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福寿・福聚=フクジュウ=服従・・・福砂屋・・・茶志内・castle

2017-04-28 00:37:17 | 古事記字源

・・・やっと勝ったけれど、連敗十の「ハム」・・・「5-4」・・・ヤットの「福寿草」・・・TVのニュースを観ながらYさんが贈ってくれた「福砂屋のカステイラ」を食べっているが・・・「六花亭」の「マルセイバターサンド」を御返しして食べて貰おうかと・・・22:00「クローズアップ現代・プライバシーかセキュリティーか・スノーデンファイルの衝撃・NHKはアメリカが日本で展開する諜報活動についての“未公開ファイル”を入手・米当局が日本側に“大量監視システム”を提供」・・・


ーーーーー
 観+音+菩+薩・・・観+世+音+菩(艹立口)+薩(艹阝産)
 「見下ろす自在者」=「観自在」
  ↓↑      ・・・自ずから存在するのを観察・・・
  ↓↑
 インド土着の
 女神が仏教に取り入れられた
 ・・・仏教に女神は存在しなかった?
 エローラ石窟群・・・エローラには行ったが
 サールナート
 などインドの仏教遺跡で
 観音菩薩像らしい仏像が発掘されており、
 ゾロアスター教において
 アフラ・マズダーの娘とされる
 女神アナーヒターやスプンタ・アールマティと関連・・・
 「観音菩薩」
 「観世音菩薩」の略号・・・
 唐代に、「世」の文字が
 二代皇帝太宗
 「李世民」の
 「名(諱)」の一部であったため、
 「避諱」により、
 唐代は「世」の文字は使用できなく
 それで、
 「観音菩薩」とし、唐滅亡後も、
 「世」を欠字にし記録・・・
 ↓↑
 浄土教で
 「観無量寿経」の
 「阿弥陀如来」の脇侍として
 「勢至菩薩」と共に
 「観音菩薩」は設置
 大慈大悲を本誓とする・・・
 ↓↑
 観音菩薩(千手千眼十一面観音)
 観音は女性的な顔立ち
 観音経では
 「婦女身得度者、即現婦女身而為説法」
 と、女性に対しては女性に変身して説法
 次第に性別は無いものとして捉えられる・・・
 後代に至ると
 観音を女性と見る傾向が多くなった
 中国における
 観音信仰の一大聖地
 普陀落山(浙江省・舟山群島)
 から
 東シナ海域や
 黄海にまで広まった・・・
 航海安全を祈念する・・・「観視=光景・聴聞=音響」
 民俗信仰や
 道教の
 媽祖信仰などの
 女神と結び付いた・・・
 ↓↑
 「妙荘王」の
 「末女」である
 「妙善」という女性が
 尼僧として出家、成道し、
 「観音菩薩」となったという説話が
 十二世紀頃に中国全土に流布し、
 『香山宝巻』の成立によって
 王女「妙善」説話が定着、
 美しい女性としての
 観音菩薩のイメージが定着・・・
 ↓↑
 「普門品偈文(観音経)」
 「衆生、困厄を被りて、
  無量の苦、身に逼(せま)らんに、
  観音の妙智の力は、
  能く世間の苦を救う。
 (観音は)
  神通力を具足し、
  広く智の方便を修して、
  十方の諸(もろもろ)の国土に。
  刹として身を現ぜざることなし。
  種々の諸の悪趣。
  地獄・鬼・畜生。
  生・老・病・死の苦は、
  以て漸く悉く滅せしむ」
 現世利益が共通・・・
 ↓↑
 六観音
 真言系
 ↓↑
 聖観音、
 十一面観音、
 千手観音、
 馬頭観音、
 如意輪観音、
 准胝観音
 を六観音
 ↓↑
 天台系
 ↓↑
 准胝観音の代わりに
 不空羂索観音を加えて
 六観音とする
 六観音は
 六道輪廻(生命は6種の世界に
      生まれ変わりを繰り返す)
 の思想に基づき、
 六種の観音が
 六道に迷う
 衆生を救うという考えから生まれた
 ↓↑
 地獄道 - 聖観音
 餓鬼道 - 千手観音
 畜生道 - 馬頭観音
 修羅道 - 十一面観音
 人 道 - 准胝観音
 天 道 - 如意輪観音
 という組み合わせ
 ↓↑
 千手観音
 経典においては千本の手を有し、
 それぞれの手に一眼をもつと記録されているが
 仏像表現での造形上困難で
 唐招提寺金堂像などわずかな例外を除いて、
 四十二本の手で・・・四拾弐・・・肆足貮
 「千手」を表す
 観世音菩薩が千の手を得た謂われとしては、
 伽梵達摩訳
 「千手千眼觀
  世音菩薩
  廣大圓滿無礙
  大悲心陀羅尼經」
 がある。
 この経の最後に置かれた
 大悲心陀羅尼
 は禅宗寺院で読誦されている・・・
 ↓↑
 「魚籃観音(ギョランカンノン)
 三十三観音に数えられる・・・三十三の音を観る
 観音菩薩の一
 中国で生れた観音の一つで、
 同じ三十三観音のひとつである
 馬郎婦観音(メロウフカンノン)と
       馬=うま・ま・バ(漢) メ(呉) マ(唐)
       驫=はしる・ヒュウ・ヒョウ・多くの馬=群馬
         青森にある集落名に驫木(とどろき・轟)
 同体・・・
 ↓↑
 中国唐時代
 魚を扱う美女がおり、
 観音経・金剛経・法華経を暗誦する者を探し、
 めでたく
 この3つの経典を暗誦する者と
 結婚したがまもなく死没
 この女性は、
 法華経を広めるために現れた観音とされ、
 以後、
 「馬郎婦観音=魚籃観音」
 として信仰されるようになった・・・
 この観音を念ずれば、
 羅刹・毒龍・悪鬼の害を除くことが出来る・・・
 日本では中世以降に信仰
 ↓↑
 形象
 一面二臂
 魚籃(籠・かご)・・・籃=竹+監
 を持つものや、
 大きな魚の上に立つものなどがある
 東京都港区の       魚籃寺
 三重県津市の       初馬寺
 千葉県松戸市の      万満寺
 滋賀県長浜市木之本町古橋(旧鶏足寺)
 長崎県平戸市生月町   (生月観音)
 などにある・・・
 ↓↑
 三十三観音の名称
 (1) 楊柳(ようりゅう)
 (2) 龍頭(りゅうず)
 (3) 持経(じきょう)
 (4) 円光(えんこう)
 (5) 遊戯(ゆげ)
 (6) 白衣(びゃくえ)
 (7) 蓮臥(れんが)
 (8) 滝見(たきみ)
 (9) 施薬(せやく)
 (10) 魚籃(ぎょらん)
 (11) 徳王(とくおう)
 (12) 水月(すいげつ)
 (13) 一葉(いちよう)
 (14) 青頚(しょうけい)
 (15) 威徳(いとく)
 (16) 延命(えんめい)
 (17) 衆宝(しゅうほう)
 (18) 岩戸(いわと)
 (19) 能静(のうじょう)
 (20) 阿耨(あのく)
 (21) 阿摩提(あまだい)
 (22) 葉衣(ようえ)
 (23) 瑠璃(るり)
 (24) 多羅尊(たらそん)
 (25) 蛤蜊(こうり、はまぐり)
 (26) 六時(ろくじ)
 (27) 普悲(ふひ)
 (28) 馬郎婦(めろうふ)
 (29) 合掌(がっしょう)
 (30) 一如(いちにょ)
 (31) 不二(ふに)
 (32) 持蓮(じれん)
 (33) 灑水(しゃすい)
 ↓↑
 「胎蔵曼荼羅=胎蔵界曼荼羅」
 「金剛界曼荼羅」
 の2つの曼荼羅を合わせて
 「両界曼荼羅」または「両部曼荼羅」
 ↓↑
 「福 聚 海 無量」
 (フクジュカイムリョウ)
   ↓↑
 「福聚海無量」→「福寿海無量」
  福聚海
  福寿草
 「観音経」
 「法華経普門品」にある句で、
  観音の徳を福の聚まる海にたとえて讃えた
 「一切の功徳を具して、
  慈眼をもて衆生を視たもう。
  福聚の海は無量なり、
  是の故に応に頂礼すべし」
 「聚は寿と書いて書幅などに揮毫される」
   ↓↑
 「慈眼視衆生、福聚海無量」
   ↓↑
 一切の功徳を具(ぐ)し、
 慈眼をもて衆生を視(み)、
 福聚の海無量なり。
 是の故に応(まさ )に頂礼(ちょうらい)
 ・・・つまり「妙音」を受けて
 「観音さまの音(こえ)は
  たいへん美しく言葉では言い表せないほどのもの」
   ↓↑
 「梵音海潮音」
   ↓↑
