朝刊小説「逃亡者」 連載を前に 中村文則さん 2018/9/21

2018-09-23 | 本/演劇…など

2018年9月21日
融和とは何か 共に探る 書くなら第二次世界大戦と決めていた
朝刊小説「逃亡者」 連載を前に 中村文則さん寄稿
 中村文則さん(41)が執筆し、宮島亜希さん(38)が挿画を担当する朝刊小説「逃亡者」が、十月一日からスタートします。連載開始を前に、今作へ懸ける思いを中村さんから寄稿してもらいました。
 歴史にまつわる小説を、書きたいと思っていた。
 歴史小説ではなく、歴史が現代に深く関わる物語。これまでもそういう小説は書いていたけれど、もっと強く、物語に歴史を関わらせてみたいと思った。
 書くなら第二次世界大戦と決めていた。そして長崎。僕は愛知県東海市の出身だが、実は長崎にもゆかりがある。
 ドイツ語訳の出版の関係で、スイス、ドイツ、オーストリアと、いわゆる本の宣伝で回った。取材を受けたり、トークイベントや朗読をするというもの。その一環でケルン文学祭に参加した時、僕のドイツ語版の翻訳をしてくださっている翻訳者のトーマス・エゲンベルグ氏が、流暢(りゅうちょう)な日本語で何気なく「僕、楽器が好きなんですよね」と言ったことがあった。演奏するだけでなく、その形状もという意味で。
 楽器…。人間の脳は不思議なもので、その瞬間、物凄(ものすご)く多くのアイディアが湧き上がってきた。もしかしたら、ずっと僕の無意識の領域にあったものが、その一言で「噴出」したのかもしれない。
 以前、脳科学の専門家に、
「突然湧いてくるように思うアイディアは、実は脳の深いところでずっと考えていたことが、ある時回路が繋(つな)がるみたいに解決され、意識に出てくるのです」
 と言われたことがあるが、恐らく、それに近い何かだったのだと思う。
 第二次世界大戦時における、日本の軍楽隊。長崎県の潜伏キリシタン。日本に労働者として入ってくる外国の方々。そしてある“伝説の楽器”を持ち、逃走する現代の男。これらが一瞬で、浮かび上がった。羅列するだけでは何の話かわからないものが、全部繋がり、断絶へ進む世界を融和へ向かわせたいという、僕の願いとも一致したのだった。
 でも当然、思いついたことをそのまま書くわけではない。小説は大抵、書きながら物語の方向性が変わっていく。現代で起きる何かが影響することもある。新聞連載は以前他社の紙面で行ったことがあり、今回は三度目になるが、前回の新聞連載では、トランプ大統領が誕生したことで物語が変化した。そういう「リアルタイム」で進行することも、新聞連載の醍醐味(だいごみ)と思う。
 世の中は恐らく、これからどんどん悪くなると感じる。作家にできることは何か、ずっと考えてきた。リベラルな考え方が時に厳しく見えてしまうと、逆に反動を生み、ラディカルな右派を生むこともある。オバマ氏の後の大統領が、トランプ氏というのも象徴的かもしれない。では融和とは何か。それはでも、いわゆる「両論併記」ではなく、シニカルに構えることでもなく、どっちつかずの中道を語ることでもない。その答えを小説の中で、主人公と共に探りたいと思う。
 なお、イラストの宮島亜希さんは、僕が今回の小説に合うと思う方を数百人くらいの中から探して、そこで知り、オファーをさせて頂いた。実績もすごい、素晴らしい方で、引き受けてくださり大変感謝している。頑張ります。(なかむら・ふみのり=作家)

 ◎上記事は[中日新聞]からの転載・引用です
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中村文則(ナカムラ フミノリ) 小説家
1977年9月2日、愛知県東海市生まれ
2000年、福島大学行政社会学部、応用社会学科卒業。以後、作家になるまでフリーターを続ける。
2002年、『銃』で第34回新潮新人賞を受賞してデビュー。芥川賞候補となる。
2004年、『遮光』で第26回野間文芸新人賞を受賞
2005年、『土の中の子供』で第133回芥川賞を受賞
2007年、カメかダンゴ虫になりたい、と思う。(なんとなく)
2010年、『掏摸(スリ)』で第4回大江健三郎賞を受賞。
2011年、目の下のクマと一生付き合うことを決意する。(しかたなく)
2012年、『掏摸(スリ)』の英訳版『 THE THIEF 』が、
      アメリカアマゾンで、2012年3月のベスト10小説、
      アメリカの新聞 「ウォール・ストリート・ジャーナル」 で、
      2012年のベスト10小説、にそれぞれ選ばれる。
2013年、『 THE THIEF 』が、ロサンゼルス・タイムズ・ブック・プライズにノミネートされる。
2014年、ノワール小説への貢献、ということで、アメリカで、David L. Goodis賞を受賞。
2016年、『私の消滅』で第26回ドゥマゴ文学賞受賞。
■著作発行
2003年3月、単行本『銃』(新潮社)
2004年6月、単行本『遮光』(新潮社)
2005年7月、単行本『土の中の子供』(新潮社)
2005年8月、単行本『悪意の手記』(新潮社)
2006年6月、文庫本『銃』(新潮社・新潮文庫)
2007年6月、単行本『最後の命』(講談社)
2007年12月、文庫本『土の中の子供』(新潮社・新潮文庫)
2009年3月、単行本『何もかも憂鬱な夜に』(集英社)
2009年5月、単行本『世界の果て』(文藝春秋)
2009年10月、単行本『掏摸(スリ)』(河出書房新社)
2010年7月、単行本『悪と仮面のルール』(講談社)
2010年7月、文庫本『最後の命』(講談社・講談社文庫)
2010年12月、文庫本『遮光』(新潮社・新潮文庫)
2011年10月、単行本『王国』(河出書房新社)
2012年2月、文庫本『何もかも憂鬱な夜に』(集英社・集英社文庫)
2012年6月、単行本『迷宮』(新潮社)
2012年7月、文庫本『銃』(河出書房新社・河出文庫)
2012年9月、単行本『惑いの森~50ストーリーズ』(イースト・プレス)
2013年1月、文庫本『世界の果て』(文藝春秋・文春文庫)
2013年1月、文庫本『悪意の手記』(新潮社・新潮文庫)
2013年4月、文庫本『掏摸(スリ)』(河出書房新社・河出文庫)
2013年9月、単行本『去年の冬、きみと別れ』(幻冬舎)
2013年10月、文庫本『悪と仮面のルール』(講談社・講談社文庫)
2014年7月、単行本『A』(河出書房新社)
2014年12月、単行本『教団X』(集英社)
2015年3月、文庫本『迷宮』(新潮社・新潮文庫)
2015年4月、文庫本『王国』(河出書房新社・河出文庫)
2015年5月、単行本『あなたが消えた夜に』(毎日新聞出版)
2016年4月、文庫本『去年の冬、きみと別れ』(幻冬舎・幻冬舎文庫)
2016年6月、単行本『私の消滅』(文藝春秋)
2017年5月、文庫本『A』(河出書房新社・河出文庫)
2017年6月、文庫本『教団X』(集英社・集英社文庫)
2017年8月、単行本『R帝国』(中央公論新社)

 ◎上記事は[中村文則公式サイト]からの転載・引用です
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