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Sakuraさまのソースです。
ギリシャ エーゲ海クルーズを1日楽しみました。
朝8;30の出航でした。
すごーい大きな客船
さんさんとふろそそぐ太陽の下、
青色のグラデーション、広い広い海
デッキから眺めているおけいはん
すごーく感動しました。
不思議なぐらい、幸せを感じました。
クルーズは1日楽しむのです。
途中、3つの島にも下船します。
また、船の中で食事をしたり、船の中で
ギリシアの民俗踊りも見せてくれました。
次回は途中の島へ寄ったことを掲載します。
旅2日目
アテネ空港から観光バスに乗り変え
昼食のためアテネの街のレストランへ
行きました。
レストランでーす。
まず、席につくと、ウォーター(3ℓ入りぐらい)を
もってきます。
日本ではコップに水ですが。
わたしたちはグラスに水をつぎます、
簡単な食事ですが皿の上にナフキン、
その両側にフォークトナイフ皿の前には
デザートのスプンがおいてあります。
一番最初はパンを持ってきてくれます。
それから、スープ、サラダ、,、、、などの順です。
最後はデザート、それからコーヒーか紅茶です。
お飲みものはそえぞれ注文です。
ビール
ワイン
ジュースなど。
お昼のメニュー(写せたものだけです)
サラザ、チーズ、トマとの中に御飯など
夕食
アテネの夜は高級レストランでした。
アクロポリスの夜景が見えるレストランでした。
上のほうにパルテノン神殿が見えるでしょう。
メニューは
サーモン、チーズ、ケーキなど
ちょっと量が多すぎるかなあ?
サラダがおいしかったなあ。
パンもおいしいよ。
さあー。ホテルへ行って寝るだけだよ。
アテネの午後8時はまだ明るいよ
9時頃になって、暗くなるだけでした。
その2 国立博物館
古代ギリシャの文明時代を経て、
ギリシャ国内の各地から発掘、出土された遺跡を
展示されています。
考古学には、知識がないおけいはんには、
仙人たちの繊細な彫刻、土器等に感動しました。
撮影は禁止だったので、
とりあえず、絵葉書を少し記念に買ってきました。
考古博物館です。
考古博物館はアクロポリスの近くにあります。
ネットでも作品があります。
ここをクリックしてください。
世界最古のギリシャの遺跡を見学させて
もらってよかったとおもいました。
旅2日目の午後
アテネ市内観光(その1)
パルテノン神殿はアクロポリスの丘にあります。
海抜154メートルの岩山にあります。
紀元前1200年頃から人が生活していたようです。
その後、アテネの守護神アテネ女神の聖域とされ
神殿が建てられました。
その後、度々の戦争で破壊され、また、再建されましたが
17世紀、ベェネツイア共和軍によってまた、破壊され
残った建物が上の写真の神殿です。
今、尚 修復途中です。
近くまで行くと巨大な柱(1本の柱が10m.)が
何本も建っています。圧倒してしまうほどです。
柱の色は白です。
アテネの人々はこのパルテノン神殿は
守り神として生活しているのですね。
その他
アクロポリスの坂の入り口にあります
音楽堂です。今も演劇や音楽会でつかわれて
いるそうです。
記念に1枚、 この日は暑くて暑くて、ここへ
登って来るのは大変でした。
ここは人気の的で観光客が多いのでスリに
ご用心というので一眼レフはバスの中でした。
コンパクトデジカメで写しています。
アテネのご案内は日本の岩手県の方で、
アテネにお住まいです。
名前わすれたけど、女性の方でした。
わかりやすく話していただきました。
ホテルへ行くまでお世話をしていただきました。
ギリシャと日本の時差は
6時間遅れです。
<![]() |

カルメーラ(こんにちは)
6/25~7/2までの旅
ギリシャ ルーマニアの旅から帰ってきました。
旅の仲間13名で海外の旅を楽しんできました。
行きはギリシャのアテネまで13時間の長旅でした。
関西空港22:30フライト トルコのインスタンプルグ経由
6/26、9:30(現地時刻)アテネ空港着でした。
座席は狭いので、13時間は疲れました。
機内では、食事やお飲みもののサービスがあります。
夜中ですから、睡眠をとろうとしますがあまり眠れませんでした。
時には本を読んだり、音楽も聞いたりします。
携帯枕を後ろにおいていたので、助かりました。
機内食は

チーズ、卵 トマト、サラダ、ハム パン
デザートは甘いケーキでした。
お飲みまものは自由でいろいろあります。
ビール ワイン ジュースなど
洋風料理で1週間はナイフ、フォークの生活です。
チーズは白いチーズと黄色いチーズがついています。
マー、ボチボチお味も慣れないとね。