 観音菩薩・勢至菩薩・阿弥陀如来
 「観音経(法華経普門品)」
 にある句で、
 観音の徳を福の聚まる海にたとえて讃えたもの。
 「一切の功徳を具して、
  慈眼をもて衆生を視たもう。
  福聚の海は無量なり、
  是の 故に応に頂礼すべし」
 (聚は寿と書いて書幅などに揮毫されることがある)
   ↓↑
 「妙音」を受けて
 「観音さまの音(こえ)はたいへん美しく
  言葉では言い表せないほどのもの」
   ↓↑   ↓↑
 具一切功徳 一切の功徳を具し
 慈眼視衆生 慈眼をもって衆生を視(み)たもう
 福聚海無量 福聚の海は無量なり
 是故応頂礼 是の故に応(まさ)に頂礼(ちょうらい)すべし
   ↓↑
 「南無観世音菩薩(なむかんぜおんぼさつ)」
    ↓↑
  観音菩薩
  アヴァローキテーシュヴァラ
 別名 観世音菩薩
    観自在菩薩
    救世菩薩
 経典 「妙法蓮華経」
    (観世音菩薩普門品・第二十五)
 声を出して唱うることが、観音信仰の第一歩
   ↓↑
 妙音観世音 梵音海潮音 勝彼世間音 是故須常念
 念念勿生疑 観世音浄聖 於苦悩死厄 能為作依怙
 具一切功徳 慈眼視衆生 福聚海無量 是故応頂礼
   ↓↑
 爾時。持地菩薩。即従座起。前白仏言。世尊若有衆生。
 聞是観世音菩薩品。自在之業。普門示現神通力者。
 当知是人。功徳不少。仏説是普門品持。
 衆中八万四千衆生皆発無等等。
 阿耨多羅三藐三菩提心。
   ↓↑
 妙音観世音(みょうおんかんぜおん)、
 梵音海潮音(ぼんのんかいちょうおん)、
 彼の世間の音(こえ)に勝れり。
 是の故に須(すべか)らく常に念ずべし。
 念々、疑を生ずること勿(なか)れ、
 観世音は浄聖にして
 苦悩死厄(しやく)に於いて能く為に
 依怙(えこ)と作(な)れり。
 一切の功徳を具(ぐ)し、
 慈眼をもて衆生を視(み)、
 福聚の海無量なり。
 是の故に応(まさ)に
 頂礼(ちょうらい)すべし。
 爾(そ)の時に持地菩薩、
 即ち座より起ちて、
 前(すす)んで仏に白(もう)して言(もう)さく、
 世尊よ、若し衆生ありて
 是の観世音菩薩の自在の業(わざ)、
 普門示現神通の力を聞かん者は、
 当(まさ)に知るべし、是の人功徳少なからず。
 仏是の普門品を説きたまいし時、
 衆中八万四千の衆生は、
 皆無等等、
 阿耨多羅三藐三菩提心を発(おこ)せり。
   ↓↑
 「妙音観世音」
 妙音の妙(みょう)とは
 言葉で言い尽くせない不思議なもの
 また大変美しい妙(たえ)なるものという意味もあり
 「観世音」を
 観音さまの音(こえ・声)と訳す・・・?
 「妙音」を受けて・・・
  妙(女亅八ノ)音(立日
 「観音さまの音(こえ)は・・・
  観(ノ一隹目儿)音(立日)
 「たいへん美しく言葉では言い表せないほどのもの」
 という意味・・・?
   ↓↑
 「梵音海潮音」
 梵音=林+凡(風)+立+日
 海潮音=海鳴りの音
 「梵音海潮音」=陸地や海原
         自然が放つさまざまな音(おと)
 「勝彼世間音」
 (彼の世間の音(おと)に勝れり。)
 梵音や海潮音などの
 自然の音こそ観音さまの妙音
 観音さまの「音=声=説法」である
   ↓↑
 「世間の音」=人の世の「人の声」
        人の常識理論
 真実の音(梵音海潮音)は
 人の世の迷いの音(理論)に勝っている
   ↓↑
 「是故須常念」
 (是の故に須(すべか)らく常に念ずべし)
   ↓↑
 「念念勿生疑」
 (念々、疑を生ずること勿(なか)れ)
 疑いなどまったく起こらない?・・・起こる
   ↓↑
 「観世音浄聖 於苦悩死厄 能為作依怙」
 (観世音は浄聖にして
  苦悩死厄(しやく)に於いて
  能く為に依怙(えこ)と作(な)れり)
   ↓↑
 悩める衆生のあらゆる
 苦悩や死厄から救ってくれる
 依怙(たより)になる・・・依怙贔屓?
   ↓↑
 「具一切功徳 慈眼視衆生」
 (一切の功徳を具し、
  慈眼をもて衆生を視)
   ↓↑
 「福聚海無量 是故応頂礼」
 (福聚の海無量なり。
  是の故に応(まさ)に頂礼(ちょうらい)すべし)
   ↓↑
 福聚=幸福の集まり
    海のごとく無量
   ↓↑
 「爾時。持地菩薩。即従座起。前白仏言」
 (爾(そ)の時に持地菩薩、
  即ち座より起ちて、
  前(すす)んで
  仏に白(もう)して言(もう)さく)
   ↓↑
 「世尊若有衆生。
  聞是観世音菩薩品。
  自在之業。
  普門示現神通力者。
  当知是人。
  功徳不少。」
 (世尊よ、
  若し衆生ありて
  是の観世音菩薩の自在の業(わざ)、
  普門示現神通の力を聞かん者は、
  当(まさ)に知るべし、
  是の人功徳少なからず)
 (世尊よ、わかりました。
  今、観世音菩薩の自由自在な
  衆生済度のはたらきを拝聴したが、
  その神通の力を聞かれた者の
  功徳たるや計り知れない
   ↓↑
 「観世音菩薩品」
 『観音経』のことです。
 持地菩薩とは地蔵菩薩のことであり、
 最後に地蔵菩薩が
 大衆を代表されて
 この『観音経』の大功徳を証明された
   ↓↑
 「仏説是普門品持。
  衆中八万四千衆生皆発無等等。
  阿耨多羅三藐三菩提心」
   ↓↑
 (仏是の普門品を説きたまいし時、
  衆中八万四千の衆生は、
  皆無等等、
  阿耨多羅三藐三菩提心を発(おこ)せり)
   ↓↑
  全員この上ない完全な悟り
 (皆無等等、阿耨多羅三藐三菩提心)に到れり
   ↓↑
 「無等等」=比べることができない
 「阿耨多羅三藐三菩提」
 (あのくたらさんみゃくさんぼだい)
  梵語のアヌッタラー・サミャク・サンボディー
  の音写語で、
  無上正等正覚と訳す)
   ↓↑
 冒頭が、
 「もし無量百千万億の衆生あって、
  諸々の苦悩を受けんに、
  是の観世音菩薩を聞いて、
  一心に称名せば、
  即時に其の音声を観じて、
  皆解脱することを得ん」
 最後が
 「衆中八万四千衆生皆発無等等。
  阿耨多羅三藐三菩提心」
   ↓↑
 八万四千=無量無限
ーーーーー
 あみだぶつ
 阿弥陀と音写
 阿弥陀仏・阿弥陀佛・弥陀仏
 梵名=アミターバ=「量(はかり)しれない光を持つ者」
    アミターユス=「量りしれない寿命を持つ者」
    漢訳=「無量光仏・無量寿仏」
 別名
 阿弥陀仏
 無量光仏
 無辺光仏
 無礙光仏
 無対光仏
 焔王光仏(光炎王仏)
 清浄光仏
 歓喜光仏
 智恵光仏
 不断光仏
 難思光仏(難思議仏)
 無称光仏
 超日月光仏
ーーーーー
 カステイラ・・・・・castle=とりで=砦・城
               茶志内(アイヌ語)
               茶を内に志す=茶が飲みたい?
 スペインの地方名
 カステリヤ(Castilla)の
 ポルトガル語発音の
 カステーラ(Castela)
 「かすていら」
 「かすてえら」
 「カステラ」になった
 製造過程での
 メレンゲ・・・(英語 meringue・フランス語 meringue
        ドイツ語 die Meringe, Meringel)
        =鶏卵の卵白を泡立てた食材
 を作る際、
 高く高く盛り上げる時
 「城(castelo)のように高くなれ!」と言ったことから、
 カステロ=カステラとなった・・・
 中国の「点心」・・・中華料理の軽食の総称
 の一つであり
 マレーの地名を冠する「馬拉糕」
 沖縄の「鶏卵糕(ちいるんこう)」
 ・・・?
 一般的な説
 ポルトガルの宣教師によって
 平戸や長崎に伝えられた・・・
 乳製品を生産、常用しない
 当時の日本にも残ることができた
 ↓↑
 当て字
 1907年
 夏目漱石の
 「虞美人草」
 で「卵糖(カステラ)」と記して、当て字
ーーーーー
 ・・・???・・・

