川の果ての更に果てに

Svensk,Danmark,Norges,Suomen応援ブログ

柔道とラグビーの話題

2005-12-04 22:35:27 | その他スポーツ
ロシア大統領のウラディミール・プーチンが欧州柔道連盟の名誉会長に就任したそうです。以下時事通信の記事を抜粋。
【モスクワ3日時事】柔道愛好家として知られるロシアのプーチン大統領が欧州柔道連盟の名誉会長に選出され、3日モスクワで行われた欧州柔道選手権大会の終了後、会場で連盟から証書を渡された。
同大統領はあいさつで、「(就任を)大変喜んでいる。あらゆるスポーツが好きだが、柔道が一番だ。柔道は勇気だけでなく相手への尊敬、謙虚さを養ってくれる。老若男女を問わず、魅力的なスポーツだ」と述べ、柔道振興に一役買った。

何でも、彼はかなり柔道に対して真摯に取り組んでいるそうで、ウィキペディアにはこんな文章が掲載されていました。以下、ウィキペディア・ウラディミール・プーチンからの抜粋。
11歳の頃より柔道とサンボをたしなみ、大学在学中にサンボの全ロシア大学選手権に優勝。1976年には柔道のレニングラード市大会で優勝したこともある実力者である。また、講道館において、技の型を小泉純一郎首相に演武したこともある。2000年の来日時には講道館より柔道六段の段位を贈られることになったが、「私は柔道家ですから、六段の帯がもつ重みをよく知っています。ロシアに帰って研鑽を積み、一日も早くこの帯が締められるよう励みたいと思います」という言葉とともに、コレを丁重に辞退した。
柔道の創始者の中の誰か(嘉納治五郎だったような、別の誰かだったような)を尊敬しているとかいう話もありますし、この人結構日本に近いとも言えるかもしれないですね。次女も何度も訪日していると言いますし。心情というのは結構侮れないもので、真面目に対応すればプーチン・ロシアは結構日本寄りになるのではという気もしますが。だからといって北方領土は返してくれないでしょうけど。
そういえば以前、北方領土問題が前進しないのはアメリカの陰謀とか言われた記事がありましたね。仮にそれが正しいとすれば、プーチンか日本の政治家が失脚するのでしょうか。

ウィキペディアにはプーチンは結構紳士だともありました。
モスクワ大使館占拠事件の被害者に対して、全く隙の無い表情で話をしていて、さすが元KGB。人を信用していないなぁ、という印象を受けましたが、本当のところはどうなのでしょうか?
大学ラグビー、早稲田が5年連続の優勝を達成しました。
おまけに5年連続全勝での優勝。いやいや、どうしたものでしょうか。
もちろん、大学レベルでのV5は凄いの一言に尽きるでしょう。大学生活は4年ですから、天才が入ってきたらV4まではありえるわけですが、それ以上は無理。

正直、ラグビーに対する世間の興味という観点ではどうなのかなあという気がします。もちろん、充実の早稲田が相手に勝つのはラグビーファンにしてはたまらないでしょうが(特に早大OBには)、そうでない一般の人からすると、明治あたりと競り合ってくれないと興味が持てないのではないかなという気もします。

3ヶ月・開設日も雨だった…

2005-12-04 21:49:41 | ブログ関連
明日は低気圧の影響で荒れた天気になるそうです。幸いというか、私は外出しなければならない用件はありませんけれど。
今日は雨の中色々やっておりましたが。
開設日が9月5日ですから、今日でちょうど3ヶ月ということになります。3ヶ月で投稿記事が350近くあるというのも中々すごい話です。
当初は普通の日記みたいな感じで、時折サッカー話でも交えようかなと思っていたのに、気付くと興味を失いつつあった野球とかスポーツ話と、何故か事件関係の記事多数という極めて変なブログになりつつあります。最初のうちはアフィリエイトとか多くの用語も知らなかったわけですしねぇ。

