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新幹線事件・箱根山噴火

2015-06-30 13:47:27 | 古事記字源

 ・・・新幹線事件・・・油を被って自殺?・・・箱根山噴火・・・危うい「日常生活」・・・「知りたい」と思って「調(検・索)べる」が、それが「記憶」されるとは限らない。すぐに「忘れるコト」も多いが・・・
ーーーーー
2015/6/30・・・
乙未(丁・乙・己)年
支合丙
壬午(丙・ ・丁)月
丁丑(癸・辛・己)日
 害
午時

未時
ーーーーー
 旧約聖書
 サムエル記
 撒母耳 記(下)

第8章
8:1
この後
ダビデ

ペリシテ
びとを撃って、
これを征服した。
ダビデはまた
ペリシテ
びとの
手から
メテグ・・・目手具・女出具・眼出愚

アンマ・・・按摩・行間
      案磨・行葉
      鞍馬
      編む万(萬・馬)→万葉集
               司馬遷(撰)
               太安万(萬)侶
               馬(瑪)太
               馬(瑪)可
               羅馬
               
を取った。
8:2
彼は
また
モアブ・・・摸阿武(虻→蚊)→母阿武
               唐の女帝
               則天武后
      摸煬(煬帝・広)→隋の皇帝
      摸阿部・鐙

撃(う・ゲキ)ち、
彼らを
地(チ)に・・・地=十一也
        知・智・治・千・値
伏(ふさ・フク)・・・伏=イ犬(一人´)
           臥(ふせ・ガ)=臣人
             布施
           附施→臥薪嘗胆
させ、
縄(なわ・ジョウ)・・・名和・苗・索
            名輪・名波
            那覇→沖縄・琉球
をもって
彼(かれ・ヒ)
等(ら・ひとしい・トウ)

測(はか・ソク)った。
すなわち
二筋(ふたすじ)・・・・二つ物語のストリー

縄(なわ)を・・・・・・拿話・名和・索
もって
殺(ころ・サツ)す
べき
者(もの・は・シャ)を
測(はか・ソク)り、
一筋(ひとすじ・イチキン)・・・一金

縄(なわ)をもって
生(い・セイ)かして
おく者を
測った。
そして
モアブ
びとは、
ダビデの僕(しもべ・従僕・ボク)
となって、
貢(みつぎ・コウ)

納(おさ・ノウ)めた。
8:3
ダビデは
また
レホブ・・・・例補部
の子である
ゾバ・・・・・素葉
の王
ハダデゼル・・・葉多出是留
        羽多出是留
        傍 出是留
        秦 出是留
が、
ユフラテ・・・・諭附等出
川(かわ・セン)・・・撰・選

畔(ほとり・コ)に・・・補賭理
その
勢力(セイリョク)を
回復(カイフク)
しようとして
行(い・ギョウ・コウ・アン)く
ところを
撃(う・ゲキ)った。
8:4
そして
ダビデは
彼から
騎兵(キヘイ)・・・・記併
千七百人、
歩兵(ホヘイ)・・・・補併
二万人(ニマンニン)
を取った。
ダビデは
また
一百(イチヒャク)

戦車(センシャ)・・・撰者・撰写

馬(うま・め・バ)・・・葉

残(のこ・ザン)して、
その
他(ほか・タ)の
戦車



みな
その
足(あし・たり・ソク)

筋(すじ・キン)

切(き・セツ)った。
8:5
ダマスコ・・・・騙す拠・瞞す虚
        拿馬素拠

スリヤ・・・・・素理也(埜・耶・哉)
びとが、
ゾバ
の王
ハダデゼル

助けるためにきたので、
ダビデは
スリヤ
びと
二万二千人(ニマンニセンニン)

殺(ころ・サツ)した。
8:6
そして
ダビデは
ダマスコ

スリヤ

守備隊(シュビタイ)
を置いた。
スリヤびとは、
ダビデの
僕(しもべ・従僕・ボク)となって、
貢(みつぎ・コウ)・・・・視継・見継
             御調
             密議
             租
             眉通義
             見通義

納めた。
主は
ダビデに
すべて
その
行く
所で
勝利を
与えられた。
8:7
ダビデは
ハダデゼルの
僕(しもべ・従僕・ボク)ら
が持っていた
金(こがね・キン)

盾(たて・ジュン)
を奪って、
エルサレム
に持ってきた。
8:8
ダビデ王は
また
ハダデゼル
の町、
ベタ・・・下手・部他

ベロタイ・・・部露体・部賂他意
から、
非常(ヒジョウ)に
多くの
青銅(あおがね・セイドウ)・・・正道・政道
                聖堂
を取った。
8:9
時に
ハマテ
の王
トイ・・・・問い・渡意・賭意
は、
ダビデが
ハダデゼル

すべての軍勢を
撃ち破ったことを聞き、
8:10
その子
ヨラム

ダビデ王のもとにつかわして、
彼に
挨拶(あいさつし)、
かつ
祝(いわい・シュク)を
述べさせた。
ハダデゼルは
かつて
しばしば
トイと戦いを交えたが、
ダビデが
ハダデゼルと戦って
これを撃ち破ったからである。
ヨラムが
銀(しろがね・ギン)

器(うつわ・キ)・・・・有通話・記紀

金(こがね・キン)

器(うつわ・キ)・・・・有通話・記紀

青銅(あおがね・セイドウ)

器(うつわ・キ)・・・・有通話・記紀

携えてきたので、
8:11
ダビデ王は
征服した
すべての国民から
取ってささげた
金銀
と共に
これらをも
主にささげた。
8:12
すなわち
エドム、
モアブ、
アンモン
の人々、
ペリシテ
びと、
アマレク
から獲た物、
および
ゾバの王
レホブの子
ハダデゼル
から
獲た
分捕(ぶんどり・ブンホ・掠奪)物・・・文採り

