんを含む米国ライドフィルム社のスタッフが約2週間来日して 『マゴー!』の揺動(モーションデザイン)の最終調整を行なったときに信頼関係が築かれて、セガAM5研の開発者たちは 上記の(1)(2)の実質的なノウハウを習得したのでした。トランブル氏のスタッフ(ライドフィルム社)というのは、(セガにとっては とてつもない幸運でしたが)テーマパーク・ライドの最高峰『バック・トゥ・ザ・フューチャー・ザ・ライド』(BTFRユニバーサルスタジオの依頼で開発)のシステムとコンテンツを製作した正にその人たちだったからです。ですから、私たちAM5研のメンバーは苦心してAS-1を開発したのですけれど、その役得もあって、AS-1の試作機をコンテンツ製作のツールとしてライドフィルム社に届けて現場の調整をしていた時などに、私たちは何度となく ライドフィルム社に設置されていた BTFRの試作機に乗せて頂き、開発レベルの工夫を詳しく伺うことができました。BTFRの本物の大ドーム型スクリーンは直径が80フィートありましたが、その試作機は30フィートでモーションベースは実機と同じものでした。この試作機で映像に同期した揺動の細密な数値データが蓄積され、ライドフィルム社で18ヵ月をかけて、酔いのない、没入感の大きなシミュレーションライドの傑作 BTFRが開発されたのです。世界最高の「体感劇場」を開発するという同社の精神は、このときAM5研に引き継がれました。

 さて、VRの定義について、少し細かく見て行きましょう。

 (1) 視野の3分の2以上のスクリーンサイズで、観客が「ほんものの光景」を観ている時と同じ体感的な反応を(生理的に)示すことが実験で証明されています。トランブル氏は、この技術で「体感劇場」の特許を取得しました。
 つまり、
   「視野 3分の2以上の大画面で画面を観ること」= 「裸眼でテーマパークの360°の光景を観ること」
ということです。VRの Mixed Relity (MR、複合現実 )と呼ばれる技術では、HMDやスクリーンを準備する代わりに「現実の光景」を借景として、その光景に CG映像や商品の説明など(のシンボル)をスーパーインポーズで重ねることがあります。このとき、「現実」だと観客が思っている光景は、ありのままの光景ではない、ということに注意が必要です。これを、VRの構成要素図で確認しておきましょう。
 
