麻原彰晃を「不死の救世主」にしてはならない 上祐史浩(「ひかりの輪」代表) 2018/04/16

2018-04-16 | オウム真理教事件

「グルが神になる日」死刑執行秒読みの波紋 
 オウム真理教をめぐる一連の事件で、死刑が確定した教祖、麻原彰晃(本名・松本智津夫)ら13人の死刑執行が秒読み段階に入った。執行には慎重論も根強いが、その最たる理由は「教祖麻原の神格化」である。グルが神になる日はやって来るのか。議論の核心を読む。

上祐史浩手記、麻原を「不死の救世主」にしてはならない
 上祐史浩(「ひかりの輪」代表)  2018/04/16 06:05
 まず、一連のオウム事件の被害者、遺族の方々に、当時の教団の活動に重大な責任を有した者の一人として、改めて深くお詫び申し上げたいと思います。これを踏まえた上で、今回依頼されたテーマである麻原彰晃(本名、松本智津夫)の死刑執行などについて論じたいと思います。
  ご存じの通り、麻原の死刑執行が近いとされています。そして、ようやくその時が来たというのが今の私の率直な心境です。
 1997年前後、麻原は自分のハルマゲドン予言が外れ、心身に変調をきたし、裁判で不規則発言を始めました。その頃から、私は以前のように、麻原を絶対視することに、徐々に無理を感じるようになりました。その後、悪戦苦闘しつつも、麻原信仰から脱却し、その10年後の2007年に、アレフ(現Aleph・旧オウム真理教)を脱会し、「ひかりの輪」を設立しました。
 私が脱会する前のアレフは、当時代表だった私に賛同する者と、麻原の家族(麻原の妻、三女、次女ら)に賛同する者(主流派)に分裂しました。その中で、私たちは、麻原の絶対性を否定し排除している「グル外し」と激しく非難され、教団活動からも排除され、そして幽閉されました。彼らの言う「グル外し」の最たる理由は、私たちが麻原の事件への関与を認めた上に、麻原の刑死を前提とした話をしたという事が含まれていたのです。
 その後も主流派は「グル(麻原)の死を前提にした話をするなどとんでもない」と激しく非難を続けました。彼らの主張は「教団は事件に関与していない」という陰謀説や、「最終解脱者のグルが事件をなしたとすれば、それを総括・否定できない」、さらには「グルが(刑死を含めて)死ぬのは弟子がグルを求めないから(帰依しないから)」といったものでした。すなわち、麻原の死自体が、アレフでは「タブー」だったのです。
 この背景には、麻原が変調を来す前に、獄中から改めて予言を説き、自分は不死の身体(陽身)を作るといったメッセージを出して、麻原の予言の成就・復活を期待させるような言動をしていたことがあります。麻原は刑死さえしない「不死の救世主」という主張です。
 こうした状況の中で、2006年9月に麻原の裁判が終結し、アレフでは現実的かつ合理的、合法的な活動はできないという考えを私たちは強くしました。それが、翌2007年に脱会し新団体「ひかりの輪」を設立して、麻原への依存から脱却する枠組みを作る理由の一つとなりました。
 そして、あれから10年以上経った今年、麻原の死刑執行の本格的な検討が始まりました。私たちが10年以上前から考え続け、試行錯誤しながら行動したことがようやく今、現実的な意味を持つようになりました。
 もちろん、一連の事件後、麻原の死刑執行を望まれてきた被害者、遺族の方々のお気持ちとは比べものになるものではありません。ただ、この間、自分を取り巻く状況が目まぐるしく変わり、麻原の死刑執行について「ようやくだな」というのが率直な思いです。
 では、麻原の死刑が執行された場合、アレフはどんな反応を示すのでしょうか。よく一般の方にイエス・キリストが処刑された後に復活し、救世主として神格化されたように、アレフにおいても麻原が死刑によって神格化されることはないのか、と聞かれることがあります。
 私はそうした心配はないと思います。なぜかというと、既に「神格化」されているからです。アレフは麻原から物理的に離れて久しく、いつでもどこでも麻原は自らの「超能力」で信者を見守っており、例えばアレフの教えにも、麻原は存在すると説いているそうです。