共に
これを
捧(ささ)げた。・・・・作差解他
8:13
こうして
ダビデは
名声を得た。
彼は
帰ってきてから
塩の谷

エドム・・・・・・・・江戸務
びと
一万八千人

撃ち殺した。
8:14
そして
エドムに
守備隊を置いた。
すなわち
エドム

全地に
守備隊を置き、
エドムびとは

ダビデの
僕(しもべ・従僕・ボク)となった。
主は
ダビデに
すべてその行く所で
勝利(ショウリ)・・・・章理・症理・相理

与(あた・ヨ)えられた。
8:15
こうして
ダビデは
イスラエルの全地を治め、
その
すべての
民に
正義

公平

行った。
8:16
ゼルヤの子
ヨアブ・・・・・・与阿武
は軍の長、
アヒルデ・・・・・阿比留出
         家鴨出
の子
ヨシャパテ・・・・与写葉出

史官(シカン)、
8:17
アヒトブの子
ザドク・・・・・・座度句

アビヤタル・・・・阿備埜他留
の子
アヒメレク・・・・阿比目例句

祭司(サイシ)、
セラヤ・・・・・・施等埜

書記官(ショキカン)、
8:18
エホヤダ・・・・・重補埜拿
の子
ベナヤ・・・・・・部拿埜(哉)
         俳納也→俳句=葉意句納也

ケレテ・・・・・・懸例出
びとと
ペレテびとの長、
ダビデの子たちは
祭司
であった。

コメント

「まな(真名・真魚)」の一蹴・・・

2015-06-29 15:12:35 | 古事記字源

 ・・・やったねッ!・・・「岩渕 真奈(いわぶち まな、1993年3月18日 - )」さん。身長155cm・・・「FIFAの公式サイトは“Japan’s Mana from Heaven”」 という言葉で「岩渕」を讃えたらしい・・・「天国から舞い降りた日本の マナ」」・・・「旧約聖書の知識」がないと、このコトバは理解できないだろうが、「旧約聖書」を読んだモノなら、その意味するコトは即座に理解できるだろう・・・しかも、彼女の姓が「岩淵」である・・・「日本書紀・古事記」に興味あるヒトならば「まな・真名・真魚」も、「岩淵」もピ-ンとくるかも・・・「岩・磐・石」の漢字を注意してみれば、ワンサカである。しかも「ペテロ」は「岩」であり、「漁労者」であった。占いでは「魚座=双魚宮」の時代である・・・監督の「まなか、まなカナ、マナかな」も理解できるってモンだが、ボクの「モウソウ」かも・・・今や、「テロ事件」は日常茶番だが、驚愕のニュースは「火炎地獄」である・・・台湾のイベントでの「粉塵爆発」・・・「粉塵爆発」は炭鉱坑内の密圧な現場の中だけで起こるモノと思っていたが、「異常」である。映像を見ていても「粉塵」が連鎖的に一気に野外で爆発するとは意図的な混入物があったとしか思えない・・・ニュースの粉塵爆発実験では容器に入れられた「粉末」に「酸素」が混入されてのモノだったが、空気中の酸素は約「21%」で、窒素が約「78%」・・・それでも、状況次第で「微粒子、粉塵」物質は燃える・・・生物の新陳代謝とは「燃えるコト=物質の変化」である・・・
  ↓
 ・・・ツイデに「岩淵の地名」も年号に興味があったので「ウイッキペデア」から抜粋添付・・・
 1878年
 明治十一年十一月
  郡区町村編制法により
 北豊島郡
 岩淵本宿町となる。
 1889年
 明治二十二年)五月一日
 市制町村制により、
 岩淵本宿町、稲付村、赤羽村、
 袋村、下村、神谷村、
 六村が合併し
 岩淵町となり、
 北豊島郡
 岩淵町
 大字
 岩淵
 本宿となる。
 1932年
 昭和七年十月一日
 東京市編入により、
 岩淵町は
 王子町と合併され、
 王子区となる。
 町内の地名が整理され、
 東京市
 王子区
 岩淵町一・二丁目となる。
 1943年
 昭和一八年七月一日
 東京都制施行により、
 東京都
 王子区
 岩淵町一・二丁目となる。
 1947年
 昭和二十二年三月十五日
 王子区が滝野川区と合併し北区となり、
 東京都
 北区
 岩淵町一・二丁目となる。
  ↓
 ・・・ついでだから「淵」=「氵(水)+片+一+爿」・・・
 「淵・潭」=ふち・エン
 底が深く水が澱(よど・淀)んでいる所
 抜け出られない苦しい境遇、苦境
 「淵に臨みて魚を羨むは
  退いて網を結ぶに如かず(漢書・董仲舒伝)
 岸辺で魚が欲しいとただ眺めているよりは、
 帰って魚を捕る網を編んだほうがまし
 思い悩むよりは「実行、実践」・・・だが、「決断と覚悟」は眺めアグネながらの「思惟・思考」の後である・・・そして、「網を編む」のは「魚」を獲る準備段階・・・道具の「網」にも色々ある・・・そして、誘い込むのか、追い込むのか、差し込むのか、流し込むのか、蹴り込むのか・・・
ーーーーー
 旧約聖書
 サムエル記
 撒母耳 記(下)
第7章
7:1
さて、
王が自分の家に住み、
また
主が
周囲の
敵を
ことごとく打ち退けて
彼に
安息を賜わった時、
7:2
王は
預言者
ナタン
に言った、
「見よ、
 今
 私(わたし・わたくし・ヨコシマ・シ・ム)は、
 香柏
 の
 家に住んでいるが、
 神
 の
 箱は
 なお
 幕屋のうちにある」。
7:3
ナタンは王に言った、
「主が
 彼方(あなた・貴方)と
 共におられますから、
 行って、
 すべて
 彼方(あなた・貴方)の
 心にあるところを
 行いなさい」。
7:4
その夜、
主の言葉が
ナタン
に臨んで言った、
7:5
「行って、
 私(わたし・わたくし・ヨコシマ・シ・ム)の
 僕(しもべ・従僕・ボク)
 ダビデに言いなさい、
 『主は
  こう仰せられる。
  彼方(あなた・貴方)は
  私(わたし・わたくし・ヨコシマ・シ・ム)の
  住む家を
  建てようとするのか。
7:6
  私(わたし・わたくし・ヨコシマ・シ・ム)は
  イスラエルの人々を
  エジプトから導き出した日から
  今日まで、
  家に住まわず、
  天幕
  を
  住(す)まいとして歩んできた。
7:7
 私(わたし・わたくし・ヨコシマ・シ・ム)が
 イスラエルのすべての人々と共に
 歩んだすべての所で、
 私(わたし・わたくし・ヨコシマ・シ・ム)が
 私(わたし・わたくし・ヨコシマ・シ・ム)の
 民イスラエルを
 牧することを
 命じたイスラエルの
 さばきづかさ
 の
 ひとりに、
 ひと言でも
 「どうして
  彼方(あなた・貴方)がたは
  私(わたし・わたくし・ヨコシマ・シ・ム)の
  ために
  香柏の家を建てないのか」と、
  言ったことがあるであろうか』。
7:8
 それゆえ、
 今
 彼方(あなた・貴方)は、
 私(わたし・わたくし・ヨコシマ・シ・ム)の
 僕(しもべ・従僕・ボク)
 ダビデにこう言いなさい、
 『万軍の主はこう仰せられる。
  私(わたし・わたくし・ヨコシマ・シ・ム)は
  彼方(あなた・貴方)を
  牧場から、
  羊(ひつじ・ヨウ)
  に
  従っている所から取って、
  私(わたし・わたくし・ヨコシマ・シ・ム)の
  民イスラエルの
  君(クン・きみ)とし、
7:9
  彼方(あなた・貴方)が
  どこへ行くにも、
  彼方(あなた・貴方)と共におり、
  彼方(あなた・貴方)の
  すべての敵を
  彼方(あなた・貴方)の
  前から断ち去った。
  私(わたし・わたくし・ヨコシマ・シ・ム)は
  また
  地上の
  大いなる者の名のような
  大いなる名を
  彼方(あなた・貴方)に得させよう。
7:10
  そして
  私(わたし・わたくし・ヨコシマ・シ・ム)の
  民イスラエルのために一つの所を定めて、
  彼らを植えつけ、
  彼らを自分の所に住ませ、
  重ねて
  動くことのないようにするであろう。
7:11
  また
  前のように、
  私(わたし・わたくし・ヨコシマ・シ・ム)が
  私(わたし・わたくし・ヨコシマ・シ・ム)の
  民イスラエルの上に
  さばきづかさを
  立てた日から
  このかたのように、
  悪人が重ねて
  これを
  悩ますことはない。
  私(わたし・わたくし・ヨコシマ・シ・ム)は
  彼方(あなた・貴方)の
  もろもろの
  敵を打ち退けて、
  彼方(あなた・貴方)に
  安息を与えるであろう。
  主は
  また
 「彼方(あなた・貴方)のために
  家を造る」
 と仰せられる。
7:12
 彼方(あなた・貴方)が
 日が満ちて、
 先祖たちと共に
 眠る時、
 私(わたし・わたくし・ヨコシマ・シ・ム)は
 彼方(あなた・貴方)の
 身から出る子を、
 彼方(あなた・貴方)の
 あとに立てて、
 その
 王国を
 堅くするであろう。
7:13
 彼は
 私(わたし・わたくし・ヨコシマ・シ・ム)の
 名のために家を建てる。
 私(わたし・わたくし・ヨコシマ・シ・ム)は
 長く
 その国の
 位を堅くしよう。
7:14
 私(わたし・わたくし・ヨコシマ・シ・ム)は
 彼の父となり、
 彼は
 私(わたし・わたくし・ヨコシマ・シ・ム)の
 子となるであろう。
 もし
 彼が罪を犯すならば、
 私(わたし・わたくし・ヨコシマ・シ・ム)は
 人の
 杖(つえ・ジョウ)と
 人の子の
 鞭(むち・ベン)を
 もって
 彼を
 懲(こ・チョウ)らす。
7:15
 しかし
 私(わたし・わたくし・ヨコシマ・シ・ム)は
 私(わたし・わたくし・ヨコシマ・シ・ム)の
 慈(いつく・愛・ジ)しみを、
 私(わたし・わたくし・ヨコシマ・シ・ム)が
 彼方(あなた・貴方)の
 前から除いたサウルから取り去ったように、
 彼からは取り去らない。
7:16
 彼方(あなた・貴方)の
 家と王国は
 私(わたし・わたくし・ヨコシマ・シ・ム)の
 前に
 長く保つであろう。
 彼方(あなた・貴方)の
 位は
 長く堅うせられる』」。
7:17
ナタン

すべてこれらの言葉のように、
また
すべて
この
幻のように
ダビデに語った。
7:18
その時
ダビデ王は、
はいって
主の前に座して言った、
「主なる神よ、
 私(わたし・わたくし・ヨコシマ・シ・ム)が
 だれ、
 私(わたし・わたくし・ヨコシマ・シ・ム)の
 家が何であるので、
 彼方(あなた・貴方)は
 これまで
 私(わたし・わたくし・ヨコシマ・シ・ム)を
 導かれたのですか。
7:19
 主なる神よ、
 これは
 なお
 彼方(あなた・貴方)の
 目には小さい事です。
 主なる神よ、
 彼方(あなた・貴方)は
 また
 僕(しもべ・従僕・ボク)の家の、
 はるか
 後の事を語って、
 きたるべき
 代々のことを示されました。
7:20
 ダビデは
 この上なにを
 彼方(あなた・貴方)に
 申しあげることができましょう。
 主なる神よ、
 彼方(あなた・貴方)は
 僕(しもべ・従僕・ボク)を
 知っておられるのです。
7:21
 彼方(あなた・貴方)の約束のゆえに、
 また
 彼方(あなた・貴方)の心に従って、
 彼方(あなた・貴方)は
 この
 もろもろの大いなる事を行い、
 僕(しもべ・従僕・ボク)に
 それを知らせられました。
7:22
 主なる神よ、
 彼方(あなた・貴方)は
 偉大です。
 それは、
 我々(われわれ・ガガ)が
 すべて
 耳に聞いたところによれば、
 彼方(あなた・貴方)のような者はなく、
 また
 彼方(あなた・貴方)のほかに
 神はないからです。
7:23
 地のどの国民が、
 彼方(あなた・貴方)の民
 イスラエルのようでありましょうか。
 これは
 神が行って、
 自分のために
 贖(購・あが)なって
 民とし、
 自らの
 名をあげられたもの、
 また
 彼らのために
 大いなる恐るべきことをなし、
 その民の前から
 国びとと
 その神々とを
 追い出されたものです。
7:24
 そして
 彼方(あなた・貴方)の民イスラエルを
 永遠に
 彼方(あなた・貴方)の民として、
 自分のために、
 定められました。
 主よ、
 彼方(あなた・貴方)は
 彼らの神となられたのです。
7:25
 主なる神よ、
 今
 彼方(あなた・貴方)が、
 僕(しもべ・従僕・ボク)と
 僕(しもべ・従僕・ボク)の
 家とについて
 語られた
 言葉を
 長く
 堅うして、
 彼方(あなた・貴方)の
 言われたとおりにしてください。
7:26
 そうすれば、
 彼方(あなた・貴方)の名は
 とこしえ
 に
 あがめられて、
 『万軍の主は
  イスラエルの神である』
 と言われ、
 彼方(あなた・貴方)の
 僕(しもべ・従僕・ボク)
 ダビデの家は、
 彼方(あなた・貴方)の前に
 堅く立つことができましょう。
7:27
 万軍の主、
 イスラエルの神よ、
 彼方(あなた・貴方)は
 僕(しもべ・従僕・ボク)に示して、
 『おまえのために
  家を建てよう』
 と言われました。
 それゆえ、
 僕(しもべ・従僕・ボク)は
 この祈を
 彼方(あなた・貴方)に
 ささげる勇気を得たのです。
7:28
 主なる神よ、
 彼方(あなた・貴方)は
 神にましまし、
 彼方(あなた・貴方)の
 言葉は真実です。
 彼方(あなた・貴方)は
 この
 良き事を
 僕(しもべ・従僕・ボク)に
 約束されました。
7:29
 どうぞ
 今、
 僕(しもべ・従僕・ボク)の家を祝福し、
 彼方(あなた・貴方)の
 前に
 長く
 続(つづか)せてくださるように。
 主なる神よ、
 彼方(あなた・貴方)が
 それを言われたのです。
 どうぞ
 彼方(あなた・貴方)の祝福によって、
 僕(しもべ・従僕・ボク)の家が
 ながく
 祝福されますように」。
ーーーーー
 ・・・

