メメント・モリ 第7部「ひとりで逝く」 無縁死・孤独死 安倍首相は高齢者多数社会を「国難」と言う

2018-10-05 | Life 死と隣合わせ

メメント・モリ
中日新聞 2018年9月29日
第7部「ひとりで逝く」(1)保冷室で3週間
 遺族の姿も、読経もない。簡素な葬儀は十五分で終わった。六月上旬、名古屋市近郊の斎場。「ええとこ、行くんやぞ」。喪主を務めた友人の奥田隆宏さん(66)=愛知県春日井市=は、約三週間前に六十八歳で病死した男性に語りかけ、顔をそっとなでた。
 二人の付き合いが始まったのは七年前。トラック運転手の職を失い、車上生活を送っていた男性に、奥田さんが声をかけた。
 「私もいろんな人に助けてもらったから」。奥田さんも、会社が倒産したり、心筋梗塞を起こしたりして、仕事ができない時期があった。男性の境遇を自分に重ね、気に掛けてきた。
 今年三月、全身に転移したがんの痛みから男性が入院した時は、身元保証人を引き受けた。「安心しろ。葬式、ちゃんとしてやるから」。約束した直後の五月十五日、息を引き取った。
 ところが、葬儀や火葬の相談に出向いた役所の職員は「まずは家族の意向を確認する必要がある」。火葬に必要な死亡届を出せるのは、遺族や病院長などに限られる。友人の奥田さんにはその資格がなかった。
 男性には県外に十歳下の妹がいる。だが「三十年以上、連絡は取っていない」と聞いていた。役所の職員が戸籍などから妹の所在を探し出し、男性の死を伝えた。妹は遺体の引き取りを拒み、奥田さんが喪主を務めることになった。
 役所が「引き取り手なし」と判断するまでの約三週間、遺体は斎場の保冷施設に安置された。「冷蔵庫に入れられていたなんて」。奥田さんは頼れる身寄りのない男性を哀れんだ。
 国が二〇一七年に行った調査によると、高齢者世帯のうち、一人暮らしはほぼ半数の六百二十七万四千世帯。非婚率が上がり、家族関係が薄まっていく時代に、遺体の引き取り手が見つからない例が各地で増えている。
 そうした遺体を年に三百体ほど預かる名古屋市の斎場の支配人(45)は「保管が一年近くに及ぶこともある」と打ち明ける。三十体まで収容できる地下の安置室は近年、ほぼ満杯という。
 三十平方メートルほどの室内は、遺体の腐敗を防ぐため、温度が五度前後に保たれている。上下二段の棚には、棺(ひつぎ)が整然と並ぶ。その一つには、昨年十二月に運び込まれたことを示すメモがあった。
 「引き取り手なし」と判断された遺体は、死亡地の市町村が火葬する。奥田さんが弔った男性も荼毘(だび)に付され、遺骨は公営の納骨堂に納められた。遺族から申し出がなければ、十年をめどに合葬される。
 「自分もいつか、無縁墓に入ることになると思っている」。実家とは縁を切っている奥田さん自身も、そう覚悟している。
 葬儀から三カ月後。奥田さんは納骨堂を訪れ、線香を上げた。「悪い人間じゃなかった。僕が忘れてしまったら、誰も気にかけなくなってしまう」。家族や社会から孤立し、亡くなっていった友への思いを胸に、供養を続ける。
    ◇ 
 二〇六〇年には、国民の五人に二人が六十五歳以上になる日本。一人暮らしで、人知れず亡くなっていく高齢者も増えていく。身寄りがなく遺体の引き取り手もいない「無縁死」や、社会から孤立して自宅で最期を迎える「孤独死」の現実を追った。
 (この連載は全五回です)
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メメント・モリ
  2018年9月30日 朝刊
第7部「ひとりで逝く」 (2)最期の部屋から 
 九月上旬のある朝。ゴム手袋と大量のゴミ袋を抱えた三人の作業員が、名古屋市内の幹線道路に近いマンションの一室に入った。
 ベッドの近くには、心臓発作を抑える薬が散乱していた。テーブルには飲みかけのコーヒーやガス料金の督促状。窓際には洗った下着が干されていた。