 さらに、妄想的な信者の中には「麻原の姿を見た」という者もいます。そもそも瞑想(めいそう)を好み、トランス状態に入りやすい人たちが多い教団ですから、そうした話は出てきます。笑い話になりますが、20年ほど前、私が拘置所に拘留されていた際、拘置所の外で私の姿を見たと言う人や、道場に私の姿が現れたという人がいたほどです。
 重要なことは、死刑が執行されなければ、逆に本当の意味で神格化される可能性があることです。というのは、麻原は獄中メッセージの中で「不死の身体を得る修行をしている」と主張し、逮捕前の著作で「私はイエスのように負ける(=処刑される)のではなく、ダビデのように(戦いに)勝つ救世主である」と示唆しています。
 さらにアレフの幹部信者は、弟子たちが帰依を深めれば、麻原は涅槃(他界・死亡)しないと説いています。実際、2012年前後に平田信、菊地直子、高橋克也の3人が出頭ないし逮捕され、麻原の死刑執行が延期になった際には「自分たちが麻原の帰依を深めていたからである」と説いています。自分たちの帰依が麻原に通じて、麻原の「超能力」によって、平田らが出頭したという話になっているとも聞いたことがあります。
 よって、死刑を執行しなければ、信者の多くが麻原の予言通り、イエスを超えた「不死の救世主」となったとか、「自分たちの帰依と麻原の超能力が死刑を止めた」と解釈する可能性があります。その結果、アレフ教団がますます勢いづく可能性は否定できません。
 そして、宗教における神格化とは多くの場合、信者が自己の信仰を守り、自尊心を充足させるために行うものであり、時には自己防衛反応によるものだと思います。よって、そうした必要がない心理状態を別に与えない限りは、周囲が過剰に心配しても、何ら良い方向に行かないと思います。
 結論は非常にシンプルです。社会が麻原を他の死刑囚と同じように扱い、いかなる意味でも異なる扱いをしないことが、麻原の神格化を最小限にして、アレフを善導することになると思います。逆に、過剰反応して社会が普通と異なる扱いをすれば、結果として教団と社会が悪い意味で「共鳴振動」するかもしれません。
 その意味で先日、オウム死刑囚の死刑執行を粛々と行うよう法務大臣に求めた被害者団体の方々の姿勢は、神格化を防ぐ手立てになると思います。法務省や警察関係者は、執行に向けて入念な準備が必要だと思いますが、メディアが過剰に騒ぎ立てれば、アレフの抑制のためには「逆効果」となるのではないでしょうか。
 さて、一部報道では、死刑執行の際、信者による報復テロなどが起きるのではないかと心配する声がありましたが、私の知る限り、そうした心配もまずないと思います。
 なぜならアレフは、自分たちは不殺生の戒律を守り、過去にも殺人やテロは一切やっていないという立場だからです。そもそもオウム事件は「何者かの陰謀である」と布教しており、過去にも未来にも、殺生をする者ではないという意識があるからです。
 この背景として、過去の事件に関与した者たちは、拘置所に収監中であり、現在アレフにいる信者は、95年までの教団武装化に関与した主要なメンバーではなく、過去の教団のテロ事件を実体験していないという事情があります。
 ただ、麻原は逮捕される直前に、同じ旧上九一色村(現・山梨県富士河口湖町)にいた側近の幹部信者に「自分が逮捕されたらテロを続けろ」とか、「自分を奪還しろ」と焦りのあまり言ったことがあったそうです。
 しかし、逮捕後はそのようなことをすれば破壊活動防止法(破防法)に抵触する状況から、破壊活動はしないよう指示し、破防法適用申請の弁明手続きの中でも、信者による奪還やテロ行為を明確に否定しています。
 そもそも、麻原は逮捕直後、弁護士を通して「一連の事件の関与を認めないのは、外にいる自分の弟子たちの修行を確保する(=教団を維持する)ためだ」と伝えています。奪還やテロは致命的になるため、それを放棄したと考えられます。ましてや、死刑執行後に「報復テロをしろ」という指示は一切ありません。