コメント

虚納・怒意留・・・「ワトソンくん」も医者だった・・・

2015-06-29 00:39:53 | 古事記字源

 ・・・「文字」を追うのは面白いが、「眼」には辛いし、曇りでも「光」が眩しい・・・
ーーーーー
 サー・アーサー・イグナチウス・コナン・ドイル
 (Sir Arthur Ignatius Conan Doyle,)
 (1859年5月22日~1930年7月7日)
  ↓↑
 大英帝国主義者、国家主義者で、国粋主義者、その枠内で「市民社会の正義の人」で、スコットランドヤード (Scotland yard・ロンドン警視庁)の警察権力の腐敗に抗議し、その「冤罪事件」の不正を暴いた人物である・・・「大英帝国」、その「時代の人物」だった。だが、「原稿・印税・著作権」で膨大に得た財産と、その形成の根拠と、死後の「彼の遺産相続争奪」での子供達の「争い」の根源には無自覚だった・・・大阪市長(大阪維新の会代表)が掲げた「大阪都構想」で住民投票1万741票差で敗北し、市長は政界引退を表明・・・そして「引退後は私利私欲に走りますよ」と云ったとか・・・「プチブル民主国家」の本質は「私利私欲」で支えられているのである・・・
 それに、「本屋大賞作品」で稼いだらしい日本の某作家は一財産築いたらしく、ジャーナリズムも「企業の枠内の広告料次第で潰すコトが出来る」と、自らの依って立つ金銭収入のその本質を無自覚的にも「自民党主催の講演会」で豪語したらしい・・・小説は「商品」としての「美化」されたモノガタリである。「心情に訴えるモノ」である。享受者の「形成心情」とその「判断」は経験的時間の枠内によって様々である・・・売れなければ、それまでである。彼は貧乏作家としての経験があったのか、どうなのか・・・成金作家・・・作家以前はどうだったのか・・・
 殆んど、カッては貧乏人作家(作家だけとは限らないが)であった人物が「大金」を手にしたら、彼等の意識は葛藤しながら二極化する・・・その「作品」と「自己存在の立場の矛盾」に葛藤しながら、現実的には二極化していく・・・「自己の実体的破滅」を志向する人間と、「自己の実体的保存」に居直る人間である・・・灰色の人間は「慈善屋」ともなるが、自己の「私有した財産」を捨てないし、いわんや、「命」は毛頭掛けるつもりはないだろう・・・
 「国家主義者、国粋主義者、民族主義者、国際主義者、平和主義者」であろうが、その枠内で「正義」を掲げれば「自己の実体的破滅」を志向していく・・・「正義」とは「自己を含めたミンナの為」であり、「私利私欲」は「悪義」であるからだ・・・「実体的な自己破滅=自己の死」には「言行一致としての正義の思想」が必要なのだ。抜け道はある。「神の存在」と「神に贖罪したモノの天国」である・・・「神への贖罪」は「免罪符」を買えばイイ・・・
 だが、「正義」を作品、言動で宣伝する奴等は「自ら剣も銃」も握らないだろう・・・モチロン、戦場で「国家の正義である殺人」にも手を染めようとしない人間である・・・
 だが、「コナン・ドイル」は「国家枠」の「騎士道の死」を志向し、「心霊学」にのめり込んでいった・・・多分、「人間」としての「理不尽な戦死」の「合理性」を探していたのだ・・・
ーーーーー
 壱阡捌陌伍足玖・五(伍)・弐拾弐(念弐)
 壱阡玖陌参足 ・七(漆)・七(漆)
  己未(丁乙己)
  己巳(戊庚丙)印綬・(偏印・比肩・偏官)
   支合庚       強旺格・従旺格
  庚申(己壬庚)
   ~
  庚午 比肩(偏官)
  癸未 傷官(支合丙・偏官)
  戊午 偏印(偏官)
ーーーーー
  ↓↑
 1891年から
 『ストランド・マガジン』で
 読み切りの
 ホームズ短編小説の連載
 1893年発表の
 『最後の事件』において
 ホームズを死亡させた
 1912年4月
 タイタニック号沈没事件
 「英雄譚」の実否をめぐって
 否定的な
 ジョージ・バーナード・ショウ
 と論争
  ↓
 1914年
 第一次世界大戦
  ↓
 戦争遂行を支援
 戦中の相次ぐ
 身内の戦死・病死により、
 戦後には心霊主義へ傾斜
 晩年の活動はほぼすべて
 心霊主義活動に捧げられた
  ↓
 1925年
 チャレンジャー教授が
 心霊主義に目覚める
 『霧の国』発表
  ↓
 1930年7月7日に死去
 国家主義、帝国主義、反共主義、
 婦人参政権反対、
 離婚法改正賛成などの立場
 先妻
 ルイーズ
 後妻
 ジーン
  ↓↑
 コナン・ドイル
 出生
 1859年5月22日
 スコットランド
 労務局
 測量技師補
 チャールズ・ドイル
 と
 メアリー(旧姓フォーリー)
 の長男として
 スコットランド・エディンバラの
 ピカーディ・プレイス(picardy place)
 11番地に生まれた
 兄弟姉妹
 9人
 アーサー
 と
 アネット
 は、
 大伯父の
 美術批評家
 マイケル・コナンから
 「コナン」の姓をもらう
 捕鯨船に
 船医として乗船
 1881年8月
 医学士
 外科修士
 の学位を取得
 1881年10月
 アフリカ汽船会社に
 船医として就職
 船内でマラリア感染、
 後退職
 1882年5月
 エジンバラ大学の同級生
 ジョージ・バッド
 に誘われて、
 プリマスの
 バッドの診察所の共同経営者
 1882年6月末
 ポーツマス郊外
 サウスシーで診察所を
 個人開業
 8年にわたって診察所を続けたが、
 年収が
 300ポンドを超えた年は無かった
 1885年
 ルイーズ・ホーキンズ
 と結婚
 1886年3月~4月
 長編小説
 シャーロック・ホームズシリーズの第一作
 『緋色の研究』
 1886年10月末
 ウォード・ロック社に
 25ポンド
 の安値で買い取ってもらった
 1887年11月出版
 の
 『ビートンのクリスマス年鑑』に掲載
 1887年7月~1888年
 17世紀後半の
 モンマスの反乱を描いた
 歴史小説『マイカ・クラーク』を執筆
 1889年2月に出版
 1889年
 アメリカの
 J.B.リピンコット社からの依頼で
 シャーロック・ホームズシリーズ
 第二作の長編小説
 『四つの署名』を執筆
 1890年2月に英米で出版
 『四つの署名』執筆後、
 14世紀を舞台にした
 歴史小説
 『ホワイト・カンパニー』の執筆
 ホームズのシリーズ化
 ホームズ短編小説6編は
 1891年1月
 歴史小説
 『亡命者』の執筆の
 1892年2月までに同作品を完成
 1893年12月号の
 『最後の事件』で
 ホームズを
 ライヘンバッハの滝に
 落として死んだことにしてしまった
 1894年から
 ナポレオン戦争時代を描いた
 『ジェラール准将』シリーズの執筆を開始
 1896年
 『ジェラール准将の功績』として単行本化
 続く8編は
 1903年に
 『ジェラールの冒険』として単行本化
 南アフリカに
 帝国主義的野心を抱いていた
 ソールズベリー侯爵内閣
 植民地大臣
 ジョゼフ・チェンバレンは、
 南アフリカの
 ボーア人国家
 トランスバール共和国
 を追い詰め、
 1899年10月
 同国がイギリスに
 宣戦布告してくるよう持ち込んだ
 (第二次ボーア戦争)
 ボーア人は
 侵攻してきた
 イギリス軍に大きな打撃を与えていた
 戦死者の増大を前に
 イギリス本国では
 インド人など植民地人を代わりに戦わせ、
 イギリス人の人的損害を減らすべきことが
 盛んに主張されるようになった。
 ボーア戦争従軍
 四十過ぎだったため、
 陸軍兵役検査で不合格
 代わりに
 50人の
 医療奉仕団を戦地に派遣するという
 友人ジョン・ラングマンの計画に
 医師の一人として参加
 1900年6月
 イギリス軍は
 トランスヴァールの
 首都プレトリアを陥落させた
 ドイルは
 占領下
 プレトリア
 で
 イギリス軍司令官
 ロバーツ卿と会見し、
 医療奉仕団の活躍を報告
 『大ボーア戦争』を執筆
 1900年10月の
 解散総選挙を前にして、
 自由統一党からの出馬
 落選
 ボーア戦争はゲリラ戦争化
 イギリス軍は焦土作戦
 1912年4月
 タイタニック号沈没事件
 1912年
 SF小説『失われた世界』を公刊
 1913年
 『毒ガス帯』を執筆
 1914年8月
 第一次世界大戦が勃発
 「義勇軍」と称する民兵団を創設
 1916年末
 大戦に乗じて反乱を起こした
 アイルランド独立運動家
 サー・ロジャー・ケースメントの
 死刑執行延期の嘆願書に署名
 一次大戦前から心霊主義に関心
 1918年
 心霊主義に関する著作
 『新たなる啓示(The New Revelation)』
 子供は全部で5人
  ↓↑
 1902年
 日本と対露を目的とした
 日英同盟を締結
 1909年
 英国留学した英語教師の安藤貫一
 1910年1月
 ピカデリー・ホテルでドイルと会見
 薩摩治郎八
 彼は20歳の頃の
 1921年にロンドン日本協会副会長
 アーサー・デーオージー
 の紹介で
 ドイルと会見
ーーーーー
 旧約聖書
 サムエル記
 撒母耳 記(下)
第6章
6:1
ダビデは
再びイスラエルの
えり抜きの者
三万人