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首の振り方・・・縦か、横か・・・ななめか?・・・

2017-04-26 22:15:05 | 古事記字源

 ・・・「首」をとったのは「自民党の内閣」で、マスコミじゃぁないだろう・・・「くび(首、頸, neck)=頸部・人体において頭(頭部)と胴体をつなぐ部位・日本語で頭部そのものを指す」・・・漢字では、「首位・首都(capital)・船首・首領・党首・首長(captain・chief)」・・・人体の頸(頚)部の「くび・neck」と、トップ、先端の「頭部」の「くび」は本来異なる・・・「斬首・馘首」の「くび」・・・「首肯=うなずく=頭を縦に振れば肯定。横に振れば否定(インドやブルガリアなどでは逆)」・・・「首は頭部と肩の間の脊椎骨の範囲」・・・「両生類・爬虫類」、「鳥類」では「首を縦に振ることしかできない」・・・「首は無脊椎動物には存在しない」・・・「切腹=首を切る介添え役がつき、腹を切る(形式行為)と同時に、介錯(実質行為)が行われた」・・・
ーーーーー
 今村氏めぐる報道批判
 「一行でも悪いとすぐ首取れ」とは
 「二階氏」
 (時事通信4月26日(水)15時35分)
 ↓↑
 二階俊博幹事長
 「マスコミは余すところなく記録を取って、
  一行でも悪いところがあったら
  すぐ首を取れと。
  なんちゅうことか」
 と、報道の姿勢を批判
 (時事通信社)
ーー↓↑ーー
 古代の人骨、発掘に期待
 リキピリ洞穴調査(2017/4/26 07:00)
 旧石器時代の遺跡・りキピリ洞穴
 町目梨泊のリキピリ洞穴で
 後期旧石器時代(3万~1万年前ごろ)
 の人類化石や石器などの有無を調査
 リキピリ洞穴
 問牧と目梨泊を結ぶ国道238号沿いの崖面の中腹にある
 地名のリキピリはアイヌ語の
 「リク・ピル(見上げるような高いところ)」に由来
ーーーーー
 ・・・「陸のビル(building)?」・・・見上げていれば「首が痛くなる」・・・「bill=勘定書き・請求書・つけ」で首が回らない・・・

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まな・・・マンマ・・・米の道の選択・・・或る心・・・

2017-04-24 22:13:38 | 古事記字源

 ・・・1月分の「医療費のお知らせ」の葉書が投函されていた・・・もし、「医療保険」が無かったら「1628560円=1百6拾2万8千5百6拾円=壱百六十二万八千五百六十円」の支払い・・・ヤッパ、病院には行かない方がイイらしい・・・ポンコツのボク自身の使用価値、交換価値、市場価格も無いのに、その部品の「ポンコツ心臓」の「修理費」に「160万円」は勿体無い、である・・・





