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コジキジゲン

エジプト=Egypt=埃及・・・ゑじぷと・・・ゑ=留山々

2023-01-31 19:32:45 | 古事記字源

 えじぷと=埃及=Egypt・・・カイロ=回路=Cairo=繪蘆
 長旅・・・海洋航路で地球を一周・・・
 えじぷと=埃及=Egypt・・・カイロ=回路=Cairo=繪蘆
 長旅・・・海洋航路で地球を一周・・・

 ゑじぷと・・・ゑ=る+ᨓ(ՠ)=留+山+々・・・
 クフのピラミッド=▲△▲・・・
 スフィンクス=🦁=人面獅子・猪・宍

 奈良市の「富雄(トミヲ)丸山」古墳(円墳)
 「鼉龍(ダリュウ)文盾形銅鏡」
 「蛇行鉄剣(全長237センチ・幅約6センチ)」
 長髄彦=那賀須泥毘古=登美能那賀須泥毘古=登美毘古


  ↓↑
  円周(Circumference)の
      長さ=直径×円周率(π=3.1415)
       L=2r×π
  球の表面積=4×「円周」率×半径×半径
       S=4πr2・・・・・ 円 の面積=S=π× r × r
    S=4×π× r × r・・・円柱の体積=V=π×r2×h
       円錐の面積
   S=πr(r+R)=π×(底面の半径)×{(底面の半径)+(母線の長さ)} 
      錐体の体積=1/3 × 底面積×h
  円=圓=ヱン=「ア(了)+一+ム」=まどか
                   つぶら
               円大臣(つぶらのおほおみ)
        葛城円=円大使主=都夫良 意富 美
          葛城=欽明天皇の皇子
             中大兄皇子の「諱」
       ン=冫=にすい=氷・・・ん=子音(シオン)
              黒田如水=シメオン=シオン
              黒田官兵衛=小寺万吉
       シメオン(Simeon)=古代ユダヤに由来
        原義は「聞く、耳を傾ける」
       シメオンがギリシャ語化され「シモン」
  ↓↑    ↓↑
       万葉仮名には「ん」にあたる仮名はない(無・无)
       草仮名でも
      「无=尣=八+儿
        =一+尢)」が用いられる・・・尢=身体不自由人
         一+亠+儿
         二+儿
   ・・・「天=二+人」
   ・・・「尤=もたれかかる・まとわりつく・もっともな道理」
  ↓↑
  ヱンシュウリツ
  絵務州  理通
  ゑむしゅうりつ・・・ゑびす=夷・戎・胡・蛭子・恵比寿
  ↓↑
  本来は「へ」である「行方(ゆくへ)」が「ゑ」とされ
  本来は「ゑ」である「絵(ゑ)」が「え」に
  「故(ゆゑ)」
  「植ゑ(うゑ)」
  「酔ふ(ゑふ)」
  が「へ」とされ
  元々の「発音」とは異なる表記が採用された・・・
  BY  兎一揆箆(屁)出蛙・・・?
        箆=竹+冂+人+比
        ヘイ・へ
        かんざし
        すきぐし
        の
        へら
        けすじたて・・・毛筋たて・消す字多出?
        くし・すきぐし
        箆(かんざし)・箆(すきぐし)
        箆(の)・箆(へら)
        箆増しは果報持ち
         年上の女を妻にすると幸せになる
       「箆増し」=年上の女房
  ↓↑    ↓↑
 球の表面積=4×「円周」率×半径×半径
 球磨・厔・隈・・圓=ゐん=猪(亥・ゐのこ)=豕
 熊=大小の熊   =瘖(おし・ゐん・ヰ无)
 北斗七星
      =四(肆)
       カける
       丌(キ・其)の字状
         ・・・几=机・几帳
       丌=物をのせる台(臺・うてな・ダイ)
         足のついた台=飯台・燔祭の壇

       机(つくえ・キ)
       畀=畁=賜(たま)う
       亣=亠+丿+丨=大・・・介=𠆢+丿+丨=厄介・介入
         亠=鍋蓋
           漢字の「音」の略字
               音=立+日(曰=いわく)
       㚦=姖=姫=姬=烥・・・熙=煕=
        =黄帝の姓
         周王朝の王室の姓
       亓=一+丌=其・・・基・・・元
       踑=足+其=キ=䟚=𧿄
        「踑踞(キキョ)」
         腰を下ろし
         両足を前へ投げ出すようにして座る
         膝を曲げることはあっても
         足は組まない座り方=「箕踞」
       䢋=辶+丌
         辶+一+丿+丨
        =䢎=辶+开
           辶+幵
           辶+一+廾
           辶+干
           辶+一+丿+丨
       𧿄=䟚=𨄎=㠱
       𧿄=足+丌=踑・䟚
        「踑踞(キキョ)」
       𧿁=足+几=刖・跀・𧿊
         罪人の足を切り落とす刑罰
         軍法に定める中程度の罪に対する刑罰
         軽い順に
        「聅(耳を矢で射る刑)」
        「刖(足を切り落とす刑)」
        「剄(首を切る刑)」
         切り落とす刑罰の総称
        「月=肉=体」
 ↓↑
 キイラルゴ=keyーlargo
      =長い鑰(かぎ)
    ・・・長の鑰(かぎ)
       ↓↑
       長柄・・・柄杓・枓=北斗七星・Big Dipper・Plough
            大熊座
            北斗・北斗星・七つの星・七曜
            四三の星・七剣星


       ↓↑
       長和・・・日本元号
            寛弘九年十二月二十五日
           (ユリウス暦1013年2月8日) 改元
            長和六年 四月二十三日
           (ユリウス暦1017年5月21日) 寛仁に改元
            三条天皇、後一条天皇
            藤原道長
       長江・・・中国青海省チベット高原が水源地域
            大陸の中央を流れ東シナ海へと注ぐ川
            全長は6300km
            ナイル川、アマゾン川
            に次ぐ第3位の大河
       長州・・・長門国 - 日本古代の令制国の一
            山口県西部
            中国陝西省に設置された省
       長門・・・長門国 - 日本古代の令制国の一
       長野・・・古代信濃国の
            水内郡、高井郡、埴科郡、更級郡
            善光寺

       長嶋・・・古代の信濃国の
            水内郡、高井郡、埴科郡、更級郡
            長島 (岡山県) - 岡山県瀬戸内市の島
            長島 (広島県) - 広島県豊田郡大崎上島町の島
            長島 (広島県江田島市)
            長島 (山口県) - 山口県熊毛郡上関町
            防予諸島(熊毛群島)に属する島
            長島 (徳島県) - 徳島県阿南市にある島
            長島 (長崎県) - 長崎県壱岐市にある島
            長島 (長崎県西海市) - 長崎県西海市
             にある無人島で
             2015年11月
             ハウステンボスが取得
            長島 (鹿児島県) - 鹿児島県出水郡の島
            長島 (青森市) - 青森県青森市中心部の町名
            長島 (平泉町) - 岩手県西磐井郡平泉町の大字
            長島 (越谷市) - 埼玉県越谷市の地名
            紀伊長島町 - 現在の三重県紀北町
            長島県 - 中国山東省煙台市の県
       長浜・・・
       長篠・・・長篠の戦い
            長篠の合戦・長篠合戦
            天正三年五月二十一日(1575年6月29日)
            三河国長篠城(愛知県新城市長篠)
            をめぐり
            3万8千人の織田信長・徳川家康連合軍と
            1万5千人の武田勝頼の軍勢が戦った合戦
            決戦地が設楽原(したらが原)
            有海原(あるみ原)
           (『藩翰譜』・『信長公記』)
            で
           「長篠・設楽ヶ原の戦い」
            と記す場合がある
       長崎・・・
       ↓↑
       長靴・・・イタリア(伊太利亜)半島
            長靴を履いた猫(ねこ)
            「カラバ侯爵の城」

            長耳の兎(うさぎ)
            「アリスと白うさぎ」
    「飛耳長目」
       ↓↑
       長・・・おさだ=譯(訳)語田
       長官・・四等官制
           長官・次官・判官・主典の4等級
       ↓↑
       長屋王=太政大臣・高市皇子の長男
           大海王子=天武天皇の孫
           正二位・左大臣
           藤原四兄弟の陰謀で自殺
           大宝四年(704年)
           初叙時の年齢を21歳として
           天武天皇十三年(684年)誕生説
          『懐風藻』の記事
           享年54歳に基づき
           天武天皇五年(676年)説
           父は天武天皇の長男の
           高市皇子
           母は天智天皇の皇女の
           御名部皇女・・・「御名」の部・・・
          (元明天皇の同母姉
           阿閇(あへ)
           阿陪皇女(あへのひめみこ)
           の同母姉)
           ↓↑
           元明天皇
           天智天皇第四皇女子
           母は蘇我倉山田石川麻呂の娘の
             姪娘(めいのいらつめ)
           持統天皇=鸕野讃良は父方では異母姉
                母方では従姉
                夫の母であるため姑
           大友皇子(弘文天皇)は異母兄)
           天武天皇と持統天皇の子の
           草壁皇子の正妃
           文武天皇と元正天皇の母
           藤原京から平城京へ遷都
          『風土記』編纂の詔勅
          『古事記』を完成
          「和同開珎」の鋳造)
       ↓↑
    藤原道長・・・?
        康保三年(966年)
        ~
        万寿四年十二月四日(1028年1月3日)
        後一条天皇・後朱雀天皇・後冷泉天皇の外祖父
       ↓↑
     浅井長政(淺井 長政)・・・?
         天文十四年(1545年)
         ~
         天正元年九月一日(1573年9月26日)
         猿夜叉丸(幼名)・賢政・長政
         別名 新九郎、備前守(通称)
         戒名 養源院天英宗清
         墓所 滋賀県
            長浜市徳勝寺
            贈従二位・中納言
            主君 六角義賢
            父  浅井久政
            母  小野殿
            兄弟 政元・政之
               岡崎安休・浅井治政
            姉妹 阿久姫・大弐局
               京極マリア
            正室 平井定武の娘
            継室 お市の方(織田信長の妹)
            側室 八重の方
            男子 万福丸・万寿丸・・・萬
               ↓↑
            女子 茶々(菊子・淀君
               豊臣秀吉の側室
               子に棄(鶴松)
                 拾(秀頼))
               猶女に完子
               ↓↑
               初(常高院・京極高次の正室
               御鐺(おなべ)・於那
       ↓↑
               江(崇源院・徳川秀忠の正室
               小督 (おごう)・江与(えよ)
               子に徳川家光・・・)
               養子 井頼
       ↓↑
    大久保長安=土屋 長安・・・?
          甲斐の武田信玄の家臣
          金春流の猿楽師、大蔵信安の次男
          氏族 大蔵(秦)→土屋→大久保
          徳川家康の奉行(代官頭)
          勘定奉行
          佐渡金山接収役
          甲斐奉行・石見奉行・美濃代官
          石見守
          中風で家康から
         「烏犀円」を与えられた・・・
          伊達政宗の幕府転覆計画に賛同・・・?
       ↓↑
    支倉常長・・・?
     山田長政・・・?
    織田信長・・・?
     高野長英・・・?
     淀川長治・・・?

 ↓↑
 慶長遣欧使節
 慶長十八年(1613年)
 仙台藩主
 伊達政宗が
 フランシスコ会宣教師
 ルイス・ソテロを正使
 支倉常長を副使
 として
 スペイン国王
 フェリペ3世
 ローマ教皇
 パウロ5世
 のもとに派遣した使節
 ↓↑
 徳川家康は
 オランダの商船リーフデ号で
 豊後国(大分県)に漂着したイギリス人
 ウィリアム・アダムス(三浦安針)
 を外交顧問としていた
 ↓↑
 慶長十四年(1609年)
 前フィリピン総督
 ドン・ロドリゴ
 の乗った
 サン・フランシスコ号が
 上総国
 岩和田村(御宿町)に漂着
 慶長十六年(1611年)
 答礼使
 セバスティアン・ビスカイノ
 がス
 ペイン国王
 フェリペ3世
 の親書を携えて来日
 ↓↑
 伊達政宗は
 家康から許可を得て欧州へ使節を派遣計画
 慶長遣欧使節の主目的は
 仙台藩とスペインの通商交渉・・・
 政宗は
 セバスティアン・ビスカイノ
 の協力によって
 ガレオン船
 サン・フアン・バウティスタ号を建造
 (スペインは、ガレオン船の建造技術を国家の最高機密とし
  造船技術を外国に漏洩した者は死刑に処していた)
 政宗は
 ルイス・ソテロを外交使節の正使
 支倉常長を副使に任命
 一行180余人を
 ヌエバ・エスパーニャ(メキシコ)~スペイン~ローマへ派遣
 ↓↑
 慶長十八年九月十五日(1613年10月28日)
 サン・フアン・バウティスタ号で
 牡鹿半島
 月ノ浦(宮城県石巻市)を出帆
 ヌエバ・エスパーニャ太平洋岸
 アカプルコへ向かった
 3か月後
 1614年
 1月28日
 アカプルコ入港
 3月4日
 使節団先遣隊が
 メキシコシティに入った
 先遣隊の武士が
 メキシコシティで盗人を無礼討ちにし
 常長ら10人を除き
 武器を取り上げられ
 3月24日
 常長らがメキシコシティ入り
 5月8日
 メキシコシティ出発
 6月10日
 スペイン艦隊
 サン・ホセ号で
 ヌエバ・エスパーニャ大西洋岸
 ベラクルス
 サン・フアン・デ・ウルア
 (サン・フアン・デ・ウルア=San Juan de Ulua
  メキシコのベラクルス港付近の島の要塞)
 を出港
 7月23日
 キューバのハバナ到着
 8月7日
 ハバナ出港
ーーーーー
 スペイン語
 Republica de Cuba
 通称 Cuba=クーバ

