男は激怒した。
必ず、かの邪知暴虐の王を除かねばならぬと決意した。男には学問が分からぬ。男は村のボート漕ぎである。船を漕ぎ、琵琶湖で遊んで、のんきに暮らしてきた。けれども邪悪に対しては人一倍敏感であった。
ある日の夕刻、男は下宿を飛び出し、ぶらぶらと四条界隈を歩いた。冬休みを迎え、物見遊山にウィンドウショッピングでもしようというのである。このあたりには店も多く、久しく来ていないので、歩くだけでも楽しいのだ。通りを歩くうち、男は街の様子を怪しく思った。いつもより、心なしか、キラキラしている。赤、白、緑に着飾られ、鈴の音が聞こえる。はて、何かあったか、二ヶ月前にここを訪れたときは、こんな雰囲気ではなかったはずだが、と自問自答した。男がいくら首をひねっても、答えは出なかった。ひとまず、そこを離れ、大学方面へ向っていくと、こちらは水を打ったように、ひっそりしている。のんきな男も、だんだん不安になってきた。やがて、構内へ入ると、警備員があらわれた。男は質問したが、警備員は答えなかった。男は警備員の体をゆすぶって質問を重ねた。警備員は、あたりをはばかる低声で、わずか答えた。
「王様は、すべてを粉砕します。」
「なぜ壊すのだ。」
「クリスマスを恨んでおいでです。」
「たくさん壊したのか。」
「はい、はじめに、時計台に現われたゲリラツリーを。それから、鴨川のカップルを。さらには、生協のクリスマスケーキに不買運動を起こし、いよいよ、無関係なエルゴにまで手をかけました。」
「おどろいた。国王は乱心か。」
「いいえ、乱心ではございませぬ。人を、信ずることができぬ、というのです。」
聞いて、男は激怒した。「あきれた王だ。相手にしていられぬ。」
男は単純であった。BOXにあった工具箱を担いで、のそのそジムへ入っていった。たちまち彼は、巡邏の警吏に捕縛された。男は連れられ、王の前へ差し出された。
「この工具で何をするつもりであったか。言え!」暴君・汐見は静かに、けれども威厳ある声で問い詰めた。
「ジムを暴君の手から救うのだ。」男は言った。
「おまえがか?」王は憫笑した。「おまえなどにはわしの孤独の心がわからぬ。」
「言うな!」と、男はいきり立って反駁した。「クリスマスを憎むのは、最も恥ずべき悪徳だ。王は、民の幸せさえ疑っておられる。」
「人の心はあてにならぬ。聖夜など、幻想さ。信じてはならぬ。」王はつぶやき、ため息をついた。「わしだってクリスマスを楽しみたいのだが。」
「何のための粉砕だ。自分の地位を守るためか。」こんどは男が嘲笑した。「罪のないエルゴを壊して、なにがクリスマス粉砕だ。」
「だまれ、下賤のもの。」王はさっと顔をあげて報いた。「口ではどんなことだって言える。人の心の底が見え透いてならぬ。おまえだって、いまに、エルゴを漕ぎだしてから、泣いてわびたって聞かぬぞ。」
「ああ、そうやってうぬぼれているがよい。己は、ちゃんと漕ぐ気でいるのに。ただ――」といいかけて男は瞬時ためらい、
「ただ、己に情けをかけたいつもりなら、一日だけ猶予を下さい。今宵、友人たちとの鍋会があるのです。それを終えれば、明日、ここへ戻ってきます。」
「ばかな。とんでもない嘘をいうわい。逃がした小鳥が帰ってくるとでもいうのか。」王は低く笑った。
「そうです。帰ってくるのです。」男は必死で言い張った。「己は約束を守ります。己を、今晩だけ許してください。もし、己が信じられないというのであれば、よろしい、自習室に関口という、勉強家がおります。彼を、人質として置いていこう。己が逃げてしまって、明日の日没までに漕ぎ終えなければ、彼に、エルゴを漕がせてください。」