ーーーーー
 「イイ迷惑」、「ワルイ迷惑」、「アリガタイ迷惑」って、どんな「迷惑」なんだか?って、布団の中で考えたョ・・・兎に角、「イイ・ワルイ・アリガタイ」の形容詞は別にして、「迷惑(メイワク)=迷+惑」って、ナンなんだか?・・・
 それで、目覚めた時に、このコトバを暫く思いだせなく、ナンカ、考えていたコトは憶えているけれど、ナンのコトバに関してだったんだろう「?」、って、二度寝の布団の中でも・・・
 想い出せずに、昨夜観たTVって、何だったけ、と・・・「漆赤(紅)」とは云わない輪島の「漆黒の漆塗り」と「蒔絵」・・・「蒔絵」は「巻き絵」じゃぁないんだ、「金粉ショウー」・・・シッコク?・・・「桎梏=桎は足枷(かせ)、梏は手枷(かせ)=人の行動を厳しく制限し、自由を束縛するモノ・因襲の桎梏から逃れられない」でもないし、「漆喰」でもない。
 桎梏ですか・・・「桎=木(十八)+至(一ム十一)」、「梏=木(十八)+告(牛口・ノ一丄口)」・・・「おはこ」は「十八番」だけれど・・・「木(き・モク)=十八」で、キに至る、キを告げる「お函・お箱・お匣」の中に閉じ込められたモノだろう・・・乙姫さまから浦島太郎が貰った「シッコクの玉手箱=玉櫛笥(たまくしげ)=素晴らしいモノ、珍しいモノが入っているハコ」だろう・・・開けたら「煙」で・・・浦島太郎は「白髪(葉句葉通)の老人=鶴(つる・カク)」となって昇天・・・「高橋虫麻呂」・・・コレじゃぁない・・・
 「徴兵・傭兵」だったかな・・・
 ここは地の果てアルジェリア(阿爾及・阿爾及利亜=島々の意・首都のアルジェは新潟県とほぼ同じ緯度・ユーラシアプレートとアフリカプレートの境に位置し、地震国・サハラ砂漠はフランスの原爆実験の場であった)のフランス外人部隊、
 アメリゴ、コロンブス発見のアメリカ(亜米利加)の不法滞在者の移民権、市民権取得を餌とした「傭兵」でもないし、各国家の防衛、防人(さきもり)の「強制徴兵」でもない。
 ・・・布団の中での哲学的思弁、思惟のコトバは・・・「人の身体用語での上から、毛髪・頭・両耳・顔・眉・両目(眼)・睫毛・瞼・鼻・唇・口・顎・頚(頸・首)・両肩・両腕・両手・指・爪・両胸・腹・臍(𦜝・毘)・性器・睾丸・膣・両尻・両足(脚・腿)・脛」でもない・・・
 で、「Y」さんのメールを読んで思い出した・・・「イイ(良・善)迷惑」の漢字の・・・
 「迷と惑」
 迷=米+辶・・・米の辶(シンにゅう・道)
   八+木
   Х(V∧・ハハ)+十+辶
 惑=或+心・・・・「或=ある・あるいは・
             うたがう・まどう
             ワク・コク・イキ」
漠然と物事をさす語
           不確かなもの
           未知なもの
特定しないもの
          「或+心」は
           漠然とした曖昧な心
   域=十一或=領域・範囲
     十+一+口+一+戈・・・十一は口の一(初)の戈(矛)
 惑星=ラテン語でplaneta、英語でplanet
    ギリシャ語で
   「プラネテス(彷徨(さまよう)者・放浪者)」
    タロットじゃぁ「0(ゼロ)の冒険者・馬鹿」・・・
    天体観察で
    惑うように位置を変えるように視える星
ーーーーー
 ↓↑
 ・・・「マナシキ=末那識(Manas-vijnaana)」=唯識説の八識のうち第七識・第八識の阿頼耶識(アラヤシキ)を所依とし、第八識の見分を所縁として生じる識)」・・・???・・・
ーー↓↑ーー
 「無我」の境地・・・?・・・は、無用で、
 「有我」の「今日知」であることを自覚する・・・
 ↓↑
 惑星が地球を挟んで
 太陽の反対方向にある状態を
 衝・・・惑星←太陽←地球
 ↓↑
 太陽と同じ方向にある状態
 合・・・惑星←地球←太陽
 内惑星には衝はなく、
 合の位置も、
 太陽の手前にある内合・・・・・太陽←惑星←地球
 太陽の向こう側にある外合・・・惑星←太陽←地球
 の二つがある
 ↓↑
 惑星は通常、
 順行=天球を西~東に移動
 逆行=天球を東~西へ移動
 外惑星の場合、地球から見て
 衝の位置にある時に
 地球がその惑星を追い越すため、
 逆行する
 内惑星の場合、
 内合の位置にある時に
 地球がその惑星に追い越されるため、
 内合の時期に
 逆行する
 惑星が順行から逆行、
 または逆行から順行に変わる時
 しばらくの間
 天球上で動かなくなるように見える 留
 ↓↑
 漢字の「惑星」という呼称
 長崎の
 オランダ通詞
 「本木良永」が 1792年(寛政四年)
 コペルニクスの地動説を翻訳する際に
 初めて用いた造語
 天球上の一点に留まらず
 うろうろと位置を変えるようすを
 「惑う星」と表現した・・・
 天動説が主流であったころ
 星座を形づくっている夜空の星たちが
 同じような位置関係で大空を巡って行くのに、
 いくつかの星達だけが
 不規則な動きをするのが不思議に見え
 「惑っている」と見えたのである
 (順行・逆行)
 ↓↑ 
 天動説の見地から
 太陽や月も惑星の中に分類
 七曜
 天文学上の定義では、
 太陽は恒星
 月は衛星
 ↓↑
 惑星=遊星(ゆうせい)
 「遊星」と「惑星」は
 ともに江戸時代にまでさかのぼる言葉
 古い例では「游星」
 他に「行星」と表記
 ↓↑
 明治期
 東京大学閥が「惑星」
 京都大学閥が「遊星」
 を主張し、
 東大閥が天文学の分野で
 「惑星」の表記に統一
 遊星歯車など異分野の用語として、
 フィクション内の表現として
 「遊星」の名が使われた
ーー↓↑ーー
 アルジェリアの
 アルジェは新潟県とほぼ同じ緯度
 ユーラシアプレート
 と
 アフリカプレート
 の境に位置し、
 地震国である
ーー↓↑ーー
 小随煩悩
 いかり(忿(フン))
 うらみ(恨(コン))
 ごまかし(覆(フク))
 なやみ(悩(ノウ))
 ねたみ(嫉(シツ))
 ものおしみ(慳(ケン))
 だますこと(誑(オウ))
 へつらい(諂(テン))
 そこなう(害(ガイ))
 おごり(憍(キョウ))
 中随煩悩
 内的無反省(無慚(ムザン))
 対他的無反省(無愧(ムギ))
 大随煩悩
 のぼせ(掉挙(ジョウコ))
 おちこみ(昏沈(コンヂン))
 まごころのなさ(不信(フシン))
 おこたり(懈怠(ケタイ))
 いいかげんさ(放逸(ホウイツ))
 ものわすれ(失念(シツネン))
 気がちっていること(散乱(サンラン))
 正しいことを知らないこと(不正知(フショウチ))
 ↓↑
 煩悩の原泉=末那識
 ↓↑
 唯識の煩悩
 忿
 恨
 覆
 悩
 嫉
 慳(ケン)
 誑(オウ)
 諂(テン)
 害(ガイ)
 憍(キョウ)
 ↓↑
 末那識=煩悩を生み出す原泉
 阿頼耶識(最深層・第八識)の
 「上層(第七識)」にある
 ↓↑
 末那識(第七識)は
 阿頼耶識(第八識)の中の
 生きようとする
 本能
 生命を維持しようとする
 意志
 人間に固有な「無意識の心」・・・?
 ↓↑
 煩悩を湧き出(い)だす末那識は、
 人間を苦悩し続けさせる・・・ナゼ?・・・自利他利の選択?
                     相互利の選択もする
 一方、
 末那識こそが、
 真理に目覚め
 信心の世界
 悟りの世界へ導かれたいと言う欲求の根元
 ↓↑
 末那識は
 阿頼耶識の
 生まれながらに持っている
 「こころ=心」ではなく、
 人間に生まれてから形成されるモノ
 成長するに従って
 増してゆくもの・・・環境による影響度
 赤ん坊は、
 阿頼耶識は・・・・・生命体の本質は
           生命活動のそれ自体の
           新陳代謝である
 持っていても、
 煩悩の原泉たる
 末那識は
 未だ芽吹いていない・・・既に芽吹いていた、のさッ
            産まれた存在=既に
                  「自我の塊り」である
 ↓↑
 末那識=ひがめ(僻目)る心なり=我執
 末那は、
 阿頼耶の見分にむかい、・・・見分=是非の分別・判断
 これを、我、我と思う。・・・自我意識で当然である・・・
 この外に物を
 知ることなし・・・知る=認知、認識の他にナニがある?
 ↓↑
 末那識の自己中心性の
 4つ
 根本煩悩
 ↓↑
 我癡
 我慢
 我見
 我愛
ーーーーー
 ・・・???・・・これらは生命活動に「当然」なことである・・・