 演劇を観に行って、それがギリシャ悲劇などの舞台劇であれば、観客が見ているのは、舞台上にいる「現実」の生身の人間(俳優)です。しかし、観客にはバーチャルな世界の住人である「テーバイの王 オイディプス」が、その舞台に立っているように「見えて」います。
 これと同じことで、「複合現実 MR、Mixed Reality」の画面で「現実の光景」に商品説明の文字などが組み合わされて見えているとき、その「現実の光景」のほうも、ありのままの現実そのものでは ありません。「観客が現実の光景だと認識している」光景です。
 心理学者の岸田秀氏は、私たちが抱えている幻想から「共同幻想」として その一部を「すくい上げる」ことで社会が成立していると論じました。銀座の街を「銀座アスター」の本店に向かって食事をとるために歩いている私たちは、ここは日本国の首都、東京の一部にある銀座だと思って歩いています。スマホのMRアプリを「銀座三越」に向ければ、現実に、その時点の銀座三越のセールの目玉商品が表示されるからでもあります。しかし、200年前に同じ場所を歩いていた人たちは、ここを「江戸の一部」だと考えて歩いていました。当時は「日本(国)の銀座」という光景は、ありのままの現実として存在していなかったのです。そもそもヘーゲルが1821年に『法の哲学』という書物を書いた頃には、そこで新しい試みとして解説されている市民社会ですとか(国民)国家という概念そのものが まだ本当に新しいもので、領主を戴く多くのドイツの地域住民にとって「耳新しい」考え方でした。(隣国の「フランス革命」が王制を否定して共和制を主張したのは、1789年でした。)岸田秀氏は、国家というのは私たちが抱えている「共同幻想」の一部であることを論じて、唯幻論を唱えました。養老孟司氏が、それって結局 脳の自問自答だよねと言って「唯脳論」(1989年)を唱えました。つまり、今 私たちが話題にしているVRの「現実の光景」というのは、私たちの脳が目の前のありのままの光景に、例えば、国家といった概念をスーパーインポーズして解釈している脳内の光景に他なりません。
 そうした理解から、元NHKディレクターの評論家 浦達也氏が カッパサイエンスの『仮想(バーチャル)文明の誕生』(1992年)に 正確に養老孟司氏の『唯脳論』を引用し、武邑光裕氏(メディア美学者)の説も紹介してバーチャル文明と呼ぶべき新時代の誕生を「預言」したのです。ところが、それを読んだ高名な雑誌編集者のA氏が早とちりして、テレビの深夜番組のコメントで「VRの将来の高性能化で現実と仮想の区別ができなくなるから問題なのだ」と実際には誰も口にしなかった臆説を述べ、それを行きつけの銀座のクラブをはじめ あちらこちらでしゃべったことなどから1995年以降の日本の辞書には「バーチャルリアリティ = 仮想現実」の訳語が定着しました。一方、コンピュータ業界に関しては(私を含めて)1960年代からのVirtual Memory = 仮想メモリーという慣用訳語からの類推で「VR=仮想現実」であると90年代には言ったり書いたりしていたのですけれど、1999年にNHK人間講座で放映された「ロボットから人間を読み解く」という番組で東大の舘暲(たち すすむ)先生が「Virtual は仮想・虚構にあらず」と英英辞典の意味から明快に論証されましたので、私たちは「バーチャル」をそのまま使うようになりました。また、ネット上にある英語の辞書からは、Virtual=仮想 という訳語が徐々に消えつつあります。(出版された英語の辞書には、Virtual=仮想 と Virtually=実質的・本質的に、という互いに矛盾する訳語が これまで同時に載っていました!)
 話が長くなりましたが、VRが工学的なシステムの一部として観客に展示している「現実の光景」は、やはりVirtualな世界です。その証明としては、高性能化で現実と仮想の区別ができなくなったようなVRの世界は、映画の中でしか描かれていないからです。映画の上映が終われば、観客は「面白かったね」と言って 再び現実に戻りますから、A編集長の危惧したような世界の混乱は生じません。映画館を出たら「綾瀬はるかさんの演じるモノクロ映画のヒロイン美雪が後からついてきた」ということもなければ、また「Virtuallyに(実際上も)現実と仮想の区別ができなくなった人が いない」わけですから 「仮想(された)現実」という訳語は そもそもが「虚構」の幻影でした。
 ところで、私は(VRの)観客に没入感を与える映像の「表示装置」としては、
   「視野3分の2以上の大画面」
   「HMD」
   「裸眼で観るテーマパークの360°の光景」の3つを、
「観客に、バーチャルな世界への没入感を与えるための装置」として等価である、
と考えています。ということを延長して考えると、
 近い将来に、家庭内では8Kテレビの大画面が標準のメディアインタフェースになると予想されていますから、そうなれば、テーマパーク級のVRアトラクションが一般家庭でも楽しめるということにも なる訳です。
 これについては、追々、詳述して行きたいと思います。

 「視野3分の2以上の大画面」による没入感というのは、AR 人工現実感や メディアラボの『Put-That-There(1982年)が現実感 Realityを観客に感じさせる時の主軸に置かれた大事な要素でした。テレビドラマでの使用としては、1987年に Star Trek: The Next Generation(『新スタートレック』、ピカード艦長の新シリーズ)に登場した「ホロデッキ」という装置が特筆されるでしょう。これは、(今現在の用語としては)裸眼による CAVE型VRの Interface技術とでも呼べるものです。「体育館のような CAVE型施設」の四周の壁と床面と天井に3D映像が投影できるようになっているもので、よく似た 実際にある 有名な施設としては、筑波大学の「エンパワースタジオ」があります。ここは、2015年に 実験室とギャラリーを合体させた施設として設計されました。例えば、この「エンパワースタジオ」を裸眼CAVEにより認識できるよう構成して、そこに「触覚、音、匂い」などを組み合わせたものが『新スタートレック』の「ホロデッキ」なのだと思います。24世紀のテクノロジーだそうです。


 画像借用元: https://fednewsservice.com/2015/12/17/end-program-life-outside-the-grid/
 (2392年12月17日発行の Federation News では、高校生のホロ中毒を親たちが心配しています。)