 そして、オウム真理教の教義では、仏教の戒律に反する殺生・殺人などの行為を正当化できるのは、麻原だけであるとされています。これは捜査と担当した警察関係者やオウム専門の弁護士なども確認しています。
 しかも、そうする場合は、麻原の指示通りに行う必要があり、「死刑が執行されたならば報復テロをしろ」という麻原の具体的な指示がないにもかかわらず、信者が勝手にそれをやれば、「殺人の悪行によって地獄に落ちる」行為になると解釈されています。
 とはいえ、念のために言えば、今から18年前の2000年前後には、ロシア在住のオウム信者のグループが麻原を奪還しようと、日本での爆弾テロを計画した事件があり、当時未成年だった麻原の家族がこれを称賛するなどして波紋を広げました。
 しかし、そのグループの中で疑問を感じた者が、グループ外のロシア信者と連絡を取り、ちょうど出所して教団に復帰した私にも連絡が届いたので、私は麻原自身が奪還テロを否定したことを繰り返し伝え、家族にも奪還を否定するメッセージを表明するよう要請しました。
 さらに、日本とロシアの捜査当局に告発して、教団信者も捜査に協力したので、彼らはロシアで逮捕され、爆弾テロは未然に防がれました。
 これは、外国人の信者と当時未成年だった家族が、あまり事情を理解できていなかった結果だと思います。この事件以降、そうした行為の無意味さを改めて実感した信者は多いと思います。そして、私が知る限りでは、この事例以外に妄想的な願望のレベルではなく、具体的な構想・計画として、奪還を考えた事例があったとは思いません。
 次に、麻原の家族が報復テロなどを指示する可能性を考えてみましょう。まず、麻原と同等に「最終解脱者」と位置付けた6人の子供がいます。そのうち2人が麻原の妻の長男と次男で、他の4人はいわゆる愛人の子供です。しかし、あくまで麻原が根源(開祖)です。よって、麻原自身が違法行為を禁じたことを理解している限り、麻原の指示を子女が覆すとか、子女に指示された幹部信者が、それに従うことは考えにくいと思います。
 また、アレフの信者の中に、麻原と同等に麻原の子女を信じている者は、さすがにいないでしょう。さらに、2000年には三女・次女と長女の対立が刑事事件に発展し、2013年末からは、再び家族内で分裂が生じました。そのため、古参信者を中心に家族への求心力は低下し、「やめたいが行き場もないし…」という消極的な形で、教団に残る出家信者が多いという情報もあります。
 さらに、多少内部的すぎる話になりますが、破防法弁明手続きでの麻原の考えを厳密に理解するならば、仮に麻原の子女が最終解脱者だとしても、麻原同様に殺人を指示できる者とはしていません。これは、元オウム信者のためにも、念のためにお伝えしておこうと思います。
 麻原の死刑執行は理論上、オウムの教義上、殺人を指示・正当化できる権能を有する者がいなくなるという意味で「オウムによるテロ事件の終焉」だと私は思います。それが今年であるならば、くしくも平成元年(1989年)に、内部信者と弁護士一家の殺害で始まった一連のオウム事件が、ちょうど平成の間に清算の時を迎えることになります。
 もちろん、麻原の死刑が執行されれば、実際にアレフなどの信者はかなり精神的ショックを受けると思います。前述したように、アレフの少なくとも一部は「信者がグル(麻原)を必要とし、帰依を深めて、涅槃(他界・死亡)しないように懇願すれば、(その超能力によって)延命する」と説いていますから、一種の挫折感が生じるかもしれません。
 これは、逮捕された後も20年間以上、麻原が過去の一連の事件に関与した事実、その予言が現実ではなかった事実、超人ではなかったという事実を受け入れることなく、自分の信仰・思想の過ちを直視して清算することができなかった結果と言わざるを得ません。
 逆に言えば、国が何らかの理由で、死刑執行を中止した場合、アレフは教祖とその信仰実践が正しかったと考え、彼らのいわば「宗教的な勝利」と解釈し、信仰と布教を深める可能性があるということです。
