驚くべきことに「横ドップラーシフトは青方偏移する(場合もある)」と最初に指摘したのはアインシュタインでした。
「アインシュタインの特殊相対性理論(1905年):http://fnorio.com/: https://archive.md/Gl1Hd#3-2-2 :
fnorio氏のまとめによれば「2.ドップラー効果」の章にてアインシュタインのドップラー効果についての説明を以下の様に引用されています。
『ω’の式から次の事がでてくる:・・・
ν’=ν*(1-V*Cos(φ))/sqrt(1-V^2) ・・・(1)式
これは任意の速度に対するDopplerの原理である。
この式はφ=0の時、次のように見通しの良い形をとる:
ν’=ν*sqrt((1-V)/(1+V))』
但しアインシュタインの原典では光速Cを明示していますが、当方のシリーズではC=1の単位系を使っていますので、式の速度表示についてはそれに合わせています。
さてそれで、φ=0の時の式の形は今ではよく知られた「光源と観測者が速度Vで離れていく時のドップラーシフトを表すもの」になっています。
fnorio氏によればその時にアインシュタインが想定していた舞台設定はアインシュタインの説明文の下に載せられた[補足説明1]で明示されています。
K系は静止系でその静止系のY軸の相当に上の方に光源が置かれています。(注1)
そのK系に対して観測者がいるk系は相対速度Vで右方向に移動しています。
そうであれば「光源から出た光は観測者の上方から角度φをもって観測者に届くことになる」のです。(注2)
さてそれでその次の[補足説明2]は飛ばして[補足説明3]に行きます。
そこでfnorio氏はφ=π/2の時、つまりは「横ドップラーの時」にはアインシュタインが示した式によれば「観測者は青方偏移を観測する」と明示しています。
はい「赤方偏移ではなくて青方偏移」です。
大事な事なので2度言いました。
そうしてV=0.5でφ=π/2の時を確認しておきます。
(1)式より
ν’=ν*(1-V*Cos(φ))/sqrt(1-V^2)
=ν*(1-0.5*Cos(π/2))/sqrt(1-0.5^2)
=ν*(1)/sqrt(1-0.5^2)
≒ν*(1)/0.8660=ν*1.1547
はい、確かに元の光源の周波数よりも高い周波数を観測しています。
つまりこの場合は「横ドップラーシフトは青方偏移した」のです。
「なんてこった。アインシュタインは Ives とStilwellの実験を知らなかったのか?」と言いたくなりますね。(注3)
世の中の通説では「 Ives と Stilwellは横ドップラーシフトを観測し、それは赤方偏移だった」となっています。
そうして今では通説では「横ドップラーシフト=赤方偏移」という事になっています。
そうであれば「横ドップラーシフト=青方偏移だ」などというと「業界ののけものにされそうな状況」であります。
しかしながら「横ドップラーシフト=青方偏移だ」と言ったのがアインシュタインの最初の論文ですから「これを否定する」という事は誰にもできない事でしょう。
まあ余談はこれくらいにして、さてそれでは「何故横ドップラーシフトが赤方偏移だったり青方偏移だったりするのか?」という事になります。
そうしてその答えは簡単です。
アインシュタインの最初の論文では光源は静止していて観測者がその光源から離れる様に動いていました。
そうしてその観測者がφ=π/2の時、つまりは「横ドップラーの時」にはアインシュタインが示した式によれば「観測者は青方偏移を観測する」のです。
他方で「Ives とStilwellは横ドップラーシフトを観測し、それは赤方偏移だった」のは「光源が動いていて観測者が静止していたから」です。
そうして今ではこの「 Ives とStilwellの実験結果に迎合する」かのように、「横ドップラーシフトの導出計算では光源を動かして観測者は静止している条件」となっています。
そうしてその計算結果では「横ドップラーシフトは赤方偏移する」となっています。(注4)
こうして現在通説の「横ドップラーシフト=赤方偏移」が完成したのです。(注5)