それを聞いて、王はそっとほくそえんだ。どうせ、この男は帰ってこないに決まっている。このうそつきに騙されたふりして、放してやるのも面白い。そうして、無関係な関口とやらを、エルゴで苦しませるのも気味がいい。よしんば、こいつが、エルゴを漕ぎ始めたとして、途中で心が折れて完漕できないに決まっている。
「よろしい、願いをきいた。では、明日の夕刻、おまえか関口のどちらかが、マラソンエルゴをひくがよい。」
関口は、あいかわらず自習室に籠り、熱心に勉強をしていた。男は、事情を語ったが、関口は無言で、机にむかうばかりだった。二人は別段親しくもないので、それでよかった。そうして、男はすぐに下宿へ帰った。聖夜、満天の星である。
男は、その夜、友人たちを呼びつけ、闇鍋の準備を調えた。部屋のあかりが落とされ、鍋を囲う友人たちは、何か不吉なものを感じたが、めいめい気持ちを引きたて、狭い家のなかで、むんむん蒸し暑いのもこらえ、必死で鍋をつついた。やがて、男は、喜色満面となり、王との約束さえ、忘れていた。酒がまわり、宴も乱れ、みな鍋の具材など気にしなくなった。男は、このまま一生こうしていたい、と思った。次第に腹も満たされ、よろよろと、夢見ごこちになってきた。今は、自分の体も、自分のものではない、気づけば男は床に倒れ伏し、死んだように、眠りこけてしまった。
目が覚めたのは、翌日、太陽もすでに高くのぼるころである。男ははね起き、南無三、寝坊したか、いや、まだまだ大丈夫、今からジムへ行って、すぐに漕ぎ出せば、約束の刻限までには充分間に合う。今日はぜひとも、あの王に、漕ぎ切るところをみせてやろう。そうして、ジムへ着くと、男は着替えをすませ、悠々とアップを始めた。調子は上々、身じたくは済ませた。さて、男は、ぶるんと両手を大きく振って、意気揚々、バトンへ手をかけた。
男は、つらかった。幾度か、漕ぎやめそうになった。えい、えいと、自身をしかりながら漕ぎ続けた。漕ぎつづけるうち、男の身体はあつくなってきた。男は額の汗もぬぐわず、一心不乱に漕ぎ続けた。もはや、クリスマスへの未練はない。己には、なんの気がかりもないはずだ。やがて、全行程の半ばにもさしかかる頃、次第に疲れが見えてきた。脚が痛み、尻がわれそうになる。男の身体は、ますます激しく踊り狂い、乱れ、混沌を極めてきた。今は、男も覚悟した。漕ぎきるより他にない。男は、ふんぬと、気合いを込め、馬のように大きな胴震いを一つして、そのまましばらく漕ぎすすめたが、さすがに疲労してきた。男は、幾度となくめまいを感じ、これではならぬ、と気を取り直しては、よろよろ二、三本漕いで、ついに、がくりと漕ぎやめてしまった。ああ、あ、ここまで突破してきた己よ。ここで、疲れ切って動けなくなるとはなさけない。これでは、王の思うつぼだぞ、と言い聞かせるも、全身なえて、もはや芋虫ほどにも動かぬ。エルゴの傍に、ごろりと、寝転がった。男は、天井を仰ぎ、もはや、どうでもいい、何のためにこんなことをしているのだ、ハーフマラソンなら終わっている、と不平を垂れはじめた。ああ、もう、ほうっておいてくれ。私は、負けたのだ。だらしがない。こうなったら、王は己をあざ笑うだろう。クリスマスだの、エルゴだの、考えてみれば、くだらない。ああ、何もかも、ばかばかしい。どうとも、勝手にするがよい。やんぬるかな。
――すべてをあきらめ、男が四肢を投げ出すと、ふと腕にあたるものがある。頭をもたげてみると、水筒である。そうか、水を用意していた、と男はよろよろ起き上がり、一口飲んだ。ほうと長いため息がでて、夢から覚めたような気がした。