目標というか、このくらいあればいいなぁという希望IPは当初予定では1月で1日30くらい、2月目で60くらい、3月経つ頃には100とかいく日があればいいなぁとか思っていたのですが、その予想に関してはかなり上回ってしまっています。嬉しい反面、変なことは書けないなというプレッシャーも若干ながらあったりして。いや、変な記事書きまくってますけど。
今後の目標とかは、まあ、あまり立てるつもりもないです。別に1位を狙いたいとかそういうことはないですし。もちろん、人間の性というべきか、多い方がうれしいなあと思うのは当然なのですが。
最初の日も雨で、節目の日も荒れるらしいというのが、いかにも川の果て的な感じではありますが。

ともあれ、『川の果ての更に果てに』を今後ともよろしくお願いいたします。

ルール(法律)を守るということ

2005-12-04 08:11:36 | 犯罪・刑事関係
広島・栃木で連続して子供が殺されるという事件がありました。それについて、色々な方々の記事を見る機会に恵まれ、時に「なるほど」と思ったり、時に「こういう視点もあるのか」と頷いたり。
犯罪者が自由にできない社会、という問題意識を抱いている方も多く、「犯罪者自体が増えているとは必ずしも言えないのではないか」という意識のある私としては、やや意を強くしております。

ただ、何故そういう犯罪者がでるのか、何故簡単に殺人事件をするのか、犯人を何とかできないのかという点について何一つ考えないのも無責任な気がします。
以前から何回か触れている割れ窓理論(軽犯罪の段階から徹底的に取り締まることによって、凶悪犯罪を芽から積もうという理論)の観点も応用しつつ考えてみました。

まず、犯人の価値観とかそういうものについては、これはもうどうしようもない部分があると思います。現代は情報化が進み、極端な思考・嗜好の持ち主であっても受け入れられる素地がありますから、これを完全に封印するのは多分不可能でしょう。
また、誰であっても、程度の差はあっても「自分は正しい」と往々にして思うものです。殺人という行為自体が絶対に許されないわけではない(死刑とか正当防衛での殺人を想定)以上、「自分が今殺人をしても構わない」と考える犯人がいたとしても、これまた理解の範疇を超えているとも言いづらい。

としますと、社会のルールとか規範によって縛りをかけるしかないわけですね。まあ、悪法も法なりと言いますが、要はどういう理由があろうと、犯人が今行う殺人は絶対に許されないんだという意識を強く与えることが肝要。
そんなことは当然ですが、実際にこれがなされているかというと疑問です。
殺人のような重大なものであろうと、信号無視のような軽微なものであろうとルール違反という観点から見れば共通しています。
幼児の頃から子供は「ルールは守ろうね、人を傷つけてはいけないよ」と教えられるものですが、そういう幼児の前でいとも簡単に信号無視とかする人が多いのもまた事実です(他人を責められる立場ではありません、私もそうです。子供がいる時にはできるだけ無視しないようにはしていますが)。
こういう幼児が「ルールを守らない人が他にもいるし、僕も今は無視しよう」ということでルールを破っていく。更に、幼児が一般とは隔たりをもつ価値観を有するに至った時、「今は無視しよう」というのが殺人にまで及ぶ可能性もなきにしもあらずと思うわけです。
極端なことを言えば、AさんがBという子供の前で信号無視をしたのが、Bのルール遵守意識低下につながり、数年後にAさんの子供のCちゃんを、ということだってありうるということですね。

今は無視しよう、というのが軽い段階から徹底的に取り締まって、悪法も法だと認識させるのが割れ窓理論です。
が、そもそもそういう意識を芽生えさせないことが小さな努力と徒労でできるのかもしれない、とも思うんですね。

他人にルールを守ってほしいなら、自分もルールはきちんと守る!
勝手に自己なりに「これとあれは別」とか「今は特別」とか修正を加えないことです。
自己が修正を加えるように、他人もそこに修正を加えるわけですから。