ことごとく集めた。
6:2
そして
ダビデは立って、
自分と共にいる
すべての民と共に
バアレ

ユダ
へ行って、
神の箱を
そこから
かき上ろうとした。
この箱は
ケルビム・・・・・懸留備武
の上に
座しておられる
万軍(バングン・マングン・よろずいくさ)
   磐 群  蔓 具務 与賂事意句作
   伴 具務 萬 愚務 余蘆頭異句差
             代賂頭医苦佐  

主(あるじ・ぬし・シュ)

名(な・メイ)

もって呼ばれている。
6:3
彼らは
神(かみ・シン・ジン)

箱(はこ・ソウ)

新(あたら・シン)しい
車(くるま・シャ)

載(のせ・タイ)せて、
山(やま・サン)

上(うえ・かみ・ジョウ)にある
アビナダブ・・・・

家(いえ・カ)
から
運(はこ・ウン)び出した。
6:4
アビナダブの子たち、
ウザ・・・・宇座・有座・鵜挫

アヒオ・・・・阿比尾・亜比訖
とが
神の箱を載せた
新しい車を指揮し、
ウザ・・・・
は神の箱の
かたわらに沿い、
アヒオ・・・・

箱の前に進んだ。
6:5
ダビデとイスラエルの全家は
琴(こと・キン)

立琴(たてこと・リッキン)

手鼓(てづつみ・シュコ)

鈴(すず・りん・レイ)

シンバル・・・・新葉留
とを
もって
歌(うた・カ)を
うたい(唄い・謡い・謳い・詠い)、
力(ちから・リキ)を
きわめて、
主の前に踊った。
6:6
彼らが
ナコン・・・・・名根・拿混(恨・昆・今)

打ち場にきた時、
ウザ・・・

神の箱に手を伸べて、
それを押えた。
牛(うし・ギュウ・ゴ)

躓(つまず・チ)いた・・・躓=足+質
からである。
6:7
すると主は
ウザ
に向かって
怒(いか・おこ・ド)りを発し、
彼が手を
箱に伸べたので、
彼をその場で
撃たれた。
彼は
神の箱の
傍(かたわ・ボウ)らで
死んだ。
6:8
主がウザを撃たれたので、
ダビデは怒った。・・・・神に対したて怒った?
その所は
今日まで
ペレヅ・・・・部例通・邊劣

ウザ・・・・・有挫

呼(よ・コ)ばれている。
6:9
その日
ダビデは
主を恐れて言った、
「どうして
 主の箱が
 私(わたし・わたくし・ヨコシマ・シ・ム)の
 所に来ることができようか」。
6:10
ダビデは
主の箱を
ダビデの町に
入れることを好まず、
これを
移して
ガテ・・・・臥出
びと
オベデエドム・・・・尾部出江戸務
          緒部出江戸務
の家に運ばせた。
6:11
神の箱は
ガテ
びと
オベデエドム
の家に
三か月
とどまった。
主は
オベデエドム

その
全家を祝福された。
6:12
しかし
ダビデ王は、
「主が
 神の箱のゆえに、
 オベデエドムの家と
 そのすべての所有を
 祝福されている」
と聞き、
ダビデは行って、
喜びをもって、
神の箱を
オベデエドム
の家から
ダビデの町に
かき上った。・・・・舁き上った・舁=臼+サ
          書き上った
          担ぎ上った
6:13
主の箱を
かく者は・・・・・・担ぐ者・書くモノ
六歩
進んだ時、
ダビデは


肥えた物を
犠牲としてささげた。
6:14
そして
ダビデは力をきわめて、
主の箱の前で踊った。
その時
ダビデは
亜麻布

エポデ・・・・重保出・重簿出
       司祭の礼服
       金色、青色、紫色、緋色の撚り糸、
       それらの撚り糸で織った
       亜麻布を用いてつける二つの肩当て
       
をつけていた。
6:15
こうして
ダビデとイスラエルの全家とは、
喜びの叫びと
角笛の音をもって、
神の箱を
かき・・・・・
上った。
6:16
主の箱が
ダビデの町にはいった時、
サウルの娘
ミカル・・・・見歌留

窓(まど・ソウ)・・・・・・
から
ながめ、
ダビデ王が
主の前に舞い踊るのを見て、
心のうちに
ダビデ

蔑(さげす・軽蔑)んだ。
6:17
人々は
主の箱を
かき入れて、
ダビデが
そのために
張った
天幕(テンマク・テンバク)



その場所に置いた。
そして
ダビデは
燔祭(ハンサイ)・・・・判差異
            判歳

酬恩祭(シュウオンサイ)・・・周音採

主の前にささげた。
6:18
ダビデは
燔祭

酬恩祭

ささげ終った時、
万軍の主の名によって
民を祝福した。
6:19
そして
すべての民、
イスラエル
の全民衆に、
男にも
女にも、
おのおの
パン(麵麭)

菓子(カシ)一個、
肉(ジク)一きれ(切)、
干し葡萄(ほしぶどう)一かたまり(塊)
を分け与えた。
こうして
民は
みな
おのおの
その家に帰った。
6:20
ダビデが家族を
祝福しようとして
帰ってきた時、
サウル
の娘
ミカル・・・・

ダビデを出迎えて言った、
「今日(きょう・コンニチ・本日)
 イスラエルの王は
 なんと
 威厳のあったことでしょう。
 いたずら者が、
 恥も知らず、
 その身を現すように、
 今日(きょう・コンニチ・本日)
 家来たちの
 はしためらの前に
 自分の身を現されました」。
6:21
ダビデはミカルに言った、
「彼方(あなた・貴方)の
 父よりも、
 また
 その全家よりも、
 むしろ
 私(わたし・わたくし・ヨコシマ・シ・ム)を
 選んで、
 主の民イスラエル
 の
 君
 とせられた
 主の前に
 踊ったのだ。
 私(わたし・わたくし・ヨコシマ・シ・ム)は
 また
 主の前に踊るであろう。
6:22
 私(わたし・わたくし・ヨコシマ・シ・ム)は
 これよりも
 もっと
 軽んじられるようにしよう。
 そして
 彼方(あなた・貴方)の
 目には
 卑しめられるであろう。
 しかし
 私(わたし・わたくし・ヨコシマ・シ・ム)は、
 彼方(あなた・貴方)が
 さきに言った、
 婢(はしため・ヒ)たちに
 誉(ほまれ・ヨ)を得るであろう」。
6:23
こうして
サウル
の娘
ミカル

