特殊相対論、ホーキング放射、ダークマター、ブラックホールなど

・時間について特殊相対論からの考察
・プランクスケールの原始ブラックホールがダークマターの正体であるという主張
 

その5・ランダウ、リフシッツ パラドックス

2023-03-01 10:41:16 | 日記

1、ランダウ、リフシッツ パラドックスの解決

ランダウ、リフシッツは静止系に時計を2つ、運動系に時計を一つ置く事で、運動系の時計が常に静止系の時計に対して遅れている事を示しました。

そうして、その様に観測するのは静止系に立っている2人の観測者である、この二人が相手の系を運動していると認識=判定することにより、そのように判定された相手の系の時計は静止系の時計に対して遅れるのだが、そこに矛盾はなく、「時間の遅れはお互い様である」としました。

その理由は最終的には「二人の観測者はK系に立つこともK'系に立つ事も可能であるから」というものでした。



そうしてランダウ、リフシッツは「静止系に立つ観測者によって自分が立っている系は静止系と認識される、自分にとってはそれ以外の認識はないのだが、その静止系の時計よりも自分が立っていない運動系の時計が遅れるのは事実だ」と主張していますが、そのとき同時に運動系に立つ(自分以外の)観測者によって静止系にある時計がどのように認識されるのかについては言及していません。

最初に観測者(=自分)はK系に立って「K系が静止系だ」として話を始めてK'系が運動系でその時計は静止系の時計に対して遅れる、とします。

そうして次に「今度は立場を入れ替えましょう」と言うのです。

つまりは「最初の実験=測定は昨日行った」が「今日行う測定は立場を入れ替えて観測者(=自分)はK'系に立つ」というのです。(注1)

そうして測定してみると「ほうらみてごらん、今度はK系の時計がK'系の時計よりも遅れている」と言います。

それで「昨日の測定と今日の測定でK系とk’系には何の相違もない」のだから「時間の遅れはお互い様なのさ」と言うのです。(注2)



さて、しかしながら「運動系と静止系、あるいはK系とK'系にそれぞれ2人の観測者を同時に配置する」という状況を設定する事で「ランダウとリフシッツの主張は論破できる」という事を「その4・ランダウ、リフシッツ パラドックス・相対論」: http://fsci.4rm.jp/modules/d3forum/index.php?post_id=29641 :では示しました。



2、J Simplicity氏のパラドックスの解決

「その2・ランダウ、リフシッツ パラドックス・相対論」: http://fsci.4rm.jp/modules/d3forum/index.php?post_id=29567 :ではランダウ、リフシッツの設定した同じ状況をMN図(ミンコフスキー図)を使うことで「時間の遅れはお互い様」と主張するJ Simplicity氏の記事を取り上げました。

この記事でJ Simplicity氏はランダウ、リフシッツの設定した状況を踏襲してM系とM'系を設定しています。

そうしてここでもまた実験=測定は「昨日と今日」、二日に分かれて行われ、それぞれの日に対応したMN図が提示されています。(注1)

それでJ Simplicity氏の工夫は「時間の遅れはお互い様」と主張=説明する時にMN図を使う所にあります。

「昨日の実験と今日の実験を示すMN図を描いてみると違う図柄が現れる」と氏は言います。

それで理論物理学のサイト "J Simplicity(ジェイシンプリシティ)" : http://www.jsimplicity.com/index.html : より「Report 相対性理論 JS0.5」の「Chapter3 特殊相対性理論の世界」・「3.2 時間の遅れ」: https://archive.ph/xoT9k#Section3_2 :を参照します。

そうすると確かに「Figure3.8: 時間の遅れ4」と「Figure3.10: 時間の遅れ6」の2つのMN図は違ってみえます。

それで氏はこう言うのです。

『事象 A,B と C,D は違いますので,主張の相違があっても問題はありません.』

「事象A,B」@「Figure3.8: 時間の遅れ4」とは最初の日に行った測定を示し「事象C,D」@「Figure3.10: 時間の遅れ6」とは次の日に行った測定を示しています。

そうしてこの2つのMN図に描かれた事象を見ますと違っていますので、『事象 A,B と C,D は違いますので,主張の相違があっても問題はありません.』というJ Simplicity氏の主張は一見、成立している様に見えます。



しかしながらここでもまた観測者は静止系に立っており、運動系に立つ観測者によっての測定行為が示されていません。

つまり上記で示した様に「M系とM'系にそれぞれ2名の観測者を立てて行った実験=測定」が最終結果を与える事になるのですが、その状況がMN図として描かれていません。

そうして合計で4名の観測者を動員する観測実験の状況は1枚のMN図に描く事が出来ます。

その場合はその様にして描かれたMN図に現れる事になる「時間遅れを測定する事を示す事象は一つだけ」となります。

そうなれば今度は『事象 A,B と C,D は違いますので,』という「言い訳=説明は使う事ができなくなります」ので、時間遅れの状況が確定する事になります。



つまりは「M系とM'系の時計のどちらが遅れていたのかが判明する事になる」のです。(注3)



注1:ランダウ、リフシッツは「昨日、今日」とはしていませんが、2回行う実験=測定行為は時間的には分離しています。

その状況を分かりやすくするためにここの説明では2つの実験の間隔を24時間程、あけて表現しました。

注2:但し「昨日と今日の相違点」は「どちらの系に観測者が立っていたか」という所にありますが「観測者がどこに立とうとも、その事は時計の進む速さに影響を与える事はない」のであります。

実際、K系とK'系にある時計に対しては何の操作=変更も加えられておらず、従って「K系とK'系の状況に変化はない」と言う事になります。

注3:この時にM系とM'系の時計のどちらが遅れているのかは、計算によって分かるのではなく、実験=観測によってのみ分かるのであります。



追伸:物理と言うのは諸式展開=数式展開を超える、と言う話

数式展開だけであればランダウ、リフシッツもJ Simplicity氏も「そこには間違いはない」のであります。

しかし数式展開と数式展開をつないで結論に至る道筋には論理展開が必要であり、この部分は数式には表すことが出来ない様です。

そうしてこの論理展開の部分はそれぞれの著者の世界観=自然観が反映されている様でありますから、そこで「見方の相違が現れる=結論の相違が出てくる」と言う事になります。

さてそういう訳で同じ数式を使いながら業界での主流派は「時間の遅れはお互い様」といい、少数派は「時間の遅れはお互い様ではない」と言う事になるのです。


そうしてまた「同じ数式から違う結論に至る」というこの状況ゆえに、「時間遅れはお互い様」と言う教義=信念=認識はひとたびそれに入り込むと、なかなか抜け出すことが困難なのであります。


PS:相対論の事など 記事一覧

https://archive.md/e9dM2

 


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