さてそうであれば前回「その2・静止系が客観的な存在だと何が困るのか?(W横ドップラーテスト)」で提案したW横ドップラーテストの答えはすでにアインシュタインによって1905年と1907年に分けて理論的に回答されていた、という事になります。(注6)
W横ドップラーテストではお互いが光源と受光部をもってすれ違います。
そうしてすれ違いざまにお互いが相手の光源の光の周波数を観測します。
その2つのすれ違う宇宙船をAとBとしましょう。
AとBは相対速度Vをもってすれ違います。
さてその時に宇宙船Aが「当方は静止していて貴方が速度Vでこちらに接近してきている」と宣言します。
そうであれば「宇宙船Aの光源は静止していた」となります。
他方で「動いているのはそちらだ」と指定された宇宙船Bの光源は宇宙船Aに対して動いています。
そうであれば「宇宙船Aの受光部は動いている光源Bの光をすれ違いざまに観測する」のです。
その結果は「Ives とStilwellの実験結果が示した」様に「宇宙船Aは赤方偏移を観測する」のです。
さて他方で「宇宙船Bは止まっている光源Aを観測する」のですから「アインシュタインが示した(1)式に従って青方偏移を観測する」のです。(注7)
以上が「W横ドップラーテストが与える事になる結果」です。
「W横ドップラーテストでは一方の観測者が赤方偏移を観測したならば、他方の観測者は青方偏移を観測する」のです。(注8)
さてそうであれば「時間の遅れはお互い様」ではなく「時間の遅れは一方的である」がこの宇宙の現実である事になります。
そうして「時間の遅れが一方的である」ならば「客観的な静止系は存在する」がその結果として出てくる合理的な答えなのです。
さてそうなりますと「客観的な静止系は存在する」がアインシュタインが意図せずに(あるいは自分の主張とは反する事になるのではありますが)与えた答えになっていた、という事になります。(注9)
ページが尽きた様です。続きはまた後日としましょう。
注1:アインシュタインはここで『観測者が振動数νの無限に遠い光源に対して速度Vで運動し、・・・』と説明していますが、光源とK系原点との距離が無限に遠い場合はφは常にπ/2になるものと思われます。
従って『無限に遠い光源』は「それなりに遠い光源」と理解されなくてはなりません。
ちなみにこの図のY軸は空間軸を表していて、時間軸を表すMN図ではない事に注意が必要です。
注2:この[補足説明1]でfnorio氏が示した図によってようやくアインシュタインが何を考えていたのか、わかりました。
(1)式に出てくる相対速度Vは2つの慣性系の間の相対速度を示していて、決して観測者と光源との間の相対速度(観測者の視線方向の速度)を表したものではない、という事でした。
しかしながら通常は特殊相対論に登場する観測者は対象物に対しては視線方向の相対速度をもってVとしていますので、混乱するのも無理からぬ事であります。
注3:HE Ives と GR Stilwell、「移動原子時計の速度に関する実験的研究」、J. Opt. JOSA 31ページ 369–374 (1941)。
この古典的な実験では、移動する原子の横方向のドップラー効果を測定しました。
先ほど飛ばした[補足説明2]にその実験内容詳細が載っています。
そうして、そこで提示されている(11.21)式はアインシュタインが最後に提示した式と同じ、つまり「光源と観測者が速度Vで離れていく時のドップラーシフトを表すもの」になっています。
そうであれば「Ives と Stilwellは赤方偏移を観測した」と通説では認識されています。
ちなみにこの実験の詳細については:相対論的ドップラー効果 : https://en.wikipedia.org/wiki/Relativistic_Doppler_effect :の「アイブスとスティルウェルタイプの測定」: それからhttps://en.wikipedia.org/wiki/Ives%E2%80%93Stilwell_experiment :にあります。
注4:横ドップラー効果が「赤方偏移する場合もあれば青方偏移する場合もある」と公平に記述しているのは上記のfnorio氏のまとめと上記(注4)で示した英文のういきぐらいなものです。