死ぬ日まで
子供がなかった。

コメント

プチブル国家の腐敗・・・「Sher-lock」と「Shy・lock」のチガイ

2015-06-27 23:15:14 | 古事記字源

・・・ ブラタモリの「奈良」ですか・・・随分、以前にも書き込んだが、「ワトソン君(Elementary, my dear Watson)」、相も変わらず同じことを繰り返し書き込んでいるが・・・ヤルコトないからネッ・・・明日6月28日は「ガン検診の日」だから、本日は風呂に入って、コジキみたいな不潔な身体を綺麗にして、下着も替えて行かなくちゃ~ッ・・・「乞食(コジキ)が紳士(シンシ)に変わった=A beggar is transformed into a gentleman.」って?・・・外見だけカモ・・・ボクの考え方も若干、変わったカモ・・・「Sher-lock」と「Shy・lock」のチガイ・・・
 「乞食道楽(明治27年)」・・・「ホームズ探偵譚本邦初訳」・・・横文字は「 Sherlock Holmes」だけれど、「シャー・ロック・ホームズ」の「 Sher」は「分け前・取り分・負担・分担」で、「lock」は(錠・施錠)」で、「Holmes」は「川辺の低地・河川・敷突出る・目立つ・古サクソン語で囲われた広野・ホルムの小島」であるらしいが、探偵小説の名探偵だから「宝島・牧草地」の「ワケ前の施錠」かも・・・だが、日本語での発音「シャー(Sher=負担・分担・分域・区分・区域)・ロック(rock)・ホームズ(homes=家々・forms=形、形状、姿、姿態、外観)」ならば、「島・広野」に転がる「分担・負担」の「磐・岩(石)=rock」だろう・・・
 「広野=廣野」とは和銅三年(710年)平城遷都の「平城京の奈良」で、「広野(持統天皇・大倭根子天之廣野日女尊・高天原廣野姫天皇・鸕野讚良)と崖断層隆起(興福寺←厩坂寺←山階寺の移転)」の「磐の余り(神武天皇)」だろう・・・
 それに「シャーロック→シャイロック(Shy・lock)」はシエクスピアの「ヴェニスの商人(人肉抵當裁判)」の金貸しの「ユダヤ人」である・・・「Shy」は「恥ずかしがり屋・内気・臆病」で、「lock」は「錠・施錠」であるから「図々しい・傲慢」・・・?・・・図々しくて、傲慢なのは「事留(ズル・狡る)賢いダビデ」かも・・・現在の「イスラエルの国名」は「サウルの部族、家系の名前」で、「ユダ(ダビデ)の部族、家系の名前」ではない・・・「サウルの欠点」は「嫉妬心」だが、「神意」では無く、「民意」で選ばれた「王」なのである。しかも「外敵ぺりシト人」との戦時中である。権力の競争相手(ダビデ)に対する「下剋上」の怖れがあるなら「サウルの立場」は当然である・・・
 「乞食道楽(明治27年)」・・・「ホームズ探偵譚本邦初訳」・・・
 サー・アーサー・イグナチウス・コナン・ドイル
 (Sir Arthur Ignatius Conan Doyle,)
  1859年5月22日~1930年7月7日
     五月二十二(弐拾弐・念弐)日
     七月七(漆=うるし)日 
 「シャーロック・ホームズ」の著者
 1876年
 エジンバラ大学医学部
 1881年に学位
 医師として診察所を開業
 1891年
 診察所を閉め
 無資格の
 眼科医を開業・・・手塚治虫も眼科医
 国家、国粋主義者
 心霊学研究者
  ↓
 「乞食と紳士」
 「古事記が新史・新詞」に変わった・・・?・・・ブログを調べていたら次の「ひろ坊」さんの記事を見つけたので、無断ながら貼り付けておこう・・・勝手に申し訳ありません・・・
ーーーーー
 ホームズ・ドイル・古本 片々録 by ひろ坊
http://blog.livedoor.jp/bsi2211/archives/2010-10.html
  ↓
 ――と、まあ、こんなことから書き始めたのも、写真上・左の『紳士とこじき――シャーロック・ホームズの活躍』(『小学六年生』9月号付録:小学館:昭和36年9月1日;名作推理小説文庫?)という冊子を手に入れたからである。
 この『紳士とこじき』というタイトルは、ホームズ探偵譚の翻訳史に関係があるので、そのあたりを簡単に――。『紳士とこじき』の原作は「唇のねじれた男」(”The Man with the Twisted Lip”)。本作は、「乞食道楽」のタイトルで雑誌『日本人』(明治23年1月3日~2月18日)に訳載されたホームズ探偵譚の本邦初訳という名誉を担っている。初訳に「乞食」という言葉が使われたのを皮切りに、2番目の作品も「乞食の大王」(南陽外史訳 明治32年)、それからずっと下って、6番目が「乞食紳士」(天馬桃太訳『神通力』明治40年)、そして、手塚雄訳註『紳士か乞食か』(東西社 明治42年5月15日 近世英文研究叢書第三編 写真上・中央)、矢野虹城「旦那乞食」(『探偵王 蛇石博士』大正4年)と続く。
  矢野虹城「旦那乞食」以降、タイトルに「乞食」は使われず、「唇の捩じれた男」とか「口の曲がった男」とか、原題に合わせて「唇」や「口」が使われるようになる。そんなこんなで、児童向けの付録のタイトルに『紳士とこじき』という題名が使われるなんて、まことに珍しいのである。
ーーーーー
 ↓↑
 ・・・「新史・新詞」と「古事記」・・・?
 ボクにとって、興味あるのは「漢字」と「数字」だが・・・
 「紳士とこじき(乞食)」
 「唇のねじれた(捻じれた・捩じれた)男」
 (The Man with the Twisted Lip)
 「乞食道楽」の
 タイトル(題名)で
  雑誌「日本人」
 (明治23年1月3日~2月18日に訳載)
 「乞食(こじき・こつじき)」
 2番目の作品が
 「乞食の大王(ダイオウ・おほきみ)」
 (南陽外史訳・明治32年)
  ナンヨウガイシ
 6番目が
 「乞食紳士」
 (天馬桃太訳・『神通力』・明治40年)
  テンマトウタ
 「紳士か乞食か」
 (手塚雄訳註・東西社・明治42年5月15日
  近世英文研究叢書第三編)
 「旦那(だんな)乞食」
 (矢野虹城・『探偵王 蛇石博士・大正4年)
  ヤノコウジョウ
ーーーーー
 twisted=ねじれた・ゆがんだ・ひねくれた
     「よこしまな」という意
http://d.hatena.ne.jp/honyakumystery/20150218/1424214646
 ↓↑
 ここも。面白かったので・・・参考までに勝ってに添付・・・
 原題……The Man with the Twisted Lip (Strand Magazine英・米両版)/ The Strange Tale of a Beggar (Philadelphia Inquirer)
 /略称:TWIS
 主な邦題(児童書を除く)
 『唇のねじれた男』(創元推理文庫/阿部知二、ハヤカワ文庫/大久保康雄、ちくま文庫/小池滋、角川文庫/石田文子、講談社文庫/鮎川信夫、光文社文庫/日暮雅通)
 『唇の捩れた男』(新潮文庫/延原謙、河出文庫/小林司・東山あかね)
 『くちびるのねじれた男』(創元推理文庫/深町眞理子)
 『唇の曲がっている男』(角川文庫/鈴木幸夫)
 『ゆがんだ唇の男』(集英社コンパクト・ブックス/中田耕治)。
 その他、明治・大正時代の訳に
 『乞食道楽』
 『乞食の大王』
 『偽紳士』
 『良人の行衛』
 『上唇の巻き上がれる人の探偵譚』
 『阿片窟の秘密』
 『口曲りの男』
 などがある。
 /略称:『唇』
 初出……Strand Magazine 1891年12月号(英)、
     Strand Magazine1892年1月号(米)
 初出時の挿絵……シドニー・パジェット(英・米とも)
 単行本初版……The Adventures of Sherlock Holmes
 1892年10月14日(英)、
 1892年10月15日(米)
ーーーーー
 ↓↑
 「ストーリー(あらすじと構成)・・・から・・・」の
 「キイワード」
 ワトスン
 アヘン窟〈金の棒〉
 老人に変装して潜入捜査の
 ホームズ
 アイザ
 馬車
 セントクレア夫人
 ケント州リーの町
 杉屋敷
 大邸宅
 鉄道
 船便の小包
 テムズ河岸
 波止場
 界隈
 治安
 叫び声
 建物
 3階
 窓
 根城
 足の悪い
 乞食
 ヒュー
 ・
 ブーン
 積み木
 衣類
 上着
 除いて
 部屋の裏手
 テムズ河
 空き地
 満潮
 逮捕
 干潮
 ポケット
 コイン
 名の知れた物乞い
 顔の傷跡
 引きつれ、
 上唇のはしがめくれあがっている
 容貌
 通行人
 からかい
 当意即妙
 答
 返す
 儲け
 かなり
 筆跡
 手紙
 認め印
 指輪
 同封
 今日
 届いた
 謎
 解く
 徹夜
 推理
 なじみ
 ドレッシングガウン
 枕
 クッション
 あぐらをかき
 愛用のパイプ
 シャグ煙草
 勾留
 警察
 裁判所
 ネビル
 ・
 セントクレア
 事件
 おおやけにしない
 約束
 事の顛末
 ロンドン
 夕刊紙
 記者
 偽乞食
 本業より儲かる乞食稼業
 のめりこんでしまった
  ↓
 事件解決後の探偵捜査費用の決済
 セントクレア氏の
 預金は220ポンド、
 負債は88ポンド10シリング
 乞食としての
 年収は700ポンド以上
  ↓
 「君(きみ)は・・・訓葉
  沈黙という・・・・チンモク
  すばらしい・・・・素葉等詞意
  才能を・・・・・・歳之(廼)得
           差異埜有
            埜=記紀十一
  もっているね、
  ワトスン。・・・・和(倭・話)渡素務
  だからこそ、
  君(きみ)は・・・訓葉・記(紀)見葉
  相棒として・・・・相「旁」は「扁」
  申し分のない・・・サルのわけ(別・捌)
  存在なんだ」
ーーーーー
 旧約聖書
 サムエル記
 撒母耳 記(下)
第4章
4:1
サウルの子
イシボセテ・・・・石補施出
         医師母施出
は、
アブネル・・・・・阿武音留
         阿附→亜父→養父

ヘブロン
で死んだことを聞いて、
その力を失い、
イスラエルは皆
慌(あわ)てた。
4:2
サウル
の子
イシボセテ
には
ふたりの
略奪(リャクダツ・掠奪)隊

隊長(タイチョウ)
があった。
ひとりの名は
バアナ、・・・・・葉阿名
他の
ひとりの名は
レカブ・・・・・・例化部・例歌舞
といって、
ベニヤミン
の子孫である
ベロテ・・・・・・部賂出
びと
リンモン・・・・・林門・林文
の子たちであった。
(それは
 ベロテ
 もまた
 ベニヤミン・・・部似埜見務
 のうちに
 数えられている
 からである。
4:3
 ベロテびとは
 ギッタイム・・・・疑通他意務
 に逃げていって、
 今日まで
 その所に
 寄留・・・・・・・記留
 している)。
4:4
さて
サウルの子
ヨナタン・・・・・余名譚・与名譚

