田原総一朗氏と国民の知る権利 / 知る権利とは「偽情報」ではなく、「真実」を知る権利だ

2010-10-25 | 政治/検察/裁判/小沢一郎/メディア
「権力党員」田原総一朗氏と国民の真実を知る権利
BLOGOS【佐藤優の眼光紙背】第83回 2010年10月25日12時24分
 ジャーナリストの田原総一朗氏は、「権力党員」である。「権力党」とは、民主党とか自民党という、既成政党と関係ない。「権力党員」とは、常に時の権力の内側にいて、事実上、国家の意思形成に加わっている人を指す。「権力党員」は時の政権の手先であるという単純な図式は成り立たない。むしろ時の政権とは、少し距離を置きつつも権力の内側にいて、建設的批判を行った方が「権力党員」としての影響力が拡大することがある。田原氏は、「権力党」の文法に通暁している。それだから、政府の顧問や諮問委員に就かないのだ。
 「権力党員」には、一般国民はもとより、全国紙の記者でも入手できないような政権中枢の情報が入ってくる。その情報源は、大きく分けて政治家と官僚だ。今回、田原氏の北朝鮮による拉致被害者をめぐる発言が、深刻な問題を引き起こしている。田原氏を被告とする民事訴訟で、裁判所が取材テープの提出を命じた。朝日新聞は、こう報じる。
田原総一朗氏に取材テープ提出命令 拉致被害者巡る発言
 北朝鮮による拉致被害者の有本恵子さんの両親が、ジャーナリストの田原総一朗氏からテレビ番組で「外務省も生きていないことは分かっている」と発言されて精神的苦痛を受けたとして起こした訴訟で、田原氏が発言の根拠とする外務省幹部への取材テープの提出を神戸地裁が命じる決定をしたことがわかった。田原氏側は「承服しがたい」として大阪高裁に即時抗告する方針。
 裁判所が取材源の秘匿にかかわる取材テープの提出を求めるのは極めて異例だ。
 訴状によると、田原氏は2009年4月、テレビ朝日の番組で有本さんと横田めぐみさんに関し「外務省も生きていないことは分かっている」と発言。有本さんの父の明弘さん(82)と母の嘉代子さん(84)は同年7月、1千万円の慰謝料の支払いを求めて提訴した。
 田原氏側は「発言は取材に裏付けられたものだ」とし、08年11月の取材のやり取りを録音したテープの一部を文章化した書面を証拠として提出したが、原告側はテープ自体の提出を申し立てていた。
 長井浩一裁判長は今月18日付の決定で、田原氏側がテープの内容を文書化して提出したことを踏まえ、「秘密保持の利益を放棄した」と判断。同氏側が取材源の秘匿を理由に提出を拒んだことに対しては、「幹部の特定につながる情報が録音されているとしても、田原氏が守秘義務を負う場合に当たるとはいえない」と退けた。
(10月24日asahi.com)
 一部に、田原氏がジャーナリストの職業倫理である「情報源の秘匿」という原則を放棄したという批判があるが、本件に関してこの批判は当たらないというのが筆者の考えだ。
 まず、本件の情報源が外務官僚であるということだ。この情報は典型的なリーク情報である。田原氏に対して、この情報を提供した(漏らした)外務官僚には、職務を遂行する上での思惑がある。これはいわゆる懇談の席での発言、業界用語でいう「バックグラウンドブリーフィング(背景事情説明)」にあたるものであるが、この外務官僚が「本件について、絶対に公言しないでください」という秘密保全を要請したとは推定されないからだ。なぜなら、この種の情報は、「外務省がこういう情報をつかんでいる」という形で、国民に広く知れ渡らない限り、「対北朝鮮外交を動きやすくする」という情報をリークした外務官僚の目的が達成されないからだ。外務官僚が、自らの思惑のために田原氏を利用したのだ。
 この問題は、国民の知る権利から考えなくてはならない。国民の知る権利は、偽情報ではなく真実を知る権利だ。今回は、「情報源である外務官僚の保護」と「田原氏の流した情報が北朝鮮事情に通暁する外務官僚から得たという事実の挙証」が天秤にかかっている。田原氏が後者を重視し、テープの内容を文書化して裁判所に提出したという決断を筆者は支持する。確かに、長井浩一裁判長が言うように、田原氏は「秘密保持の利益を放棄した」。しかし、情報源の秘匿についても、官僚のリークとそれ以外の場合では、保護される程度が異なってくる。今回のように、外務官僚が、田原氏を通じ、世論誘導の目的が明白である場合、国民の真実を知る権利を重視した結果として、情報源が露見してしまっても仕方がない。また、それによって田原氏がジャーナリズムの掟を破ったことにはならない。田原氏の即時抗告を大阪高裁が棄却した場合、田原氏は裁判所の決定に従って、取材テープを提出すればよい。特定の思惑をもって情報をリークした外務官僚にも応分の責任をとってもらえばよい。リークには責任がともなうことを官僚に教えるためにも、本件がよい機会となる。(2010年10月25日脱稿)

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