 英語
 Republic of Cuba
 通称 Cuba=キューバ
 ↓↑
 漢字表記
 玖馬・玖瑪・久場・古巴
 ↓↑
 カリブ海最大の島
 キューバ島=「中心地」=クバナカン
 インディオ(タイノ族)語
 クバナカンが由来
 ↓↑
 ハバナ(スペイン語: La Habana・la aˈβana)
        英語: Havana)
     スペイン語発音は  「ラ・アバーナ」
   サン・クリストーバル・デ・ラ・アバーナ
   San Cristobal de La Habana)
   クリストーバル=ハバナの守護聖人
 ↓↑
 ハバナ=葉羽奈・葉和奈・嚇法拿・哈瓦那・巴波那
ーーーーー
 10月5日
 スペイン南部
 サンルーカル・デ・バラメーダ
 到着
 ソテロの本拠地
 セビリアに入った
 10月27日
 常長
 セビリア臨時市議会に臨み
 使命を述べた
 11月25日
 セビリア出発
 12月20日
 首都マドリードに入った
 1615年
 1月30日
 常長ら使節は
 スペイン国王
 フェリペ3世に謁見
 2月17日
 常長はフェリペ3世ら臨席のもと
 王立修道院の付属教会で洗礼を受けた
 8月22日
 使節団はマドリードを出発
 10月25日
 ローマに到着
 10月29日
 栄誉のローマ入市式
 11月3日
 常長、ソテロらが
 ローマ教皇
 パウロ5世に謁見
 11月20日
 常長らにローマ市民権証書が授与
 1616年1月7日
 ローマを出発し再び
 スペインのセビリアへ
 1617年7月4日
 使節団はセビリアを出発し
 ヌエバ・エスパーニャまで戻り
 1618年4月2日
 迎えの
 サン・フアン・バウティスタ号で
 アカプルコを出港
 8月10日
 フィリピン
 マニラ
 に到着
 サン・フアン・バウティスタ号を
 マニラで売却し
 常長は便船で
 元和六年八月二十四日(1620年9月20日)
 日本へ帰国
 元和八年七月一日(1622年8月7日)
 常長死去
 墓は宮城県仙台市の光明寺
 ↓↑
 元和八年九月十八日(1622年10月22日)
 ソテロはマニラからキリスト教禁止下の日本に
 密入国しようとしたが捕らえられ
 寛永元年七月十二日(1624年8月25日)
 大村で火刑(49歳没)
 ↓↑
 石巻・・・
 地名由来
 伊寺水門(いしのみなと、いじのみなと)から転じた
 ↓↑
 伊寺川(迫川)が流れ込む港・水門で
 「伊寺水門」と呼ばれ
 「石巻」に転じた
 北上川が石に当たって渦を巻くことに由来
 北上川に渦を生じさせる石に由来する
 大島神社(石巻市住吉町)の付近を流れる北上川の河中に
 烏帽子石と呼ばれ渦を生じさせる岩があり、巻石とも呼ばれた
 海辺で川が曲流する地形に由来
 海岸の
 「いそ」+「の」+川
 曲流する「まき」で「いそのまき」と言い
 「石巻」に転じた・・・
 いしまき・セキカン・・・磐余の巻本?
 ↓↑
 ・・・愛知県 豊橋市 石巻町発祥
 石巻村の村名としては1906年に成立した地名
 石巻神社
 ↓↑
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 ↓↑
 石巻神社奥宮拝殿
 愛知県豊橋市石巻町字金割1
 北緯34度47分21秒
 東経137度27分22秒座標
 主祭神 大己貴命
 社格等 式内社(小)・三河国四宮・旧郷社
 創建 不明
 例祭 4月第1日曜日(鬼祭)
 ↓↑
 里宮拝殿
 石巻神社(いしまきじんじゃ)
 愛知県豊橋市
 式内社(三河国八名郡石巻神社)
 旧社格は郷社
 三河国
 四宮
 創建時期不明
 孝安天皇
 または
 推古天皇・・・
 の時代の創建・・・?
  ↓↑
 「石巻山」
 自体が信仰の対象と推測
 吉田城の鬼門にあたる
 歴代城主の信仰を受けていた
 ↓↑
 石巻山の中腹の奥宮(上神社)
     山里の里宮(下神社)
 奥宮では管粥祭
 里宮では鬼祭
 ↓↑
 祭神
 大己貴命・・・大の己(よこしま・おのれ・コ・キ)
          己・巳・已
 祭り
 管粥祭(くだがゆまつり)
 旧暦1月15日(新暦では2月上旬)
 石巻神社奥宮で農作物の豊凶を占う神事
 ↓↑
 釜戸の護摩木に火打石で火をつけ
 粥を鍋で炊く
 沸騰した粥に作物の名を記した
 18本の葦の管を鍋に入れ
 榊の枝でかき混ぜ
 約1時間経過してから管を取り出し
 管の中の粥の状態で農作物の豊凶を占う
 ↓↑
 鬼祭(おにまつり)
 毎年4月第1日曜日
 石巻神社里宮で行われる例祭
 「粽(ちまき)祭り」
 「どぶろく祭り」
 ともいう
 ↓↑
 源頼朝の病気回復祈願のお礼参りに
 鬼面が奉納された事からはじまった
 黒鬼と赤鬼が境内を大暴れし
 参詣者に
 タンキリ飴の入った白い粉をまき散らす
 粉を浴びると風邪をひかない
 ↓↑
 愛知県 豊橋市 石巻町発祥
 石巻村の村名としては1906年に成立した地名
 孝安天皇(こうあんてんのう)
 孝昭天皇49年~孝安天皇102年1月9日
 第6代天皇(在位 孝安天皇元年1月7日
         ~孝安天皇102年1月9日)
 日本足彦押人天皇
 観松彦香殖稲天皇(孝昭天皇)の第二皇子
 母は皇后で
 尾張連祖の
 瀛津世襲(奥津余曽)の妹の
 世襲足媛尊
 同母兄に
 和珥臣祖の
 天足彦国押人命
 (あめたらしひこくにおしひとのみこと、天押帯日子命)
 即位2年
 室秋津島宮(むろのあきつしまのみや)に遷都
 即位26年
 天足彦国押人命の娘の
 押媛を皇后として
 大日本根子彦太瓊尊(孝霊天皇)らを得た
 即位102年、崩御
 名称
 日本足彦国押人天皇
 (やまとたらしひこくにおしひとのすめらみこと)『日本書紀』
  大倭帯日子国押人命
 (おおやまとたらしひこくにおしひとのみこと)『古事記』
ーー↓↑ーー
 常長らが
 和紙(白石和紙)で
 鼻をかみそれを投げ捨てると
 ヨーロッパ人はその鼻紙を得ようとして群がった・・・
 ↓↑
 コリア・デル・リオの
 ハポン姓
 慶長遣欧使節団は
 スペイン南西の都市
 セビリア近辺
 コリア・デル・リオ
 に長期滞在
 港町には
 常長を記念する銅像があり
 町には
 ハポン(Japon=日本)姓
 Xapon姓の人が数百人住んでおり
 この使節団の中で
 日本に帰らず現地に留まり
 移住したキリスト教徒の
 仙台藩の藩士や使節の現地人水夫
 その支援者の子孫である・・・
 ハポンの表記は
 スペイン北方
 ガリシア州における
 ガリシア語では現在も
 Xapon・・・
 ↓↑
 1613年10月28日 牡鹿半島の月浦(石巻市)出港
 1614年01月25日 ヌエバ・エスパーニャ(メキシコ)
          アカプルコに入港
 1614年03月04日 使節の先遣隊がメキシコシティ入り
 1614年03月24日 支倉らがメキシコシティ入り
 1614年05月08日 メキシコシティ出発
 1614年06月10日 支倉とソテロはスペイン艦隊の
          サン・ホセ号でサン・フアン・デ・ウルア出港
 1614年07月23日 キューバのハバナ入港
 1614年08月07日 キューバのハバナ出港
 1614年10月05日 スペイン南部
          サンルーカル・デ・バラメーダ到着
          セビリアに入る
 1614年10月27日 支倉はセビリア臨時市議会で使命を説明
 1614年11月25日 セビリアを出発
 1614年12月05日 スペインの首都マドリード入り
 1615年01月30日 支倉ら使節がスペイン国王フェリペ3世に謁見
 1615年02月17日 支倉がフェリペ3世臨席のもと
          王立修道院の付属教会で洗礼を受ける
 1615年08月22日 マドリードを出発
 1615年10月25日 使節団がイタリアのローマに到着
 1615年10月29日 ローマへの入市式を行う
 1615年11月03日 支倉とソテロらがローマ教皇パウロ5世に謁見
 1615年11月20日 ローマ市が支倉らにローマ市民権証書を授与
 1616年01月07日 ローマを出発
          再度スペインの
          セビリアへ向かう
 1617年07月04日 セビリアを出発。アカプルコへ
 1618年04月02日 迎えの
          サン・ファン・バウティスタ号で
          アカプルコを出港
 1618年08月10日 フィリピン
          マニラに到着
          サン・ファン・バウティスタ号をマニラで売却
 1618年09月02日 支倉が日本へ帰国
 1620年09月20日 支倉が仙台に到着
 ↓↑
 つづく・・・「えじぷと」へ・・・
ーーーーー
 ・・・???・・・
  ↓↑   ↓↑
 「プラトン古事記をカタル(古事記字源)  + (表紙・画像・音楽)」の  移転先・・・
 ↓↑
 ボクの「古事記字源」の発端・・・
 ↓↑
 干支歴
 ↓↑
 追加添文 「戦争と平和」・・・「モウケの生き方」
 ↓↑
 メリキリの - YouTube
https://www.youtube.com/user/merikiri/videos
 ↓↑
 モモちゃん

 ↓↑
 モウ君の総合目次 (archive.org)
http://web.archive.org/web/20090606133825/http://www1.odn.ne.jp/~haa98940/kkmokuji.htm
 ↓↑
 コジキ姫赤い絨毯に乗る(m) (archive.org)
http://web.archive.org/web/20090609174025/http://www1.odn.ne.jp/~haa98940/hime/hime77.htm
 ↓↑
 古事記と虎関師錬 (archive.org)
http://web.archive.org/web/20090606191156/http://www1.odn.ne.jp/~haa98940/fanin/pura2/kokan/kokansiren.htm

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海底で生きる動植物・潜水艦=Submarine(サブマリン)

2023-01-26 20:52:53 | 古事記字源

 『キー・ラーゴ』
 (Key Largo)・・・長大な鍵(鈎・鉤・鑰)
  キイ・ラルゴ(ラーゴ)・・・記等留語?
  ↓↑
 「Here's lookin' at you kid(君の瞳に乾杯)」
  ↓↑
 Bertie Higgins - Key Largo (with lyrics)
https://www.youtube.com/watch?v=o3PQ5tGyNwc&t=43s

 キーラーゴ島(Key Largo)
 フロリダ(Florida・花祭・仏勒里達・福落里得・花地)
 州の島
 ↓↑
 モンロー郡の珊瑚礁列島
 フロリダキーズの北部
 同列島最大の島
 フロリダ半島と
 橋(国道1号線、オーバーシーズ・ハイウェイ)
 で繋がっている
 ↓↑
 「Largo(ラルゴ)」
 速度記号の中の1つ
 イタリア語「幅広く、ゆるやかに」
 イタリア語「ルンゴ(lungo)」
 スペイン語「長い・たくさんの・気前のよい・寛容な」
 幅(はば)
 音楽のゆるやかに・悠然(ユウゼン)と
 物量的な「たっぷりな・充分な」
 cosecha larga=たっぷりの収穫
 人の長身
 気前のいい・寛容な
 ずる賢い・抜け目のない
 頭の回転が早い
 un joven largo y astuto=賢くて抜け目のない
 ↓↑
 デッカイ紙面の平面に
 「世界史・日本史」の
 「スベテの事件」をブチ込んでカキ込み
 個別的な「共通項」を羅列して括り
 そして、脳ミソの空間に立体化してみるんだ・・・
 ↓↑
 ビートルズ(The Beatles)
 7thアルバム
 「Revolver(リボルバー)」
 の六曲目
 「Yellow Submarine(イエロー・サブマリン)」
 ↓↑
 「Yellow Submarine(イエロー・サブマリン)」
 「黄色=Yellow(イエロー)」・・・なんで、キイロなんだか・・・?
  +
 「海底で生きる動植物・潜水艦=Submarine(サブマリン)」
  submarine=水面下・海面下の
 「We all live in a yellow submarine」
  ↓↑
 ポール・マッカートニー
 が
 リンゴ・スター
  ↓↑
 ・・・リンゴって「林檎・🍎」なの・・・輪語?
    Apple
    りんご追分=美空ひばり
      蘋果花・・・方宥心-蘋果花
      蘋=艹+歩+頁
       頻=まろうど・客人・身分の高い客・大切な客
         客としてもてなす・客としてあつかう
         しりぞける・おしのける・すてる
         連ねる・連なる・順序立てて並べる
         頻繁・頻尿
      蘋=クサカンムリの下+しきりに、頻繁に
                 頻=止+少+頁(page)
        名は実の賓(ヒン)・・・賓客
        名誉や名声は徳に伴うべきもの
      蘋=薲=艹+賓(宀+一+少+貝)・・・貝=目+ハ(人)
        ヒン
        うきくさ
        かたばみも
        水面にうかび生える草の総称
        かたばみも=「方波見・酢漿草」藻
        でんじそう(田字草)
           ・・・傳(伝=人+云)字捜?
                云=二+ム(よこしま)
        デンジソウ(田字草・Marsilea quadrifolia L.)
        クローバーに似た形の水草
        シダ植物
        四枚の葉が放射状に広がる形を
        漢字の田の字に見立てた
        うきくさ(浮草)の一種