 「視野3分の2以上の大画面」による没入感については、『ザ・クリプト』という名作の CAVE型VR作品が 非常に秀逸な実例を示しました。この作品は、1996年の東京ジョイポリス開館時に大変注目され、終日、夜中まで2時間待ちの行列が絶えなかったVR作品です。四方の壁+床面の(観客の周囲の)5面全部が3m×3mの大スクリーンで構成され、そこに継ぎ目のない 大画面での「地下迷宮の彷徨」というコンテンツが表示されて、大変に深い没入感を観客に与えました。観客は岩石の巨人に頭を殴打されて、深く冷たい石造りの地下へ堕ちて行きます。

 (2) マルチセンソリー(多感覚)の臨場感については、BTFRのような「視覚による没入感 + 揺動による臨場感」の組み合わせに限らなくても、別の感覚の組み合わせの どんな没入感であっても構いません。日本VR学会の会員の研究者には、視覚+触覚の分野で世界レベルの研究を行なっている方が多く見られます。
 後でご紹介するつもりですが、『虫How?』という学生によるVR作品の傑作は、
   「視覚+触覚+インタラクティブ性」
によって没入感が構成されています。IVRC(国際学生対抗バーチャルリアリティ コンテスト)という学生の手作りVR作品によるコンテストが1993年からずっと続いているのですが、その長い歴史の中でも『虫How?』の触覚VRは傑出していました。「視聴覚」+ 例えば 触覚、例えば 揺動などを組み合わせた感覚でリアリティを稼ぐ方法で、その豊富な実例を IVRCの作品に見ることができます。IVRCについての説明は、第三回第四回をお読み下さい。
 今回、IVRCの作品を例に挙げた解説も書いてしまおうと思っていたのですが、A編集長の早とちりの話を詳しく書いているうちに紙幅がなくなってしまいました。養老先生の『唯脳論』はVRの基本文献の一つなのですが、これを読み返しているうちに(あまりの面白さに)時間が無くなったことも次回に送る理由です。

 (3) インタラクティブ性によって人工的な現実感を観客(=プレイヤー)に与える装置、としてはアーケードセンターのSEGAの「体感ゲーム機」の臨場感が抜きん出ていました。しかし、80年代には まだモニターのサイズが小さかったので「大画面の没入感」という視覚的没入効果が その時代には使えなかったのは本当に残念なことでした。
 アーケードセンターには設置されなかったことから、セガの公式「体感ゲーム機」としてはカウントされていませんが、東京ジョイポリスの 1996年の 開館時に公開された 『バイクアスロン』と『POWER SLED』は大画面に向かって参加者が全員参加で競争するというVR作品です。テーマパークVRアトラクションの成功例として、もっと注目されても良かったと思います。どちらの作品も目の前に大画面があって、『バイクアスロン』は参加者が自転車競走を、そして 『POWER SLED』は参加者が 雪上のボブスレーの競争をして没入感を感じるという内容で、「現実の世界」では自転車競走やボブスレーが絶対に不得意そうな一般事務職の会社員の方や雑誌編集者の女性たちが競争で良く一位になっているので、私は「VRアトラクションの特徴というのは、つまり そういうことなのか」と感じ入ったことがあります。


 画像借用元: https://web-japan.org/kidsweb/travel/cool/cool02.html
 (web-japanの kidsweb japan掲載記事 「Exploring "Cool Japan" in Tokyo」より 


 「インタラクティブ性」というのは、プレイヤーが入力装置を操作した結果が 直ちにバーチャルな空間の変化として表示されることですから、そのメカニズムは「サイバースペース」と共通しています。ということで、前回「第一回」の「サイバースペース」の解説も復習しておいて下さい。なお、セガ・エンタープライゼスとして初めてのインタラクティブ性を備えたVRアトラクションとなったのは(つまり、テーマパークVRアトラクションとしての最初のSEGAの作品は)、AS-1 『スクランブル・トレーニング』(1993年)でした。

 次回には、IVRCの作品から 『虫HOW?』(2007年)と 『人間椅子』(2008年)を取り上げて、VRの具体的な事例や 体感劇場との明確な違いなどを説明しますので、
 『虫HOW?』 http://ivrc.net/archive/%E8%99%AB-how-2007/
 『人間椅子』 http://ivrc.net/archive/%E4%BA%BA%E9%96%93%E6%A4%85%E5%AD%90-2008/
を、予習しておいて頂ければと思います。

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   ( 8½ )「暫定総目次
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