足の
萎(なえ・綯え・イ)た・・・・跛(ちんば)
子が
ひとりあった。
エズレル・・・・・重事例留
から
サウル

ヨナタン
の事の知らせがきた時、
彼は
五歳(ゴサイ)・・・・後載・語差異
であった。
うばが
彼を抱いて逃げたが、
急いで逃げる時、
その子は
落ちて
足なえ・・・・・足萎え・跛
となった。
その名は
メピボセテ・・・・目備母施出
といった。
4:5
ベロテびと
リンモン・・・・林門・林文
の子たち、
レカブ・・・・例家部・例歌部

バアナ・・・・葉阿名
とは
出立して、
日の暑いころ
イシボセテ・・・・医師簿施出
の家にきたが、
イシボセテは
昼寝をしていた。
4:6
家の門を
守る
女(おんな・ジョ)は
麦(むぎ・バイ)を
扇(あおぎ・セン)分けていたが、
眠(ねむ・ミン)くなって
寝(ね・シン)てしまった。
そこで
レカブ・・・・

その兄弟
バアナ・・・・
は、
密(ひそか)に中にはいった。
4:7
彼らが家にはいった時、
イシボセテ

寝室で
床の上に
寝ていたので、
彼らは
それを
撃って殺し、
その
首をはね、
その
首を取って、
よもすがら
アラバ・・・・
の道を行き、
4:8
イシボセテ

首を
ヘブロンにいる
ダビデのもとに
携えて行って
王に言った、
「彼方(あなた・貴方)の
 命を求めた
 彼方(あなた・貴方)の
 敵(かたき・テキ)
 サウルの子
 イシボセテ
 の
 首です。
 主は
 今日(きょう・コンニチ・本日)、
 我(わが・ガ)君、
 王のために
 サウルと
 その
 末(すえ)とに
 報復されました」。
4:9
ダビデはベロテびと
リンモン・・・・
の子
レカブ・・・・
とその兄弟
バアナ・・・・
に答えた、
「私(わたし・わたくし・ヨコシマ・シ・ム)の
 命を、
 諸々(もろもろ)の
 苦難(クナン)から
 救(すく・キュウ)われた
 主は
 生(い・ショウ)きておられる。
4:10
 私(わたし・わたくし・ヨコシマ・シ・ム)は
 かつて、
 人が
 私(わたし・わたくし・ヨコシマ・シ・ム)に
 告げて、
 『見よ、
 サウルは死んだ』
 と言って、
 みずから
 良い
 おとずれ
 を
 伝える者と思っていた者を
 捕えて
 チクラグ
 で殺し、
 その
 おとずれ・・・・・オトズレ・音ズレ
 に
 報(むく・ホウ)いたのだ。
4:11
 悪人が
 正しい人を
 その家の
 床の上で
 殺したときは、
 尚更(なおさら・ショウコウ)のことだ。
 今
 私(わたし・わたくし・ヨコシマ・シ・ム)が、
 彼の血を
 流した
 罪を報い、
 彼方(あなた・貴方)がたを、
 この地から
 絶ち滅ぼさないでおくであろうか」。
4:12
そして
ダビデは若者(わかもの・ジャクシャ)たちに
命じたので、
若者(わかもの・ジャクシャ)たちは
彼らを殺し、
その
手足を
切り離し、
ヘブロンの
池(いけ・チ)の
ほとり(畔・辺)

木(き・モク)に掛けた。・・・記紀に掛けた
人々は
イシボセテの
首(くび・シュ)を持って行って、
ヘブロンにある
アブネル
の墓に葬った。
 ↓
第5章
5:1
イスラエルのすべての部族は
ヘブロンにいる
ダビデのもとにきて言った、
「我々(われわれ・ガガ)は、
 彼方(あなた・貴方)の
 骨肉(ほねにく・コツジク)
 です。
5:2
 先に
 サウルが
 我々(われわれ・ガガ)の
 王であった時にも、
 彼方(あなた・貴方)は
 イスラエルを率いて出入りされました。
 そして
 主は彼方(あなた・貴方)に、
 『彼方(あなた・貴方)は
  私(わたし・わたくし・ヨコシマ・シ・ム)の
  民イスラエルを
  牧するであろう。
  また
  彼方(あなた・貴方)は
  イスラエルの君となるであろう』
 と言われました」。
5:3
このようにイスラエルの長老たちが皆、
ヘブロンにいる王のもとにきたので、
ダビデ王は
ヘブロンで主の前に彼らと契約を結んだ。
そして
彼らは
ダビデに油を注いで
イスラエルの王とした。
5:4
ダビデは王となったとき
三十歳で、
四十年の間、
世を治めた。
5:5
すなわち
ヘブロンで
七年六か月・・・・
ユダを治め、
また
エルサレムで
三十三年、・・・参拾参年
全イスラエルとユダを治めた。
5:6
王とその従者たちとは
エルサレムへ行って、
その地の住民
エブス
びとを攻めた。
エブスびとはダビデに言った、
「彼方(あなた・貴方)は
 決(け)っして、
 ここに攻め入ることはできない。
 かえって、
 盲目(瞎・めしい)・・・・
 や
 足なえ・・・・足萎え・跛
 でも、
 彼方(あなた・貴方)を
 追い払うであろう」。
彼らが
「ダビデはここに
 攻め入ることはできない」
と思ったからである。
5:7
ところが
ダビデは
シオン
の要害を取った。
これがダビデの町である。
5:8
その日
ダビデは、
「だれでも
 エブスびとを
 撃とうとする人は、
 水をくみ上げる
 縦穴を上って行って、
 ダビデが
 心に憎んでいる
 足なえ・・・・・跛
 や
 めしい・・・・・盲目
 を撃て」
と言った。
それゆえに人々は、
「めしい・・・・・盲目
 や
 足なえ・・・・・跛
 は、
 宮(みや・キュウ)には
 いってはならない」
と言い
慣(なら・カン)わしている。・・・習わし
                 倣わし
                 名等和史
5:9
ダビデはその要害に住んで、
これを
ダビデの町と名づけた。
またダビデは
ミロ・・・・
から
内の
周囲に
城壁を築いた。
5:10
こうして
ダビデはますます大いなる者となり、
かつ
万軍の神、主が彼と共におられた。
5:11
ツロ・・・・
の王
ヒラム・・・・

ダビデに使者をつかわして、
香柏(コウハク・ヒノキ・檜・桧)
        比の記・日の記
および
大工(だいく・サイコウ)

石工(せきく・セキコウ)
を送った。
彼らは
ダビデのために
家を建てた。
5:12
そして
ダビデは
主が
自分を堅く立てて
イスラエルの王とされたこと、
主が
その民イスラエルのために
その王国を興されたことを悟った。
5:13
ダビデはヘブロンからきて後、
さらに
エルサレムで


妾(そばめ・側女)
を入れたので、
むすこ(息子)・・・務素呼

むすめ(娘)・・・・務素目

またダビデに生れた。
5:14
エルサレムで
彼に生れた者の名は
次のとおりである。
シャンムア、・・・・
ショバブ、・・・・
ナタン、・・・・
ソロモン、・・・・所羅門→殻爬・護巣・科隆
5:15
イブハル、・・・・
エリシュア、・・・・
ネペグ、・・・・
ヤピア、・・・・
5:16
エリシャマ、・・・・
エリアダ、・・・・
および
エリペレテ。・・・・
5:17
さて
ペリシテびとは、
ダビデが油を注がれて
イスラエルの王になったことを聞き、
みな
上ってきて
ダビデを捜したが、
ダビデはそれを聞いて
要害に下って行った。
5:18
ペリシテびとはきて、
レパイム
の谷に広がっていた。
5:19
ダビデは主に問うて言った、
「ペリシテびとに
 向かって
 上るべきでしょうか。
 彼方(あなた・貴方)は
 彼らを
 私(わたし・わたくし・ヨコシマ・シ・ム)の
 手に渡されるでしょうか」。
主はダビデに言われた、
「上るがよい。
 私(わたし・わたくし・ヨコシマ・シ・ム)は
 かならず
 ペリシテびとを
 彼方(あなた・貴方)の
 手に渡すであろう」。
5:20
そこでダビデは
バアル・・・・葉阿留

ペラジム・・・部等字務
へ行って、
彼らを
その所で撃ち破り、
そして言った、
「主は、
 破り出る水・・・洪水・噴水
 のように、
 敵を
 私(わたし・わたくし・ヨコシマ・シ・ム)の
 前に破られた」。
それゆえに
その所の名は
バアル・・・・

ペラジム・・・
と呼ばれている。
5:21
ペリシテびとはその所に
彼らの
偶像を捨てて行ったので、
ダビデ

その従者たちは
それを運び去った。
5:22
ペリシテびとが、
ふたたび上ってきて、
レパイム

谷に広がったので、
5:23
ダビデは主に問うたが、
主は言われた、
「上ってはならない。
 彼らのうしろに回り、
 バルサムの木
 の前から
 彼らを襲いなさい。
5:24
 バルサム(balsam)の木・・・油脂性香木
 の
 上
 に
 行進の
 音が聞えたならば、
 彼方(あなた・貴方)は
 奮い立たなければならない。
 その時、
 主が
 彼方(あなた・貴方)の前に出て、
 ペリシテびとの
 軍勢を撃たれるからである」。
5:25
ダビデは、
主が命じられたようにして、
ペリシテびとを撃ち、
ゲバ・・・・解葉・下馬
から
ゲゼル・・・解是留
に及んだ。
ーーーーー
 ・・・

コメント

敗戦国の賠償金・・・?