動ける。漕ごう。肉体の疲労回復とともに、男は希望を抱いた。さあ、ここからだ。先刻の、悪魔のささやきは、あれは夢だ。やはり、己は真の勇者だ。ああ、エルゴが進む、ぐんぐん進む。はやく終わってくれ。このまま、正直な男のまま、死なせて下さい。男は、最後の死力を振り絞って、漕ぎ続けた。男の、頭はからっぽだ。何一つ、考えていない。ただ、わけのわからぬ大きな力に引きづられて漕いだ。まさに、最後の数mも、消えようかというとき、王が現われた。間に合った。
「己だ。約束の通り、いま漕ぎきった。己だ。漕ぎきった男はここにいる!」と叫んだ。
王は、男をみて、しずかに語った。
「私を殴れ。私は、クリスマスにかこつけ、無関係なエルゴを壊した。クリスマスがなんだというのだ。信実があれば、空虚な心もみたされる。君が私を殴ってくれなければ、私はずっと孤独のままだ。」
男は、すべてを察した様子でうなずき、王を殴ろうとしたが、ふらふらとよろめき、
「王よ。己を殴れ。先に己の右頬を殴れ。己は、漕いでいる途中、悪い夢をみた。すべてを放棄し、逃げだそうとしたのだ。そんな男に、人を殴る資格はない。」
王は、それを聞き、うなりをつけて殴ろうとしたが、男の疲れ果てた姿をみて逡巡し、拳をおろした。
「もうよい。クリスマスをどう過ごしたってよいではないか。おまえはマラソンエルゴを漕ぎ、関口は自習室で勉強をつづけている。それを、否定することが、そもそも間違いなのだ。私がやっていたことは、自分の孤独に耐えきれず、ただ憂さ晴らしをしていたにすぎない。私の心が、邪だったからだ。おまえのおかげで、それが分かった。ありがとう。」
こうして、暴君による粉砕計画は幕をおろし、クリスマスの平和は守られた。
日も沈み、街が灯るころ、今年はじめての雪が降り始めていた。
必ず、かの邪知暴虐の王を除かねばならぬと決意した。男には学問が分からぬ。男は村のボート漕ぎである。船を漕ぎ、琵琶湖で遊んで、のんきに暮らしてきた。けれども邪悪に対しては人一倍敏感であった。
ある日の夕刻、男は下宿を飛び出し、ぶらぶらと四条界隈を歩いた。冬休みを迎え、物見遊山にウィンドウショッピングでもしようというのである。このあたりには店も多く、久しく来ていないので、歩くだけでも楽しいのだ。通りを歩くうち、男は街の様子を怪しく思った。いつもより、心なしか、キラキラしている。赤、白、緑に着飾られ、鈴の音が聞こえる。はて、何かあったか、二ヶ月前にここを訪れたときは、こんな雰囲気ではなかったはずだが、と自問自答した。男がいくら首をひねっても、答えは出なかった。ひとまず、そこを離れ、大学方面へ向っていくと、こちらは水を打ったように、ひっそりしている。のんきな男も、だんだん不安になってきた。やがて、構内へ入ると、警備員があらわれた。男は質問したが、警備員は答えなかった。男は警備員の体をゆすぶって質問を重ねた。警備員は、あたりをはばかる低声で、わずか答えた。
「王様は、すべてを粉砕します。」
「なぜ壊すのだ。」
「クリスマスを恨んでおいでです。」
「たくさん壊したのか。」
「はい、はじめに、時計台に現われたゲリラツリーを。それから、鴨川のカップルを。さらには、生協のクリスマスケーキに不買運動を起こし、いよいよ、無関係なエルゴにまで手をかけました。」
「おどろいた。国王は乱心か。」
「いいえ、乱心ではございませぬ。人を、信ずることができぬ、というのです。」
聞いて、男は激怒した。「あきれた王だ。相手にしていられぬ。」
男は単純であった。BOXにあった工具箱を担いで、のそのそジムへ入っていった。たちまち彼は、巡邏の警吏に捕縛された。男は連れられ、王の前へ差し出された。
