「紳助復帰説」が飛び出す背景に吉本の「興行体質」と「暴排条例」の不備
現代ビジネス 2012年01月19日(木)伊藤 博敏
今年最大の芸能イベントは、「紳助復帰」となりそうだ。
普通に考えれば、昨年8月、「後輩芸人へのしめしをつける」と、大見得を切って記者会見し、引退表明をしたのだから復帰はありえない。
だが、芸能界は普通ではない。普通ではない破天荒が好まれ、明日をも知れない不安定さが、芸を磨き、刹那的な快楽の追求となって、芸人の幅を広げると信じられている。
その異端が、暴力団と芸能界を結びつけ、両者の「興行」を通したつながりは、数百年に及ぶ。
同根は、角界にも求められよう。
IT化もグローバル化も関係なく、ちょんまげを結って、浴衣を着る"異形"は、どう考えても普通ではない。そこに地方巡業という「興行」も加わって暴力団と密接になる。
この暴力団と芸能界と角界の「同根の土壌」を警察は壊そうとした。
そこには、昨年10月1日まで警察庁長官を務めた安藤隆春という人がいて、暴力団排除条例の施行という機運の高まりがあり、「マフィアを放置していいのか!」という世界標準を求めるアメリカの要請があった。
「意思を明確にした官僚」の安藤氏は、在任中、「暴力団壊滅作戦」を鮮明に打ち出し、暴力団最大勢力の山口組をターゲットに、どんな微罪でも摘発。同時に、野球賭博をきっかけに角界浄化に着手、次に暴排条例で芸能界を粛清しようとした。
結果的に島田紳助は「人身御供」となった。
本人の弁にある通り、今までの常識では、「仲介者(元ボクシング世界王者の渡辺二郎)を通した"節度"を持ったつきあいはセーフ」だった。
しかし、暴力団との接触を禁じ、過度の交際をすれば「密接交際者」として「認定」、当該者に「勧告」のうえで名前を「公表」する暴排条例の10月1日からの全国施行によって、環境は変わった。
紳助が所属する吉本興業は、顧問弁護士に「コンプライアンス上の問題」を強く進言され、泣いて紳助を切った。
以降、芸能界は角界がそうであったように、「粛清の嵐」が吹くのではないかと思われた。警察当局も当初はその気で、芸能プロダクションを多数、抱える東京・警視庁の組織犯罪対策部に「芸能班」を置き、暴排条例の"威力"を見せつける大物の摘発を狙った。
だが、失敗に終わった。
手元に、暴排条例施行直前の9月1日、警視庁組織犯罪対策部長が、芸能プロを束ねる日本音楽事業者協会に送った「暴力団排除対策についてのお願い」という文書がある。
それを読んで、「暴力団関係者とどんなつきあいをしてはいけないのか」が、わかる人はいない。
それはそうだろう。実際に、「密接交際者」としての認定作業を行う組織犯罪対策第三課(組対三課)の幹部も「これといった基準はない」と、打ち明ける。
しかし週刊誌などで、「暴力団と密接な芸能人ランキング」「紅白歌合戦に出場できない大物歌手とは?」といった特集が組まれたこともあって問い合わせが殺到。結局、組対三課は、「10月1日までの交際について認め、以降、つきあいを遮断すると誓えば、認定しない」と、"逃げ道"を作った。
これで、暴排条例は骨抜きとなり、芸能界粛清に利用できなくなった。執念を燃やしていた安藤氏が10月1日で退任、後任の片桐裕長官が、さほど熱心ではないという事情もそれに加わった。
その結果、12月12日、東京都暴排条例に基づく初めての中止勧告が、埼玉県の「植木リース会社」に対して行われた。スナックなどに高額で観葉植物をリース、それが暴力団の"しのぎ"になっているという面白くもなんともない構図である。
暴排条例への"怯え"は一気に緩み、警視庁でも「懺悔で除外の規定を変えなければ、暴力団と離れるに離れられない業者ばかりを狙うことになる」と、諦め顔だ。
環境はもとに戻った。暴力団幹部と密接な大物歌手が、紅白歌合戦で熱唱、彼らが、ほんの数か月前、歌手生命を断たれる寸前だったとは、とても思えない。
そうなると、100年の歴史をもち、過去に暴力団とズブズブだったで、今も、山口組とのパイプの太さで会社運営にタッチする「怪芸人」を抱える吉本興業は、各種のつきあいに鷹揚な、「興行会社」としての顔を取り戻す。
「願わくは、社会の皆様、ファンの皆様、マスコミの皆様のご理解を得て、いつの日か、私たち吉本興業に戻ってきてもらえるものだと信じております」
同社の大崎洋社長は、1月4日、「創業100周年プロジェクト」を発表、その後の記者会見で、紳助にこうラブコールした。
顰蹙は買ったが、マスコミの批判も"建前"だけ。特に、「吉本抜きには番組が成り立たない」といわれるテレビ局は、復帰のタイミングを狙っている。
紳助を切ったのは大崎社長である。それだけに、暴力団との親密交際はその後も証明されたものの、法を犯したわけではなく、暴排条例で「認定」されたわけでもない紳助を、"不憫"に思っている。
実力者がそう願い、「暴排」の気運が薄れた今年、紳助は必ず復活するだろう。それを許すか否か。大きく言えば、警察当局とマスコミと国民の、暴力団への対処を含む「秩序観」が問われることになる。
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◆ 島田紳助さん「暴力団との関係を不問にして欲しい」/捜査当局「渡辺二郎を起点に橋本会長に辿り着きたい」2011-08-25 | 社会
