H先生:おや、Aくん。こんな遅くまでどうしたのですか。
Aくん:はい先生。今日初診をとらせていただいた患者さんなのですが、気になってしまって。
H先生:たしか京大の学生さんだったね。どうかしたの?
Aくん:はい、気を付けて問診していたつもりだったのですが、途中で取り乱してしまわれて…
H先生:そうですか…それは大変でしたね。
Aくん:ただよくよく話を聞いてみると、primaryなproblemとしては、クリスマスなのに彼女がいないことだったみたいなんです。
H先生:最近はそういう傾向が強まっていますね。現病歴や既往歴、生活歴などで何か関連がありそうなことはありましたか?
Aくん:医学部のボート部に所属しているそうなんです。家族歴はとくに問題なさそうでした。
H先生:そうですか。
Aくん:これって有益な情報なんですか?
H先生:そうですね。ボート部は他の部活に比べて有意に部内恋愛率が低いという統計が出ています。(*1 エビデンスレベル6:専門家個人の意見)
Aくん:噂では聞くのですが、いまいち実感がわきません。
H先生:それでは実際に計算してみましょう。一般に男子大学生の40%にパートナーがいるといわれています。これをもとに危険度を考えていきます。ちなみに、日本の男子大学生はおよそ160万人です。
Aくん:ボート部には21人の男子大学生がいますが(*2 2017年12月24日現在)、何人が条件を満たさないのですか?
H先生:難しい質問ですね…ここでは仮に5人としておきましょう。(*3 部内、部外含む)
Aくん:先生、グラフができました。
対象者数 | 彼女がいない人数 | |
---|---|---|
標準集団 | 160万人 | 96万人 |
京医ボート部 | 21人 | 16人 |
H先生:まずは京医ボート部であることによる彼女がいないことの相対危険度を求めてみましょう。
Aくん:相対ってことは比ですか?
H先生:そうですね。この場合、16/21÷96万/160万≒1.27となります。また、寄与危険度という値もあります。差を取って、16/21-96万/160万=0.16ですね。さてここでAくんに問題です。全国の統計と比較して考えたいのですが、もし全国の大学生が京医ボート部と同じシングル率を持っているとしたら、どうなりますか?
Aくん:160万×16/21だから…122万人ですね。
H先生:正解です。ではもしまた新たに彼女を作った部員がいたとしたら…?
Aくん:160万×15/21だから114万人…あれ、さっきとずいぶん差が出ますね。
H先生:そうです。小さい集団の死亡率シングル率を用いると、1人の影響がとても大きく出てしまいます。これが、いま求めた直接法の弱点です。
Aくん:先生、さては逆に代入するんですね?
H先生:鋭いですね、その通りです。今度は全国のシングル率をボート部の人数にかけてみましょう。21×96万/160万=12.6、これが間接法による集団調整における期待死亡数シングル数です。
Aくん:よくわかりました。でも先生、全国に100万人の彼女がいない大学生がいるのだと思うと、なんだかそれだけで満足した気分になってきました。
H先生:そうですか。
Aくん:先生、ボート部には男子校出身者が多いですよね?このことは結果に影響したりしないのですか?
H先生:いい質問ですね。ボート部が偏った集団であり、男子校出身者が多いためにシングル率が高くなったという指摘です。このとき、男子校出身であることを交絡因子といいます。1)アウトカム(*4 結果)に影響を与える、2)要因と関連がある(京大医学部はそもそも男子校出身者が多い)、3)要因とアウトカムの中間因子でない(ボート部に入ることによって男子校出身になるわけではない)、という条件を満たしています。あるいは、入部時に選択バイアスがかかっていないかもチェックするとよいかもしれません。
Aくん:なるほどー。つまり僕はボート部かつ彼女がいるから、より珍しい立ち位置にいるということですね。先生、疫学っておもしろいですね!
H先生:私はおもしろくありません。