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taddy // graphic designer / artist / poet

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2005-11-02 | cafe_monologue


昔からよく言われるように、「忙」という漢字は「心」を「亡くす」ことを示している。
「いそがしい」とは「心を亡くすこと」だと昔の人は分かっていたんだね。

いかに僕たちが日々の生活の中で「心を失っている」か、手っ取り早く確かめる方法がある。
テレビも音楽も消す。
全てシャットダウンした静けさの中で、じっと目をつぶって座ってみる。
その時、何も考えない。
「空っぽ」になってみる。

どうだろう?
「普通の人」であれば、おそらく5分たりとも「空っぽ」の状態ではいられない。
TVで見た場面が浮かんでくる。
CMのキャッチフレーズが何度も頭の中をリフレインする。
好きな歌のメロディーが鳴り出す。
仕事や会議やプレゼンのことを考え始める。
次の遊びの計画を楽しみ始める。
etc...

このようなココロの状態の中に僕たちは日々いる。
常にココロは「自分以外のモノ」に占拠されてしまっている。
「自分」が不在なんだ。
忙しさの中で、「自分」と向き合う時間を失っているから。

このような状態で、「自分の状態を知っている」と言えるだろうか?
毎日の生活の中で、正しい判断を下すことができるだろうか?
「一番根本的なもの」、つまり「自分」を知らずして日々活動しているならば、
僕たちは虚しい「幻想」を追い求めているだけなのではないだろうか?

taddy


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