「この工具で何をするつもりであったか。言え!」暴君・汐見は静かに、けれども威厳ある声で問い詰めた。
「ジムを暴君の手から救うのだ。」男は言った。
「おまえがか?」王は憫笑した。「おまえなどにはわしの孤独の心がわからぬ。」
「言うな!」と、男はいきり立って反駁した。「クリスマスを憎むのは、最も恥ずべき悪徳だ。王は、民の幸せさえ疑っておられる。」
「人の心はあてにならぬ。聖夜など、幻想さ。信じてはならぬ。」王はつぶやき、ため息をついた。「わしだってクリスマスを楽しみたいのだが。」
「何のための粉砕だ。自分の地位を守るためか。」こんどは男が嘲笑した。「罪のないエルゴを壊して、なにがクリスマス粉砕だ。」
「だまれ、下賤のもの。」王はさっと顔をあげて報いた。「口ではどんなことだって言える。人の心の底が見え透いてならぬ。おまえだって、いまに、エルゴを漕ぎだしてから、泣いてわびたって聞かぬぞ。」
「ああ、そうやってうぬぼれているがよい。己は、ちゃんと漕ぐ気でいるのに。ただ――」といいかけて男は瞬時ためらい、
「ただ、己に情けをかけたいつもりなら、一日だけ猶予を下さい。今宵、友人たちとの鍋会があるのです。それを終えれば、明日、ここへ戻ってきます。」
「ばかな。とんでもない嘘をいうわい。逃がした小鳥が帰ってくるとでもいうのか。」王は低く笑った。
「そうです。帰ってくるのです。」男は必死で言い張った。「己は約束を守ります。己を、今晩だけ許してください。もし、己が信じられないというのであれば、よろしい、自習室に関口という、勉強家がおります。彼を、人質として置いていこう。己が逃げてしまって、明日の日没までに漕ぎ終えなければ、彼に、エルゴを漕がせてください。」
それを聞いて、王はそっとほくそえんだ。どうせ、この男は帰ってこないに決まっている。このうそつきに騙されたふりして、放してやるのも面白い。そうして、無関係な関口とやらを、エルゴで苦しませるのも気味がいい。よしんば、こいつが、エルゴを漕ぎ始めたとして、途中で心が折れて完漕できないに決まっている。
「よろしい、願いをきいた。では、明日の夕刻、おまえか関口のどちらかが、マラソンエルゴをひくがよい。」
関口は、あいかわらず自習室に籠り、熱心に勉強をしていた。男は、事情を語ったが、関口は無言で、机にむかうばかりだった。二人は別段親しくもないので、それでよかった。そうして、男はすぐに下宿へ帰った。聖夜、満天の星である。
男は、その夜、友人たちを呼びつけ、闇鍋の準備を調えた。部屋のあかりが落とされ、鍋を囲う友人たちは、何か不吉なものを感じたが、めいめい気持ちを引きたて、狭い家のなかで、むんむん蒸し暑いのもこらえ、必死で鍋をつついた。やがて、男は、喜色満面となり、王との約束さえ、忘れていた。酒がまわり、宴も乱れ、みな鍋の具材など気にしなくなった。男は、このまま一生こうしていたい、と思った。次第に腹も満たされ、よろよろと、夢見ごこちになってきた。今は、自分の体も、自分のものではない、気づけば男は床に倒れ伏し、死んだように、眠りこけてしまった。
目が覚めたのは、翌日、太陽もすでに高くのぼるころである。男ははね起き、南無三、寝坊したか、いや、まだまだ大丈夫、今からジムへ行って、すぐに漕ぎ出せば、約束の刻限までには充分間に合う。今日はぜひとも、あの王に、漕ぎ切るところをみせてやろう。そうして、ジムへ着くと、男は着替えをすませ、悠々とアップを始めた。調子は上々、身じたくは済ませた。さて、男は、ぶるんと両手を大きく振って、意気揚々、バトンへ手をかけた。
