コヤチン、さまよい日記

静岡県内を東へ西へ行ったり来たりしています。
応援している清水エスパルスの試合の感想もお伝えします。

テルとイチの契約満了。

2015-11-29 22:23:14 | Jリーグ
かつてエスパルスで活躍していたテル(長野パルセイロ)とイチ(FC今治)の退団が発表されました。
2人ともある意味エスパルスのレジェンドだったと思います。三羽ガラスやノボリにも匹敵する選手だと思います。
年齢のせいなのかケガのせいなのか分かりませんが、彼らは現役にしがみつくより良き指導者となって欲しい気もします。

エスパルスで大活躍して同じ年位にエスパルスを去って行ったのですが、もう少しいい花道を与えてあげたかったと思います。
エスパルスの彼らに対する契約満了が大量退団の引き金になったのは事実だったと思います。

不幸にも他チームに行ってから実力を発揮できなかったりケガがちだったりして試合に出られない日々を過ごしたと思います。
希望を言えば清水に帰ってきて何等か力になって欲しいという気持ちはあります。しかし彼らが現役に固執するのなら彼らの今後の活躍を願いたいと思います。

引佐の里を訪ねてきましたが紅葉は…

2015-11-29 18:23:57 | 旅行
紅葉を期待して浜松市北区の旧引佐町を妻と訪ねてきました。
引佐の奥に行った「渋川」というところに大イチョウがあると聞きましたのでどんな所か行ってみる事にしました。
引佐の中心部井伊谷から更に奥に向かいます。新東名の引佐JCを越えて山間に向かいます。暫らく走った所に集落が現れますがそこが渋川です。

車を置いた所にある公園に「渋川からくり人形館」があります。ここには地元の職人が手掛けた9体の人形達の繊細な動きがとてもリアルでした。国指定重要無形文化財、寺野の伝統芸能「寺野のひよんどり」の“鬼の舞”を再現しています。
この周りは親水公園の様になっていて夏は子供たちが水遊びができるようになっています。

約400年前から渋川に伝わる伝統芸能を、マリオネット仕掛けで再現しています。

次にここからすぐの所にある大イチョウを見に行きます。
今日はウォークラリーのイベントが行われていたようで親子連れで賑わっていました。
大イチョウは半分風で飛ばされてボリュウム感はありませんでしたが、高いイチョウは何か存在感を感じさせました。


大イチョウのすぐそばに「凱旋記念門」があります。これは日露戦争に出征した地元軍人の戦勝を記念し、1906(明治39)年3月に六所神社の入口に建てられ、門の銘板には「凱旋紀念門」と刻まれています。
このような凱旋門は全国各地に建設されたが、ほとんどが姿を消し、渋川の凱旋門は静岡県内で唯一残るもので、ほかには鹿児島県姶良(あいら)市にあるだけという貴重なものです。
特長は六所神社の参道をまたぐように建っている。煉瓦造でアーチ形をしており、柱間は約3m、高さは約3.2m。フランス積みが基本ですが、上部で積み方が変化している点です。

凱旋記念門。ここもウォークラリーの親子で溢れていました。


凱旋記念門の先の急な階段を登ると、六所神社があります。

さて、ここから庭園が有名な龍潭寺に向かおうと思いましたが、引佐JCの手前に「国指定重要文化財 鈴木家住宅」と書いた看板を見つけましたのでちょっと行ってみる事にしました。
細い道を走って行くといきなり出てきます。人の家の中にあるかと思うような所です。
どうも貴重な文化財ですが無人のようです。従って中を見る事はできませんでした。
文化財オンラインによりますと「鈴木家住宅は,主屋の隣に釜屋を隣接して建てて内部を一体的空間とする,釜屋建と呼ばれる形式の民家である。主屋は,寄棟造,茅葺で,釜屋は,同じく寄棟造,茅葺であるが,棟方向を主屋と直交させている。釜屋は文政4年(1821)頃の建築であり、主屋も同じ頃に建てられたと考えられる。静岡県西部から愛知県東部にかけて分布していた釜屋建形式の数少ない遺構であり,わが国における分棟型民家の展開を示す民家の一つとして重要である。また,建築年代がほぼ明らかであることから,釜屋建民家の発展過程を理解する上で,高い価値が認められる。」とあります。


最後に下って来て庭園が有名な「龍潭寺」に行きます。
この寺でも紅葉を期待しましたが一部色づいていますがまだなようです。暖かい日が続きましたので遅いのでしょうか。
龍潭寺は井伊直虎・直政ゆかりの寺です。再来年の大河ドラマが井伊直虎という事で今後注目されそうです。
ここは臨済宗妙心寺派の寺ですのでコヤチンのお寺と宗派はおなじです。

まずは入って行きますと山門があります。そこに続く道が何か雰囲気が良かったです。

山門。山号「萬松山」と書いてありますが朝鮮通信使の書です。

境内に入って行って庫裡の前に東門がありますが、旧鐘楼堂で一番古い建物(1631年)です。
 東門。

 こちらが鐘楼堂です。

さて中に入ってみましょう。
庫裡から入って隣が本堂です。本堂の廊下はうぐいす張りになっていますのでキュキュと音がします。
本堂の前に枯山水の庭がありますが補陀落の庭という名前がついています。浜名湖を表現しています。


一刀彫の龍も飾られています。伝えによると左甚五郎作という事です。今は無き大仏殿の蛙股の装飾です。


開山堂・御霊屋・稲荷堂と巡っていよいよ龍潭寺のクライマックスの庭園となります。
この庭園は国指定名勝で小堀遠州作石が表現する禅寺の庭です。
季節によって色々な表情を変える落ち着いた雰囲気の庭でした。

この庭を眺めながら5分程度の説明のアナウンスがあります。

もう一度庫裡に戻って書院からも庭が眺められました。

書院は殿様着座の間です。ここからの庭の眺めは正面に御霊屋を見る事が出来ます。

これで一通り中の見学は終わりました。
外に出て見学の順路をまわってみます。

鐘楼堂の前を通り先程の補陀落の庭越しに本堂を眺めたり、開山堂を眺めたりできます。

本堂です。1676年に造られました。


開山堂。1702年造、朱塗りの楼閣。


本堂の正面には仁王門があります。

 御神木のなぎの木で樹齢約400年余。直政公の無事成長を祈願して植えられた。


井伊家の墓所。

これで龍潭寺の拝観は終了ですが裏側から隣の井伊谷宮に行く事ができます。
ここは後醍醐天皇の第四皇子で南北朝時代に関東各地を転戦した宗良親王を祀るお宮です。
 
この裏に社殿の背後に宗良親王の墳墓があります。

旧引佐町を巡りましたが再来年の大河ドラマで注目を浴びますので色々な旧蹟もクローズアップされてくると思います。
また研究を重ねて訪れてみたいと思います。
今日は紅葉を期待して来ましたが出会う事が出来ずに残念です。先日テレビで言ってましたが里の紅葉が遅れているそうです。そういえば本当に寒くなったのは2~3日前からですもんね。