 「典型的な孤独死の現場です」。特殊清掃を請け負う「こころテラス東海」の香川浩司さん(51)が、畳に染み込んだ遺体の跡を指して言った。
 八月下旬、六十歳の男性が亡くなった状態で見つかった。死後一カ月ほどが過ぎていた。その間の記録的猛暑と相まって、遺体の腐敗が進んでいた。
 マンションの管理会社からの依頼を受け、死の痕跡を消すのが三人の任務だ。あらゆる小物をゴミ袋に入れ、ベッドや布団などを搬出。遺体の跡が残る畳や床板をはがし、部屋全体に消毒と脱臭のための薬剤を吹きかけた。
 テーブルや衣類、腕時計や通帳に至るまで、搬出物の総量は二トンに及んだ。遺品を引き取る遺族はおらず、すべて一般廃棄物として処理される。費用は十万~三十万円が相場だ。
 「孤独死」。確立した定義はなく、研究論文や出版物によって説明はさまざまだ。広辞苑には二〇〇八年発行の第六版から収録され、「看取(みと)る人もなく一人きりで死ぬこと」と記された。
 全国的な件数の統計もない。ただ、東京都監察医務院の調査によると、一六年に東京二十三区内の自宅で死亡した一人暮らしの高齢者は三千百七十九人。十年前と比べて一・七倍に増えた。
 中部地方で約三百件の現場を見てきた香川さんも「孤独死による特殊清掃のニーズが増え、参入業者も相次いでいる」と実感している。「身寄りがなく、仕事もままならず、社会や地域とのつながりがない人が目立つ」
 亡くなった男性も、家族はおらず、ただ一人の親族である妹とは疎遠だった。友人との付き合いも、ほとんどなかった。新聞の集金をしていた女性(69)は二年ほど前、男性から「頼れる身寄りはいないんだ」と聞いた。「心臓のペースメーカーの電池を交換しないといけない」と病を苦にしていたこともあったという。
 男性は心臓に持病があり、五年前には発作で倒れ、清掃業の仕事ができなくなった。同業者の森好美さん(47)=名古屋市千種区=は「収入が途絶えて困っていたので、生活保護の申請を手伝った」と当時を振り返る。
 その後、ペースメーカーを入れて仕事を再開。生来のまじめさで、ホテルや短期賃貸マンションの清掃をこつこつとこなした。収入は少なかったが、休みの日には、趣味の読書を楽しんでいた。
 今年五月。森さんが電話した際、男性は「元気だけど、病院の予約がなかなか入らない」と話していた。それから四カ月ほどして届いた悲報。「急な発作で誰にも連絡できず、死んでいったのだろうか」。孤独死と言われても、森さんは実感がわかない。
 生活を立て直す中で訪れた、突然の結末。孤立を苦にしていたのか、それとも穏やかな日常の中で迎えた最期だったのか。今となっては、知るよしもない。
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2018年10月3日 朝刊
第7部「ひとりで逝く」 (町内会長の憂い
 冷たい雨が、垣根を越えて伸び放題になった庭の草木をぬらす。こぎれいな一戸建てが並ぶ名古屋市近郊の住宅団地で、その家は異彩を放っていた。
 「お年寄りが一人で死んだのに、周囲が気づけないのは切ないね」。町内会長(72)が、柵越しにのぞき込んだ。昨年六月末、八十一歳の女性が亡くなった。以来、庭を彩っていたマツやサツキ、イチジクなどの手入れは行われていない。
 女性は八年前に夫と死別した後、一人で暮らしていた。近くの住民が「最近、姿が見えない」と市役所に連絡。郵便物はたまり、宅配ボックスに届けられた食材は腐っていた。中に入った救急隊員が、風呂場の前で女性を見つけた。死亡から一週間が過ぎていた。
 その三カ月後。百メートルほど離れた家で、八十六歳だった男性が亡くなっていた。死後三週間。やはり一人暮らしで、居間のソファに座ったままだった。男性には身寄りがなく、民生委員が身元を確認した。
 ほぼ半世紀前、高度経済成長の時代に開発された住宅団地で、続いて発覚した孤独死。「三週間も放置されていたのは、住民にも大きなショックだった」と町内会長は振り返る。