      苹果花=蘋果花
      苹=艹+平(一+ハ+十)
 ↓↑
 英語 アップル    apple
 英語 アプル   apple
 英語 エプル   apple
 独語 アップフェル Apfel
 仏語 ラポーム    la pomme
 仏語 ポム    pomme
 仏語 ミエ    pommier (リンゴの木)
 伊語 メーラ語  mela
 西語 マンサーナ manzana
 西語 マンサナ  manzana
 羅語 マールム  malum
 希語 メーロン  μηλον
 露語 ヤーブラカ яблоко
 中(北京)語    ピングォ蘋果
           ピングォァ苹果
 マレーシア語   エパル epal
 オランダ語   アップル APPEL
 タミル語    アープル
 ルーマニア語  マル măr
 ルーマニア語  メーレ mere (複数)
 リトアニア語  オーブオリース obuolys
 アイスランド語 エプリ epli
 リトアニア語  オーブオリース obuolys
 ペルシア語   スィーブ سیب
 ヒンディー語  セーブ सेब
 デンマーク語  エペル able
 ノルウェー語  エプレ aple
 スウェーデン語 エプレ aple
 フィンランド語 オメナ omena
 チェコ語    ヤブルコ jablko
 ヘブライ語   タプアフ תפוח
 スロヴァキア語 ヤブルコ jablko
 ポーランド語  ヤブウコ jabłko
 ネパール語   シャウ स्याउ 
 ブルガリア語  ヤーブルカー ябълка
 ハンガリー語  アル
 エスペラント語 ポーモ pomo
 ディヴェヒ語(モルディブ) アーファル އާފަލު
 韓国語    サグァ 사과
 スペイン語    ンツァーナ manzana
  フランス語   ポンム Pomme
  アラビア語   トゥッファーハ
  ロシア語    ヤーブラカ яблоко
  ポルトガル語   マセ maca
  ドイツ語    アプフェ Apfel
  イタリア語   メェラ Mela
  ラテン語   マァルム
 ウクライナ語    ヤブロコ? yabluko=яблуко
 ↓↑ ↓↑
 ポール・マッカートニー
 が
 リンゴ・スター
 のために書いた曲
  ↓↑
 In the town where I was born・・・オレが生まれ育った街に
 Lived a man who sailed to sea・・海の男が住んでいた
 And he told us of his life・・・・・ヤツはオレたちに自分の人生を話したんだ
 In the land of submarines・・・・潜水艦での生き様をねッ
  ↓↑
 So we sailed up to the sun・・・・オレたちは太陽に向かって出航したんだ
 Till we found a sea of green・・・・エメラルドの海を見つけるまで
 And we lived beneath the waves・・オレたちは海面下の生活さッ
 In our yellow submarine・・・・・・黄色い潜水艦なんだ
  ↓↑
 We all live in a yellow submarine・・・・オレたちはの生活、黄色の潜水艦
 Yellow submarine,yellow submarine・・・黄色の潜水艦、黄色の潜水艦
 We all live in a yellow submarine・・・・オレたちの生活、黄色の潜水艦
 Yellow submarine,yellow submarine・・・黄色の潜水艦、黄色の潜水艦

 出典: イエロー・サブマリン
 作詞
 Lennon=McCartney
 作曲
 Lennon=McCartney
 ↓↑
 ・・・「黄色の潜水艦」は日本帝国海軍の「潜水艦・伊号400」・・・
 ↓↑
 リチャード・スターキー(Sir Richard Starkey)
 1940年7月7日
        2020年8月(80歳)辛卯比肩
 庚辰(乙癸戊)劫財・印綬 墓⇔壬寅傷官
 壬午(丙 丁)傷官・偏官 病⇔
 辛亥(戊甲壬)  ・傷官沐浴⇔
 己丑(癸辛己)偏印・偏印 養⇔
  寅卯空亡
 ↓↑
 リンゴ・スター(Ringo Starr)
 芸名
 「リンゴ・スター」
 ロリー・ストーム&ハリケーンズ時代
 の芸名
 指輪が好きで
 両手にいくつも付けていたので
 「Rings(リングズ)」
 と呼ばれ
 自分が
 「リンゴ・キッド」
 に憧れていたので
 「リンゴ」と命名
 「リンゴ」は
 「Ringo Starkey」
 を
 「Star--key」
 の
 「key」
 をトリのぞき
 「Star」
 にスペルの
 「r」を、もうヒトつ、クっつけて
  ↓↑
 「Star」=星・星形・人気者・星座
  +
 「key」=「鍵を開ける・開錠
       鍵を掛ける(閉める)・閉錠」
     キー= 軸 からの 動力 を・・・キイ=「記・紀」意
                   紀伊・貴意・奇異・忌諱
        他の 機械要素 (歯車)へ
        効率良く 伝える ための 機械要素
        何かを構成する
        主要な要素、手がかりや標識
        となる要素を比喩的にキーと呼ぶ
        キーボード(keyboard)
        錠(lock)⇔鍵(key)
        要所、関門、解答
        解決の秘訣・・・訣=言+夬
         決=「氵+夬」=决=冫+夬
            夬=叏
           氵+ユ+ 人
            夬=カイ・ケツ
              きめる(決定・決断)
              ゆがけ(弓掛)
              わける(分ける)
              区別する
              決断
              易の六十四卦の一
              弓掛
              弓を射るときに
              指を保護するためにはめる道具
              刔=夬+刂=えぐる
                ユ+人+刂
                ユ=央-∣-人=コ
                夬=央(央の冂の左の∣が無い)
                夬=中央の口が開口、欠
              芵明=マメ科の多年草
                 夷草(えびすぐさ)
                 萆=艹+卑・・・日の下の卑弥呼
                   ヒ・ヘイ・ヘキ
                   蓑(みの)・藁の雨具
                   隠す・覆う・覆われる
                 萆薢(ヒカイ)=ヤマノイモ科の植物
                 ところ・おにどころ
              ユ⇔韋⇔違葦徫湋煒褘韑
  ↓↑   ↓↑
 キッド (Kid, Kidd)
 子山羊こやぎ。また,子山羊のなめし革。キッドスキン。
 (ひとりの)子供。若者。ちびっこ。キッズ
 子ヤギの皮。薄くてやわらかく、光沢がある。衣類・手袋・靴などに用いられる
  ↓↑
 (kid) 英語で、子供・若者。
 (kid) 子ヤギ。またはその革。
 Kidd=不規則抗体のうち
     溶血性輸血副作用や
     新生児溶溶血性疾患(HDN)を
     起こす非常に危険な種
  ↓↑
 キッド (1921年の映画)
 1921年公開のチャールズ・チャップリンの作品
 The Kid Charlie Chaplin ザ キッド
https://www.youtube.com/watch?v=XdUXgihmyd8

 ビリー・ザ・キッド (Billy the Kid)
 アメリカのガンマン
 本名ウィリアム・ヘンリー・マッカーティ・ジュニア
(William Henry McCarty, Jr.)。
  ↓↑
 屹=山+乞
   山+𠂉+乙
   キツ
   そばだつ=峙つ・聳つ
   そびえ立つ=聳え立つ
   α+乞
   仡=亻+乞=㐹
     亻+𠂉+乙
     いさましい
     船がゆれ動くさま
     仡然(キツゼン)・勇ましいさま
   汔=氵+乞
     氵 +𠂉+乙
     キツ
     水がかれる・つきる
     ほとんど
   吃=口+乞
     口+𠂉+乙
     キツ
     どもる
     くう・吸(す)う・くらう・食べる
     言葉がつかえて出ない
     受ける・こうむる・受け入れる
     吃吃(キツキツ)=笑うさま
 ↓↑
 屹度 (キット)=急度
 決意・確信・強い要望・確かに・確実に・必ず
 屹度𠮟り(呵り=しかり=江戸時代、庶民に科した刑罰の一・「𠮟り」の重いもの
 動作が瞬間的に行われるさま・急に・とっさ(咄嗟)に
 心身を緊張させたさま。しっかと。じっと
 判断、推定がほぼ確実
 確実であってほしいと希望する時の
 その確実なさま
 間違いなく、必ず
 ↓↑
 kit(キット)=道具などの一式、一組
        組み立て部品の一そろえ
        道具などを入れた箱
        ボックス 旅行用品・旅行かばん(鞄)
       「セット」は「何かをする準備で器具、食器を揃える」
       「キット」は「何かに使用するものの組み立て一式」
 ↓↑
 キッド・リンゴ
  ↓↑   ↓↑
 ジョニー・リンゴ
  Johnny Ringo
  John Peters Ringo
 1850年 5月3日(インディアナ州)
 ~
 1882年 7月13日(32歳・West Turkey Creek Valley)
     大運1881年7月(31歳)甲申比肩
 庚┏戌(辛丁戊)偏官・偏財 養⇔壬午偏印
 庚┗辰(乙癸戊)偏官・偏財 衰⇔丁未傷官
 甲 寅(戊丙甲)  ・比肩建禄⇔癸丑印綬
 乙 丑(癸辛己)劫財・正財冠帯⇔癸丑印綬
  子丑空亡
 アメリカ 西部開拓時代のガンマン、無法者
https://www.youtube.com/watch?v=9pj1Vso3L2g