堀川めぐり→松江城見学→小泉八雲記念館→帰途
マウスオンエンドクリックしてください。

新緑に囲まれた松江城です。
松江城は、昔そのままの姿で残っています。
おけいはんたちは中を見学しました。
木の階段をのぼりおりするだけでも大変でした。
一番上までのぼりました。
松江の城下町を眺めました。
それから、松江城から歩いて小泉八雲の記念館へ行きました。
生涯 、文学生活で過ごした証を展示してありました。
短い見学時間でした。
これで3泊4日の旅を終えることができました。

「われこそは新島守りよ
おきの海の
あらき波風
心して吹け」
後鳥羽上皇さんが隠岐に流された時 詠まれた和歌です。
後鳥羽上皇の悔しさとさみしさに触れた歴史の旅でした。
摩天崖、日本海ならでわの海岸美はわすれない景色でした。
隠岐のご馳走、「岩がき」の大きいのにびっくりでした。
海の幸のごちそうもとてもおいしかったです。
- END -
3日目の続き 國賀めぐり(その2)
隠岐の島は180余りの島々からなる群島で、
その海岸は断層と波食によってできた岩石海岸です。
自然が造った断崖美です。
摩天崖の高さは257メートルもあり、切り立った
1枚の岩状の断崖です。
ここは摩天崖展望所です。
海岸近く、断崖の前まで来て見学しました。
日本海の荒波によって出来た、岩石の藝術ですね。
画像クリック(5枚)
観音岩
右、遠くから見る観音岩
↓
夕日のときはろうそく岩とも言われています。
摩天崖は「私は貝になりたい」のロケ地
だったようです。
國賀めぐりをした後、隠岐、島前の観光を終え
別府港から高速船「レインボー」で七類港まで
帰り 夕方松江のお宿につきました。
3日目 西ノ島へ
菱浦港から別府港
島前(どうぜん)には3つの大きな島がありますが、
その日は西ノ島へ渡りました。
隠岐は島から島へは船でしかいけません。
こんなところは不便さを感じました。
フェリで別府港へわたりました。
黒木御所跡を見学しました。
1333年4月鎌倉幕府との戦いに敗れた
後醍醐天皇は隠岐に配流されました。
しかし、わずか1年で脱出に成功しました。
鎌倉幕府の権力は強かったことがわかります。
後鳥羽上皇は悲劇で終わっていますが。
ここへは今の皇太子殿下と美智子お妃も
結婚当時お参りされています。
さすが天皇家のご先祖さまにはお参りされるのですね。
御所跡はこの石段を登っていきます。
小高い山の上に跡があります。
御所からはすぐ海で景色もよかったです。
黒木御所跡へ入ってすぐのところに。
掲示されていました。
文豪の小泉八雲氏も訪れています。

クリックしてください。
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<隠岐の民謡> |
隠岐は民謡の宝庫と言われています。
夕食のお部屋で民謡を聞かせていただきました。
しげさ節、など聞かせていただきました。
小道具もいろいろ変えて踊っていました。
30分ぐらい聞かせていただきました。
よい思い出になりました。
隠岐の民謡はここをクリックしてください。
2日目の夜
隠岐の島は日本海の真ん中ほどにあり、
さすが海の幸が沢山取れますね。
岩がき
みは大きくプリップリッしておいしかったです。
かきは大きいですね。
日頃、いただいているかきと
ひとあじちがっていました。
ヒオウギ貝に、サザエ、イカ
ヒオウギ貝は初めていただきました。
いろいろな色がありますね。
紫、黄色、赤、きみどり、
いただくより貝が気に入りました。
めずらしいので持ってかえりました。
そのほか、もずく 、カニ、など
海のごちそうが多かったです。
2日目の続き
隠岐神社の狛犬です。
ガイドさんの説明によると、
後鳥羽天皇さまが幕府に怒ってる狛犬だとか。
狛犬の下はボタンの花の絵です。
ちょっと変わってる狛犬だなあと思いました。
隠岐神社は後鳥羽天皇さまが祭られています。
今、参道はツツジできれいでした。
隠岐神社
参道
後鳥羽院資料館
生前の品々が収められていました。
和歌集や刀作りの名人だったから
刀も展示されていました。後鳥羽さんというぐらい、後鳥羽天皇は
海士町の人たちには崇拝されていたのですね。
隠岐神社の崇拝される神ともなり
今も隠岐神社のお参りも多いようです。