著者はこれまで数度にわたり「行政協定」の原資料と問題部分を明らかにしてきた。
・2023年3月6日、『ヌーランド米国務次官は横田空軍基地という裏口から入国する』
・2023年3月7日、『日本政府がアメリカに売渡した電波権』
・2023年3月8日、『日本政府がアメリカに売渡した「刑事裁判権」』
・2023年3月9日、『日本政府がアメリカに売飛ばした「航空交通管制(昭和34年改定)」』
今回は、「行政協定」なかで最も核心的な部分である「自衛隊の指揮権」について、さらに掘り下げて説明したいと考えている。
「自衛隊の指揮権」を、大日本帝国憲法下では「統帥権」といい、軍隊を指揮監督する最高指揮権のことを言う。この「統帥権」は、大日本帝国憲法第11条で「天皇ハ陸海軍ヲ統帥ス」と、天皇に属する天皇大権の一つであった。この統帥権は、「軍政」と「軍令」とにより構成されていた。
「軍政」とは軍隊の構成や給与など軍隊の維持管理を行いうことであり、「軍令」は作戦指導など軍隊を運用する権限である。統帥権のうち、軍事作戦は陸軍では参謀総長が、海軍では海軍軍令部長が輔弼し、つまり、天皇が大権を施行するにあたり過誤がないよう意見を進言し、帷幄上奏した軍令を天皇が裁可した後に奉勅命令が出された。
そもそも参謀総長と海軍軍令部長による輔弼は、軍政とは関係のないものであったが、大正後半より、統帥権干犯を理由に、陸軍参謀本部と海軍軍令部が作戦上必要な装備をそろえるため軍政つまり議会の中心的な機能である予算まで介入するようになった。
その結果、統帥権は陸軍の最高機密文書「統帥参考」に「……統帥権ノ本質ハ力ニシテ,其ノ作用ハ超法的ナリ……」[1]とその権限が無限であることを誇示していた。それが軍部の暴走を招き、ついには日本を灰塵にきしてしまった最大の原因であった。
『……
統帥参考
統帥権独立ノ必要
政治ハ法ニ拠リ,統帥ハ意志ニ拠ル。一般国務上ノ大権作用ハ,一般ノ国民ヲ対象トシ,其生命,財産,自由ノ確保ヲ目的トシ,其行使ハ『法』ニ準拠スルヲ要スト雖,統帥権ハ,『陸海軍』ト云フ特定ノ国民ヲ対象トシ,最高唯一ノ意志ニ依リテ直接ニ人間ノ自由ヲ拘束シ,且,其最後ノモノタル生命ヲ要求スルノミナラズ,国家非常ノ場合ニ於テハ主権ヲ擁護確立スルモノナリ。
之ヲ以テ,統帥権ノ本質ハ力ニシテ,其ノ作用ハ超法的ナリ。即チ爾他ノ大権ト其本質ニ於テ大ニ趣ヲ異ニスルモノト言ハザルベカラズ。而モ軍隊ハ最高唯一ノ意志ニ基キテ教育訓練セラレ一糸紊レザル統一ト団結トヲ保持シ,一旦緩急アルニ際シテハ完全ナル自由ト秘密トヲ保持シテ神速機敏ノ行動ニ出デザルベカラザルガ故ニ,統帥権ノ輔翼及執行ノ機関ハ政治機関ヨリ分離シ,軍令ハ政令ヨリ独立セザルベカラズ。
之ヲ以テ,統帥権ノ本質ハ力ニシテ,其ノ作用ハ超法的ナリ。即チ爾他ノ大権ト其本質ニ於テ大ニ趣ヲ異ニスルモノト言ハザルベカラズ。而モ軍隊ハ最高唯一ノ意志ニ基キテ教育訓練セラレ一糸紊レザル統一ト団結トヲ保持シ,一旦緩急アルニ際シテハ完全ナル自由ト秘密トヲ保持シテ神速機敏ノ行動ニ出デザルベカラザルガ故ニ,統帥権ノ輔翼及執行ノ機関ハ政治機関ヨリ分離シ,軍令ハ政令ヨリ独立セザルベカラズ。
陸海軍ニ対スル統治ハ,即チ統帥ニシテ,一般国務上ノ大権ガ国務大臣ノ輔弼スル所ナルニ反シ,統帥権ハ其輔弼ノ範囲外ニ独立ス。従テ統帥権ノ行使及其結果ニ関シテハ,議会ニ於テ責任ヲ負ハズ。議会ハ軍ノ統帥・指揮並之ガ結果ニ関シ,質問ヲ提起シ,弁明ヲ求メ,又ハ之ヲ批評シ,論難スルノ権利ヲ有セズ。
……』
このことを成田知巳は、『第13回国会 衆議院 本会議 第17号 昭和27年2月29日』で日本政府が締結した「行政協定」の最も核心的な部分である「自衛隊指揮権をアメリカに売り渡したこと」が如何に亡国の約束であるかを統帥権という観点から「……天皇の名のもとに、軍閥、官僚により、国民の意思とは無関係に、国民の知らない間に戦争が引起された……」といったのだ。成田が社会党員であったことから、社会党のイデオロギーから導きだした歴史認識であるかの如く思いがちであるが、それは間違いである。日本の主権に関してイデオロギーは無関係である。逆に、成田の主張が日本国民に広く知れ渡ると、吉田がサン・フランシスコ講和条約締結直後にアメリカに売り渡した「国権を回収すべき」という輿論が高まることを危惧したアメリカが、自由民主党を結党させてアメリカの利権を保護させるとともに、アメリカにとって危険な輿論とならないように野党を分断してきたのだ。この戦前の統帥権が超法規であるということについては、司馬遼太郎も「軍部の参謀本部の将校たちが、この統帥権を振りかざして日本をあらぬ方向に持って行ってしまったことが諸悪の根源であった」と総括している程である。
