精神世界(アセンションについて)

このブログの内容は、色々なところから集めたもので、わたくしのメモであって、何度も読み返して見る為のものです。

『誰も見てない』 志賀内泰弘

2011年05月06日 | 『癒しの言葉』サイトより
『誰も見てない』

                     志賀内泰弘


エリはお婆ちゃん子だった。

幼い頃から、何かあると一番に、お婆ちゃんに報告する。

「お婆ちゃん、今日ね、テストで90点取ったよ」と言えば、「えらいねえ」と褒めてくれた。

エリの両親は二人とも学校の先生をしていた。

8時よりも前に帰ってきたことがない。

だから、お婆ちゃんといつも一緒にいた。

特に、夏休みは家にいると一日中、二人きりだった。

特に今週は、両親とも泊りがけの学校行事で家を留守にしている。

「行って来ま~す」
「どこ行くの?」
「うん、今日も部活」
「ちゃんと、鏡を見ていきなさいよ」
「いいよ、どうせ練習したら汗まみれで、頭もクチャクチャになるんだから」

エリは、中学でバスケットボール部に入っていた。

夏休みの前半は、朝練がある。

「だめよ、どこでいい男に会うかもしれないんだから」
「いやだぁ、そんなのいいよ」

と言いながらも、エリはお婆ちゃんの部屋にある姿見の前に立つ。

胸のリボンを結び直す。

制服のスカートをポンッポンッと軽くはたいた。

「じゃあ、行って来ま~す」
「はい、行ってらっしゃい」

いつもと変わらぬ朝だった。

部活の帰り道、リョーコに誘われて、駅の近くのファンシーショップに寄った。

リョーコはキティちゃんにハマっていて、ケータイのストラップから文房具、パジャマまでキティちゃんだ。

二人で当てもなく店内をぐるぐると回る。

「え!?」

エリはリョーコの顔を見た。

こっちを向いて、舌をペロッと出した。

リョーコは、手に持っていたキティちゃんの小さなポーチをスポーツバッグの中に入れたのだった。

(え? 万引き?)

エリは、呆然として立ち尽くしていた。

そのすぐ目の前で、リョーコはキティちゃんのハンカチを再びバッグに投げ入れた。

そして、エリの耳元でささやいた。

「大丈夫だよ、ここはカメラもないんだから」

監視カメラのことを言っているらしい。

リョーコは、「エリにもあげるよ」と言った次の瞬間、棚のハンカチを掴んだかと思うと、エリのカバンにねじ込んだ。

エリは血の気が引くのがわかった。

身体が強張って動かない。

気が付くと、リョーコは店の外へ何食わぬ顔をして向かって行った。

「リョーコ」

と言葉にならない声を発して追いかける。

気づくと、駅前のハンバーガショップの前まで来ていた。

リョーコが言う。

「大丈夫だって~」
「・・・」

エリはまだ声が出ない。

「あの店はさあ、女の人が一人レジにいるだけでさあ、奥の方は見えないのよ」
「だって・・・だって、これって万引きじゃないの」
「エリだって、持って来ちゃったんじゃないの?」

手にしたカバンから、ピンクのタオル地の小さなハンカチが顔を覗かせていた。

「誰も見てないって」
「だって」
「あそこの店はさあ、有名なのよ、やりやすいって。みんなやってるんだから」
「・・・」
「じゃあ、明日またね」

リョーコはそう言うと駆け出して行った。

エリは、リョーコの言葉を心の中で繰り返していた。

「誰も見てない、誰も見てない」

その証拠に、店の人は追いかけても来なかった。

「誰も見てない、誰も見てない」

家に着くと、ますます恐ろしさが募っていった。

でも、それを打ち消すように、何度も心の中で呟いた。

「誰も見てない、誰も見てない」

そこへ、お婆ちゃんに呼ばれた。ドキリとした。

「え?」

何を言っているのか聞こえなかった。

「な、何、お婆ちゃん」
「エリ、今日の昼ご飯は、デニーズに行こうかねぇ」
「う、うん」
「じゃあ、早く着替えておいで、玄関で待ってるわよ。ちゃんと鏡も見ておいでよ」

制服から真っ白なTシャツと膝までのジーンズに着替える。

心のモヤモヤは大きくなるばかりで、爆発しそうだ。

(どうしよ。お婆ちゃんに相談しようか。でも、心配かけちゃダメだ)

「誰も見てない、誰も見てない」

と、まるで呪文のように繰り返す。

たしかに、誰も見ていない。

店員にも気づかれなかったし、他にはお客さんもいなかった。

これからだって、黙っていれば誰にもわからない。

「誰も見てない、誰も見てない」

ふと、姿見に映った自分の顔を見て驚いた。

真っ青な顔をしていた。

それも少し黒ずんだような。

エリはハッとした。

見ていた。

そうだ、見ている人がここにいた。

誰も見ていなかったけれど、私が見ていた。

私の目が、私の心が見ていた。

「お婆ちゃん・・・」

エリは、蚊の鳴くような声で言った。

「どうしたの?何だか顔色がよくないね」
「お婆ちゃん、デニーズに行く前にお願いがあるの」

勇気を振り絞って、すべてを話した。


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