  ↓↑   ↓↑
 KeyLargo (キー・ラーゴ) BERTIE HIGGINS

  ↓↑   ↓↑
 『キー・ラーゴ』(原題: Key Largo)
https://www.youtube.com/watch?v=1ePkN9b_iOI
  ↓↑
 一決(いっけつ)=結論をはっきりと出すこと
 お決まり(おきまり)=同一方法
 解決・可決・議決・既決
 決まり・規定
 ↓↑
 安心決定
  信念を得て心が決まるこ
  将来の見通しが立って、不安が全くないこと
 ↓↑
 一大決心
 一決雌雄=戦闘一回で決着をつけること
 ↓↑
 引決自裁=責任を取って辞職、自殺すること
 引訣自裁
 ↓↑
 決河之勢=堤防決壊の水の勢い
 ↓↑
 堅忍果決=意志を守り続け我慢すること
       「果決」=思い切りよく、事を行うこと
 ↓↑
 意を決する
 決まりが付く
 決まりが悪い
 決まりを付ける
 決めてかかる
 決河の勢い
 「決」=切れる意・決壊譶
 譶=言+誩=早口でしゃべりたてる
     誩=言い争う・論争する・口喧嘩
 ↓↑
 スターキー(Starkey Hearing Technologies)
 アメリカ合衆国
 ミネソタ州イーデン・プレーリー
 に本社を置く
 補聴器メーカー
 全世界に
 33ヵ所の生産拠点
 800ヵ所以上の流通・販売拠点を有する
 2012年
 社名が
 スターキー・ラボラトリーズ
(Starkey Laboratories, Inc.)
 から
 スターキー・ヒアリング・テクノロジーズ
(Starkey Hearing Technologies)
 に変更
 1992年1月
 日本法人として
 スターキージャパン株式会社を設立
 1999年
 日本における
 デジタル補聴器の販売を開始
 出字多留・・・?
 ↓↑
 1967年
 ウィリアム・F・"ビル"・オースティンは
 医学部を中退した後
 小さな補聴器修理店を始めた
 1970年
 彼は
 スターキー・ラボズ (Starkey Labs)
 という
 耳型の会社を13,000ドルで購入
 補聴器の製造を開始
 業界初の
 90日間の試用期間を提供
 1983年
 大統領だった
 ロナルド・レーガンが
 スターキーの補聴器を使用し始めると
 同社の売上は2倍になった
 オースティンは
 5人のアメリカ大統領
 2人の法王
 マザー・テレサ
 ネルソン・マンデラ
 その他の著名な指導者を
 スターキー補聴器で
 個人的に支援してきた
 ↓↑
 「スターキーが首謀者だ!」
  Starkey's ringleader!
  James Matthew Barrie
  『ピーターパンとウェンディ』
 ↓↑
The theory
of
  Prince Karu
  being
  the ringleader
 「軽皇子」首謀者説・・・
 「珂瑠皇子=孝徳天皇・第36代天皇
       文武天皇・第42代天皇
       允恭天皇の第一皇子= 木梨軽皇子」
 張本人=ringleader・・・
 帯方郡
 塞曹掾史(さいそうえんし)
 帯方郡太守
 王頎の部下
 正始八年(247年)
 邪馬台国に派遣
 「張政」=チョウセイ=「調整・調製・長生・長生・聴性・・・」
 ↓↑
 「張政」=呉末期の西陵督
 天紀二年(278年)
 西晋の
 「羊祜」
 が亡くなると
 鎮南大将軍
 「杜預」を
 都督荊州諸軍事にに任命
 天紀三年(279年)
 「杜預」は
 呉の西陵督の
 「張政」と交戦勝利
 「張政」は敗戦を恥じて報告しなかったので
 「杜預」は故意に
 「孫晧」のもとに捕虜を帰した
 「張政」は召還され
 「孫晧」は守将を
 武昌監
 「留憲(劉憲)」
 に差し替え
 征南将軍
 「成璩」
 西陵監
 「鄭広」
 を増援として派遣
 「杜預」は
 「張政」の失脚計略が成功したのを見て
 呉は弱体したと判断し侵攻
 ↓↑
 248年頃
 「卑弥呼」死去
 男王が後継に立つも
 混乱
 「卑弥呼」の宗女
 「壹與(壱与)・臺與(台与)」
 が女王になり混乱収拾
 266年
 晋の
 武帝に遣使、朝貢
 ↓↑
 其國
 本亦以男子為王
 住七八十年
 倭國亂
 相攻伐歴年
 乃
 共立
 一女子
 為王
 名曰
 卑彌呼
 事鬼道
 能惑衆
 年已長大
 無夫婿
 有男弟
 佐治國
 自為王以來
 少有見者
 以
 婢千人自侍
 唯有男子一人
 給飲食
 傳辭出入
 居處
 宮室
 樓觀
 城柵嚴設
 常有人
 持
 兵守衛
 ↓↑
ーーーーー
 建安年間(196年~220年)
 公孫康が
 屯有県
 以南の荒地の一部に
 帯方郡を設置
 後漢の遺民を集めるため
 公孫模
 張敞
 などを派遣し兵を興して
 韓
 と
 濊
 を討伐
 後漢の旧民は僅か
 この後
 倭と韓は帯方郡に服属
 ↓↑
 景初二年(238年)
 魏の
 明帝は
 「劉昕」を「帯方太守」
 「鮮于嗣」を「楽浪太守」
 に任じ、この両者は
 海路で
 帯方郡と楽浪郡をそれぞれ収めた
(『三国志』魏書東夷伝序文)
 ↓↑
 景初二年(238年)六月
 or
 景初三年(239年)六月・・・?
 女王は
 大夫の
 「難升米」
 と
 次使の
 「都市牛利」
 を帯方郡に派遣し、天子に拝謁を願い出た
 帯方太守の
 「劉夏」
 は彼らを都に送り
 使者は
 男の生口(奴隷)4人
 女の生口6人
 班布2匹2丈を献じた
 十二月
 魏の皇帝
  (景初二年だとすると
   明帝は
   十二月八日から病床
   二十七日の
   「曹宇」罷免の詔勅も直筆できなかった
   『三国志』裴注引用 習鑿歯『漢晋春秋』)
   景初三年だとすると「曹芳」)
 は女王を
 親魏倭王とし
 金印紫綬を授け
 銅鏡100枚を含む莫大な下賜品を与えた
 「難升米」を率善中郎将
 「牛 利」を率善校尉とした
 ↓↑
 八月二十三日
 帯方郡と楽浪郡を支配していた
 「公孫淵」
 が
 「司馬懿」
 により斬首
 帯方郡
 楽浪郡
 が魏に占領・・・
 ↓↑
 景初三年(239年)春正月丁亥日(一月一日)
 明帝崩御(『三国志』魏書明帝紀)
 正始元年(240年)
 帯方太守
 「弓遵」
 は
 建中校尉
 「梯儁」
 らに詔書と印綬を持たせて倭国へ派遣
 倭王の位を仮授するとともに下賜品を与えた
 ↓↑
 正始四年(243年)一二月
 「俾彌呼」
 は魏に使者として
 大夫
 「伊聲耆」・・・意聲伎=通訳?
 「掖邪狗」・・・倭記譯=脇役?
 らを送り、生口と布を献上
 皇帝(斉王)は
 「掖邪狗」
 らを
 率善中郎将とした
 (『三国志』魏書少帝紀)
 ↓↑
 正始六年(245年)
 皇帝(斉王)
 帯方郡を通じ
 「難升米」
 に
 黄幢(黄色い旗さし)を下賜
 ↓↑
 正始六年(245年)
 帯方太守
 「弓遵」
 楽浪太守
 「劉茂」
 は嶺東へ遠征して
 濊を討った後
 郡内の
 韓族が反乱して
 崎離営を襲ったため
 軍を出して韓族を討ち滅ぼしたが
 「弓遵」
 は戦死
 ↓↑
 正始八年(247年)
 女王は
 太守
 「王頎」
 に
 「載斯烏越」
 を使者として派遣し
 狗奴国との戦況報告
 太守は
 塞曹掾史
 「張政」
 らを倭国に派遣
 ↓↑
 女王に就いた
 「壹与」
 は、帰任する
 「張政」
 に
 「掖邪狗」
 ら20人を同行させ
 「掖邪狗」
 らはそのまま都に向かい
 男女の生口30人
 白珠5,000孔
 青大句珠2枚
 異文の雑錦20匹を貢いだ
ーーーーー
 ・・・???・・・
  ↓↑   ↓↑
 「プラトン古事記をカタル(古事記字源)  + (表紙・画像・音楽)」の  移転先・・・
 ↓↑
 ボクの「古事記字源」の発端・・・
 ↓↑
 干支歴
 ↓↑
 追加添文 「戦争と平和」・・・「モウケの生き方」
 ↓↑
 メリキリの - YouTube
https://www.youtube.com/user/merikiri/videos
 ↓↑
 モモちゃん

 ↓↑
 モウ君の総合目次 (archive.org)
http://web.archive.org/web/20090606133825/http://www1.odn.ne.jp/~haa98940/kkmokuji.htm
 ↓↑
 コジキ姫赤い絨毯に乗る(m) (archive.org)
http://web.archive.org/web/20090609174025/http://www1.odn.ne.jp/~haa98940/hime/hime77.htm
 ↓↑
 古事記と虎関師錬 (archive.org)
http://web.archive.org/web/20090606191156/http://www1.odn.ne.jp/~haa98940/fanin/pura2/kokan/kokansiren.htm

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楊=柳=ポプラ=ラテン語 「人々・共同体・国民」

2023-01-26 01:15:38 | 古事記字源

 柳生のメは、野牛の非眼・・・
kaigax2
 「柳生・栁生・八柳」・・・
 「楊(ヨウ)=木+昜」=やなぎ=「柳(リュウ)=木+卯」・・・?
 「楊貴妃」≠「柳貴妃」
    「昜=旦+勿」≠「易=日+勿」
 「日+一+勹 +丿+丿」≠「日+勹 +丿+丿」
        「昜」≠「易」
rasukoz2
 ↓↑
  ポプラ(白楊・白楊樹・poplar)
 真正双子葉類
 キントラノオ目
 ヤナギ科
 ヤマナラシ属
 or
 ハコヤナギ属(Populus)
 属する樹木(ハコヤナギ=ヤマナラシの別名)
  ↓↑
 「ポプラ」
 ラテン語
 「人々・共同体・国民」
 などを意味する
 「populus=ポプルス」 に由来
 温帯地域に約100種が分布
 日本のポプラ属
 ヤマナラシ
 ドロノキ
 の2種が自生
 明治期に導入された外来種を
 「ポプラ」と呼ぶ
 「ポプラ」=この属の一変種
      =西洋函楊=セイヨウハコヤナギ
 ヨーロッパクロポプラ
 落葉広葉樹
 葉は広三角形
 雌雄異株
 春に花を咲かせ
 花が終わると
 綿毛付きの種子を大量に付ける
 この種子が風に飛ばされて空を舞い
 多数並木ポプラの道には
 真っ白になることがある
 英語で
 「コットン・ウッド=cotton-wood」ともいう
 成長が速いが
 材は柔らかく
 緻密さに欠け
 燃えやすく
 強度や耐久性に欠け
 用途が少なく
 寿命も短く
 数十年~100年程度で老木となり
 台風、暴風などで倒木し易い・・・
 外来ポプラの和名
 現在まで整理がなされていないく
 同一種でも別名や別表記が多く
 学術論文ですら混乱
 植物園などの表記にも
 不統一なものが多い・・・
 ↓↑
 ヤナギ(柳・栁・楊・Willow)
 落葉樹
 柳の木の樹皮は
 猫にとって有毒の可能性あり
 ↓↑
 ヤナギ科 Salicaceae
 ヤナギ属 Salix の樹木の総称
 風見草
 遊び草
 シダレヤナギ
 落葉性の木本
 高木から低木
 背が低く、這うものまで
 葉は互生、まれに対生
 托葉を持ち、葉柄は短い
 葉身は単葉で
 線形、披針形、卵形など
 ↓↑


 雌雄異株
 花は尾状花序
 小さい花が集まって穂になり
 枯れるときには
 花序全体がぽろりと落ちる
 雄花は雄しべが数本
 雌花は雌しべがあるだけで、花弁はない
 代わりに小さい苞や腺体があり
 綿毛を生じて
 穂全体が綿毛に包まれたように見える
 虫媒花
 冬芽は1枚のカバーのような
 鱗片に包まれ
 これがすっぽりと取れたり
 片方に割れ目を生じてはずれたりする
 果実は蒴果
 種子は小さく柳絮(りゅうじょ)
 綿毛を持ち
 風によって散布
 柳絮
 北海道で移入種のヤナギが多く
 柳絮の舞う様が見られる
 ↓↑
 日本では水辺に生育する種が多い
 ヤナギの漢字表記
 「柳」と「楊」
 「柳」=枝が垂れ下がる種類
 (シダレヤナギやウンリュウヤナギなど)
 「楊」=枝が立ち上がる種類
 (ネコヤナギやイヌコリヤナギなど)
 には「楊」の字を当てる[1]。これらは万葉集でも区別されている[1]。
 ↓↑
 ヤナギの種類
 ネコヤナギ
 冬芽から顔を出す花穂が
 銀白色の毛で目立つ
 マルバヤナギ(アカメヤナギ)
 がその代表で、野生で普通に里山にあり、都市部の公園にも紛れ込んでいる。
 ↓↑
 ネコヤナギやシダレヤナギとは
 異なった姿をしており
 大木になるものもある
 高山やツンドラでは
 地を這うような草より小さいヤナギも存在する
 綿毛状の
 花穂や綿毛をもつ種子などの特徴は共通
 ↓↑
 植生
 河川敷で
 河畔林として大規模に生育
 出水時に上流の河川敷から流木化したものが
 下流で堆積し
 自然の茎伏せの状態で一斉に生育する
 ↓↑
 長安では旅立つ人に
 柳の枝を折って手渡し送る習慣があった
 歯磨き用の歯木として用いられ
 楊柳(カワヤナギ)の枝から作り
 楊枝(ようじ)
 歯を掃除するための
 爪楊枝
 歯ブラシとしての
 房楊枝
 熱鎮痛薬
 シュメール時代
 粘土板には疼痛の薬として記述
 エジプト人
 ヤナギの葉から作られたポーションを
 痛み止めとして使用
 生理活性物質の
 サリシンが柳から分離され
 薬効が高い
 サリチル酸を得る方法が発見
 後
 アスピリンも合成された
 葉には多量のビタミンCが含有
 水害防止対策
 柳が湿潤を好み
 強靭で張った根
 倒れて埋没しても
 再び発芽
 奈伎良(ナギラ)とも呼ばれた。
 柳の枝を生糸で編んで作った箱は
 柳筥(やないばこ)
 神鏡を納めたり
 柳筥に短冊を乗せたりもする
 花札では11月の絵柄
 「柳に小野道風・柳に燕・柳に短冊・カス(鬼札)」
 土木工事の利用
 治山などの土留工
 伏工で
 ヤナギの木杭や止め釘を用い、緑化
rasukoz4
 ↓↑
 柳生宗矩
 兵法家伝書
 「一人の悪に依りて万人苦しむ事あり。
 しかるに、一人の悪をころして万人をいかす。
 是等誠に、人をころす刀は、人を生かすつるぎなるべきにや」
 ↓↑
 「刀二つにてつかふ兵法は、
 負くるも一人、勝つも一人のみ也。
 是はいとちいさき兵法也。
 勝負ともに、其得失僅か也。
 一人勝ちて天下かち、
 一人負けて天下まく、
 是大なる兵法也」
 「治まれる時乱を忘れざる、是兵法也」
 「兵法は人をきるとばかりおもふは、ひがごと也。
 人をきるにはあらず、悪をころす也」
 「平常心をもって一切のことをなす人、是を名人と云ふ也」
 「無刀とて、必ずしも人の刀をとらずして
 かなはぬと云ふ儀にあらず。
 又刀を取りて見せて、是を名誉にせんにてもなし。
 わが刀なき時、人にきられじとの無刀也」
 「人をころす刀、
 却而
 人をいかすつるぎ也とは、
 夫れ乱れたる世には、故なき者多く死する也。
 乱れたる世を治める為に、
 殺人刀を用ゐて、
 巳に治まる時は、
 殺人刀
 即ち
 活人剣ならずや」
 葉隠
 「人に勝つ道は知らず、我に勝つ道を知りたり」
 「刀剣短くば一歩を進めて長くすべし」
 「小才は縁に逢って縁に気づかず、
  中才は縁に逢って縁を活かさず、
  大才は袖触れ合う他生の縁もこれを活かす」
 ↓↑
 by Wikipedia
ーーーーー
 ・・・???・・・
  ↓↑   ↓↑
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絵と光と影

2023-01-25 08:12:08 | 古事記字源

   しずや、しず・・・絵と光と影


 健とユカリは北海道に一旦、戻ることにした。この宮城県で得たものは多かった。だが、歴史の真実は依然として霧の中だ。推理と類推の仮説でしかない。まるで霧笛だけが聞こえ、焦りと危機感が迫って来るが、その本体は見えてはこない。