 団地には現在、約七百世帯が暮らす。独居高齢者は百世帯を超える。六十五歳以上の比率は全国の27・7%を上回る33・2%。全国が33%に達するのは二〇三五年ごろで、一足早く超高齢化に直面している。
 住民の多くは、三十代前後の働き盛りのころにマイホームを求め、移り住んできた人たち。「所得が高く、他人の世話にならずに暮らしてきたせいか、仕事を辞めた後も近所を頼ろうとしない」。町内会長は、住民同士が「助けて」と言えないこの団地特有の傾向が孤独死の背景にある、とみる。
 住民によると、亡くなった女性は高校教諭だった。子はおらず、伴侶を失ってからは「夫が亡くなり、自由にやっている。夕食も考えずにすむ」と家に閉じこもりがちになった。緊急連絡先などを登録する「福祉票」の記載も「しばられるようで嫌だ」と拒んだ。
 食事や家の修理など、困った時は、宅配サービスを利用。隣人は「心を開くことはなく『しょうゆ貸して』という付き合いはなかった。夫が亡くなったことさえ、知らなかった」と話した。
 亡くなった近くの男性も、五年前に妻が他界して以来、地域とのつながりが途絶えた。周りから町内会の交流会に誘われた時も「そういうのは苦手」と断っていた。
 二人の死後、町内会は、新聞販売店に安否を確認してもらう見守り制度への参加を促した。十数人が契約したが、独居高齢者の二割にも満たない。お茶飲み会や健康体操を企画しても、参加するのは同じ顔ぶればかりだ。
 「孤独死というけど、本人にとっては住み慣れた家での納得の最期だったのではないか」。住民から聞こえてくる声を、町内会長は「他人に介入されたくない、という気持ちはわかる」と受け止める。「だけど…」
 付き合いを拒む隣人が、人知れず世を去って行く現実。同じ地域に暮らす住民として、何ができるのか。限界を感じている町内会長は、多死時代を迎えた団地の未来を案じている。
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2018年10月4日 朝刊
第7部「ひとりで逝く」 (4)“身内”との契約
 秋の日差しが乱反射する東京湾。車の助手席から、萬谷幸子(まんやゆきこ)さん=千葉市美浜区=がまぶしそうに見つめた。「いつ死んでもいいと思っていたけど、この年になると、長生きも悪くないわね」。この日は九十歳の誕生日だった。
 卒寿のお祝いでドライブに誘った三国浩晃さん(49)が笑顔で応じる。「生きるのが楽しくなってきたんじゃないですか」。昼食は萬谷さんが望んだ伊勢エビの刺し身。戦争体験や脳梗塞の後遺症のことなど、会話は途切れることなく続いた。
 つえを手放せないおばあちゃんと、NPO法人「人生まるごと支援」(東京都港区)の理事長。二人の縁は、萬谷さんが「ひとりで自宅で死ぬ」と決めた時から始まった。
 九年前の秋、甲状腺と肺のがんに苦しんだ五歳下の弟を、病室で看取(みと)った。二人のおいが電話帳で葬儀社を探す姿を見て、「私の後始末は誰がやってくれるのだろう」と不安になった。
 夫は亡くなり、子どもはいない。八十一歳で団地に一人暮らし。おいには迷惑をかけられない。新聞や本を読みあさったが、答えはなかった。
 一年半が過ぎたころ。電話帳の「葬祭」のページに「人生まるごと支援」の広告を見つけた。死亡後の処理を代行する、との触れ込みだった。
 葬儀や遺品の整理、公共料金の解約などを請け負う死後事務委任。日々の見守りや遺言の執行もしてくれる。すぐに申し込んだ萬谷さんは、一年余りですべての契約を結んだ。葬儀社と納骨堂も決めた。
 二〇一六年には、軽い脳梗塞で初めて入院を経験した。早い消灯時間になじめず、看護師やヘルパーにまで気を使う毎日。「やっぱり、死ぬ時は自宅がいい」と痛感した。
 退院してすぐ、強風にあおられて転び、今度は右の腰骨を折った。整形外科医からは「どうせ良くならない。一人で暮らしていると孤独死するから、施設に入りなさい」と言われた。