島田紳助「早過ぎる芸能界引退」の裏側に「暴力団幹部との親密関係」に重大関心を示した捜査当局の動き 「セーフ」はなぜアウトになったのか
現代ビジネス2011年08月25日(木)伊藤 博敏
芸人として司会者として、テレビの世界の君臨した島田紳助(55)が、8月23日、記者会見を開いて引退した。
理由は、プロボクシング元世界王者・渡辺二郎(56)を通じて、山口組系極心連合会の橋本弘文会長(64)と交際をしていたこと。渡辺の携帯電話に、紳助から橋本への「伝言メール」が残されていて、その親密過ぎる関係を危惧した吉本興業が、「関係が事実なら(芸能人人生は)アウトだ」と伝え、最初は「セーフだと思っていた」という紳助も、「格好悪いやめ方だが、後輩たちに示しがつかない」と、引退を決意したという。
*警察の「暴力団壊滅」は本気になった
以前なら想像もつかない引退劇である。
暴力団と芸能界は、興行を通じて切っても切れない仲。結婚式や祭りなどの賑やかな場に、芸能人を連れてくるのは、暴力団の実力の"証"。また場を盛り上げる芸能人は、トラブルの際に暴力団を頼った。
しかし、最早、関係があること自体、許されなくなった。
警察が暴力団壊滅の動きを見せるのは「年中行事」だったが、この10年ほどで"本気度"は上がった。「反社狩り」の始まったここ3~4年は、暴力団を本気で壊滅させる動きになっている。
その頂点は、昨年4月の福岡県を皮切りに、次々に導入の決まった暴力団排除条例だ。都道府県は暴力団関係者を「住民」とは見なさなくなった。
みかじめ料は、徴取する暴力団サイドも、支払う住民サイドも禁止され、処罰の対象となり、暴力団関係者が不動産物件を借りるのはもちろん、貸すことも禁じられるようになった。公共工事に暴力団系企業は参加できず、暴力団組員は家族も含めて銀行口座すら開けない。
この動きに合わせ、警察庁は全国の都道府県警に指示を出し、暴力団を徹底排除、なかでも弘道会の壊滅作戦を命じた。弘道会は篠田建市山口組六代目の出身母体でナンバー2の高山清司若頭が会長を務める。
弘道会の弱体化は山口組の弱体化につながり、山口組の弱体化は暴力団の弱体化につながる---。
警察庁の安藤隆春長官のこの言葉に、警察の意欲がうかがえる。かつてのように、「暴力団と芸能人は"仲間"」という認識は通じなくなった。紳助の「セーフ」はいつの間にか「アウト」になっていたのである。
*警察が知りたがった山口組幹部との関係
加えて、紳助が「10数年前にトラブルを解決してもらって以来、恩を感じていた」というBさんこと橋本会長は、山口組若頭補佐という大物で、「頂上作戦」の一環として高山若頭が逮捕起訴され拘留中の今、7代目候補に挙げられるほど。警察としては、橋本との親密交際を時にひけらかしていた紳助を許すわけにはいかなかった。
実は、国民的人気のタレントでありながら、紳助は大阪府警の"お客さん"であった。いつでも逮捕する準備をしている「暴力団周辺者」という位置づけなのである。大阪府警が、4年前に摘発した事件に、タレントの羽賀研二、渡辺二郎らが関与した恐喝事件があるが、その際、府警がしきりに聞きたがったのは、「紳助と橋本の仲」だったという。
「(羽賀)ケンちゃんにだまそうとか、脅そうとかいう気はなかったんです。値上がりが確実ではない未公開株の売買ですからね。だから一審は無罪判決でした。その取り調べ過程で、府警の刑事がしきりにケンちゃんに聞いてきたのが紳助のことだった。ああ、二郎さんを起点に橋本会長に辿り着きたいんだな、と思いました」(羽賀被告の知人)
橋本への渡辺を通じた紳助の「伝言メール」は、羽賀事件の過程で押収した渡辺の携帯電話に残され、公判過程で検察側証拠として提出されていた。従って、いつ山口組首脳と紳助との「親密過ぎる関係」が表に出てもおかしくなかった。
警察当局が、行政当局と一体となって、暴力団を「住民」とも「人」とも見なさなくなった以上、紳助も謹慎程度では済まなかったわけだが、「一民間人」に戻れるかどうかは、まだわからない。
飲食業や不動産業を営み、株式投資にも手を染める紳助は、実業家でもある。その「実業」の部分に橋本が関与したことはない、と会見で強く否定したが、直接はなくとも間接があるのは不動産や株の世界である。
*「梁山泊事件」でも取りざたされ紳助の名前
事実、紳助の名を冠した競争馬を持つほど親密だった実業家が、07年3月、仕手集団「梁山泊グループ」の一員として逮捕され、紳助の名が取りざたされたことがある。
また、「(一緒に売買に関与していたら)ハラを切ってもいい」と豪語した不動産取引だが、企業舎弟と言う名の周辺関係者の多さを考えれば、紳助の知らないところで結びついていた可能性は十分にある。
もちろん、紳助ほどの大物の引退は、「その代わりに過去の(暴力団関係者との)関係を不問にして欲しい」という警察へのメッセージでもあろう。
だが、それで済むのか。
「何か出てくれば、引退しようがしまいが関係ない」
こううそぶく府警幹部もいて、交際を認めた紳助は、逆に安閑としてはいられないのである。
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