 青函トンネルが出来たおかげで北海道と本州の交通路は飛躍的に便利になった。ほんの少し前は青函連絡船で行き来しなければならなかったのだ。便利さは旅の情緒を失うが、現代人にはそれを味合う必要性のない時間帯で生かされているのかも知れない。健とユカリは電車に乗りながらそのスピ-ドに身を任せて北海道にむかった。健は朝刊に眼を走らせ、ユカリは歴史の本を読んでいた。
 「また、少女誘拐事件がS市であったって、大見出しだ」
 そう健は言った。
 「またなの、どうして誘拐なんかするんでしょうね。目的はお金なのかしら」
 「いや、犯人らしい者からは何の連絡もないそうだ。どうやらこれは前の一連の誘拐事件と同じらしいな」
 「誘拐された人達はどうされているのかしら」
 「うん。死体らしきものも発見されていないしな。何の目的があってのことなのかな。まさかこの現代に人身売買で売り飛ばしてしまうわけじゃないだろうにな」
 「こんなに情報網が発達しているもの、そうじゃないわよ」
 「でもさ、何か何処かの国がアベックを誘拐して行った、と言う事件があったろう」
 「ええ、港の見える公園から乗用車を残したままに理由も無く蒸発してしまったり、戦闘服を着た数人の男達に誘拐されたていった所を目撃されたカップルの事件が数件。それに函館の近くの海に潜ったダイバ-が海の底にキャタピラの跡を発見したとか」
 「まさか、とは思うが、潜水艦か何かで何処かの国へ連れさらわれてしまったわけじゃないだろう」
 「潜水艦で?・・・ほんとうだとしたら、どういうつもりなのかしら。・・・何処かの国のスパイの謀略なのかしら」
 「そうでないことを祈るよ」
 「それにしても潜水艦なんて発想は何時ごろからなのかしら?」
 「ユカリは『ノ-チラス号』の小説、読んだ事はないかな」
 「そういえば読んだ。映画もTVで見た事がある。あの物語の船長の発想って武力によって敵の力をそいで平和がもたらされると言うものだったわね。現在の大国の論理と全然変わっていない・・・結構、発想は古いわけね」
 「その『ノ-チラス号』よりも、もっと古いらしいよ。記録的にはアレクサンダー大王とか、レオナルド・ダ・ビンチなんかも考えたらしいけれどな」
 「へ-、そうなの」
 「ダビンチ、あの人は発想そのものの天才だよな」
 「そうね、飛行機とかグライダ-みたいなスケッチ、見た記憶があるわ」
 「空を飛ぶことに関してはギリシャのイカルスが早いな」
 「昔、空想していた事が、いま殆ど実現しちゃっている。人間ってすごいわね」
 「そうだな。・・・でもさ、古代文明って意外とこれらの事を既に実現してきたのじゃないかな」
 「古代文明?」
 「うん、何かさ、古代文明ってエジプトやオリエンタル、インド、それに中国や中南米の古代文明の遺跡にある建築物や遺物一つ取っても説明つかない部分が多いだろう。神話にしてもどこまでがハナシで、どこが人間の事実の物語なのかも」
 「そうね、遺跡や、その建築物の残害は神話物語を裏付けているのだし、その時代の技術的なエア-ポケットが余りにも多いわね。・・・実際、真実はどうなっているのかしら」
 「空飛ぶ事も、海へ潜る事も、それに彼らがコントロ-ルしたエネルギ-。運搬手段。石の建築物。オパ-ツと呼ばれているやつもさ、メッキとか水晶なんかを削り取ったり、彫刻したりの技術、それにイラクで発見された古代の電池なんか」
 「文明のエア-ポケットよね」
 「・・・俺さ、モモエおばさんが死ぬ少し前に変な夢を視たんだ」
 「どんな?」
 「なんか、俺自身が宇宙の『天の川』にある星から宇宙船でこの地球に氷河時代にやって来るんだ。そして海に着陸して、変な格好をして陸に上がるんだ」
 「ふ-ん。それで?」
 「そしてさ、既にこの地球にきている宇宙人みたいな、これも変な格好の女性に出あって、一緒になるのだけれも、その辺から場面は一転して少年と少女が雪の世界で、何か人の名前を呼ぶように遠く向かって叫び、戯れているところで終わるんだ」
 「ふ-ん。変なの」
 ユカリはあまり興味なさそうに言った。
 「・・・毎日の三面記事って、このところズ-と誘拐事件と地上げに絡むトラブルばかりの報道だな。・・・あれ、嫌だな、我々と同姓の日下延(クサカ・ノブル)って人が『土地に絡んでバラバラ殺人事件か?行方不明者の鍵を握る人物?』って書いてある」
 ユカリは健が手にしている新聞をのぞき込んだ。
 「クサカ・ノブル?・・・それ花江さんが見せてくれた手紙の人物、永雄さんの子供じゃないかしら」
 「うん、・・・いや、違うな。これ同姓異名の人物だ。名前が延(ノブル)と書いてある」
 「・・・事件は東京、大阪、茨城の不動産売買と北海道の原野商法に絡んでの殺人と見られている。逃亡しているらしい日下延(クサカ・ノブル)容疑者はこの事件の重要な鍵を握ると見られている・・・ノブオじゃなくてノブル。似ているわね」
 「地上げする人物って、どんな奴なんだろうな」
 「・・・ほんと、古代の昔から問題はこの大地の領有権なんだわ。ほら、イギリスの誰かが言ったわよね、『アダムとイブの時代にこの大地は誰のものであったのか』と」
 「そうだったな・・・ユカちゃん、腹が減らないか?車内販売だ、弁当でも買って食べるか」
 「ええ、もちろん、何時の時代も食料事情こそが重要だわ」
 健とユカリは弁当を食べ終わって少し電車に揺られながらウトウトと眠った。電車は青森に向いつつあった。

 青のキャンバスのベタ塗りに赤と白の点がボンヤリと無数に描かれていた。それを望遠レンズが、徐々にピントを合わせて拡大していく。青海原になびく無数の赤旗と白旗の入り交じりなのだ。針のような無数の矢がその青の部分を一瞬、黒い線が走るように大きい二本マストの帆船に向かってバラバラと飛んだ。
 「戦は今日で決着がつく。いいか、少したりとも敵に後ろを見せるな。この時にこその命、惜しまず最期まで戦え」
 健に似ている。だがそう命令を下したのはカラフルな鎧兜に身をかためた大将らしき武士だ。
 「尼よ、私を何処へ連れていこうとするのか」
 幼い男の子は側にひざまずく尼僧らしき女性にあどけなく尋ねた。
 「この海の底にも素晴らしい都があります故に、私は、ミカドとご一緒にお供つかまつります」
 これは、かの安徳天皇が二位の尼に戦船の上で尋ねている場面ではないか。すると船上で指揮を執っているのは平家の大将「知盛」だ。「二位の尼」は目から溢れ出る涙をタモトで拭い、幼い天皇を抱いていま、まさに海に飛び込もうとしていた。
 冷たい、苦しい、これが男の戦に連れ添わねばならぬ女の宿命なの・・・。ならば、私は男どもが神として崇め奉ってきたこの「神器」もろとも・・・。
 ユカリは、フッと目を覚ました。手で目を拭うと濡れている。ユカリは、かの有名な「源平・壇の浦」の戦いの一場面で 「二位の尼」になりきっている夢を視ていたのだ。やや、放心しながらも、涙だけはとめどもなく目からこぼれ落ち、頬を伝わって来る。ハンカチを取り出し涙を拭い、鼻をかんで、そして深呼吸をした。電車は変わりなく東北の田園をつっ走ていた。彼女は横に座る平和そうに眠っている健を観て首を回した。「おじさんが平家の知盛か、役者不足よね」、そう心で思ってニッと笑った。そして鞄に詰めてある本を取り出してパラパラとめくり、赤い目を走らせて行った。
 初めに目に入ってきたのはカラ-写真によって紹介されている赤間神宮蔵とある源平合戦の口絵であった。それは文治一年(1185)三月、壇の浦での戦いで建礼門院の入水と、義経の「八そう跳び」が描かれていた。

 --
    潮の流れが原因でないとしますと
    この合戦の勝敗を決した理由は
    何だったのでしょうか。
 金指・・・
    この源平時代の軍船の構造が
    勝敗を決したと思われます。・・・
 --
    当時の船の構造はどのようなものだったのでしょう。
 金指・・・
    これは大型海船でして
    壇の浦合戦で
    源氏・平氏に使われた兵船も
    最大級でこの程度の船であったと思われます。
    技術史的には
    準構造船と呼ばれ、当時の典型的な海船です。
    平時は荘園の年貢などを
    輸送していた内航用の荷船でありまして、
    特に軍船として造られたものではありません。
    船底部は木を
    けずって造ったクリ船でして、
    その両舷に、
    一、二段の舷側板をつけて乾舷を大きくし、
    耐航性と積載量の増大をはかったものです。
    水上に浮かんでいるときには、
    上部構造が板と梁とで構成されていて、
    船底部がクリ船式だとは思えないので、
    近世の構造船と
    同じように思われがちのものです。
    この船の最大の特徴は、
    クリ船式の船底部の幅に制約されて、
    船体の幅が狭いので、
    両舷にセガイと呼ぶ張り出しを設け、
    その上で
    水主(かこ)が櫓を漕ぐようになっていることです。
    これによって、
    船体の内部が水主に占有されず、
    人や荷が多く積めるようになっていました。
    また、この船の大きさは、
    絵巻では、
    船に対して
    人物をかなり大きく描いているために、
    水主や兵士も実際よりは数が少なくなっています。
    手前の島津の船の水主は六人ですが、
    船型や舵の屋形の大きさから判断すれば、
    この二隻の船は、
    少なくとも当時の
    二百石積み級の輸送船と見て
    差し支えないもので
    実際には平時でも
    八ないし十人の水主を必要とすると思われます。
 -- 
    すると、戦闘用の軍船などは
    当時はなかったのでしょうか。
 金指・・・
    ですから壇の浦合戦で使われた船は
    すべて、平時の輸送船や漁船を徴用して、
    ギソウしたもので、
    特に戦争用に
    建造・整備されたものではなかったわけです。
 -- 
    そうだとしますと、
    平家が
    海戦に強いとか、
    水軍力があったと言われているのは、
    海上での軍事力があった
    ということではなかったことになりますね。
 金指・・・
    平家が海戦に強いと言うことは
    平家が
    瀬戸内海を中心に
    西国に勢力を持っており、
    地元の荘園年貢米などの
    輸送船を調達する能力を持っていたということで、
    結局、
    地元の豪族の持っていた船と水主を
    平家の傘下に集める能力があったと言うことです。
 -- 
    さてこの船の構造から見て、
    この壇の浦の戦いを決定的にしたのは、
    ずばり何でしょうか。
 金指・・・
    そこで義経が例の
    奇襲戦法を用いたわけです。
 --
    奇襲とは・・・。
 金指・・・ 
    漕ぎ手を射ろということです。・・・

  (以上は
   金指正三山陽女子短期大学教授が
   対談で質問の聞き手に応え、
   教授の説を展開している部分からの抜粋である。
  「NHK・歴史への招待・実証・壇の浦合戦。
   赤江 漠・金指正三」)

 なるほど、とユカリは思ったが、
 何か納得がいかないものがあった。
 ・・・それは船の構造である。
 こんなシロモノではないのではないか、
 と脳裏に疑問がよぎったのだ。
 朝鮮海峡を渡って
 「白村江」で戦った船、
 「蝦夷征伐」で戦った船、
 「隋の残党水軍」が
 航海してきた船はそんなものじゃない。
 それに、
 「義経の八艘(嫂)跳び」。
 牛若丸のイメ-ジが
 たとえあったとしても
 重い鎧兜を身につけているのだ。
 これは有り得ない話だ。
 だが、もし、
 義経の乗っていた船が
 特殊なものであるとしたら、どうであろうか。
 「八嫂=八捜の跳び」なのだ。
 ・・・ユカリの脳裏には何か
 その特殊な船の形が
 イメ-ジとして浮かんで来るのだが、
 夢の記憶が目覚めると同時に
 霧の中に霞んで行くように消えて行ってしまう。
 そして
 また本を膝の上に置いたまま、
 電車の心地よい揺れに
 身を任せながら
 ウトウトと夢の中に誘い込まれていった。
 舞台に立った白衣装のユカリは
 目に涙をキラリと光らせて舞ながら謡った。
 逃亡に身をつやした男を恋ながら。

  ┌────────────┐
  │よしの山みねのしら雪ふみ分て
  │  入りにし人のあとぞこひしき
  │
  │しづやしづしづのをだまきくり返し
  │  昔を今になすよしもがな
  └────────────┘

 この謡は・・・
 夢は義経が東北奥羽に落ち延び、
 静御前が
 源頼朝
 と妻の
 政子の前で
 舞いと謡う事を命令されている場面なのだ。
 もちろん、
 物語の主人公が詠ったのではあるまい。
 物語の作者が主人公の立場に立って詠ったのだ。
 とすれば、この悲劇は、また、
 別な古代史の物語に懸けられているハズである。
 「緒だ巻の糸」を意図的に
 「伊都」に懸ければ、
 その異図が見えて来る。

 よしの山・・・予詞乃纂
        与子埜邪魔・輿祇廼挫務

 みねの・・・・三根乃・箕子之・美禰之

 しら雪・・・・史裸往記・新羅喩姫・姿螺由基
 ふみ分て・・・文 訳出・赴箕話懸・府壬吾家手

 吉野の山 峰 の 白 雪 フミワケて

 入りにし・・・要理螺・移里尼子
  人のあと・・・姫斗乃跡・秘都之吾砥・肥都乃阿砥
 ぞこひしき・・蘇乞始期・甦故意死期・祖虎医姉姫

 入りにし 人 の後  ぞ恋 しき
 ↓↓↓↓ ↓↓↓   ↓↓ ↓↓ 
 煎里西  秘都之吾砥 蘇乞 始期 

 例えば、同音異字の組合せは無数に出来るが、
 これを、イトテキに、更に意図的に、
 異図的に漢字を変換し、これを読めば、
 次のような展開になるであろう。

 予(あらかじめ=阿羅鍛冶の女)、
 詞(ことば=古都の場)、
 乃(すなわち=沙の倭地)、
 纂(あむ=阿武)、
 三(みつ=御津)、
 根(ね=音)、
 乃(すなわち=州名の話に致)、
 史(ふみ=府看)、
 裸(はたか=波の侘の歌)、
 往(ゆき=往復)、
 記(しるす=始留州)、
 文(ふみ=賦視)、
 訳(やくし=八句始)、
 弖(て=氏の一・出)、
 要(かなめ=仮名女)、
 理(ことわり=古都倭里)、
 螺(にし=爾志・西)、
 姫(ひめ=卑女)、
 斗(はかる=波珂瑠)、
 乃(すなわち=挫の倭地)、
 跡(あと=娃砥)、
 甦(よみがえる=黄泉賀重瑠・読み変える)、
 故(いにしえ=移西江)、
 意(あ=吾)、
 死(し=支=祇=始=姉=姿=史)、
 期(とき=朱鷺=鴇=穐=辰=土岐=解き)