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まなシキ・・・あらやシキ・・・妄想・・・

2017-04-23 18:59:42 | 古事記字源

 ・・・23:00「ETV特集「獄友たちの日々・43年の時を経て無罪を勝ち取った「布川事件」の桜井昌司さんが「獄友」たちとしゃばで出会い直す旅をドキュメント。奪われた時間の中で彼らは何を失い何を得たのかを描く」・・・見終わった・・・昨日は「戊寅の日」・・・三億八千万円強奪、七億円不法持ちだし、銀座で四千万円強奪・・・カネってアル所にはアルんだ・・・なんか、世の中に影響あるのかな?・・・タイセイに影響はないか・・・ミサイルが飛んできてもタイセイに影響はないんだろうナッ・・・スベテは「ココロの産物」らしいから・・・
 ETV、「13:00・こころの時代・唯識に生きる・第1回・唯識の歴史と基本思想」を観てたが、薬のせいか眠い。目蓋が知らんうちに閉じてしまう・・・「仏教の根本思想、唯識・この世の一切の存在は、自分の心が作り出したもので、ただ心のみが存在する」だった・・・登場した学者先生によれば、「唯識」=「唯心」であるらしく、「唯(ただ)」+「認識・意識」ではないらしい・・・「唯(ただ)」+「こころ(心)」ですか・・・「唯心臓」ではないョなッ・・・「存在論」と「認識論」は区別して考えるべきだな・・・「唯識(言+音+戈)←脳ミソの記憶機能、思惟、判断機能」=「唯心(頭脳←脳ミソの機能領域)」・・・いくら「人間はコトバの生き物」を強調しても誤解を招く・・・「喩意識」・・・素直に「漢字の形象意味」から考えればイイのに・・・「yoga(瑜伽)」・・・ヨガ・・・「夜河」、「与(與)衙」、「余我」・・・?
 ↓↑
 基本思想・・・「第八識」・・・「五感」+「3α(六・七・八)」・・・
 眼識・耳識・鼻識・舌識・身識・意識・末那識・阿頼耶識
 視覚・聴覚・臭覚・味覚・触覚・記憶(意識)・末那識(思惟・思考)・阿頼耶識
  (蛙等哉詞記?・鴉等哉詞記?・丫等哉詞記?)
 ↓↑       ↓↑     丫=ア→Y=ワイ=倭意
 ↓↑       ↓↑   ↓↑ア→了
 「阿摩羅識(あまらしき、梵語 amala-vijñāna、菴摩羅識)」、
 「阿頼耶識(あらやしき、梵語 ālaya-vijñāna、
                ālaya の音写、
vijñāna の意訳の識
との合成語」
 旧訳は、
 「阿羅耶識、・・・・・・・・・・阿(ア=阝+丁+口)
                 羅(ラ=罒+糸+隹)
                 耶(ヤ=耳+阝)
阿梨耶識(ありやしき)、・・・梨(なし・利+木)
                 耶(耳の邑)→耳の形は「阝」
  蔵識(藏識)、・・・・・・・・句等詞記・・・倉敷?
  無没識(むもつしき)、
  頼耶識、
  頼耶」
 とも略される・・・
 「末那識(まなしき、梵語 Manas-vijnaana)」は
 「第七識」である・・・
ーー↓↑ーー
 末那識=「意」と訳す
     「意」は思量の意味・・・「思う量=思考の量」
      この「識」は常に
      第八識の見分を縁じて、
      我である、法である、・・・私法=自分
                   公法=社会的掟、規則
      と思量するから
     「末那(マナ)」と言われる・・・まな=魚
                     真名=漢字
                     マナ=マナ(Manna)
         マナ=「これは何だ?」の意味
            ヘブライ語で
            全体の一皿の食べ物(一品)
            数を割った「商」の意味
      末那識=末那即識(意、それ自体が第七識)のこと
          第六意識(意に依る識)
          と区別する為に、
          manas マナスのまま音写していう
          つまり
          第六識も「意識」というので、
          その違いは、
          意識は
         「意」によって生じる・・・?思考
         「識」であるから・・・・・?概念規定・認識
         「意識」という。・・・・・?記憶
         「依主釈」。
         「末那識」は「持業釈=同格限定複合語」
          である。「持業釈(ジゴッシャク)」?
          ・・・???
          単語をつなげて造られる複合語
          「積む」+「重ねる」=「積み重ねる」
          「甘い」+「辛い」=「甘辛い」
      末(すえ)の那(くに)を識(し)る
                那=尹+阝・・・任那(みまな)
                  尹=おさめる・ただす
                    おさ・長官
                    イン・令尹
                那=刀+二
                那辺(どのあたり・どこ)
                   那落・支那・旦那
                那何(いかん?・どう)
ーー↓↑ーー
 「ヨーガ(yoga・漢字での音写語、借音は瑜伽?
  瑜=王(おう)+兪(やすらぐ)・・・王を癒(いや)す
   =宝玉・瑾瑜=美玉・・・王=玉=たま=多磨・多摩・霊
  伽=イ+力+口・・・イ(人)に加える
           人に力を口から与える
           呼吸を整える
    励ます
    とぎ・話し相手になり慰めること
    お伽話・夜伽・・・癒す・・・癒=疒+兪(俞)+心
             兪(俞)=亼+肉+巜(刀)
             兪(俞)=人一(𠓛)肉巜
                  人のハジメは肉の巜
                 =亼月巜
             取り出す+亼巜(亼の刃物)=兪・俞
    ↓↑         ↓↑
    木の中をくりぬいて舟にする
    中身を取り出す
    肉(舟)+巜(刀)=肉から血膿を刀で抜き取る
    入(いりがしら=𠆢)+一+肉+巜(流動液・液体)
    「兪・俞(ユ・yú)」・・・楡(にれ)=木+兪
    兪=木の中をくりぬいて舟にする様子
      舟(舟をくりぬく
    兪・俞=亼+肉(月・舟)+巜(液体・リ=刃物・メス)
    漢字の意味は「丸木舟・移す」
    漢方医学で「経絡(つぼ)」
    健康障害を除く「つぼ」を「兪穴(ユケツ)」
    癒(いや)す=看護・看病・・・加護?
  =牛馬にくびきをつけて車につなぐ動詞(yuj・ユジュ)
   から派生した名詞
   「結びつける」の意味・・・
 「ヨーガ・スートラ=心の作用のニローダ(静止、制御)
  自らの感覚器官を
  制御し、瞑想によって
  精神を集中する(結ぶ・繋ぐ・維ぐ)ことを通じて
  日常的な心の作用を止滅するコト」
 らしい・・・なるほど、「瑜伽」が数珠の比喩なら「玉」を「結ぶ・繋ぐ・維ぐ」である・・・「明治維新」って「明らかして治め、新しモノに維(糸の隹=つな)ぐ」・・・「四維=礼、義、廉、恥」・・・
 「瑜伽・ヨガ・兪雅?」の漢字意訳は
 「相応」らしい・・・相応・・・「分、相応」はレベルの問題
                 ピンからキリまでのレベル
 ・・・分、相応の「悟り」、「自覚」・・・「字画」では難しい・・・欲張らないで、自分自身の余裕の枠内で生きろって、かッ・・・ィヤぁ~、モンクはないけれどネッ・・・
 ヤッパ、異国、他国、隣国、「隣村=となりむら=訳名理務等」のコトバも理解するには難しく、困難である・・・「男と女」の交わすモノは「咲かせて咲かせて桃色吐息・金色銀色桃色吐息」だけでイイ?、コトバは不要であるカモ・・・それも、体力次第だろう・・・アイツのコトバも異国のヒビキだし・・・自分のコトバも理解困難・・・
 「煩悩の存在」であるコトを否定するんじゃぁなく、男も女も、「灰・舎利」になるまでアルんだって、ハッキリと認めた方が精神衛生上、イイ・・・自然界で、活きている、生かされているって「涅槃の前」、「涅槃まで」のコトだから・・・
ーー↓↑ーー
 アラヤシキ(蛙等哉詞記)
 マナシキ(真名詞記)・・・???
 ↓↑
 勝手に、我流に「漢字」から解釈(介錯?)・・・
 ↓↑
 八識
 意識作用の8種
 4世紀のインド(印度)に興った