日本語のういき「ドップラー効果」を始めとしてその他の横ドップラーシフトの説明、あるいは式の導出では全て「動くのは光源で観測者は静止している」という条件になっています。
つまり「横ドップラーシフト=赤方偏移」と主張しているのです。
以下そのように主張している代表例を示します。
・光のドップラー効果 (横方向): https://archive.md/cbVVE :
・第 11 回 相対論における諸現象(波動・光)
https://www2.yukawa.kyoto-u.ac.jp/~norihiro.tanahashi/pdf/SR/note_SR-11.pdf
・特殊相対論入門
https://opac.ll.chiba-u.jp/da/curator/900121237/rel.pdf
・2 相対論的ドップラー効果
https://www.astr.tohoku.ac.jp/~chinone/Compton/Compton-node2.html
注5:物理業界の都市伝説並みの話ですね、これは。
あるいは「物理学は客観的なものだ」とはいいますが、それをやっているのは人ですから「心理的な思い込みというものは必ずある」という事の良い例であります。
注6:『特殊相対性理論を導入した 1905 年の独創的な論文で、アインシュタインは、無限に遠い光源に対して任意の角度で移動する観察者によって知覚されるドップラー シフトの式をすでに発表していました。アインシュタインが 1907 年に導出した TDE(横ドップラー効果) は、彼が以前に発表した一般式の些細な結果を表していました。』: 相対論的ドップラー効果 : https://en.wikipedia.org/wiki/Relativistic_Doppler_effect :から引用。
ちなみに1905年では「青方偏移を観測する条件」で1907年では「赤方偏移を観測する条件の報告」となっている模様です。
注7:さてこの時に宇宙船Bが「いや、動いているのはあなたの方だ」と宇宙船Aに主張した場合にこのW横ドップラーテストの観測結果は変わるのでしょうか?
たぶん「観測された事実は宇宙船Bの主張を却下する事になる」と思われます。
それはつまりは「W横ドップラーテストでいう所の静止系は主観的静止系ではない」という事です。
そうして「その事実が確認できる」という事が「横ドップラーシフトが持つ特筆すべき性質」なのであります。
まあその前提は「観測結果が宇宙船Aの主張通りであったなら」という前提条件は付きますが、、、。
そうしてまたそうやって一度観測されたW横ドップラーテストのデータがローレンツ不変であるというのは、「静止系が客観的に存在する事によって得られた横ドップラーテストのデータは同じように客観的なものである」という事を示しています。
注8:この結果は特殊相対論のたてまえ「全ての慣性系は平等である」という主張に反しています。
「全ての慣性系は平等である」を認めるならば「宇宙船Aが赤方偏移を観測したのであれば、宇宙船Bも赤方偏移を観測しなくてはならない事になります」ので。
なんとなれば「宇宙船Aと宇宙船Bとは全く同じであるから」ですね。
特殊相対論のアインシュタイン解釈の立場からはそういう事になるのです。
つまりは「宇宙船Aが自分が静止系だ」と主張する事が可能であるならば、同様にしてまた「宇宙船Bが自分が静止系だ」と主張する事が可能となるからです。
注9:「客観的な静止系は存在する」という答えをアインシュタインは出したかった訳ではなく、「動くものは時間が遅れる」という「特殊相対論の結論の実験的な検証をして欲しかった」ので「横ドップラー効果=横ドップラーテストを提案した」のでした。
しかしながらその理論的な解析の結果はアインシュタインの意図とは違ってはいますが「客観的な静止系が存在する」という事の理論的な裏付けにもなっていたのでした。
ちなみに「時間の遅れはお互い様」を言い出したミンコフスキーは「ドップラー効果の検討」をしていない模様です。
そうであればもちろん「横ドップラー効果の話」には興味はなかったと思われます。
このあたり「物理やとしてのアインシュタイン」と「数学者としてのミンコフスキー」の差が出ていると思われ、興味ぶかい所であります。