 しづや しづ
 しづの をだまき
 くり返し
 昔を今に
 なすよしもがな

 靜や  靜
 靜 の 緒だ巻
 繰り返し
 昔を今に
 為す由もかな
 ↓↓  ↓↓↓↓   ↓↓ ↓  ↓↓↓    ↓↓↓↓↓ ↓
 指図耶   祇頭
 姉厨乃   嗚妥真姫
 九里華江姿
 鵡歌詩緒 依真似
 菜州与詩母哉

 史頭哉  櫛
 失廼   将侘巻
 繰理替史 釈を移真似 茄余史模仮名

 詞柘八   史頭
 示図乃   男拿真紀
 句裏化重詞 
 無化史緒移真爾
 名守預詞模哉

 「八史」とは
   ・・・八艘
      八嫂
       嫂=女+叟=㛮=㛐
         女+臼+丨+又
         ソウ
         あによめ
         あによめ・兄の妻
           叟=ソウ
            おきな=翁
            としより
            老人
          愚叟(グソウ)・愚かな老人
          自分を謙っていう言葉
          三番叟(サンバソウ)=能の翁
          北叟笑む(ほくそえむ)
            
 「漢書・隋書・唐書(新旧)
  宋史・遼史・金史・元史・明史」
 である。
 この歌には云うまでもなく、
 日本古代史の事件が
 「八史の故事」に重ねられているのだ。
 「源史」は言辞で、諺示。
 「源氏=水+原+氏」は
 「御津の波羅の氏」、
 「六波羅(密)の探題の氏」、
 「氏」は、
  宇治で、
  烏治=卯児=鵜事=雨児=海部貳(反乱)=天子
  スナワチ
  雨期のウジウジした奴と重ねられているのだ。
 ウジの「音」に代表させられている物語は
 「宇治拾遺物語」である。
 「大修館国語要覧(増補版)」
 によれば次のように記されている。

 「雑纂形式の説話集」、
 「全十五巻」、
 「百九十七」の説話集。
 「源 隆国」による
 「宇治大納言物語」を母体にして、
 後人が
 増補加筆したもので、
 成立時期は鎌倉時代初期と考えられる。
 ほとんどが
 「本朝=日本」の説話であり、
 「天竺=インド」、
 「震旦=中国」
 はきわめて少ないが
 「新羅」の話のあることが注目される。
 また、かなり多くの説話が
 『今昔物語集』とその他の説話集と共通している。
 雑多な書き方の中に描かれている人物像は、
 大部分が平凡な、
 日常茶飯の生活の中で行動する人間である。
 編者は、
 人間とは結局このようなものだとする
 寛容の態度と静観の姿勢で、
 人間のおかしさ、
 悲しさを描いているものと思われる」

 と、ある。果してそれだけであろうか・・・ここには、「今は昔」で始まる「巻一、田舎の児、桜散るを見て泣く事」が例文としてあげられ、また、オリジナル的な噺として
 「鬼に瘤取らるる事=瘤とり爺」
 「雀報恩の事=舌切りスズメ」
 である、とも記されている
 ・・・このことをみれば、
 この「イマはムカシ」、
 「イナカのコ、サクラ、チルをミテ、ナク、コト」、
 「オニにコブ、トラルル、コト=コブ、トリ、ジイさん」、
 「スズメ、ホウオンのコト=シタ、キリ、スズメ」
 の「漢字」と「言葉」の
 「ウラに懸けられた意味」
 に注目せざるを得ないと、
 ユカリは思うのである。

 今は昔=イマ は ム   カシ
     意真 把 武(鵡)花史
    =意味の真実を把握するには務(分)よ歌詞
 巻一=カンのイチ 歌誌
    干 の壱=ヨコシマのハジ メ     河岸
         横島   初  め     ↓
              始  め     ↓
              肇  ↓      ↓
              葉字(眼芽痲女)  可視
                       ↓
                     日下のキバ
 田舎の児 桜散るを見て泣く事
 イナカのコ、サクラ、チルをミテ、ナク、コト
 伊那珂姑 挫玖羅 蜘琉 箕?? 茄玖 古都

 鬼に瘤取らるる事=瘤とり爺
 オニにコブ、トラルル、コト=コブ、トリ、ジジ
 将尼 子武 虎 流留 古都 琥武 渡李 時事
     ↓
     昆布=鼓舞=誇武=顧憮
 雀報恩の事      =舌  切り スズメ
 スズメ、ホウオンのコト=シタ、キリ、スズメ
 涼 女 捕烏将武古都  史侘 雰  洲頭女
                 ↓ 霧=雨+務=海部武
                 ↓
                舌切=ノ+古+七+刀 斬

 「源 隆国」による
 「宇治大納言物語」は散逸して現存していないが、
 「大納言物語」とあるからには
 『納言』と云う
 「ポジションが何を意味しているのか」
 を検討し、更に
 『拾遺』を検討してみれば
 「古事記」との関連も見えて来る。

 納言=ナゴン=糸+内+言
   =尭、舜時代に
    天子の言を下に伝え
    下の言を天子に奏上する官。
    国内では太政官(ダジョウカン)の官職名。
    大臣の次官。大納言、中納言、小納言の総称。
   =ナゴン=糸 +内 +言・・・名言
    茄吾武=伊都 中 魂
    =納=おさめる。いれる。
     中(ナカ)に入れる。
     しまう(蔵)。
     うめる。
     死者を埋める。取る。取り入れる。
     収穫する。受ける。受け入れる。
     受け取る。貰う。承知する。
     官に差し出す。奉じる。献ずる。
     引き入れる。引き進める。致す。
     贈る。着ける。履く。終える。
     とも。
     のり。

 「納言」と云う概念には
 「太政官(ダジョウカン)」、
 大臣の「次官」となっているが、
 この日本独自の言葉である
 「太政官(ダジョウカン)」、
 「次官」の検討をしてみれば・・・。

 太政官(ダジョウカン)
 大(一人)+ゝ+一+止+夂+ウ+呂=苔嬢花奴
 ↓ ↓    ↓
 太=はなはだしい。   はなはだ。ふとい。ふとし。
   侘聶=妥瀞=雫丞  花 肌 私意 鼻 膚 婦問い 府肇
   ヨコシマのササヤキ 周りが大きい
             肥えている。ずうずうしい。
             真話理 声 頭卯豆烏始
             ず。おお。しろ。たか。と。ひろ。ます。
             宇洲 緒将 代   鷹  砥  尋   鱒
                  み。もと。
                  箕  本

 太=大と二(二つ重ねる意)=大+印=太陰=月
         府侘津、重ねる(加佐子婁)

 次官(ジカン)=冫+欠(勹人)+ウ+呂
        =氷+包+肥斗+烏(卯)冠+世補音
    時間=トキのアイダ・字観(字間)
      =日の壱拾壱の寸(尊)の門(問)の日(秘)
    字観 解きの吾委妥
    示甲 土岐の娃移拿

 「拾遺」はシュウイ、ジュウイと読み、この同音異字は「周囲」、「重囲」、「獣医」である。周囲は「マワリカコム」、重囲は「カサネカコム」、獣医は「ケモノミコ」である。この訓に「一音一字」を当てはめたら「拾遺」の意味するところが明らかになるだろう。
 
 「マワリカコム」=真話理過去(加古=水夫)武
 「カサネカコム」=加佐音過去(加古=水夫)務
 「ケモノミコ」 =懸模乃箕琥(己=ヨコシマ)

  拾遺(ジュウイ)=落ちているものをひろう。
           ↓↓↓↓↓↓  ↓
          (堕ちて飴琉者 を拾う )

       もれたもの、抜け落ちたモノを拾い集 めて補う。
       ↓↓↓↓↓ ↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓ ↓↓↓ ↓
      (漏戻他者 濡毛堕地侘母乃将廣移吾津女??緒祇拿烏)

       君主の気づかぬ過失を拾い上げて諌めること。
       唐、宋時代の官名。君主を諌 める役。
       ↓ ↓↓↓ ↓↓ ↓↓ ↓↓↓↓↓
      (頭  嫂穐代 甲命  訓取 伊邪女瑠訳)

 拾=シュウ・ジュウ・ひろう・シフ・ジフ
  =ひろいとる。おさめる。あつめる。
   ゆごて(弓を射るとき左肘につけるもの)。
   とお=十に通じ、文字の改変を防ぐために借用する。
      手が意符。合(人+一)が音符。
      あつめる(集)意を表す。
 遺=イ(ヰ)・ユイ
  =わすれる(わする)。すてる(すつ)。
   わすれてすてる(遺棄)。のこす。のこる。
   とどめる(遺跡)。うせる。なくなる。にげる。
   うしなう。おく。はなれる。はなす。あます。あまる。
   ぬける。ぬかる。ておち。すたれる。いばり(大小便)。
   贈る。やる。物を遣わしあたえる。
   くわわる。くわえる。へりくだる。おく。
   辷が意符。貴が音符。
   おとす意。道に物を落とす意。物をおくる意。
            ↓
            音素

 「野史」とは民間で編纂した歴史書で、
 「外史(ガイシ)」である。
 故に
 「外紙(ソトカミ)」は、
 祖渡=姐妬=蘇賭=鼠都=素砥の、神である。
 もちろん、「夕の卜=遊牧」の歴史である。
 「香具師(ヤシ)」はカグシで、縁日、祭りなどで興行したり、「露店(ロテン)」で商売をするもので、「的屋(テキヤ)」とも呼ばれる人々だ。もちろん、白(ノ+日)の勹のゝの尸の一のムの壱拾壱である。

 「椰子(ヤシ)」は常緑の高木の総称で、熱帯 地方に広く産する。
          ↓↓ ↓↓ ↓↓  ↓   ↓    ↓
         (嬢力の喬木の草将で、子津台地方の秘録、纂)

 「椰子」は、木=姫=記の、
       耳の邑の子(了の一で、「終始」)である。
 健が、いや健ではなく、「頼朝」が、「静」に変身して踊りながら謡うユカリの姿を観て激怒して立ち上がろうとした。横に座る「政子」が「頼朝」をなだめ、更に御敵の前で恋しい男の女心を謡う静こそが「女の鏡」であると誉め契った。
 何故、健おじさんは頼朝なの・・・?
 ・・・義経が従者を連れて何処までも北へ落ちて行く・・・。
 何故なの?・・・どうして私を置いて・・・?
 北の北まで、更には船に乗り蝦夷地にまでも・・・?・・・日高。
 かっては
 日下一族、登美彦が、長須根比古が
 逃げ延びた最果ての地、北海道の日高へ。
 歴史は繰り返すのだろうか・・・。

 「卑弥呼と壱与」
 「大日下王と安庚天皇」
 「聖徳太子と蘇我馬子」
 「蘇我氏と天智天皇」
 「大友皇子と大海人皇子」
 「天武天皇と持統天皇」
 「源氏と平家」
 「源氏と北条」
 「後醍醐と足利氏」
 「織田氏と明智氏」
 「明智氏と豊臣氏」
 「豊臣氏と松平氏」
 「徳川氏と明治天皇」

 ・・・共通項は常に「時の権力者」に対する反逆、反乱である・・・そして、「カンの子」、すなわち「姦(ヨコシマ)な子」、「漢字」=「水の草の冠の口の二の人、ウの子」で、「真名字」である。

 ・・・「靜(シズカ)」、スナワチ、「白拍子」の名前、主=牛(ウシ)は、丹(タン)=胆(キモ)=肝、爪(ツメ)=津女の、ヨ=針鼠、猪の頭、青の争い。
 ・・・「しづか」である私は、誰にそんなにも恋をしているのだろう・・・「よしつね」って、誰なの?・・・
 ユカリはハッと目を開けた。「安珍」と「清姫」・・・そうなのだ、「九郎・義経」もまた日の下一族の血を引く者に違いないのだ・・・九(ノ+乙=ヒサシイ)の郎(皀+邑=オトコ)、ロウが浪(ナミ)の狼(オオカミ)の弄(モテ・アソブ=王の一の人)なら、「模の手(??)は阿蘇の武」なのだ・・・そう、ユカリは思った。

