反トランプメディアが仕掛けた「レッテル貼り」
「命を重んじるバイデン」朝日新聞が見向きもしないトランプの功績
2020/11/10 田中秀臣(上武大学ビジネス情報学部教授)
米国の大統領選は日本でも大きな注目を集めた。主要メディアは、次期大統領として民主党候補のジョー・バイデン前副大統領の当確を伝え、各国首脳の多くがバイデン氏に会員制交流サイト(SNS)などを利用して祝意を伝えた。
菅義偉(すが・よしひで)首相はツイッターを使い、日本語と英語で、バイデン氏と女性初の副大統領になる見込みのカマラ・ハリス氏にメッセージを送った。それは、短くともポイントを押さえたものになっていた。
ジョー・バイデン氏及びカマラ・ハリス氏に心よりお祝い申し上げます。日米同盟をさらに強固なものとするために,また,インド太平洋地域及び世界の平和,自由及び繁栄を確保するために,ともに取り組んでいくことを楽しみにしております。
菅首相の公式ツイッター
特に「インド太平洋地域」が入っていることに注意したい。オーストラリアのモリソン首相やニュージーランドのアーダーン首相も同じように「インド太平洋地域」の安全保障に期待する旨をバイデン氏に伝えている。
来年始動するであろうバイデン政権は不確実性を抱える。その一つが、不透明な対アジア戦略だ。要するに中国にどう向き合うのかという問題である。
トランプ政権は日本、米国、オーストラリア、インドの4カ国を軸にした「インド太平洋構想」を採用している。アジア圏には、欧米の北大西洋条約機構(NATO)のような、多国間の集団安全保障体制は構築されていない。それに代わるものとして、中国の覇権に抗することを狙いとしている構想である。
菅首相やモリソン首相らがこの「インド太平洋地域」をわざわざ文言に入れたのは、この構想へのコミットメントを明瞭にしていないバイデン氏へのシグナルだろう。もちろん、この「インド太平洋構想」は、中国の「一帯一路」構想に政治経済面で対抗する意味もある。
経済面では、米国を除く11カ国による環太平洋戦略的経済連携協定(TPP11)がその要だ。トランプ政権で米国はTPPから離脱した。TPPを主導したオバマ政権同様に、バイデン政権が復帰するのかどうか、またどの段階で復帰するかが重要になる。
日本はTPP11を主導した経験を活用し、さらにこの自由貿易圏にイギリス、インドを加盟させるべく努力しなければならない。米国の論者には、米国がTPPに復帰しないまま、中国が現状の加盟条件が緩いことを狙ってTPPに入ることを警戒する意見もある。
実際に、今年5月に中国の李克強首相は、TPPへの参加意思を記者会見で問われ、その可能性を否定しなかった。
中国は自国への資本投資の自由化を行っていない。そのため財、サービスの貿易自由化だけではなく、また投資の自由化を目的とするTPPには乗れないのではないか、という見方が一般的だった。
しかし、李首相の発言は、米国がいないすきを狙ってTPPになんとか加入し、この経済圏でも政治的影響力を強めたい考えがあるのかもしれない。バイデン氏は中国に対するデカップリング(切り離し)を見直すのか、それとも促進するのか。そこに、米国のTPP再加入、そしてTPPを重要な経済面の核として持つ「インド太平洋構想」の成否がかかっている。
日本の保守層は、バイデン政権が中国に融和的な態度を採用するのではないか、と警戒感を強めている。それはバイデン氏が副大統領を務めたオバマ政権が、中国に対してとった弱腰の態度に起因する。
だが、米国内の専門家たちの多くは、オバマ政権と現在では米国の世論、そして議会の中国に対する態度が、まるで違う厳しいものになったとしている。
カート・M・キャンベル元米国務次官補とミラ・ラップ=フーパー外交問題評議会シニアフェローは、米外交問題評議会が発行するフォーリン・アフェアーズ・リポート(2020年8月号)の論説「外交的自制をかなぐり捨てた中国――覇権の時を待つ北京」の中で、米国内の意見の変化は、中国の外交姿勢が露骨なほどの対外覇権に転じたことにあると指摘した。
例えば、中国がオーストラリア産大麦に追加関税をかけるなどの措置をとったことは、オーストラリアが新型コロナウイルスの発生源の調査を中国に要求したことに対する「貿易制裁」ではないかと指摘されている。さらに、中国の関与が疑われるオーストラリアへのサイバー攻撃や、度重なる威圧的警告を北京は発している。
サイバー情報活動の専門家らはしばらく前から、オーストラリアで起きたハッキングは中国と関連があるとしている。
彼らは中国について、ロシア、イラン、北朝鮮などと共に、こうした攻撃を仕掛ける能力をもち、オーストラリアとは同盟関係にない数少ない国の1つだと説明している。
— BBCニュース
キャンベルとフーパーの論説では、この中国の外交的頑迷さ、対外リスク回避の放棄ともいえる姿勢は、中国の指導体制が習近平国家主席に集中している結果だとしている。つまり、中国の集団指導体制から「習強権体制」への移行である。
中国の「独裁制」のリスクを世界に明らかにしたのは、トランプ政権の「遺産」でもあるだろう。日本のマスコミの多く、特に朝日新聞的な報道やワイドショーなどでは、トランプ大統領が人権を軽視し、経済を重視するというイメージを流布しようと必死である。 しかし、トランプ大統領の最大の功績に、武力や経済力で他国を脅し、香港やウイグル自治区などで人権弾圧を繰り返す中国のやり口に、国際社会が関心を持つ機会を作ったことが挙げられる。これは最大の「人権」的貢献だろう。
だが、日本ではワイドショー的な「経済のトランプVS人権のバイデン」のような、安易で薄っぺらい二元論で考える人も多い。まさにテレビの見過ぎの、思考停止タイプでしかない。
新政権になっても対中強硬姿勢は変わらず、場合によればトランプ政権よりも日本など同盟諸国を巻き込んで、より積極的に行動するという見立てをする人たちも多い。今のところまだ不透明感が強く、この対中姿勢は日本国民にとっても極めて重要な問題だけに、今後の動きに注意しなければならない。
朝日新聞も米大統領選の記事で、トランプ大統領とバイデン氏を比較して、バイデン氏を「命を重んじる」と評価していた。これほど愚かしいレッテル貼りはない。日本のワイドショーなどで「経済のトランプVS人権のバイデン」という安直な図式を採用しているのも、この朝日新聞的な二元論と同根だろう。
その根深いところには、日本型リベラルや左翼に共通する「経済問題は人権問題ではない」という偏見がある。だが、トランプ大統領が政策の根幹に据えた雇用確保は、まさに人の生活面、そして社会的地位の安定などを通じて、人の命と権利を保障するものだった。おそらく、バイデン氏もこのことに異論を唱えないだろう。
日本のワイドショーや朝日新聞的なるものに感化された人たちを中心に、経済と人権は対立関係にあるという妄信がはびこっている。そして、経済よりも人権を重視することこそ素晴らしいと褒めたたえ、経済問題の軽視を誘発しているのだろう。経済の見方もそうだが、人権意識の見方についてもお粗末だとしか言えない。
◎上記事は[iRONNA]からの転載・引用です