 瑜伽行-唯識学派
 によって立てられた
 天台宗では
 第九・阿摩羅識を立てて全九識
 真言宗では
 第十・乾栗陀耶識を立て全十識
 ↓↑
 第七識=末那識を
 第六識=意識
 と区別し、
 「末那」ということによって、
 その識の特徴を示す
 「末那」=「思量(おもいはかる)」の義?
      「思料」でもなく、「思慮」でもない
      「思う分量、数量」である・・・?
       そして
      恒審〈ゴウシン〉の・・・恒常、日常的な
                  審判、判断?
      2義があり、
      第六の「意識」は
     「意の識」と・・・意(味)に依る(認)識
     「依主釈」?・・・主(五感の知覚)
              を前提に、依拠した
              更なる解釈、
              内容説明の追加、附け加え?
     「依主釈(エシュジャク)」=解釈の更なる解釈
               AはBであるから
               スナワチ、
               Cでもある
      によるもので
     「第七の末那(マナ)」は、
      すなわち
     「第六の意識」・・・
      記憶として意義され認識化されたモノを
      前提にし、
      更なる「意識、認識」の緻密化?
 第七は「意即識」、・・・意識化されたモノの更なる
             詳細な知識化、概念化
 すなわち、
 「第七識=末那識」は
 いわゆる
 「持業釈」による解釈・・・?・・・混乱も困惑も起こる?
 ↓↑
 第七の思量・・・?
 「思量」と云うんだかネッ?・・・思いが膨れ上がった質量の
                 扱い方=認識の仕方
 ↓↑
 第七識は
 「思量」と
 物事について
 詳しく考え、判断し、推理する働きの
 「恒審」の
 二義をもっている
 ↓↑
 第六識は
 「恒審」
 を具足していない
 ↓↑
 第六識は
 極悶絶〈ゴクモンゼツ〉
 極睡眠〈ゴクスイミン〉
 などのように、
 失心した時や
 深い眠りの中では
 「恒審」を
 断絶してしまうから
 恒思量の義を欠く・・・夢の中で考え、
            探(捜)しモノをするコトも
            欠く
            佐賀氏のモノ?・・・
            相模のモノ?・・・
            サガミにカミにカミて
           (古事記・誓約)を
           「恒審」しない
 ↓↑
 第七識とは
 恒と審との
 2義を備えた
 思量識で
 かくて、
 第七識が
 「末那〈manas〉」である・・・?
 ↓↑
 「未(いまだ)-那(ナ・尹+阝)-(であらず)」
  ではなく
 「末(すえ・うら・マツ・バツ)の
  那(ナ・尹+阝)」である・・・?
    「漢委奴國王印」→「委奴國」?
 「末=物の端・物事の終わりの方・最後・果て
    末裔・末期(マッキ)・末期 (マツゴ)
    末日・末梢・末端・末尾・末葉
    木の端、梢(こずえ)の先端
    「記紀(古事記・日本書紀)の末端・・・?
    「魏志倭人伝」の末端の國・・・「奴國」?
 ↓↑     ↓↑
 「末那識」の「はたらき=機能・作用」
 具体的にどのような
 「思量」を行うものか
 第七識のよりどころは
 第八の
 阿頼耶識(アラヤシキ)
 すなわち、
 間断〈ケンダン・カンダン・まダン〉なく
 無始時来相続・・・連続、継続、不断
 している
 第八
 阿頼耶識、・・・・肉体そのもの?
 生命の根本たる
 根本識による
 第七識も、
 無始時来相続
 している
 この根本識に
 依止〈エジ〉・・・「力や徳のあるものに依存し、
           それを頼みとすること」
          「依託止住(エタクシジュウ)」の意味
           頼りにし、拠り所という留まるコト
           力あり徳あるところに
           止住して離れざること」
 して活動する
 第七識は、
 何をその対象とし、
 その対象に対して
 如何に働くのか・・・
 それは
 自らの
 依止たる
 第八阿頼耶識の
 見分を・・・・実際に立ち会って検査すること
        調べ見届けること
        見かけ・みてくれ・外見
        見分けること・弁別・識別
 対象とし、
 それを
 実我と誤って考え、
 それにとらわれる
 第七識は
 我執の
 根本となる識
 ↓↑
 第八阿頼耶識は
 無始時来相続し
 一切の世界を・・・自然界、人間界
 顕現・・・・・・・事象、現象
 する根本は
 この
 阿頼耶識の・・・・人間の認識
 活動を観て、
 顕現の基体となる
 阿頼耶識の
 主体の側を・・・・「自然、人間界」の
           人間の認識対象を
 実の我であると・・・人間の自我
 思量し確執する
 かくして、
 第七識こそは
 虚妄分別の
 根本となるもので、
 我他彼此(ガタピシ)の
      ・・・我と他と、彼と此とを対立的に見ること
         個物を個物としてのみ把握し
         根元的な万物の同一性を見失っていること
         自分と他人、あれとこれと、
         物事が対立して決着しないこと
         さまざまな苦難、困難に堪え忍ぶべき世界
 対立
 分別
 の源となる
 ↓↑
 末那識
 我執の意識
 人間界の苦悩を
 自我を執じ、
 他を差別する
 分別にあるとみる
 ↓↑
 自他の区別があることが
 苦の原因ではない。
 ↓↑
 自他の区別に執着し、
 区別されたものを
 差別視するところに
 苦の原因がある
 ↓↑
 無常自体は
 世間の実相で
 無常であることが
 苦の原因ではない・・・無情が原因だろう・・・
 失ったモノに対しては苦である
 それを所有していた時の
 執着心が苦しみの元・・・
 我執
 ↓↑
 根本識たる
 阿頼耶識の
 見分を
 実我であると
 誤認するところから起こる
 その誤りを犯すものが
 末那識である
 ↓↑
 末那識は
 阿頼耶識に
 依止し、
 しかも
 阿頼耶識の
 見分を
 所縁とする
 ↓↑
 実我の執着
 第八識の
 行相〈ぎょうそう・働くすがた)は
 極めて微細なものであるから、
 それが
 第七識によって
 執着されているかどうか
 容易に知りえない
 ↓↑
 第七末那識の
 我執の内容
 第七識
 我癡〈ガチ〉
 我愛〈ガアイ〉
 我慢〈ガマン〉
 我見〈ガケン〉
 4種の
 煩悩と相応・・・
 ↓↑
 我癡とは無明をいう。無我の理に迷うこと
 我愛とは執着されている自我について貪着すること
 我慢とは執着されている我について、
     それを高しとすること
 我見とは妄りに自我を執する悪見
 これらの
 4煩悩と
 相応するということは、
 第七識の働きが
 真理に明らかでないために、
 妄りに物の区別を
 差別視し
 執着する
 人間の心情である
 ↓↑
 第七識が
 常に
 人間は
 自ら働いているところに、
 自分を
 他の一切のものから区別し、
 自己を形成する
 ↓↑
 第七番目の識として、
 仏教内にはこれを
 阿陀那(アダナ)識と
 名づける
 地論宗
 ↓↑
 第八識を
 真識として
 真如と同一であるとし、
 この真識が動じ変化して
 分別的に
 働く力が
 第七の
 阿陀那(アダナ)識
 ↓↑
 「起信論(著者は馬鳴)」の・・・「馬が鳴く」って?
 根本無明
 それは
 分別の根本として
 妄染の識
 ↓↑
 法相宗では
 末那識を
 我執の意識
 ↓↑
 第八阿頼那識は
 妄識
 ・・・妄想の根元は「不可知、不思議な宇宙」だろう・・・
 ・・・だから、ドウだって?・・・モウソオ・・・
ーー↓↑ーー
 ・・・その後のTVで
 「14:00・
  ネコメンタリー
  猫も、杓子(しゃくし)も
  ・養老センセイとまる
  14:25
  ネコメンタリー
  猫も、杓子(しゃくし)も
  ・角田光代とトト」
 を観た・・・ETVはイズレも「再放送」である・・・
ーー↓↑ーー
 本日は、2017年04月22(二二・二十二・弐弐・弐拾弐・念仁・貮足弐)日目・・・
 「2017年丁酉(庚・辛)・4月甲辰(乙・癸・戊)・22 日己卯(甲・乙)」・・・
  ↓↑
 2017年 丁酉(庚・ ・辛)年
    支合辛
 4  月 甲辰(乙・癸・戊)月→偏官(正官・偏財・劫財)
干合戊 支害
 22 日 己卯(甲・ ・乙)日
ーー↓↑ーー
 ・・・既に「4月23日」・・・