では悪名高き「統帥権」の構造から「行政協定(日米地位協定)」を考えてみるとどうなるか。「軍政」に当たる部分は、国会と自衛隊の関係であって、いわゆる、防衛費に相当する。ついで「軍令」はいうと「自衛隊をアメリカ軍の指揮下に置くことに同意」していることから「アメリカ大統領」ということになる。つまり戦前の統帥権は天皇にあったが、現在は「アメリカ大統領」が握っているのだ。したがって、自衛隊の存在は、予算上は日本を防衛するためとなっているが、実際のところ、自衛隊が日本の防衛に資するかどうかは、全く別問題であって「アメリカ大統領」の胸先三寸なのだ。
指揮権に付いては昭和27年締結当時から問題となっていた。『第13回国会 参議院 予算委員会 第21号 昭和27年3月18日』[2]で、岩間正男はその本質を追及している。
「……
○岩間正男君
……講和條約、安保條約とも米国には何らの義務を課するものではない、米国は米国自身の利害に合致すると認めなければ日本に駐留軍を置く必要はない、日本に米軍を維持することは米国の権利であつて義務ではない
……
今の行政協定によるところの共同措置の場合にも、日本はアメリカに対していろいろな義務を負わせることはできない、当然これは一つの統帥権の問題にも大きく関係して来ると思う。当然日本が義務を負う場合だけにこれは発動される
……
緊急事態とか戰争の場合、米駐留軍は基地その他の制限も一切問わず日本の防衛措置は米軍司令官の指揮下に入る
……』
岩間の指摘は正し。指揮権(統帥権)が日本にないことから、アメリカは、アメリカの都合で如何なる作戦をも遂行することができるのだ。この点に関して日本から制約を設けることは一切できない。
この危険極まりない「指揮権の譲渡」を実行したのは自由民主党なのだ。自由民主党は、日本の主権をアメリカに売渡したことを秘密にし、アメリカの傍若無人な行動は、日本の安全保障上致し方のないことであると国民に我慢を強いてきた。それもこれも、全て、自由民主党は、自衛隊をアメリカ軍の指揮下において、海外派兵ができるように憲法を改定することが本来の仕事であり党是なのだ。そのような政党が日本政府を組織した結果、日本政府は、日本国民に高い税負担をもとめ、アメリカが戦略上に必要とする装備を購入して、提供することが政府の仕事でありアメリカに対する義務なのだ。これを売国と云わずなんという。
ところで岸田内閣総理大臣は、またしても白昼堂々と国民を騙す発言をしていることが明らかになった。日本経済新聞(2023年1月25日)「統合司令部の設置 岸田首相「米国へ指揮権の委譲ない」に次のようにある。
『……
岸田文雄首相は25日の衆院本会議で、陸海空の3自衛隊の部隊運用を一元的に担う常設の「統合司令部」を創設することに関し「日米間での指揮権の共有や委譲は考えていない」と語った。
……
首相は「あくまで陸海空の自衛隊の一元的な指揮を行うためだ」と強調した。
……
国家安全保障戦略など安保関連3文書は自衛隊に常設の統合司令部を設ける方向性を示した。トップに統合司令官を置く。自衛隊全体の作戦指揮を統括し、米軍との調整を担う。
……』
岸田内閣総理大臣は「日米間での指揮権の共有や委譲は考えていない」としているが、昭和27年に締結した「行政協定(日米地位協定)」ですでに譲渡済みである。今更、「共有や委譲」ではない。内閣総理大臣ともあろうものが、嘘もほどほどにすべきである。
岸田総理大臣は行政の長として、本年(2023)年1月13日に訪米し、バイデン米大統領と会談して「行政協定(日米地位協定)」の継続を約束してきたではないか。おまけに、時代遅れのトマホークを大量に購入し、日本とアメリカの関係者には十分な利益を渡してきたではないか。「知らぬ存ぜぬ」では済ませられない話である。
ここまで堂々と嘘をつかれていても、追及できないでいる野党は、実に、ふがいない存在である。本来ならば自由民主党が売国政党であることを追及する立場になりながら、野党はもとより労働界まで、自由民主党に擦り寄ってあたかも国民のための政治であるかのような幻想を抱かせているさまは、売国政党に対する売国幇助でしかないのだ。
以上(近藤雄三)
[1] 参謀本部編『統帥綱領・統帥参考』偕行社(1962年12月8日)。
[2]https://kokkai.ndl.go.jp/#/detail?minId=101315261X02119520318&spkNum=42¤t=7