 突き放したような言葉に、診察に付き添った三国さんが「その言い方はひどい」と憤った。萬谷さんは、親身な姿勢を頼もしく思った。
 身内のような他人。ひとりで逝くと決めた萬谷さんにとって、三国さんは相談相手でもある。「長男が仕事を辞めて大変そうなの。入院時に立ち会ってくれた次男にも感謝してるし…」。最近の悩みは、二人のおいへの財産分与だ。
 迷っている様子を話す姿を見て、三国さんは「自分の思いが大事。遺言で相続の割合も変えられます」と助言した。「本人の意思を反映させるのが私たちの役目ですから」
 夫も子どももいない自分だが、「身の回りのことを任せて、安心した」と萬谷さんは話す。旅立つ準備は整いつつある。「あとは『朝起きたら死んでいた』というのが理想だわ」。顔をしわくちゃにして笑った。
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2018年10月5日 朝刊
第7部「ひとりで逝く」 (ついのすみか
 染川はつさん(95)が暮らす「ついのすみか」は、一階の突き当たりにある。手作りのパッチワークに彩られた二十四平方メートルの部屋には、小さな台所とベッド、座卓。毎朝五時半に起きると香をたき、「今日もお願いします」と手を合わせる。「一日がうまくいけば上等。時が来れば逝くんだから」
 愛知県西尾市の高齢者施設「せんねん村平口」。頼れる家族や親類もなく、友人にも先立たれた染川さんは「ここで最期を迎えよう」と決めている。
 同県豊橋市に生まれ、終戦直前の一九四五年八月、二十二歳で結婚した。だが、豊川海軍工廠(こうしょう)に勤めていた夫は挙式の翌日、空襲で亡くなった。再婚して一女をもうけたが、しゅうとめとの関係に悩み、三十歳で娘を置いて家を出た。以来、調理師として働きながら独りで生きてきた。
 入所を決めたのは、日本が超高齢社会に差し掛かり、介護保険制度が始まった二〇〇〇年の夏。一人暮らしだった友人の訃報を聞いたのがきっかけだった。
 新聞がたまっていると通報を受けた役所の職員が室内に入った時、友人は事切れて一週間ほど過ぎていた。「扇風機の前で、ぞうきんを握りしめて倒れていたんだって」。遺体の腐敗が進み、染川さんは通夜での対面もかなわなかった。
 当時は七十七歳。六人のきょうだいのうち、四人はすでに他界していた。末弟は音信不通で、唯一、連絡を取っていた長姉は関東の施設暮らしで頼れなかった。「自分も、孤独死してしまう」。不安に駆られていた時、翌年に開設を控えたせんねん村のちらしを役所で見た。
 茶飲み友達と話題にすると、「まだ早い」と言われた。「じゃあ、誰か私の面倒をみてくれるの」と聞き返すと、皆黙り込んだ。「施設のお世話になろう」。染川さんは、築五年ほどの一戸建てを引き払った。
 人生の最後をどこで迎えるか。病院での死亡が七割を超える現代。三〇~四〇年代には、四十万人のベッドが足りなくなるとの予測もある。国は介護施設を含む在宅での看取(みと)りを増やす方針を打ち出している。
 そんな時代を見越すように、せんねん村は開設した〇一年から施設での看取りを実践してきた。入所後に亡くなった高齢者の八割近い約二百五十人が、自室で最期を迎えた。
 開設時から携わった木下典子さん(47)は「死は必ず訪れるもの。加齢による自然死が本来の姿」と話す。入所者のほとんどが、延命のための治療を望んでいない。
 九月中旬にも、九十五歳の女性が自室で息を引き取った。施設内でしばらく安置された後、正面玄関から出棺される女性に、染川さんは別れを告げた。「苦しまずに、良かったねえ」。穏やかな死に顔に、身寄りのない自分の行く末を重ねていた。
 三年前には口内にがんが見つかり、下の歯茎をすべて削り取った。医師からは再発や転移の可能性はぬぐえないと言われている。