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茶壷の価値・・・「於大名」と「轉合菴」・・・

2017-04-20 21:40:41 | 古事記字源

 ・・・今朝のTV、「11:05・発掘!お宝ガレリア・信長・秀吉・家康が愛した茶道具は入れ物もスゴいんです展・国宝や重要文化財に指定されているスゴイ茶道具・だが今回ガレリアではあえて、入れ物に目を付けた・中身の茶道具に引けを取らないとんでもなくスゴイ入れ物を大発掘」を観たが、「茶道具」と「茶室」よりも、漢字の「於大名」と「轉合菴」に興味があった。素直に漢字を考えれば「於(おいて)、大(おほ)、名(な)」と、「轉(ころび)、合(あわせる)、菴(いほり)」だが・・・「小堀遠州(こぼりえんしゅう 1579~1647)は八条宮智仁親王(はちじょうのみや とし ひとしんのう=桂宮)より茶入「於大名(おだいみょう)」を賜り、その茶入れの披露のために、京都伏見の六地蔵にこの茶室、転合庵(轉合菴)を建てた」・・・
 「小堀遠州(1579~1647)」が
 「桂宮(八条宮智仁親王)」から
 茶入の



 「於大名(おだいみょう)」
 を賜った折、その披露のために
 京都
 伏見の
 六地蔵に建てた茶室が
 「転合庵(轉合菴)」。
 1878年、
 京都
 大原の
 寂光院に伝わっていた
 「転合庵(轉合菴)=茶室」を、
 「渡辺清(福岡県令、福島県知事、男爵)」が譲り受け、
 東京
 麻布区
 霞町に移築。その後、
 「三原繁吉(日本郵船の重役・浮世絵コレクター)」が所蔵。
 三原は
 茶入
 「於大名」も入手し、
 茶室
 「転合庵(轉合菴)」と、
 茶入
 「於大名」が
 再会、再会合。その後、
 「塩原又策(三共株式会社=第一三共の創業者)」
 を経て、妻の
 「塩原千代」
 から昭和38年(1963)に
 茶入とともに当館に寄贈された・・・
 「転合庵(轉合菴)=木造平屋建て、切妻屋根、瓦葺き、
           二畳台目向切席、4畳半座敷、水屋」
 ・・・「小堀遠州」ゆかりの茶室「転合庵(てんごうあん・轉合菴)」・・・「茶入れ」は「茶壷」で、この「茶壺」の「箱」が「転合庵(轉合菴)」と、云うコトらしい・・・
 人間が「価値とするモノ(道具)」は個々人によって千差万別であると思うけれど・・・名古屋に居た時に「ソダイゴミ(粗大塵)捨て場」で拾った「茶碗」は「名器」であるとボクは思っているが・・・ボクにとって「ソダイゴミ(粗大塵)捨て場」で拾ったモノはナンでも「ソザイゴミ(素材塵)=宝物」だった・・・捨てるなんって、モッタイナイでアル・・・
 そして、その後、また、TVで
 「天海祐希(あまみ-ゆうき・テンカイ-ユウキ・1967年8月8日~丁未(丁・乙・己)年-戊申(己・壬・庚)月-甲辰(乙・癸・戊)日」さん主演のドラマ、
 「14:58・緊急取調室・嘘まみれの女・夫殺しを認めながらも、
 供述内容が二転三転する利香(安達祐実・1981年9月14日・辛酉(庚・辛)年-丁酉(庚・辛)月-乙未(丁・乙・己)日」
 「キントリ班は嘘だらけの供述を追及するうち最も考えたくない可能性を視野に入れ」を観た・・・「緊急取調室(キントリ )」ですか、ボクは「金とり・禽とり・錦とり・禁とり・筋とり・近とり・今とり」かと・・・
 「天海祐希」さんの本名って「中野祐里」ですか。
 「安達祐実」さんも熱演だった・・・「ドウジョウよりも、カネをクレ」のムスメ(家なき子)だった・・・本名が「長谷川祐実」ですか・・・「舟が泊(は)つ瀬」で「初瀬(はせ・長谷)川」?・・・空と君のあいだに・・・とてもじゃないが、ダレかのゼンにもアクにもなれない・・・
 「長谷川等伯
  天文(てんぶん)八年生1539
         ~
  慶長十五年(1610)二月二十四日
  七尾城主
  畠山氏の家臣
  奥村文之丞宗道の子
  長谷川宗清(道浄)の養子
  ↓↑
  安土桃山(織豊)~江戸時代前期の画家
  故郷の能登国(石川県)
  七尾を拠点に
  又四郎信春の名で仏画などを作成
  30代、京に上って
  堺商人や
  千利休
  本法寺十世の
  日通
  などと親交
  大徳寺の
  春屋宗園と親交を結び
  同寺の
  牧谿筆
  「観音猿鶴図」
  真珠庵の
  「曾我蛇足
  (そがじゃそく)」・・・室町時代の画家、水墨画派
  の障壁画などに触れた
  のち帯刀(たてわき)、初め信春と号
  仏画を描き、京都に出て
  雪舟の水墨画などの画法を学び、
  名も等伯と改め、
  日本独自の水墨画様式を確立」
  ↓↑
 ・・・「心筋梗塞手術」での外科医の先生の名が「中野先生」だったけれど名医・・・
 レレレッ・・・「初瀬(はせ・長谷)川」の検索だったのに・・・兎に角、「雄略天皇(ゆうりゃくてんのう)」は、
 「允恭天皇七年十二月~雄略天皇二十三年八月七日)
  第二十一代天皇
  在位、
  安康天皇三年十一月十三日~雄略天皇二十三年八月七日)
  允恭(いんぎよう)天皇の第五皇子
  ↓↑
  皇后は
  草香幡梭姫皇女(くさかのはたびひめのひめみこ
          日下王
          仁徳天皇の皇女
          大日下王の妹)
  妃は
  葛城韓媛(かつらぎのからひめ
  ↓↑   葛城円大臣の女)
       子供