 よしつね→雪の吉野山
     →和歌山、紀伊の日高
     →蝦夷→東北義経神社
     →北海道、日高→平取・義経神社・・・

 とみひこ→日下・吉野→国巣・道成寺・安珍・清姫
     →東北、奥羽・日高神社
     →蝦夷地→富川・富浜・大富
     →静内→シャクシャイン城・・・

 「ユカちゃん、青函トンネルだよ。景色が何もない、海の底だ・・・『猿田彦』だな・・・そうか、海底は改訂、改定、階梯、開廷で、日本歴史を改めるで、会談、怪談、階段=海断の、梯子(ハシゴ)=梯語=箸呉(ハシクレ)で、新たな王朝の開廷だ・・・ふーん、端(ハシ)クレは、『木切れの切れ葉』だ」
 「・・・ハシクレって、そお云うことなのね!」
 「海底よりも海上がいいな・・・やっぱし連絡船の旅が懐かしいな」
 「ほんとうね。海上って、上海(シャンハイ)よね」
 「上海は『申』だったな」
 「『サル』よねっ!」
 「シャンハイを去(サル)だな。しかも、目的地はヤマタイ国だ」
 「西からの渡来人だわ」
 「まさに、ニシからだな・・・」
 「・・・外の景色じゃなくて窓に映るのは自分の顔ばかり」
 「『雪国』、トンネルを抜けるとそこは雪国であった、か。
  海の中が水族館のように覗けると楽しいんだがな」
 「雪・・・ユキ国、雨のヨ。そういえば、
  おじさん、
  その小説の中に外の景色と
  自分の顔が窓に
  二重写しになっている描写があったわね・・・」
 「うん・・・二重写しか・・・
  そうか、わかったぞ、ユカちゃん!」
 「何が?」
 「あれさ、銅鐸からでる光の点線を
  絵図面に当てたらどうなる?」
 「絵図面を銅鐸からでる光線に当てる?」
 「そうだよ、モモエおばさんの声、絵と光だ」
 「・・・そうだわ、おじさん、すごい発見よ」
 「うん、カサねるだ!」
 「きっとそうだわ。
  絵図面に具体的な図形が現れるのに違いないわ」
 「太陽の傘、日傘は雨の兆しで、予報だ」
 「そう、そうだわ、雨傘、簑傘なのよ!」
 「海女、海部、海士、
  尼のカサ・・・
  傘、笠、加佐、上総・・・」
 「花津挫、数の差、和の叉、葛の詐、割の差・・・下図作だ」
 「九はカズともよむわ」
 「参(マイ)ったのはサンだ!」
 「舞ったのは蚕(カイコ)で、天の虫・・・
  纂は編纂の拾で、
  『拾は、とお=十に通じ、
      文字の改変を防ぐために借用』
  する、なんだ!」
 「モウー・・・牛だ話」

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 玄武・サブマリン・壬申

 健は太平洋沿岸を航行するフェリ-で北海道の苫小牧を出、仙台、名古屋のコ-スで帰ることにした。海に浮かぶ近代的な巨船に自らの存在を任せ、古代人が操ったらしい「メクラ船」に思いを馳せてみたいと衝動にかられたのだ。もちろん、途中、この船が仙台に寄港すること自体が日下比孝の家に行くのに都合がよく、あの銅鐸が放つ光を図面に当てて何が浮かび上がるのかを確かめる為である。船に乗り込み、動き出すとすぐ彼は再訪問することとその目的を比孝に電話をした。その後は船にある大浴槽に身を浸し、いい気分の鼻歌で極楽だった。古代人には思いも付かないであろう窓から海が見える湯舟。兼備されているサウナ。いや、古代人、指揮を執る提督は意外と贅沢な船室に納まりながら航海したのかも知れない。人間の考えることに古代人も現代人も何の変わりもないのかも知れない、と思いながら風呂から上がった。そして仙台に至るまでの間、彼は頼子から借りた相馬龍夫氏の著書、「日本古代文字の謎を解く」をゴロ寝しながら目を通して行った。
 本の初めに「サンカあぶり出し文字」があり、「サンカ」社会の研究者、三角寛が「サンカ」と出会った経緯が記され、「お雪」と言う女性の事件が書かれてあった。

 ・・・お雪は丹沢で育ったことはわかりましたが、両親はおろか自分の名前も知らない孤児で、五、六歳のころ村里に現れたところを、たまたまサンカの遊芸(エラギ)の一、{サンカ社会には、箕作(ミツクリ)、笛作(フキカタ)、遊芸(エラギ)の三つの区別があり、彼らはすべてこの三家(サンカ)に包含されている。一とは頭領のこと}である相模阿国(オクニ)に拾われて、その養女になったと言うことです。・・・

 その本の箇所にはそう記されてあった。このお雪のに関する縁談事件で「サンカ」社会は一般に知られるようになったのである。お雪の養母、阿国が「サンカ」の掟による縁談を承知できないとして警察に「サンカ」社会の内情を暴露したのだ。この暴露に関するものが「サンカあぶり出し文字」なのである。このあぶり出された文字こそが問題の「サンカ文字」であった。
 健はフッと「お雪」は拾われたのではなく、さらわれたのではないか、と思った。それは未だ解決をみていない不可解な誘拐事件が彼の頭の隅にあったからなのかも知れない。
  また、大羽弘道氏が「オリエンタル古代学」から銅鐸の絵を絵文字としてその意味を解いたように、この本の著者は「日本古代文字」の存在と言う観点から銅鐸の絵を文字として意訳していた。
 丁度その本を読み終わったところで船は仙台に入港した。船から降りて、彼は宮城県白石にある比孝の家にむかった。その途中、頭によぎることは図面の謎がどの様に解明されていくか、と言うことばかりであった。
 比孝の家の前で一呼吸しながらはやる心を抑えて戸を開けた。出てきたのは花江であった。
 「いらしゃい、健さん。さあ、上がって、準備万端になっていますから。あの人、奥の部屋で首を長くして待っていますから」
 そう、彼女は言って健の荷物を取ってくれた。
 健は比孝夫婦にこの間に解明された「日下累代故事」の内容のアウトラインを説明し、ユカリが死んだモモエから「絵に光を当てよ」と不思議なメッセ-ジを受けたこと話した。
 「そうですか、準備は整っていますよ。早速、銅鐸のライトを明るくして、その絵図面に光を当ててみようじゃありませんか」
 気も早く、そう比孝は彼に言った。
 「先ず、この舟の図面に光を当ててみたいのですが」
 「わかりました。おい、花江、部屋の電気を消して、銅鐸のライトをつけろ」
 健は図面を両手に持ちながら銅鐸が放つ光を当て、その距離の遠近を調節して動いた。図面にある無数の染みのような黒点が光点と重なり、それは一つの具体的な図形を示しだしていったのだ。
 「何だ、これは。船であることは間違いないようだけれども、真上からみた亀かスッポンだな、これは」
 「健さん、図面を横にしたらどうかね」
 そう、比孝は言った。そして健は図面を持ち替えて、銅鐸の孔からでる光をそれに当てていった。
 「・・・これは細長い首のようだ・・・」
 「健さん、こりゃあ、ちょと変わっているが潜水艦じゃないだろうかね・・・この出っ張りと、その首はまるで潜水艦の司令塔だな」
 「・・・センスイカン・・・司令塔・・・潜水艦の司令塔・・・」
 「昔の海軍の特殊潜行艇だぞ、これは。わしゃあ、土建屋も兼業して、建築図面をよくみるが、横にすれば側面図、縦にすれば平面図じゃないか。もし、これが船ならば、亀型の潜水艦だな、これは」
 「・・・センスイカン・・・紛れもなく潜水艦なんだ。これは」
 「それにしてもだ、もし潜水艦ならば、そんな昔の時代に造ったのだろうかねっ」
 「ふ-む・・・いや、確かに造ったのですよ。うん、造ったんだ。日下一族は海の人々でもあったんですから。・・・海の神『スサノオ』、『沙本姫と沙本彦』はサオで竿の象徴そのものだ。『ヤマトタケル』は船で東征し、時代を下れば『安倍比羅夫』、壬申の乱の勝利した『大海人皇子』、すなわち天武天皇は名前からして海そのものだ。・・・それに『壬申』そのものも意味深長だ。壬はミズノエとよまれ、水そのもの。申はサルで、その象徴する意味は金です。この字を考えてみると『甲(コウ)』でキノエと読まれる字に頭が付いた字です。甲は甲良(コウラ)です。これに首を出したモノが『申』で、意味は延びるです。まさに亀がその首を伸縮させるがごとくの潜水艦の司令塔と突き出す潜望鏡だ。それに浦島太郎の話は竜宮城に亀の甲良に乗っていく。・・・それにこの話は木曽の寝覚めの里にも伝説としてあるんです」
 「ほう、浦島が山の中に?」
 「ええ、信州は山梨、甲斐甲府の隣。そして、今、気付けば甲斐と甲府の字からして亀の甲良が宛てられている。・・・以前は不思議に思ったこともある。何故、山の中に海の竜宮伝説があるのか、と。龍は『竜』で、『立と甲の尻尾の曲がった』漢字です。とにかく海に乗り出すには先ず採鉱、鋳鉄、鋳造の技術と、造船に適する木材です。古代の総合技術が結集されなければ大航海は不可能です」
 「しかし、大航海の必要に迫られていたのだろうかいなあ、その時代の古代の人々?」
 「もちろんですとも。・・・そしてその遥か以前から造船技術があった。『古事記』によれば古代甲斐は『日下部の祖が国造』だった。『スサノオ』に関係した『足名椎の娘』、『櫛名田姫』は八俣の大蛇からその命を助けられている。足名椎は甲斐に隣接する海の国、相模の芦名で、また芦の湖の地名も存在する。これは多分、芦名湖と呼ばれていたのに違いない・・・出雲と相模は物語の裏でつながっているのです。・・・多分、この話を有する古代の同一種族、技術者集団が大規模に地理的に動いたからです」
 「何故だろうかねっ?」
 「理由は鉱物、木材資源の獲得そのものです」
 「そりゃそうだな」
 「それに比孝さん、『日下累代故事』によれば時代が下った『源平合戦』の四国、伊予の『河野水軍』が『壇の浦の戦い』でこの『メクラ船』を使ったことになっている。・・・」
 「『源平合戦』で・・・」
 「!・・・そうか・・・わかったぞ、義経の『八そう跳び』の謎が・・・八嫂で、鳶、飛ビの跳ビ、だ・・・ヤッツの嫂の砥の尾」
 「義経の『八そう跳び』?」
 「ええ、義経はヒラリ、ヒラリと船を跳んだのじゃないんだ」
 「?」
 「船の本体が海に潜っている『メクラ船』なんですよ。義経は海上に突き出た『メクラ船』の司令塔で海戦の指揮を取ったんだ」
 「・・・?」
 「比孝さん『メクラ船』は見えない船を意味するんですよ。潜水艦なんだ。これはサブマリンなんですよ」
 健は興奮して自分の言葉に酔っていた。
 「・・・フ-ン、まっ、とにかくすごいモンを造ったんだな」
 比孝は健の話をあまり飲み込めないような口ぶりだったが、頭は健に同意するように振っていた。
 「ほんとうに凄いの一言だ。これは」
 「まあ、何時の時代にも男達は戦うための道具ばかりを考えては造ってきた、と言うわけよねっ。今だってさ、その潜水艦から原爆ロケットを飛ばして人を殺すことばかりを考えているんだからねっ」
 そう、花江は言った。
 「・・・比孝さん、次に星図に光を当てて見ましょうか」
 「そうだな」
 健は図面を取り替え、星図に銅鐸の孔から出る光を当て、その距離の間合いを取るために動いた。この距離間を調節することにによって各図面の内容が確認出来るのだ。
 「さて、これは何だろう?」
 「地図ですね。・・・日本地図だ。それにこの海岸沿いの点線は海流のようですね・・・これは日本沿海の海流を示す海図なんだ」
 「そうよね、モノが潜水艦なら海流の動きを知る必要があるわよねっ」
 花江がそう言った。
 「次の図面を見ましょうか」
 そう健は言って図面を取り替えた。
 「?・・・これは・・・L字の筒の組合せか・・・これが球、玉かな。・・・これと、これは鏡、これも鏡で、そして筒・・・これは銅鐸かな」
 「健さん、これは潜水艦に取り付けるモノなら潜望鏡に決まっているんじゃないか」
 「!?・・・う-ん、凄い、まさにその通りだ。これは潜望鏡なんだ。・・・そうか、三種類の鏡の用途はこれなんだ。そして、この銅鐸の大きな穴の存在理由もわかったぞ。。これは横に棒を通して回し、位置の角度を変えて外の景色を覗ける機能性を持たせるものなのだ。・・・それに、光玉は光源の意味ではなく、水晶球か、ガラスで造ったレンズ状の玉かも知れない」
 「ふ-ん」
 「・・・潜望鏡か。比孝さん、凄いの一言です。まったく当然だけれども、凄いの言葉しかない」
 「健さん、それにしてもだ、これが昔の人間が造ったなんて到底信じれんな。それに、例え造ったとしても、実際に海の底に沈んでしまわずに動いたのだろうかね」
 「もちろんですよ。確かに潜水艦として動いたのに違いありません。・・・この設計図、文字の意味は今、詳しくは理解できないが、合理的に出来ている。時代的に潜水艦と言っても、『メクラ船』だ。海面からその本体を数メ-トルも潜ればその『メクラ船』としての戦術的機能の目的は充分に果たしたと思います。水と金属の比重も経験的に知っていたはずです。『古事記』には『オオツツキ』とか『オナベ』と言う名前の人物も記されている。金属自体で造られた器も水には浮くことを経験的に知っていたはずです。時代が下って奈良の大仏を造るぐらいの鋳造技術があれば船底、いや、すべてとは言わないが船体そのものを構造的に金属にしたり、あるいは鉄板を張り付けることも可能だったに違いない」
 「ふ-む。・・・それにしてもだ、常識的に考えてもこの船を造船するには並み大抵の知識と技術では到底無理と言うものじゃないのかねっ」
 「・・・可能性と言うことなら、可能性は充分にあったし、実際に造ったと思います。古代であろうが現代であろうが、鳥のように空に飛びたい、亀や魚のように海の中に海に潜ってみたい、と言う発想そのものは変わらないと思うんです。問題は力学的な浮揚力や、潜水力よりも動力源の問題です。グライダ-のように自然の気流に乗ると言うのではなく、鳥のように羽ばたいて、空中に浮揚し、意志としてその方向に飛ぶと言うことには人力そのものに限界があるとしても、船そのものが海に潜行すると言うことならば遥かに現実性があるとは思いませんか。亀のように海に潜ると言うことなら、古代人は亀の生態研究をすぐにでも出来た」
 「そりゃあ、そうだな」
 「比孝さん、浦島太郎は何故、亀なんでしょう。古代にワニと呼ばれた鮫でも物語としてならばいいはずです。カメでなければならない現実性があったのですよ。伝説に現実的な根拠があるとしたならば凶暴なワニではなく、優しくて、 おとなしいカメでなければならなかった。しかも、単なる舟ではなく、カメに例えられるような特殊な船で、カメにも似た機能性を有する船と考えた方が納得がいきます。そうか、日下の系図で、花江おばさんがモモじゃない理由が納得だ。カメは、花の女で、花江おばさんの名前なんだ」
 「私の名前がカメで、花江なのかねぇー・・・私はカメさんなのかネ」
 「そう、『私は亀』で、穐(アキ)なんですよ」
 「?・・・今度はアキですか」
 「亀、・・・まっ、カメは万年、鶴は千年、カメの方が有難いわな」
 「カメは中国の陰陽思想では亀と蛇の合体とされたものとして『玄武(ゲンブ)』と称され、特殊な地位を与えられています。象徴的な意味では、物質は水、色は黒、方位は北、玄象と言えば日月星辰であり、天そのもの。天体としては北極星であり、北狼(ホクロウ)星とか、貪狼(タンロウ)星で、北辰とも呼ばれ、妙見信仰の実体です」
 「カメが妙見さまかね」
 「ええ、幕末の千葉周作、北辰一刀流の神様です」
 「では、ヘビは何かね?」
 「ヘビは・・・中国ではジョカと言われ、蛇の尾を有する女性の神で、古代伝説の源神であり、源人類を発生させた帝王です。・・・蛇は天体の天の川を意味したかも知れないな・・・とにかく、古代日本では蛇はウワバミと言われて、神話ではフツとされて矛や、スサノオの『天の叢雲剣』や、ヤマトタケルの『草薙の剣』につながる刀剣の神です」
 「なるほど、刀ならば北辰一刀流の神様になるわけだ」
 「そして、健さん、安珍と清姫の清姫の化身よねっ」
 そう、花江が言葉を挟んで言った。
 「そう、そうなんです。清姫の化身。ふ-ん・・・蛇は西洋では人間を堕落させた悪魔であり、また、自分の存在を自覚させしめた知恵の神でもあるのですが・・・聖書と日本神話は、その象徴である蛇と龍が同じようにダブッてくるんだ・・・」
 「どう言うことなのかねっ、それは?」
 「知恵は善と悪、愛と憎、畏敬と恐怖の表裏の合わさったもので、その象徴が地方によって蛇だったり、龍だったりしたからだと思うのですが。・・・まっ、知恵そのものの象徴です。そして、神占に利用された亀は、魔法陣としての数学の原点であり、亀甲文字としての原点でもあるのです。いわば、古代科学の原点なんです」
 「古代科学の原点ですか。なかなか、難しいですな」
 「あんたも、私も、もう少し、学があったら健さんの言っていることがスンナリわかるだろうにね」
 花江はそう、比孝の言葉に続けて言った。
 「・・・それにカメは聖武天皇の『神亀』、光仁天皇の『宝亀』として年号にも使用されている。更に言えば、『玄武』の玄は、道家の老子が説いた時間と空間を超越した天地万物の根元で太極。武は武芸、武道で、兵法、戦術そのものです。もう少し言えば『玄武』とされている亀と蛇の図は、古代インドの世界観を現している図がオリジナルらしいんです。その図には蛇がとぐろを巻いた中に亀がおり、その亀の甲良の上に三匹の象が大地と天を支え、その天上にコンロン山が描かれているのです」
 「いわゆる仏さんの須弥山や、仙人さんの蓬莱山のことだわね」
 「そうです、花江おばさん。『玄武』は、その象と天地、山が省かれたモノなんです。そして武はタケで、長い短いの寸法を言う丈、竹竿のタケ、猛だけしいのタケ、・・・そうか、お山も嶽で、岳(タケ)なんだ」
 「そして、健さんのタケルで、ヤマトタケルのタケで、長髄彦の長いのタケ。それで日下につながって来るのね」
 「そう、そうなんです。花江おばさん」
 「ふ-ん。花江、おまえは、なかなかのもんだ」
 「女房に惚れなおしたのかい、あんたは」
 「うん、おまえに惚れなおした」
 「テレくさいわよ」
 「・・・話を元に戻して、古代の技術ですが、建築にしたって地震の搖れにも安定性を保つように建築された木造の五重の塔、中心柱の底部は丸い金属球が添え付けられ、それを乗せている土台がこれまた金属の摺鉢状の受け皿になっている。搖れがきても地球の中心と直角を保つ構造になっていて倒れない。巨大寺院そのものや、その山門。湿気調節の校倉造りの正倉院。それに大仏の鋳造を見てもそれらの技術を造船に活かす発想さえあれば『メクラ船』、古代潜水艦の現実性は高い」
 「だがな、健さん、その可能性は認めるとしてだ、その古代人の知識の源泉は何処なんだろうな」
 「何処から?ですか・・・経験的な知識と技術の積み重ね、と言うことでしょうか・・・いや、そんな月並みのモノじゃあないな。古代人の文明は高々五千年や六千年前のモノではなく、万年単位のモノだと思うのです」
 「万年単位」
 「ええ、数万年か、十数万年の単位です。歴史のエアポケットがあって、文明としての歴史の連続性が時々途切れてしまったのですよ」
 「・・・」
 「そうだ、とにかくこの結果をユカリに知らせねば。ちょっとお電話をお借りします」
 健は興奮冷めやらぬ熱い頭を回して立ち上がり、電話機のある廊下に出てダイヤルを回した。
 「・・・おっ、ユカちゃんか、俺、俺だ。・・・そう、・・・その通り、期待通りだった・・・メクラ船は潜水艦だ。・・・そう、サブマリンだ・・・潜水艦だ」
 「!・・・メクラ船って・・・サブマリンなのぉー・・・」
 ユカリの声が健の声に重なりながらその興奮の声を受話器から響かせていた。