 他にも、麻原の死刑執行に伴い、「後追い自殺をする信者はいないのか」と聞かれることがあります。私はその可能性は低いとは思いますが、全くないとは言い切れません。
 15年以上前の話ですが、麻原の家族の一人が「麻原の後を追っていい」という教えがあるとの解釈をしていました。また、彼女に自殺を求められた幹部信者や他の家族の話も聞きました。とはいえ、これらは随分前の話であって、現在はそうした精神状態ではないと思いますし、そう信じたいと思います。
 その意味で本稿でも確認しておきたいことは、麻原とオウム真理教の教義において、「グル(麻原)が死んだら後を追うべきである」という教義はないし、自殺は今生の苦しみから逃げるものと解釈されて、後追いしていいとはされていないのです。
 さらに、麻原は逮捕以前に私を含めた当時の高弟に対して「後を追うことは許さない。なぜならば後追うことができないからだ」という趣旨の話をしています。「後を追うことができない」とは、死んだ後に転生しても麻原と同じ世界に転生できないという意味です。
 こうした問題の背景には、いまだにアレフが「教団が一連の事件に関与していない」という陰謀説を唱えていることがあります。とはいえ、教団を裏で支配しているとされる麻原の家族の一部やアレフ上層部が、自ら陰謀説を信じているかというと、これまでの経緯を考えればそうではないと思います。
 麻原の事件への関与は、多くの弟子たちの証言によって既に多くの裁判で認定され、事実が確定しています。また、麻原は逮捕前、私個人にサリン事件に関して「教団が悪いことをやった」と言いました。
 さらに、逮捕後に接見した弁護士にも「死刑を覚悟している」と話しながら、「もし関与を認めても共犯の弟子たちは救われないし、外にいる弟子たちの修行を確保しなければならない」として、事件関与を認めない方針を示しています。この弁護士とのやりとりは、麻原の家族や最高幹部など当時の教団上層部には伝わっています。
 そして、麻原の妻は、自身が内部信者の殺人現場に同席し、有罪判決を受け、教団の武装化を逮捕以前から知っており、裁判でも麻原の事件関与を認めています。麻原の娘たちやアレフの現在の最高幹部Nなどにも、私は麻原や教団が事件に関与したことを繰り返し伝えました。その件で、彼らが多かれ少なかれ悩んでいたことも知っています。最高幹部のNは、起訴はされませんでしたが、教団武装化には関与していました。
 よって、真実は分かりませんが、彼らは麻原や教団の事件関与を理解しながらも、麻原への帰依や信者の維持・獲得などのために一般信者にはそれを隠しているのではないか、と感じざるを得ません。
 そして彼らの行動が、私がサリン事件発生当時に麻原の関与を否定する広報活動を行ったことと、重なって見えてしまいます。麻原の逮捕前後の私は焦っていました。逮捕不可避の流れにあらがって必死に広報活動を行いましたが、その愚かな行動の結果は、みなさんがご存じの通りです。
 ただし、これもまたあくまで私が感じていることですが、客観的に見れば、通常なら麻原が事件に関与したと推察するに十分な証言や証拠があるのに、それを信じたくないという思いが強かったり、関与は疑わしいと他人に主張している間に、通常の推察ができなくなる現象のようにも思えます。
 あくまで一般論ですが、人は自覚して嘘をつくよりも、真実だと思い込んでその通りに動く方が楽です。自己を救世主と位置づけた麻原にも、そうした面があったのではないかと感じています。心理学的にも「空想虚言症」という概念があるからです。
 ともかく、原因や動機は別にして、アレフは新しい信者に陰謀説を説いて、入信や麻原への抵抗感を弱めています。そして、新しい信者は陰謀説を信じてしまえば、麻原の死刑がひどい冤罪(えんざい)であって、必然的なものとして受け入れられることではなくなってしまうのです。
 これらの現状を踏まえれば、今後のアレフには、麻原の死刑執行に加えて今まで避けてきた「過去の清算」として、二つの問題が生じる可能性があります。