2015-06-26 18:50:30 | 古事記字源

 ・・・本日、薄っすら雲のお天気。朝、登校中の小学生五、六人に「おはようございます」と声をかけられた・・・家の道添のマーガレットは例年の如くビッシリ咲き誇って、庭は紅色の薔薇(バラ)と赤と白の牡丹(ぼたん)が咲きだした・・・カボチャの黄色とナスビの紫色の花も・・・トマトも緑色の実を付け出しているが、胡瓜(キュウリ)は芽を出したばかりで、今年食べることが出来るのか、ドウなのか・・・
 「国際条約」では戦争の「賠償金」って「敗戦国」が負うモノらしい・・・「サンフランシスコ講和条約((Treaty of Peace with Japan))」・・・どうやら、亜米利加も日本もこの条約(第五条・第六条→国際連合憲章第二条に掲げる義務を特別なモノとして受諾する)には「違反」してきたらしい・・・国際連合から外れて「有志連合(イラン戦争)」は何時でも形成されるし、現場での戦争(戦闘)開始は「国家の命令」をも無視する・・・それでも、当時の「亜米利加の指導者」には、返金と云う「遵法精神」があったらしい・・・
 戦後の「サンフランシスコ平和条約」での日本側支払いの「賠償金」が「無賠償」となったのには「理由」があった・・・
 理由は簡単である。原則的にはアメリカが日本に戦前に「金融投資した金」の償還である・・・「資本主義の国」だから当然である。日本に投資した「アメリカの金融金額の数字」は、最早、敗戦、戦後の日本ではその数字に裏打ちの無い単なる「紙に印刷された無価値な数字」でしかない・・・だがアメリカの投資家はその持っている「紙」を紙クズにはしたくなかった・・・
 「戦争はカネの計算をしてから始めるのがヨーロッパでは常識だった」らしい・・・それを「高杉晋作」が知らないワケがない?・・・「彦島」は貸しません、敗戦責任の賠償金は300万ドルの支払いは「国家運営者」の「幕府におねがいしま~す」であった・・・「日清戦争」では勝ってシコタマ賠償金、「日露戦争」でなんとか「樺太半分」で「賠償金は無し(戦費17億円は国家予算6年分。外債8億、9億内債・増税)」・・・「促成明治民族(賠償金50億円、遼東半島の権利、旅順-ハルピン間の鉄道権利譲渡、樺太全土譲渡を期待していた)」は怒って「日比谷焼打事件」・・・「近世、近代の国家間戦争は支配階級の経済の損得稼業(古代~ヅぅッと)」だったのだ。勝っても負けても「損得勘定」の上である・・・彼らにとって「兵士・一兵卒」の命は「博打のサイコロ」でしかない・・・だが、天皇万歳に組織化された「兵士・一兵卒」も戦死自体が「美化(日本武士の生きざま)」されていたからドウしょうもない・・・
 「与謝野晶子」だけがその本質を訴えた・・・
 ・・・「子供の犯罪の賠償」は「親」にしてもらいます・・・責任は「連帯責任者にもオネガイしま~す」・・・「国家の責任」は「国民にアリマぁ~ス」・・・「国家組織は法人」であるから国家倒産、破産には「法人格」として「責任をトリマァ~ス」だが、ダレも個々人としては責任をとらないのである・・・結局、ツケを「債権者=納税者=投資者」にまわして、オワリである・・・それでも熱湯を水で薄めればなんとかなるイイ湯加減カモ・・・
 「日本国憲法」・・・それでも、「プチブル意識国家」・・・
ーーーーー
 高杉晋作(コウサンシンサク)の祖先は
 備後国(びんごのくに・ビゴコク)
 三谿郡(みたにごおり・サンケイグン)
 高杉邑(たかすぎむら・コウサンユウ)
 であるらしい・・・
ーーーーー
 元治元年(1864年)
 7月27日、28日
 キューパー中将(英)
 総司令官とする
 四国連合艦隊は
 横浜を出港
 艦隊は
 十七隻
 英吉利軍艦九隻
 仏蘭西軍艦三隻
 阿蘭陀軍艦四隻
 亜米利加仮装軍艦一隻
 総員約五千の兵力
 横浜に
 英吉利軍艦一隻
 亜米利加軍艦一隻
 香港から移駐してきた
 陸軍分遣隊
 壱千参百五拾人待機
 ↓
 八月八日
 長州藩は講和使節に
 高杉晋作を任命
 家老
 宍戸備前
 の
 養子(とりこ・ヨウシ)
 宍戸刑部(ししどおさかべ・ジクドギョウウブ)
 を名乗り、
 四国連合艦隊旗艦の
 ユーライアラス号
 に乗り込んで
 キューパー司令官
 との談判に臨んだ
 イギリス側通訳は
 アーネスト・サトウ
 18日
 下関海峡の外国船の
 通航の自由、
 石炭・食物・水など
 外国船の必要品の
 売り渡し、
 悪天候時の船員の
 下関上陸の許可、
 下関砲台の撤去、
 賠償金
 300万ドルの支払い
 5条件を受け入れて
 講和が成立
 賠償金については
 長州藩ではなく
 幕府に請求する
  ↓↑
 外国船への攻撃は
 幕府が朝廷に約束し
 諸藩に通達した命令に
 従ったまでとの理由
 高杉が
 「彦島(ひこじま・ゲントウ)」
 の
 租借
 だけは断固として拒否
  ↓↑
 十二月
 俗論党政権に対して
 高杉晋作が
 奇兵隊を率いて挙兵(功山寺挙兵)
 翌
 慶応元年(1865年)
 高杉らは
 長州藩内戦に勝利
 倒幕派が
 長州藩の主導権を握る
 ↓↑
 四カ国連合艦隊は
 下関賠償金
 300万ドルの賠償金を
 幕府に請求
 幕府に
 安政五カ国条約の勅許
 と
 賠償金の減額と引換に
 兵庫の早期開港を迫った(兵庫開港要求事件)
 幕府は
 300万ドルの賠償金を受け入れ
 幕府は150万ドルを支払い、
 明治維新後は
 新政府が
 残額を
 明治七年(1874年)までに
 分割で支払った
 明治十六年(1883年)二月二十三日
 チェスター・アーサー米国大統領は
 不当に受領した
 下関賠償金(78万5000ドル87セント)の
 日本への返還を決裁
 300万ドルの賠償金の分配は
 アメリカ、フランス、オランダの
 3ヶ国の
 船艦が
 42万ドルを分け、
 残額258万ドルは
 連合艦隊の
 4ヶ国に分けたため、
 米国は合計で
 78万5000ドルを得ていた
 実際の米国の損失は、
 米国船
 ペングローブ号の
 日時を要した
 費用5日分
 1500ドル
 長崎に寄港出来なかった為の
 損害
 6500ドル
 水夫への危険手当
 2000ドル
 だった
 ワイオミング号の損害は
 日本への威圧の為に起った事で
 日本ではそれ以上の損害が発生しており、
 連合艦隊への参加は
 商船
 タキアン号1艘のみの
 参加で
 64万5千ドルを得た事になっていた。
 結果、
 米国の損害は
 合計
 1万ドルに過ぎなかった。
 この
 賠償金は
 米国政府の
 公認を得たものでなく、
 弱小
 日本に対する
 威圧によって得た不当なもの
 アメリカ合衆国国務省は
 日本から
 分割金を受領するたびに
 国庫に納めず
 国債として保管していた。
 その実情を
 明治五年(1872年)、
 フィッシュ国務長官が・・・ fish(魚・まな)
 「森有礼」公使・・・サカナを釣ったのは森有礼?
 に伝えた事から、
 日本側では機会をとらえては
 返還の要請をしていた
 明治二十二年(1889年)、
 返還金の
 元利金約140万円を
 横浜港の
 築港整備費用(総額234万円)に
 充当する事を決定し
 明治二十九年(1896年)五月に完成
 ↓↑
ーーーーー
 旧約聖書
 サムエル記
 撒母耳 記(下)

第3章
3:1
サウルの家

ダビデの家
との間の
戦争は
久しく続き、
ダビデ

ますます強くなり、
サウルの家は
ますます弱くなった。
3:2
ヘブロン

ダビデ

男の子が生れた。
彼の長子は
エズレル・・・・


アヒノアム・・・・

産んだ
アムノン、・・・・
3:3
その次は
カルメル・・・・
びと
ナバル・・・・
の妻であった
アビガイル・・・・
の産んだ
キレアブ、・・・・
第三は
ゲシュル・・・・
の王
タルマイ・・・・
の娘
マアカ・・・・
の子
アブサロム、・・・・
3:4
第四は
ハギテ・・・・


アドニヤ、・・・・
第五は
アビタル・・・・
の子
シパテヤ、・・・・
3:5
第六は
ダビデの妻
エグラ・・・・
の産んだ
イテレアム。・・・・
これらの子が
ヘブロン

ダビデ
に生れた。
3:6
サウルの家

ダビデの家とが戦いを
続けている間に、
アブネル・・・・

サウルの家で、
強くなってきた。
3:7
さて
サウルには、
ひとり

妾(そばめ・めかけ・ショウ)
があった。
その名を
リヅパ・・・・
といい、
アヤ・・・・
の娘であったが、
イシボセテ・・・・

アブネル・・・・
に言った、
「彼方(あなた・貴方)は
 なぜ
 私(わたし・わたくし・ヨコシマ・シ・ム)の
 父の
 妾(そばめ・側女・めかけ・ショウ)
 のところに
 はいったのですか」。
3:8
アブネル・・・・