ーーーーー
 ・・・???・・・
 (表紙・画像・音楽)」の
  移転先・・・
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 ボクの「古事記字源」の発端・・・
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 干支歴
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 「戦争と平和」・・・「モウケの生き方」
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 コジキ姫赤い絨毯に乗る(m) (archive.org)
http://web.archive.org/web/20090609174025/http://www1.odn.ne.jp/~haa98940/hime/hime77.htm
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 古事記と虎関師錬 (archive.org)
http://web.archive.org/web/20090606191156/http://www1.odn.ne.jp/~haa98940/fanin/pura2/kokan/kokansiren.htm

 

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『八風』・・・八正・・・古事記字源物語

2023-01-24 17:08:07 | 古事記字源

 『八風』・・・八正
        立春に『条風』
        春分に『明庶風』
        立夏に『清明風』
        夏至に『景風』
        立秋に『涼風』
        秋分に『昌闔風』
        立冬に『不周風』
        冬至に『広莫風』

 「『八風』は
  ヤツのキのノ(ヘツ)の
  ナカのム(ヨコシマ)で、
  ハツのフのウ、蜂の風。
  八正=八世、八姓は
  真人(マヒト)、
  朝臣(アソン)、
  宿禰(スクネ)、
  忌寸(イミキ)、
  道師(ミチのシ)、
  臣(オミ)、
  連(ムラジ)、
  稲置(イナギ)
  だわ」
 「立春=タツハル=建の張に、
  『条風(ジョウ・フウ)』=嬢の風の邪。
  春分=ハルワケ=張文に、
  『明庶(メイショ)風』=名所の風の邪。
  立夏=タツナツ辰(龍)奈津に
  『清明(セイメイ)風』=姓名=生命=声明
             =盛名の風の邪。
  夏至=ナツイタル=奈津の好の樽(キの尊)
    =ゲシ=外の子に
     『景(ケイ)風』=継の風の邪。
  立秋=タツアキ=発の安岐に
  『涼風(リョウフウ)』=霊の風の邪。
  秋分=アキワケ=穐和気=醜聞=周文に
  『昌闔(ショウガイ)風』=障害の風の邪。
  立冬=タツフユ=巽の婦の喩=リットウ=栗東に
  『不周(フシュウ)風』=訃の愁。
  冬至=フユイタル=赴の喩の夷の樽に
  『広莫(コウバク)風』=孝縛の風の邪」

 『會侯乙の陵墓』・・・BC433年
            出土した
            副葬品の漆器の蓋に
            二十八宿
            のすべての名称が
            記載

 「ソコウオツ、祖は甲と乙」
 「日と月で、カラスとウサギ」

 『書経・尭典』・・・BC2200年
           天文観測記事に
           『宿曜経』の記載

 「ショキョウは渚の況の京。ビックリするは仰天のこと」
 「天(アマ)を
  仰(アオ)ぐ、
  仰天はヒト(イ)は
  ウサギ(卯)、次の日都だ。
  まさにびっくり仰天だ」

 『詩経』・・・『宿曜経』の記載

 「シキョウは
  示教、市況で、
  イチはミズのクニのヒト。
  ハジメは御津の兄」
 「詩はゴンの土の尊で、
  糸のマタの壱の拾の壱」

 『春秋左伝』・・・昭公四年(BC538)
         「昔は太陽が北陸(虚星)
          の位置にあるときに
          氷を取って貯蔵し
          太陽が西陸(昴宿)に行き
          奎宿の星が明け方
          東に見える三月に
          その氷を取り出したもの」
          と記載

 「ハルとアキのヒダリのデンは、
  春に張ルの貼る、
  秋に空キの穐だわ」
 「昭公四年は、商の工の氏は妬が始。
  ム・カ・シ、
  大の要(カナのメ)が
  北の陸、アキのイチにある時、
  コ・オ・リをとって著を増し、
  西の陸、
  ヒのウサにイキ、
  一のヒトは土と重なって、
  ヒガシにミツのツキのみえるとき、
  そのヒをトリダシタ」

 『三垣』・・・『紫微・太微・天市』は
         北極星を中心とする
         北天の星座
         北斗七星の七と
         宿曜星二十八で三十五
          二十八宿=二十八舎

 「サンエンは御津の園、
  三カキ=壬掛記=磨(マ)鬼=研(ケン)姫、
  参の下記。
  ムラサキのサルスベリ
  タイのサルスベリ
  アマのイチ
  七をクワエル弐の拾の八は参の拾の五。
  二十八=弐拾八の舎はトネリの稗田阿礼」
 「うーん・・・」

 『天市』・・・北は「紫微垣」の南
        十五時から十六時の方角
       「七公(牛飼座)に始まり
        二十八宿の房・心・尾・
        箕(蠍座から射て座)にあり
        全部で一九(壱拾九)の星官
        からなり
        星数正星八七(八拾七)個
        増星一七三(壱百七拾参)個」

 「アマのイチは海部のハジメ。
  結果、
  壱(ハジメ)の
  百(モモ)の
  七(ナナの津)は
  拾う(主が連合)して傘下に参加」

 『天乙・太乙』・・・紫宮(紫微星)門外に存在し
           二十八宿では『亢宿』
           に陣取る天帝の二星である
          「天乙」=天帝で戦闘と人の吉凶
          「太乙」=天帝で使者十六神を司り
           風雨、水干、兵革、飢饉、疾病、
           災害を判知する

 「コウシュクは、
  亢(ノド・クビ・アゲル・タカブル
    キワメル・アタル・サエギル)=亠+几
  宿=ウ+人+一+白で、
  亠=ナ・ベ・カン・ムリ=茄部(菜部)の諌は
  無理、亠(音の略字)の岐=将渡の略事(掠治)の
  記(姫)、
  好主玖、熊宿、鴻宿、鮫宿、仰宿、甲宿、孝叔は
  孝徳の伯父で、
  稿縮は原稿を縮める」
 「『天乙』は海部の
   壱、五、
  『太乙』は鯛の壱、五だ」

 『北斗七星』・・・・・天帝の帝車
 『輔星』・・・・・・・北斗の第六星で、大臣の星
 『朱鳥』・・・・・・・権=分銅
            軒轅=黄帝
            衝=天秤
            太微・三光(日月五惑星)

 「テイシャは停車、汀娑、鵜奢・・・
  テイの社、綴者で、モウたくさんアルわ」
 「ホホ(ホオ)ホシは頬で、カイのアナの干。
  武の祭、大臣(オホオミ)は蘇我氏」
 「朱鷺=鴇=穐=土岐=辰=時=解きで、
  アカトリは赤、垢のトリで、
  土のマタ、キサキだわ」
 「次は・・・」

 『大角』・・・天王の帝座
        天王=『心宿』の中央の星
        アンタレス

 「『大角』は
  オオスミ、タイのカド、
  アンタレスは蠍座で、
  サソリはマカツで、
  アカのカツが座す巫で、
  ハジメの日都は
  タイ、トウのタンはカド」
 「トウは島で、
  シマの端のカド、東の端のカド・・・
  直角三角形を挟む長い方の一辺・・・
  ナガサキ半島、
  宇土半島の長い方の一辺、
  国東半島の長い方の一辺・・・だな」
 「トウセンは
  東遷、島線、統專・・・だわ」
 「訪先、島先で、
  東遷は、
  東に
  西の一の人の
  己(オノレ・ヨコシマ)が
  辷(シンニュウ)だ」

ーーーーー
 ・・・???・・・
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 「プラトン古事記をカタル(古事記字源)

  +

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