男は、つらかった。幾度か、漕ぎやめそうになった。えい、えいと、自身をしかりながら漕ぎ続けた。漕ぎつづけるうち、男の身体はあつくなってきた。男は額の汗もぬぐわず、一心不乱に漕ぎ続けた。もはや、クリスマスへの未練はない。己には、なんの気がかりもないはずだ。やがて、全行程の半ばにもさしかかる頃、次第に疲れが見えてきた。脚が痛み、尻がわれそうになる。男の身体は、ますます激しく踊り狂い、乱れ、混沌を極めてきた。今は、男も覚悟した。漕ぎきるより他にない。男は、ふんぬと、気合いを込め、馬のように大きな胴震いを一つして、そのまましばらく漕ぎすすめたが、さすがに疲労してきた。男は、幾度となくめまいを感じ、これではならぬ、と気を取り直しては、よろよろ二、三本漕いで、ついに、がくりと漕ぎやめてしまった。ああ、あ、ここまで突破してきた己よ。ここで、疲れ切って動けなくなるとはなさけない。これでは、王の思うつぼだぞ、と言い聞かせるも、全身なえて、もはや芋虫ほどにも動かぬ。エルゴの傍に、ごろりと、寝転がった。男は、天井を仰ぎ、もはや、どうでもいい、何のためにこんなことをしているのだ、ハーフマラソンなら終わっている、と不平を垂れはじめた。ああ、もう、ほうっておいてくれ。私は、負けたのだ。だらしがない。こうなったら、王は己をあざ笑うだろう。クリスマスだの、エルゴだの、考えてみれば、くだらない。ああ、何もかも、ばかばかしい。どうとも、勝手にするがよい。やんぬるかな。
――すべてをあきらめ、男が四肢を投げ出すと、ふと腕にあたるものがある。頭をもたげてみると、水筒である。そうか、水を用意していた、と男はよろよろ起き上がり、一口飲んだ。ほうと長いため息がでて、夢から覚めたような気がした。
動ける。漕ごう。肉体の疲労回復とともに、男は希望を抱いた。さあ、ここからだ。先刻の、悪魔のささやきは、あれは夢だ。やはり、己は真の勇者だ。ああ、エルゴが進む、ぐんぐん進む。はやく終わってくれ。このまま、正直な男のまま、死なせて下さい。男は、最後の死力を振り絞って、漕ぎ続けた。男の、頭はからっぽだ。何一つ、考えていない。ただ、わけのわからぬ大きな力に引きづられて漕いだ。まさに、最後の数mも、消えようかというとき、王が現われた。間に合った。
「己だ。約束の通り、いま漕ぎきった。己だ。漕ぎきった男はここにいる!」と叫んだ。
王は、男をみて、しずかに語った。
「私を殴れ。私は、クリスマスにかこつけ、無関係なエルゴを壊した。クリスマスがなんだというのだ。信実があれば、空虚な心もみたされる。君が私を殴ってくれなければ、私はずっと孤独のままだ。」
男は、すべてを察した様子でうなずき、王を殴ろうとしたが、ふらふらとよろめき、
「王よ。己を殴れ。先に己の右頬を殴れ。己は、漕いでいる途中、悪い夢をみた。すべてを放棄し、逃げだそうとしたのだ。そんな男に、人を殴る資格はない。」
王は、それを聞き、うなりをつけて殴ろうとしたが、男の疲れ果てた姿をみて逡巡し、拳をおろした。
「もうよい。クリスマスをどう過ごしたってよいではないか。おまえはマラソンエルゴを漕ぎ、関口は自習室で勉強をつづけている。それを、否定することが、そもそも間違いなのだ。私がやっていたことは、自分の孤独に耐えきれず、ただ憂さ晴らしをしていたにすぎない。私の心が、邪だったからだ。おまえのおかげで、それが分かった。ありがとう。」
こうして、暴君による粉砕計画は幕をおろし、クリスマスの平和は守られた。
日も沈み、街が灯るころ、今年はじめての雪が降り始めていた。