 「ここまで生かしてもらったんだ。悠々たる気分で、心配は何もない」。遺骨は、ここで見送った仲間が眠る、せんねん村の合葬墓に納めてもらうと決めている。 =終わり
 (取材班=北島忠輔、小笠原寛明、坪井千隼、兼村優希)
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 ◎上記事は[中日新聞]からの転載・引用です
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〈来栖の独白〉
 如何に多数であっても、一人一人には尊厳もあり、高齢者なら今日に至る、その人だけの道程がある。
 安倍首相は、高齢者多数社会を「国」という。高齢者をなんとかして一掃処分できないものか、と言っているように聞こえる。言い訳のように「高齢者の皆さまがいくつになっても活躍できる社会を実現することで、全ての世代が安心できる社会保障制度へと改革を行ってまいります」と、言うが。美しすぎる。言葉だけは美しく、どうとでも云える。
 高齢者の悲惨は続いている。が、難しいだろう。これほど多くの高齢者では。「国難」と言う気持(?)も分かる・・・か。分かるほどに、悲しい。
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産経ニュース 2018.10.2 22:23更新
第4次安倍改造内閣の首相談話全文「少子高齢化に真正面から立ち向かう」
 第4次安倍晋三改造内閣は2日夜、初閣議で「少子高齢化に真正面から立ち向かう」などとした安倍首相の談話を決定した。全文は次の通り。

 来年は、皇位の継承という歴史の大きな節目を迎えます。その直後には、日本が初めて議長国を務めるG20(20カ国・地域)サミット、さらに翌年は、東京オリンピック、パラリンピックが開催され、世界中の注目が日本に集まります。
 日本がまさに歴史の大きな転換点を迎える中で、今こそ、未来を見据えて、平成の、その先の時代を切り拓く時です。
 国難とも呼ぶべき少子高齢化に真正面から立ち向かい、一億総活躍の新たな国づくりを推し進めます。未来を担う子供たち、子育て世代に大胆に投資するとともに、高齢者の皆さまがいくつになっても活躍できる社会を実現することで、全ての世代が安心できる社会保障制度へと改革を行ってまいります。
 TPP(環太平洋戦略的経済連携協定)や欧州との経済連携協定をはじめ、新しい時代の世界のルールづくりを進めます。激動する国際情勢の中で、北朝鮮問題をはじめとする諸課題を解決し、わが国がリーダーシップを発揮して、新しい時代のアジア太平洋の平和と繁栄の礎を築き上げてまいります。
 希望にあふれ、誇りある日本を創り上げ、次世代に引き渡すため、内閣一丸となって、政策の実行に邁進する決意です。
 安倍内閣の新たな取組に、国民の皆さまのご理解とご協力を改めてお願いいたします。

 ◎上記事は[産経新聞]からの転載・引用です
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「無縁社会~“無縁死”3万2千人の衝撃」地縁や血縁、会社との絆「社縁」を失った日本人
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◇ 安楽死どこまで 認知症・老いの孤独…広がる「死の権利」要求 オランダ 2018.7.22  
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◇ 人類が初めて遭遇する「寝たきり100歳社会」の悪夢 後編〈医学の勝利が国家を亡ぼす 第5回〉 
◇ 人類が初めて遭遇する「寝たきり100歳社会」の悪夢 前編〈医学の勝利が国家を亡ぼす 第4回〉
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