イシボセテ・・・・
の言葉を聞き、
非常に怒って言った、
「私(わたし・わたくし・ヨコシマ・シ・ム)は
 ユダ・・・・
 の
 犬(いぬ・ケン)
 の
 頭(かしら・トウ)ですか。
 私(わたし・わたくし・ヨコシマ・シ・ム)は
 今日(きょう・コンニチ・本日)、
 彼方(あなた・貴方)の
 父サウルの家と、
 その兄弟と、
 その友人とに
 忠誠をあらわして、
 彼方(あなた・貴方)を
 ダビデの手に
 渡すことを
 しなかったのに、
 彼方(あなた・貴方)は
 今日(きょう・コンニチ・本日)、
 女(おんな・め・ジョ)の事
 の
 過(あやま・カ)ち
 を
 挙(あげ・キョ)げて
 私(わたし・わたくし・ヨコシマ・シ・ム)を
 責(せ・セキ)められる。
3:9
 主がダビデに誓われたことを、
 私(わたし・わたくし・ヨコシマ・シ・ム)が
 彼のために
 なし遂げないならば、
 神が
 アブネル・・・・
 を
 幾重(いくえ・キジュウ)にも
 罰(ばつ・バチ)しられるように。
3:10
 すなわち・・・・則・即・廼・輙・輒
         諏名和知・砂和地
 王国を
 サウルの家から移し、
 ダビデの位を
 ダン・・・・
 から
 ベエルシバ・・・・
 に至るまで、
 イスラエル・・・・
 と
 ユダ・・・・
 の上に
 立たせられるであろう」。
3:11
イシボセテ・・・・

アブネル・・・・
を恐れたので、
一(ひと・イチ)言も
彼に
答えることができなかった。
3:12
アブネル・・・・

ヘブロン・・・・
にいる
ダビデのもとに使者をつかわして言った、
「国は
 誰(だれ・スイ)の
 ものですか。
 私(わたし・わたくし・ヨコシマ・シ・ム)と
 契約を結びなさい。
 私(わたし・わたくし・ヨコシマ・シ・ム)は
 彼方(あなた・貴方)に
 力添えして、
 イスラエルを
 ことごとく
 彼方(あなた・貴方)のものにしましょう」。
3:13
ダビデは言った、
「よろしい。
 私(わたし・わたくし・ヨコシマ・シ・ム)は、
 彼方(あなた・貴方)と
 契約を結びましょう。
 ただし
 一つの事を
 彼方(あなた・貴方)に求めます。
 彼方(あなた・貴方)がきて
 私(わたし・わたくし・ヨコシマ・シ・ム)の
 顔を見るとき、
まず
 サウルの娘
 ミカル
 を連れて来るのでなければ、
 私(わたし・わたくし・ヨコシマ・シ・ム)の
 顔を見ることはできません」。
3:14
それから
ダビデは使者を
サウルの子
イシボセテ
につかわして言った、
「ペリシテびとの
 陽(ひ・ヨウ・ペニス)の皮・・・・包茎の皮
 一百を
 もって
 娶(めと)った
 私(わたし・わたくし・ヨコシマ・シ・ム)の
 妻
 ミカル・・・・
 を引き渡しなさい」。
3:15
そこで
イシボセテ・・・・

人をやって
彼女を
その夫、
ライシ・・・・
の子
パルテエル・・・・
から取ったので、
3:16
その
夫は
彼女と共に行き、
泣きながら
彼女のあとについて、
バホリム・・・・
まで行ったが、
アブネル・・・・
が彼に
「帰って行け」
と言ったので
彼は帰った。
3:17
アブネル・・・・

イスラエルの長老たちと
協議して言った、
「彼方(あなた・貴方)がたは
 以前からダビデを
 彼方(あなた・貴方)がたの
 王とすることを
 求めていましたが、
3:18
 今
 それをしなさい。
 主がダビデについて、
 『私(わたし・わたくし・ヨコシマ・シ・ム)の
  僕(しもべ・従僕・ボク)
  ダビデの手によって、
  私(わたし・わたくし・ヨコシマ・シ・ム)の
  民イスラエルをペリシテびとの手、
  および
  もろもろの
  敵の手から
  救い出すであろう』
 と言われたからです」。
3:19
アブネル・・・・

また
ベニヤミン・・・・
にも語った。
そして
アブネルは、
イスラエル

ベニヤミン

全家が良いと思うことをみな、
ヘブロンで
ダビデに告げようとして出発した。
3:20
アブネルが
二十人
を従えて
ヘブロンにいる
ダビデのもとに行った時、
ダビデは
アブネルと彼に従っている
従者たちのために
酒宴を設けた。
3:21
アブネルはダビデに言った、
「私(わたし・わたくし・ヨコシマ・シ・ム)は
 立(た)って
 行(い)き、
 イスラエルを
 悉(ことごとく・尽く)、
 我(わが・ガ)主、
 王のもとに集めて、
 彼方(あなた・貴方)と
 契約を結ばせ、
 彼方(あなた・貴方)の
 望むものを
 悉(ことごとく・尽く)
 治められるようにいたしましょう」。
こうして
ダビデは
アブネル
を送り帰らせたので
彼は
安全に去って行った。
3:22
丁度(ちょうど)・・・調度・兆度
その時、
ダビデの家来たちは
ヨアブと共に
多くの
分捕(ぶんどり・ブンホ・掠奪)物

携(たずさ・ケイ)えて
略奪から
帰ってきた。
しかし
アブネル

ヘブロンの
ダビデのもとにはいなかった。
ダビデ

彼を帰らせて
彼が安全に去ったからである。
3:23
ヨアブ・・・・
および
彼と共にいた
軍勢がみな帰ってきたとき、
人々は
ヨアブに言った、
「ネルの子
 アブネル
 が
 王のもとにきたが、
 王が
 彼を帰らせたので
 彼は安全に去った」。
3:24
そこで
ヨアブは
王のもとに行って言った、
「彼方(あなた・貴方)は
 何をなさったのですか。
 アブネルが
 彼方(あなた・貴方)の所にきたのに、
 彼方(あなた・貴方)は
 どうして、
 彼を返し去らせられたのですか。
3:25
 ネル
 の子
 アブネルが
 彼方(あなた・貴方)を
 欺くためにきたこと、
 そして
 彼方(あなた・貴方)の
 出入りを知り、
 また
 彼方(あなた・貴方)の
 なさっていることを、
 ことごとく知るためにきたことを
 彼方(あなた・貴方)は
 御存知(ごぞんじ)です」。
3:26
ヨアブはダビデの所から出てきて、
使者をつかわし、
アブネルを追わせたので、
彼らは
シラ・・・・

井戸から
彼を連れて帰った。
しかし
ダビデは
その事を知らなかった。
3:27
アブネル

ヘブロンに帰ってきたとき、
ヨアブ

密(ひそ)かに語ろうといって
彼を門のうちに連れて行き、
その所で
彼の


刺して死なせ、
自分の兄弟
アサヘル

血を報いた。
3:28
その後
ダビデはこの事を聞いて言った、
「私(わたし・わたくし・ヨコシマ・シ・ム)と
 私(わたし・わたくし・ヨコシマ・シ・ム)の
 王国とは、
 ネルの子
 アブネルの血に関して、
 主の前に
 永久に罪はない。
3:29
 どうぞ、
 その罪が
 ヨアブの頭と、
 その
 父の全家に帰するように。
 また
 ヨアブの家には
 流出を
 病む者、
 らい病人、
 杖(つえ・ジョウ)にたよる者、
 剣(つるぎ・ケン)に倒れる者、
 または
 食物の乏しい者が
 絶えないように」。
3:30
こうして
ヨアブ

その弟
アビシャイ
とは
アブネル
を殺したが、
それは
彼が
ギベオンの戦いで
彼らの
兄弟
アサヘル
を殺したためであった。
3:31
ダビデは
ヨアブ
および
自分と共にいるすべての民に言った、
「彼方(あなた・貴方)がたは
 着物(きもの・チャクブツ)を
 裂(さ・レツ)き、
 荒布(あらぬの・コウフ)を
 まとい、
 アブネル
 の前(まえ・ゼン)に
 嘆(なげ・タン)きながら
 行(い・ギョウ・コウ・アン)きなさい」。
そして
ダビデ王は
その
棺(ひつぎ・柩・カン)の
あとに従った。
3:32
人々は
アブネルをヘブロンに葬った。
王は
アブネルの墓で
声を
あげて泣き、
民もみな泣いた。
3:33
王は
アブネルのために
悲しみの歌を作って言った、
「愚かな人の
 死ぬように、
 アブネルが
 どうして死んだのか。
3:34
 彼方(あなた・貴方)の手は
 縛られず、
 足には
 足かせもかけられないのに、
 悪人の前に倒れる人のように、
 彼方(あなた・貴方)は
 倒れた」。
そして
民は皆、
再(ふたた)び
彼のために泣いた。
3:35
民はみなきて、
日のあるうちに、
ダビデに
麵麭(パン)を
食べさせようとしたが、
ダビデは誓って言った、
「もし
 私(わたし・わたくし・ヨコシマ・シ・ム)が
 日の入る前に、
 パンでも、
 ほかのものでも
 味わうならば、
 神が
 私(わたし・わたくし・ヨコシマ・シ・ム)を
 幾重(いくえ・キジュウ)にも
 罰(ばつ・バチ)しられるように」。
3:36
民はみな
それを
見て
満足した。
すべて
王のすることは
民を満足させた。
3:37
その日
すべての民
および
イスラエルは皆、
ネルの子
アブネルを殺したのは、
王の
意思によるものでないことを知った。
3:38
王はその家来たちに言った、
「この日
 イスラエルで、
 ひとりの
 偉大なる将軍が
 倒れたのを
 彼方(あなた・貴方)がたは
 知らないのか。
3:39
 私(わたし・わたくし・ヨコシマ・シ・ム)は
 油を注がれた王であるけれども、
 今日
 なお弱い。
 ゼルヤの子である
 これらの人々は
 私(わたし・わたくし・ヨコシマ・シ・ム)の
 手におえない。
 どうぞ
 主が悪を行う者に、
 その悪にしたがって
 報いられるように」。
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