       白髪皇子(しらかのみこ
            清寧天皇)
       栲幡姫皇女(たくはたひめのひめみこ
  ↓↑         稚足姫皇女・斎宮)
  妃は
  吉備稚媛(きびのわかひめ
  ↓↑   吉備上道臣の女
       元、吉備上道臣田狭の妻
       吉備兄君・吉備弟君の母)
       子供
       磐城皇子(いわきのみこ)
       難波小野王(顕宗天皇の皇后)の祖父
  ↓↑   星川稚宮皇子(ほしかわのわかみやのみこ)
  妃は
  和珥童女君(わにのわらわきみ
  ↓↑    春日和珥臣深目の女)
        子供
        春日大娘皇女
       (かすがのおおいらつめのひめみこ
        高橋皇女・仁賢天皇の皇后)
        武烈天皇
        手白香皇女(継体天皇の皇后
              欽明天皇の母)
        橘仲皇女(宣化天皇の皇后)の母
  ↓↑
  「宋書」の
  「倭 王武」に比定
  別名は
  大泊瀬幼武尊(おおはつ せわかたけるのみこと)
  大泊瀬幼武天皇(おおはつせわかたけるのすめらみこと)
  大長谷若建命
  大長谷王(古事記)
  大悪天皇
  有徳天皇
  埼玉県
  行田市
  稲荷山古墳から出土した鉄剣に記された
  獲加多支鹵大王は・・・115文字の金象嵌
  大泊瀬幼武尊(おおはつせわか たけのみこと)」か?
  ↓↑
 ・・・多分、「古事記の双子の皇子」の「大碓・小碓」の「小碓命=倭男具那=ヤマトタケル」の物語の主人公だろう?・・・
  ↓↑
 武烈天皇(ブレツテンノウ)
 仁賢天皇二年~武烈天皇八年十二月八日)
 第二十五代天皇
 在位は
 仁賢天皇十一年十二月~武烈天皇八年十二月八日)
 名は
 小泊瀬稚鷦鷯尊 (おはつせのわかさざきのみこと)
 小泊瀬稚鷦鷯天皇(おはつせのわかさざきのすめらみこと)
 (日本書紀)
 小長谷若雀命  (おはつせのわかさざきのみこと)
 (古事記)
         「お・オ」か? or 「を・ヲ」か?
  ↓↑
 ・・・「お」と「を」のチガイはナニか?・・・・「音」は同音なのか?異音なのか?・・・「を」は助詞に限らず、様々な言葉で使われていた・・・
 ・・・「鰹=かつを・乙女=をとめ・収む=をさむ・幼子=をさなご」・・・
 ・・・「じ・ジ」と「ぢ・ヂ」、「え・エ」と「へ・ヘ」、「わ・ワ」と「は・ハ」、「づ・ヅ」と、「ず・ズ」・・・
 ・・・「現代かなづかい」が同音の「現況」・・・
  ↓↑
 武烈天皇
 暴君
 悪逆非道の記述は「日本書紀」
 天皇の御名
 小泊瀬稚鷦鷯尊は、
 仁徳天皇=大鷦鷯尊
 雄略天皇=大泊瀬幼武尊
 の接合、合体・・・
  ↓↑
 TV「19:30・ためしてガッテン」では「STOP突然死・強い心臓をめざせSP」をみたけれど・・・「血管がつまって鼓動がストップ」する「心筋梗塞」だった・・・
 「ゼブラフィッシュ=ゼブラ・ダニオ (学名はDanio rerio)=ヒトの主要臓器、組織の発生、構造が似ている魚」は強い心臓を有する「お魚=まな=真名=漢字」だった・・・
 「ヒトの心臓細胞のスーパーミトコンドリア」の生成には「酸欠などの負荷をかけた心臓では、ミトコンドリアのエネルギーの活性化が高まる」、「心拍数110の運動」がイイらしい・・・呼吸でしばらく息を止めたら同じ効果があるんじゃぁなかろうか・・・呼吸は吸いこむ時より、吐き出す時、吐ききるコトがイイかも・・・「冠動脈の閉塞、狭窄(キョウサク)」で血管が詰まってしまっちゃぁドウしょうもナイか・・・
 ミトコンドリア(mitochondrion、複数形=mitochondria)
 真核生物の細胞小器官
 二重の生体膜からなり
 独自のDNA(ミトコンドリアDNA=mtDNA)を持ち分裂、増殖
 「mtDNA」は「ATP合成」以外の生命現象にも関与
 酸素呼吸(好気呼吸)の場
 細胞のアポトーシスにおいても重要な役割
 アポトーシス(apoptosis)
 多細胞生物の体を構成する細胞の死に方の一種
 個体をより良い状態に保つために積極的に引き起こされる
 管理・調節された細胞の自殺、
 プログラムされた細胞死を担っている
 Apoptosis
 語源はギリシャ語
 「απόπτωσις・apoptosis・アポプトーシス」
 「apo-(離れて)」+「ptosis(下降)」
 「(枯れ葉などが木から)落ちる」という意味
 英語では
 [ˌæpəˈtoʊsəs,ˌæpəpˈtoʊsəs]と発音されるが、
 この語が最初に提唱された論文では
 2番目の
 「p(ピィ)」を「黙字」としている・・・「ヒィ」?
  ↓↑
 「mtDNA」とその遺伝子産物は
 一部が細胞表面にも局在し
 突然変異は自然免疫系が特異的に排除する。
 ヒトにおいては、
 肝臓、腎臓、筋肉、脳などの
 代謝の活発な細胞に
 数百、数千個のミトコンドリアが存在し、
 細胞質の約40%を占めている。
 平均では1細胞中に
 300~400個のミトコンドリアが存在し、
 全身で体重の10%を占める
 「ヤヌスグリーン (janus green)=緑の色素」によって
 青緑色に染色される・・・
ーーーーー
 ・・・???・・・

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