産経ニュース 2015.4.2 09:34更新
【ゆうゆうLife】家族がいてもいなくても(396)「老い」への新たな思想
知人が持ってきて見せてくれた写真集。
『Advanced Style(アドバンスド スタイル)』
被写体は、ニューヨークの路上を闊歩(かっぽ)する60代~100歳代のおしゃれな女性たちだ。
写真集や画集は値が高い。吟味して買う主義の私なので、購入したわ、と言う彼女に、ちょっとだけ見せて、と頼んだのだ。
ページを繰って、たちまち魅入られた。うっとり。目を見張るファッションに身を包み、存在そのものがアートな女性たち。ああ、なんて、すてきなのだろうと思った。
自分の身体を舞台にした表現、と言うか、体形も、しわも、白髪も全てがアート。ともかくエレガントでかつシック。個性なんて言葉がほとんど陳腐に思えるほど自由だ。年を重ねているからこそ成し遂げた自己解放が、そこにある。
それをシニアファッションだなんて型にはまって言わずに「アドバンスド スタイル(上級者のスタイル)」と名付けている。「老い」というものへの新しい思想が感じとれるのだ。
即刻、写真集を購入し、傍らに置いて、見とれている。
折しも、40年以上も前に読んだあのシモーヌ・ド・ボーヴォワールの『老い』を本箱の隅から引っ張り出し、うっかり読み始めたところだった。その内容の悲惨な迫力に打ちのめされている最中だったので、感慨ひとしおだ。
当時、世間に衝撃を与えたこのボーヴォワールの本には、「老い」は「誰にも免れない人生の失墜」として描かれている。特に「老いた女」というものが、どれほど、醜く、汚く、臭いものの象徴として詩や文学に描かれてきたか、著者の怒りが沸々と沸き立っているような本なのだ。
「人は女に生まれない、女になるのだ」のせりふで有名な彼女の本は、今は研究者ぐらいしか読まないのかもしれない。でも、団塊世代の女性たちにとっては、サルトルと契約結婚した先進的な女性である。
その彼女が、この写真集を見たら、ああ、なんて言うだろう。
老人ホームの入居者で「歳をとるってことは、もう年齢しか聞かれない人になるってことなのよ」と、暗い表情で嘆いていた人がいるが、彼女がこの写真集を見たら、ああ、なんと言うだろう。
写真集の中のニューヨークの女性たちが言っている。「そんなこと、どうでもいいじゃん。私は私のスタイルで好きに生きるだけよ」と。いいなあ。ファッションの修業をしていない私にこれがやれるとは思えないが、見る度に、元気になる。(ノンフィクション作家・久田恵)
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久田恵さんの新刊『新・家族がいてもいなくても』(産経新聞出版発行、扶桑社発売)好評発売中。
◎上記事の著作権は[産経新聞]に帰属します
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2013.3.22 08:46更新
【ゆうゆうLife】家族がいてもいなくても(301) 私って「ぬるい奴」?
「あなたって、なんか頼りない人ね」と、ある人に言われた。
この年で「頼りない」と言われると、これまで私はどう生きてきたんだろう、と思わず遠くを見詰める気分になる。
自分としては「なんてタフな女なのだ、私は」と思っている。少なくとも自分を一番の頼りとして、自立自助で生きてきたつもりなのだ。
また、別のある人は言う。
「あなたって口調は優しいけれど、言っていることはキツイ」と。おおっ、キツイことを言っている? そうなのか、私って実はキツイのか、とそれなりに納得していたら、先日は、仲間が書いたブログに私に関する記述があった。
「ぬるい感じ」と。
ぬるいってどういうことか。ビシッとしていないというか、厳しさがないというか、褒めているのか、けなしているのか。
ためしにネットで調べてみたら、今時のサラリーマン社会では、口で調子の良いことを言っているが、行動が伴わない人のことを「ぬるい奴」と言うらしい。
思わず笑った。もしかして、そう思われているのかも、とも。
そんなふうに他人という鏡に映る自分の姿は、自分には見えない。おかげで、人はさほど傷つかずに生きていけているのかも。
思えば、仕事柄、いろんな人を取材してきたが、人の自己イメージは他人に見えているよりずっと高い。いわば、自分という「うぬぼれ鏡」に自分を映して生きているのだ。
自分勝手だなあ、と思える人が「自分ほど他人に気を使っている人はいない」と思っていたり、「冷淡だな」と思える人が「自分ほど優しい人間はほかにいない」と信じていたりもする。
また、長くつきっていると、相手の思いがけない面に気がつき、その人の見え方がまるで真逆になったりすることもある。
きっと、人は向き合う相手で、さまざまな面を見せる多面体なのだろう。相手次第で強くもなるし、弱くもなる。厳しくもなるし、ぬるくもなる。
おかげで、この頃、人になんと言われても、どう対応されても、「どこ吹く風」の心境になった。結局は、そういう関係性を作った半分は、私のせいでもあるのよねえ、と思うようになったからだ。
しかも、いまさら、それをなんとかする気力もなくなっている。
年を重ねるということは、こういう心境へと次第に落ち着いていくことなのかもしれない。(ノンフィクション作家 久田恵)
◎上記事の著作権は[産経新聞]に帰属します
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◇ 老後の準備に追われるより 3年プランで今を生き切る 久田恵
◇ 久田恵著『母のいる場所 シルバーヴィラ 向山物語』と久田美知歌集「翔ぶものは翔びたたしめて」
◇ 久田恵著『母のいる場所』とヨハネ黙示録
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