 一つは、被害者に対する賠償の問題です。長年続いていた被害者団体とアレフの調停が、アレフが拒絶する形で昨年12月に決裂し、今年2月初めに被害者団体が10億円以上の賠償を求めて東京地裁に訴える事態に至りました。基本的にアレフは信者の教化活動において、麻原の事件関与を認めずに陰謀説を説いており、それは賠償と相矛盾する行為です。
 今後、アレフが現有資産を流出させて支払いを回避する恐れや、被害者団体が差し押さえの措置を取るか、また裁判がどのくらいのスピードで終了するかが、注目されると思います。
 さらに、脱会した信者によると、支払いを逃れるためか、アレフの幹部信者が1年半ほど前から教団の自主解散を検討しているという情報もありました。言い換えれば、こうした水面下の駆け引きが被害者団体とアレフの間で続いてきたということです。
 二つ目は、麻原の死刑執行とともにアレフに起こり得ることは、彼らが使用している麻原個人やオウム真理教の著作物に関する著作権問題です。アレフは、麻原やオウム真理教の著作物を使って教団を運営し、収益を上げています。これに対して、被害者団体はオウム真理教の著作権が宗教法人オウム真理教の破産業務の終結とともに、被害者団体に譲渡されており、その使用の停止をアレフに求めてきました。
 これに対して、アレフは「麻原個人の著作物であり、被害者団体に著作権はない」と反論し、事態は膠(こう)着しています。ところが、麻原が死刑になると、これらの著作権は麻原の妻と子供たちに相続されます。
 相続者が複数いる場合、すべての相続者が合意しない限り、アレフに著作権の利用を認めることはできず、1人の相続者だけでも単独で、他者が著作物を使用することを差し止め、損害賠償を求める手続きができるようです。
 その中で、麻原の四女はメディア上で両親とアレフを繰り返し否定しており、アレフの使用を認めないと思われます。また、三女、次女、長男も「自分たちはアレフとは関係がない」と主張しており、アレフの著作権使用には反対するかもしれません。こうして相続人全体がアレフの使用で合意する見込みは乏しい中で、利用を拒む正当な理由があるか否かが問題となります。そのために、家族間で訴訟が起きる可能性もあります。
 仮にアレフの使用が禁じられた場合、それを無視すれば犯罪になる可能性があります。著作物とは、書籍や説法ビデオに限らず、教学用の説法集や瞑想(めいそう)教本、詞章・歌・マントラなどの映像・音響教材の一切を含み、その複製、販売、陳列、上映などが禁止されますから、教団には大きな打撃になると思われます。
 こうしてみると、オウム事件は平成元年に始まり、2018年以降平成の時代の終わりとともに、アレフが教祖、教え(教材)、教団組織という、宗教団体の要となる三つの要素すべてにおいて、過去の清算を迫られる重要な時期を迎える可能性があるということになります。
 こうした意味でも私は、オウム・アレフが「平成の宗教」だったのではないか、という印象を今強くしています。

 ◎上記事は[IRONNA]からの転載・引用です
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〈来栖の独白 2018.4.16 Mon〉
 今頃になって気付いた。私は、オウム真理教について何も知らなかった。地下鉄サリン事件などについては少しは知っているが、オウム真理教という宗教の教理、教義について、皆目知らない。こんなことではいけない。数多くの若者、とびきり優秀な若者が道を求め、それに応えた教団であった。彼ら、真理を求めた彼らを魅了した教理とは、どんなものだったのか。麻原彰晃という教祖は、どのような道を説いたのか。私は何も知らず、事件のみで教団を捉えていた。
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死刑執行後「教祖麻原の遺骨」=教団にとって、宗教上有力な武器 誰が引き取るのか
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